雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第10話「針丸姉妹 その1」-『竜と、部活と、霊の騎士』第2章 初戦

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◇森木貴士◇

 廃ビルの二階。死霊たちに囲まれた、俺たち新入生三人。その窮地を脱するために、俺は霊珠の力を借りて、白銀の鎧、黄金の騎槍という、霊の騎士の姿を身にまとった。そして、雄叫びを上げながら、敵へと武器を振るった。

 俺は、白銀の体の向きを変える。闘争本能が俺を掻き立てる。一歩進む。武器を構える。肺を震わせ、声を上げる。精神を集中させて、己を一個の殺戮機械と変貌させる。地を蹴った。武器を振った。自分の肉体が、霊体の鎧とともに躍動するのが分かる。騎槍が、光の帯を廃ビルの闇に描く。
 一人が砕け、二人が滅し、三人目が叫喚の中、姿を消した。俺は、野獣のように通路を駆け、敵を殲滅すべく奔走する。アキラが二体目を倒した。俺は五体を破壊した。俺は、自分の中の獣を解き放ち、戦闘の興奮に酔いしれる。
 戦いは怒涛のごとく過ぎ去った。数瞬後には、霊の世界の死体と腐臭が、俺たちの周りにばらまかれた。俺たちは、戦国時代の七人の残党を、この時代で葬り去った。

「なあ、シキ。部長は十人いたと言っていたよな」

 DBの台詞に、俺は頷く。俺は、鎧をまとい、騎槍を持ったまま、心を落ち着けていく。徐々にしゃべれるようになってきた。興奮は収まり、冷静な思考ができるようになってくる。

「そうだったな。残りは三人か。この階にいないのならば、三階にいるんだろうな」

 この階にいた連中は、今の戦闘で全員倒したはずだ。いちおう、すべての扉の中を確かめたあと、上へと続く階段に視線を向けた。
 三階には、おそらく、社長室や会議室があるのだろう。俺は階段に足をかけようとして、その先に、人の気配があることに気付く。霊のものではない。生きている人間のものだ。誰がいるんだ。まったく想像が付かない。俺は、警戒しながら階段を踏む。上の階に、人影が見えた。
 女性のものが二つ。桃色の派手なラメの装束に、身を包んだ人間だ。スカートは短く、そこから黒いストッキングが伸びている。顔はヘヴィメタルでもやっていそうな、禍々しい白黒の化粧をしている。髪は栗毛でツインテールにしてある。
 年齢は高校生ぐらいだろう。まったく同じ格好をした女性が二人。彼女たちは、三階から俺たちの様子を窺っていた。

 そのあまりにも常識を外れた姿から、一瞬だけ霊なのかと思い、否定した。生きている人間だ。物体としての存在感がある。それに何より、戦国時代の兵士の中に、あんな姿をした人間が紛れ込んでいるのはおかしい。
 それだけではない。死霊と彼女たちは、仲間ではないことも分かった。彼女たちの手には、兵士の生首や、千切れた腕が握られていた。三階にいた死霊たちは、彼女たちの手で、片づけられたのだろう。
 いったい、何者だ。その正体を探ろうとした時、階上から声が投げかけられた。

「てめえら、何者だ?」

 彼女たちの声には、親しみも共感もなく、ただ邪魔者を排除するという意思しかなかった。その冷徹さに、俺は全身を緊張させる。

「あんたらこそ、何者だよ?」

 横で、DBが声を張り上げた。アキラも、俺の横に来て、敵意を彼女らに向けている。俺は、何かやばい気がした。目の前にいる、派手な服と化粧の女たちは、普通の人間ではないと思われた。

「姉貴。こいつら、どうも霊珠を持っているらしいよ」
「私たち以外で、霊珠を持っているということは、こいつら敵ということだな」
「そうだね。じゃあ、殺して奪おうよ」
「ああ。そうすれば私たちは、探索人の中で一歩リードする」

 背筋が、ぞわりとした。彼女たちは舌をべろりと出して、けたたましい笑い声を上げた。

 やばい。
 やばい。
 やばい。

 心臓の鼓動とともに、その言葉が頭に響く。俺の心臓が、最大のボリュームで警告の音を発している。

「あんたら、何者だ?」

 俺は、右手の騎槍を握り締めて、少女たちに尋ねる。目の前の二人の少女は、頭のねじが外れたように、体をねじって笑い声を上げた。

「「針丸姉妹」」

 二人の声が唱和した。その直後、俺は喉に痛みを感じた。いったい、何が起きたんだ。俺は喉を押さえて、体をくの字に曲げる。苦しんでいるのは、俺だけではない。DBやアキラも、手を喉に当て、苦悶の表情をしている。

 針。

 DBとアキラの口元に、無数の細かな針が見えた。俺は自分の口を拭う。手に、ちくちくと刺すような痛みが走る。掌を見ると、髪の毛よりも細い、長さ数ミリの針が、大量に付いていた。
 それだけではない。体の露出している部分に、微かな刺激を感じる。目からは、花粉症の患者のように涙がにじむ。口の周り以外の影響は、ごくわずかだ。しかし、喉だけは違う。針による痛みに、苦しめられている。
 俺は、階段の上の二人が、針丸姉妹と名乗ったことを思い出す。名前に使われている「針」という文字は、そのまま彼女たちの能力なのだろう。

 しかしなぜ、俺たちの喉に針が。俺は、自分たちと針丸姉妹の間に、目を凝らす。そして空中に、微細な針が舞っていることに気付く。名前を告げた時、針丸姉妹は、大きく体をねじった。その時に、極小の針を、空中にばらまいたのだ。その針を吸い込んだことで、俺たちは喉に攻撃を食らった。
 俺は喘ぎながら、霊の世界の仕組みについて考える。おそらく、肉体だけでなく霊体も、呼吸をしているのだろう。周囲に漂う霊気を吸い込み、吐き出している。だから霊が傷付いた際に、損傷したままにならず、時間とともに回復する。
 DBは、霊体の総量は保存されるのではないかと、推測を述べた。霊気を失った人間は、その総量を取り戻すために、外部の霊気を取り込もうとするのだろう。その仕組みを利用して、敵は攻撃を加えてきた。霊気の対流に乗せ、霊体の針を漂わせて、俺たちに吸い込ませた。

 俺は口を塞いで、これ以上針を吸い込まないようにする。そして、先輩たちに危機を知らせるために、声を出そうとする。

「――――」

 声が出ない。いや、少しは漏れる。しかし、助けを呼ぶほどの大声にならない。風邪で喉がやられている時のように、わずかな音しか口から出ない。霊体が傷付いたことで、連動している肉体も引きずられて、動きが鈍くなっている。

 俺は、背筋が凍り付くような恐怖を味わう。もし、心臓に一撃を食らうようなことがあれば、喉が機能を低下させたように、心臓も鼓動を弱めるのだろうか。それは、死に直結するのではないか。そうでなくても、脳に酸素が届かず、障害を生じさせるのではないか。
 こういった霊の世界の仕組みは、先輩たちは何も教えてくれなかった。俺たちは、事実を知らされず、とんでもない戦いに放り込まれた。そのことに恐怖を感じるとともに、もう一つの事実にも、俺は気付く。

 俺たちの前にいる針丸姉妹は、霊珠の力を使って、生きた人間と戦う方法を熟知している。どうすれば、自分の能力で、他者を狩ることができるかを把握している。彼女たちはこれまで、何人の生きた人間を相手に、戦いの経験を積んできたのだろう。少なくとも、一人や二人ではないはずだ。
 俺は、DBやアキラに視線を送る。二人も事態に気付いたようで、焦りの表情を浮かべている。精神集中が乱されていくのが分かる。俺の手にある黄金の騎槍は、ぼんやりと姿を失いつつある。体を覆う白銀の鎧は、透明になりつつある。

 階段の上の針丸姉妹が、腰の辺りから何かを抜いて、素早く振った。多段の特殊警棒が伸び、六、七十センチほどの長さになる。霊体ではない、実体の武器だ。霊の攻撃で足止めして、物理攻撃で相手を仕留める。そのためのものだろう。やはり相手は戦闘に慣れている。そのことを実感して、どうやってこのピンチを切り抜けるかを考える。

 アキラが床を蹴った。そして、急に走り出した。階段を下っていた針丸姉妹が、ぎょっとして、アキラの姿を見る。アキラの両手の鉄拳は消えていない。俺よりも遥かに集中力があるのだろう。霊に傷を負えば、肉体も影響を受ける。針丸姉妹が教えてくれたことを、逆にこちらでおこなえば、相手の動きを封じることができる。
 だが、相手は二人。特殊警棒も持っている。無茶だ。それに、喉の痛みもある。アキラは、精神力で無理やり痛みを抑え、息を止めたまま駆けているはずだ。俺は手を伸ばして、アキラを止めようとする。だが、もう遅い。アキラは、階段を数段抜かしで駆け上り、針丸姉妹の一人に鉄拳を叩き込もうとした。

 アキラの両手から鉄拳が消え、バランスを崩して階段に倒れた。一瞬、何が起きたのか分からなかった。だが、霊の世界の光景を見て理解した。針丸姉妹の体から、ハリネズミのように、長く太い針が飛び出ていた。
 遠距離では微細な針。近距離では鉄棒のような針。彼女らは、そのように能力を使い分けている。アキラの霊体は、その針に貫かれて、肉体から引きずり出されていた。その霊の体は、針丸姉妹を覆う針山によって、空中に掲げられていた。
 俺は、階段に倒れたアキラの肉体を見る。魂が抜けたように、表情がなく、目の焦点が合っていない。アキラは、まるで死人のように、階段の上に横たわっている。

「まずは一人を仕留めた。全員倒して、霊珠を回収するよ」
「姉さん。こいつら素人だよ。簡単に狩れるよ!」

 二人は嬉しそうに、白黒のメイクを歪めて、笑い声を上げる。こちらの実力も、完全にばれている。このままでは、俺とDBが一人ずつ倒されて終わるだけだ。
 せめて大きな声が出せれば、朱鷺村先輩と、雪子先輩を呼べるのに。俺は、昨晩の桟橋での戦いを、思い浮かべて唇を噛む。あの二人は、素人ではない。戦い慣れている。この場に呼ぶことができれば、戦況を逆転させることができるだろう。俺は、DBに目を向ける。

「どうにかして、助けを呼ばなければ」

 俺の声は、回復することなく、かすれている。DBが、視線を返してきた。

「二人で逃げれば、追い付かれる。それにアキラを放っておくわけにはいかない。一人が相手を食い止め、もう一人が部長たちを呼ぶしかない」

 DBの言葉に、俺も同意する。喉の痛さに苦しんでいる俺たちは、長い距離を走ることができない。二人で同時に動き出せば、まとめてやられてしまうのがオチだ。問題は、どちらが残り、どちらがこの場を離れるかだ。

「シキ。ここは俺が食い止める。お前が助けを呼びに行け」

 俺は、DBの言葉に驚き、顔を見る。

「何を言っているんだ。DB、お前の能力は写真を撮るだけだろう」
「馬鹿野郎。敵の前で、べらべらと能力をしゃべるな!」

 DBは、声を嗄らしながら、俺の行動をいさめる。

「いいか、シキ。能力の面では、どちらが残っても大差がない。お前の精神集中は乱され、騎士の姿は消えている。それならば、足の速いお前が助けを呼びに行った方が、いくらかましだ。一刻を争う、さっさと行け!」

 DBは、かすれた声で言い放ち、一階へと向かう階段に、俺を突き飛ばした。俺は、数歩たたらを踏む。そしてDBが、針丸姉妹の許に、一歩踏み出したのを見た。ここは言い争う場面ではない。動き出したのならば、全力で自分の役目をまっとうするしかない。

 俺は唇を噛み、階段を下り始める。喉が焼けるように熱い。霊体に突き刺された針が、まだ形を留めているのだ。この針を無効にするには、針丸姉妹を倒して、彼女たちの意識を拡散させる必要がある。
 俺は階段を下り、一階にたどり着く。前方をにらみ、これからのことを考える。通路を抜ければ、外に出られる。そこには、二人の先輩が待っている。俺は痛みに耐え、必死に歩き、出口を目指す。だが目的地に、なかなか到達できない。

 このビルは、なんて広いんだ。行きがけには、それほどの大きさとは思わなかったのに、そう感じる。原因は分かっている。呼吸がままならず、全力で移動できないからだ。わずかな距離が、ひどく遠い。俺は、少しでも早く着くために、懸命に進む。
 DBが、それほど持ちこたえられるとは思えない。DBがやられたあとは俺だ。そうなれば、救援を呼ぶことができず全滅する。その前に先輩たちに、この危機を伝える必要がある。
 俺は、壁に手を突きながら、足を動かす。長い時間をかけて、ビルの中を移動する。出口が近付いてきた。あと少しだ。俺は助けを呼ぶために、ビルの外へと歩み出た。