雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第23話「針地獄 その2」-『竜と、部活と、霊の騎士』第4章 襲撃

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◇森木貴士◇

 竜神部の部室に、俺とDBとアキラは入った。壁に並べてある木製の椅子を取り、部屋の中央の木の机の前に座る。
 佐々波先生は、「お茶を入れてあげる」と言って、電気ポットを沸かし始めた。スイッチを入れた佐々波先生は、姿勢を正してポットの前に座り、真剣な顔で観察する。その佐々波先生を放っておいて、俺たち三人は、アルバムをケースから取り出した。

 高校時代の凪野弥生が写った卒業アルバム。俺はまず、集合写真を見て、凪野弥生の姿を確認する。一人だけ群を抜いて美人なので、すぐに見つかる。同じクラスに佐々波先生もいた。小学生が学生服を着た感じで、黒縁眼鏡とポニーテールと相まって、田舎臭い印象が拭えない。
 次に、運動会や文化祭などのイベントの写真を見ていく。佐々波先生は、いろいろな場所に写っているが、凪野弥生の姿はない。撮影の日だけ休んでいるのだろうかと思ったが、時折後ろ姿だけ写っていたりするので、写真嫌いなのだろうと想像が付いた。
 あれだけ美人なのにもったいない。そう思うとともに、凪野弥生の生い立ちを思い出す。母親が、いろいろな男の妾をしていた。もしかしたら凪野弥生は、自分の容姿が嫌いだったのかもしれない。

「佐々波先生」
「何? 森木君」

 電気ポットをしっかりと見ながら、佐々波先生は声を返してくる。

「凪野弥生とは、仲はよかったんですか?」

 佐々波先生は、少し考えてから答える。

「私は、親友だと思っていたわ。でも、今思い返せば、私が一方的に、弥生に絡んでいただけかもしれないわね」

 少し寂しそうな顔をして、佐々波先生は告げる。

「彼女に出会ったのは、高校になってからなんですよね?」
「そうよ。私、数学とかパズルとかが好きでね、その手の話ばかりしていたから、友達がいなかったのよ。
 普通の人は、勉強以外のことで頭を使うのって、そんなに好きじゃないでしょう。数式が面白いとか、このグラフが格好いいとか言っても、全然話が噛み合わなくて。そんな中、弥生だけは、打てば響くように、問題を出せば、答えを返してくれたの。それが嬉しくてね。暇があれば、弥生にまとわりついて、いろいろと質問をぶつけていたわ」

 佐々波先生は、わずかに笑みを浮かべて、遠い目をする。学生時代に、きゃっきゃっと言いながら、美人の友人の周りを駆け回っていた姿が、目に浮かぶような気がした。

「私と弥生のこと、周囲の人たちは、変人同士がつるんでいると思っていたみたいね。それと弥生は、周囲に怖がられていたみたい。同窓会に行くと、よく弥生と一緒にいて怖くなかったわねと聞かれたわ」
「怖かった?」

 佐々波先生は、顎をこくんと引く。

「弥生は、人を寄せ付けないところがあったから。自分の周りにバリアみたいなのを張り巡らせて、近寄るなという気配を周囲に放っていたの。
 写真も嫌いだったわね。集合写真を撮る際に、ずいぶんもめたのを覚えているわ。写りたくないと言って、先生に説得されて、渋々フレームに収まっていた。
 人前で何かをするのも避けていた。一人だけで、平穏な人生を送りたい。そう思っていたんじゃないかな。
 学校という人の群れの中で、弥生だけは絶海の孤島で、一人暮らしをしているような雰囲気だった。弥生にとって私は、飼い犬がじゃれてくるような感覚だったのかもしれないわね。今になって、そう思うわ」

 飼い犬という表現は、佐々波先生を上手く言い表しているように思えた。落ち着きなく、尻尾をぱたぱたと振っている子犬のように見える。

 佐々波先生は、一呼吸置いたあと、急須にお湯を注いで、俺たちにお茶を出してくれた。俺たちは、湯呑みを口に運びながらページをめくる。学校の日常風景が並んでいる。その一枚に、凪野弥生一人だけが収まっていた。
 カメラマンが思わずシャッターを切ったのだろう。凪野弥生がレンズに真っ直ぐ目を向けている。吸い込まれるような黒。光を反射していない黒目は、顔に二つの闇が潜んでいるように見えた。

「しかし、美人だな」

 DBが声を漏らす。

「うちの部長や、副部長もたいがい美人だが、それとは違う趣を持っていやがるぜ。何といえばいいんだろうな。無彩色の世界に、わずかに紅を差したような、そんな、はっとさせられる空気をまとってやがる」

 DBの感想に、俺も同意する。同性のアキラはどう思っているのかと思い、尋ねてみる。

「なんだか怖い」
「なぜだ?」

 意外な返答に、説明を求める。

「人間の心って、ふわふわした気体や、揺れ動く液体みたいなものでしょう。この写真の凪野弥生という人は、心が固体のように思えるの。ぶつかったら、一方的に弾き返されるような、そんな感じ」

 心が固体。研ぎ澄まされ、結晶化した心。

「そういえば、佐々波先生。凪野弥生って、霊珠でどんな能力を得たんですか?」

 佐々波先生は、暗い顔をして答える。

「闇球よ。真っ暗な球体。その中に入ったら、目が見えなくなり、音が聞こえなくなる。臭いも感じないし、味覚も触覚も封じられる。そういった能力よ」

 闇球か。凪野弥生に相応しい能力のように思えた。

 部室の扉が開いた。朱鷺村先輩と雪子先輩が入ってきた。二人が入って来ると、部屋の空気が一瞬で変わった。朱鷺村先輩の周囲には、凛とした空気が立ち込めている。雪子先輩の周りは、ほんわかした気配で満たされている。
 DBではないが、美人というものは、よいものだなと思う。少なくとも、昔から一緒にいるアキラや、子供のような佐々波先生では、こうはならない。

「おっ、みんな来ていたのか」

 わずかに驚いた顔をして、朱鷺村先輩が声を出した。二人は佐々波先生に挨拶したあと、椅子を持ってきて座った。

朱鷺村先輩。今日は何をするんですか?」

 俺は、活動内容を確認するために尋ねる。

「佐々波先生。今日は、何か変化はありましたか?」
「なかったわ」
「それじゃあ、今日の部活は終わりだ」
「「「ええーっ!」」」

 せっかく来たのに、もう終わりかよと思った。DBは、露骨にガッカリした顔をしている。アキラは、少し考えたあと席を立った。

「じゃあ、私は空手部に行くね」
「ああ、行ってこい」

 俺は、手を振って見送ってやる。朱鷺村先輩と雪子先輩は、もう帰る準備を始めている。佐々波先生は、のんきにお茶をすすっている。

「部長、副部長! 一緒に途中まで帰りましょう」

 DBが果敢に提案する。朱鷺村先輩は、雪子先輩と顔を見合わせたあと「いいだろう」と返事をしてくれた。俺とDBは、急いで立ち上がり、二人のあとに続いて扉を目指す。扉を抜ける時に、朱鷺村先輩が足を止めて、机に顔を向けた。

「佐々波先生が最後なので、戸締まりと後片付けをよろしくお願いします」
「えっ、私が? 昨日も私がしたんじゃなかったっけ?」
「最後に部室を出る人がするという規則を、決めましたよね?」
「ええと、そうだけど。毎回私?」
「戸締まりと後片付けの手順は、書類にまとめて壁に貼っています。その通りに実行してください。きちんとできますね?」
「はっ、はい。分かりました」

 しゅんとした様子で、佐々波先生は返事をする。どちらが先生で、どちらが生徒なのか分からない。朱鷺村先輩と佐々波先生の性格を考えれば、こういった力関係になるよなと思い、俺は部室を出た。
 下駄箱で靴に履き替え、校舎を出たところで先輩たちと合流した。きっとアキラは今頃、道着に着替えて汗を流しているだろう。俺は、今日こそは帰ったら、フィギュアのデザインを作ろうと考えながら歩き出す。

 朱鷺村先輩が先頭、少し遅れたその横に雪子先輩、二人の後ろに俺とDBが並ぶ形になる。できれば横に並んで歩きたいが、校舎から校門へと続く道は、他の人も通っている。そのため、それほど横に広がることはできない。
 校門を抜けて坂道に出た。道を挟んだ向こう側に、一人の女性が立っている。細身で茶髪の女性だ。顔には化粧っけがない。誰かを待っているのだろうかと思い、その様子を窺う。目が合った。一瞬、笑ったような気がした。どこかで会っただろうか。しかし、思い出せない。
 俺は、朱鷺村先輩たちの背中を追い、その女性の前を通り過ぎる。何か重要なことを見落としているような気がした。しかし、その理由が分からなかった。俺は、答えを見つけられないまま、美人の先輩たちとの下校に、意識を戻した。

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