雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第129話「ようつべ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、動画マニアな者たちが集まっている。そして日々、アニメや映画やネタ動画を見ては、楽しんでいる。
 かくいう僕も、そういった、動的な表現に興味津々な人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、動き回る表現が好きな面々の文芸部にも、動かない表現が好きな人が一人だけいます。動画ハンターの群れに紛れ込んだ、ビブリオマニア。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向けた。楓先輩は、楽しそうに駆けてきて、僕の横に座る。先輩は嬉しそうに、僕の顔を見上げる。眼鏡の下の目は輝いており、僕は心が弾む。ああ、先輩の可愛さは反則ものだ。僕は、めろめろになりながら、声を返す。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、知らない言葉を見かけましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。呂布レベルのネット武勇を誇っています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、書き溜めるためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、電子のささやきを聞いてしまった。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「ようつべって何?」

 ああ、先輩は文章好きのお方なので、動画はほとんど見ていないのだろう。もしそうならば、ようつべの意味に思い当たらなくても仕方がない。動画サイト最大手とはいえ、興味がない人にとっては、触れる機会がないものだからだ。そもそも楓先輩はテレビも見ない。そんな先輩のために、僕はどこから説明するべきか考える。

「楓先輩。ようつべは、キーボードの入力によって誕生した言葉です」
「サカキくん。そのパターンは、これまでにあったような気がするわ。誤変換というものではないの?」

 先輩は、自分の推測に自信があるのだろう。期待の眼差しで僕を見る。

「えー、ちょっと違います。似たような経緯で誕生した言葉ではありますが、微妙に発生のメカニズムが異なります」
「えっ! そうなの?」
「はい」

 僕の返答を聞き、楓先輩は、好奇心に満ち溢れた表情をする。どうやら、先輩の興味を引いたようだ。僕は調子に乗って、迂遠な解説を試みる。

「先輩は、インターネットで動画が見られることはご存じですか?」
「うん。何度か見たことがあるよ。ページ内に画像が表示されていて、クリックすると始まる奴でしょう」
「それらの動画が、どこで公開されているかご存じですか?」

 先輩は、えっ、どういうこと、といった顔をする。どうやら、まるで分かっていないようだ。仕方がない。きちんと話をした方がよさそうだ。

「そういった動画は、動画サイトという場所で公開されているのです。動画サイトでは、そのサービスを多くの人に知ってもらうために、ウェブページ中に動画を埋め込み可能にしているのです。楓先輩が見たのは、その埋め込まれた動画です」
「じゃあ、その動画サイトという場所には、動画がたくさんあるの?」

「そうです。そういった、動画サイトはいくつもあります。最大手は、ユーチューブというアメリカのサイトです。
 他にも、日本の若者に人気なニコニコ動画というサイトもあります。中国の動画サイトも、人によっては利用しています。ヨウクとか、いろいろありますね。まあ、中華系は違法動画が多いので、あれなのですが。
 他にも、ジャンルを絞り込んだものならば、エックス……げふん、げふん」

 危ない危ない、調子に乗って、エロ動画サイトについて語り始めるところだった。楓先輩は、僕が急に説明を中断したせいで、きょとんとしている。すみません。僕は、エロ動画サイトもたくさん知っているのです。しかし、それらは、楓先輩には紹介できません。僕は、突っ込まれないように急いで話を進める。

「そういった動画サイトと、ようつべという言葉は関係しているのです」
「そうなの? それで、どう関係しているの」
「実は、今話した内容の中に、ようつべの正体が含まれています」
「えっ? どこにあるの」
「分かりますか?」
「ちょっと待ってね」

 楓先輩は目をつむり、必死に記憶をたどる。僕は、真剣に考えている楓先輩の顔をじっと見る。無防備な楓先輩の唇が、僕の目の前にある。ああ、触れてみたい。さらに許されるのならば、ベーゼをしてみたい。
 僕は、ドキドキしながら、先輩を見つめる。そうしていると、楓先輩がぱっと目を開いて、僕に視線を向けてきた。

「ようまで一緒だから、中国のヨウクと関係があるの?」
「えー、違います」

 僕は、心臓が爆発しそうになりながら答える。
 ああ、心臓に悪いなあ。急に目を開くなんて反則じゃないですか。顔を近付けていなくてよかったと、ほっとする。

「楓先輩。文字入力を英数モードにして、ようつべと打ってみてください」

 僕は、テキストエディタを起動して、キーボードを楓先輩に渡す。先輩は、たどたどしい様子で、文字を入力した。

 ――youtube

「英語読みしてみてください」
「ユーチューブ? あっ!」

 先輩は、ようやくようつべの正体に気付いたようだ。

「ようつべという言葉は、文字入力を平仮名モードにしたまま、ユーチューブと打ったものなのです。そのため、誤変換とは少し違うのですね。変換は、おこなっていませんので。

 ネット掲示板などで急いでユーチューブと書こうとすると、英数モードにするのを忘れて、ようつべと書いてしまうのです。そのことから、ユーチューブのことを、ようつべと表記するようになったわけです。こういったミスは、割とみんなやってしまいます。そのため、これで、みんなに通じてしまうわけですね。
 実際に使用する際は、そこからさらに文字を削ることもあります。よつべ、つべ、といった書き方も存在します。これらはすべて、ユーチューブという、最大手の動画サイトを指しているのです」

「なるほど、そうだったのね」

 楓先輩は、納得した表情で僕に体を密着させる。先輩は、興奮すると相手に近寄っていく性質を持っている。そのため横に座っていると、体温を感じるほど体を寄せ合うことになるのだ。ああ、役得だ。

「ねえ、サカキくん」
「何でしょうか、楓先輩」

「サカキくんは、ネット巧者よね」
「ええ。匠の技で、ネットを探索いたします」

「そんなサカキくんは、ようつべを、ユーチューブを使いこなしたりしているの?」
「ええ。動画を閲覧するだけでなく、投稿もいたしております」

「そんなサカキくんが、ユーチューブに最初に投稿した動画は何なの?」
「それはですね……」

 うっ。
 何ですか、楓先輩。あなたは、ピンポイントで僕の危険な過去を射抜く、スナイパーですか? 先輩は、ワン・オブ・サウザンドを持った、冴羽リョウですか!

 僕は、最初に投稿した動画の話をするべきか、頭を悩ませる。それは若気のいたりとしか言いようのないものだ。そして、あまり他人には話したくない内容なのだ。ああ……。僕は、苦悶の中、その時の記憶を蘇らせる。

 あれはまだ、僕がネット初心者だった頃の話だ。どれぐらい若かったかと言うと、妖しい画像や動画を見ても、妖怪アンテナが反応しないような幼さを、僕が見せていた時分だった。
 僕は、幼心に、動画サイトというものに興味を持った。そして、動画の投稿を試してみようと思い付いたのである。

 コンピューターを前にして、何か動画をアップしようと考えて、僕ははたと困った。動画サイトに上げるのは、オリジナルの動画でなければならない。著作権とやらを侵害してはならないからだ。社会性溢れる僕は、そのルールに従うことを選んだ。幼いながらに、僕は、なかなかのジェントルマンだったのである。

 そうなると問題は、どうやってオリジナルの動画を用意するかだ。それはやはり、自分で撮影して、編集した動画に限るだろう。
 これはなかなかにハードルが高いぞ。それに、単に動画をアップしても面白くはない。やはり、多くの人が見て、楽しめるものがよい。そういった動画を企画して、撮影しなければならない。
 僕は、徐々にそれが、途方もない事業のように思えてきた。

 小学校の教室で、その登下校で、僕はずっと考えた。授業など頭に入らなかった。まあ、それはいつものことなのだけど。そして三日後に、僕は一つの閃きを得た。脳内で、何かスイッチが押されたのである。

 自分の部屋に戻った僕は、パソコンの電源を入れて、ウェブカメラを起動した。撮影はこれですればいい。音声は、のちほどアテレコをしよう。動画編集ソフトは、無料のオンラインソフトでできる。あとは、動画を撮影するだけだ。
 そこで幼きエンターテイナーであった僕は、一つの動画を撮ったのだ。抱き枕プロレスリング。小学生の僕が、ベッドの上で、美少女の抱き枕と、くんずほぐれつのプロレスをするのである。

 エンターテインメントと言えばプロレス。プロレスと言えばエンターテインメント。そして、男が裸一貫でおこなえる荒ぶるコンテンツ。
 なぜか僕は、その瞬間、そう頑なに信じて、猪木の物真似をしながら、抱き枕とプロレスをする動画を撮影したのだ。そして、音声と効果音を入れて、ユーチューブに投稿したのである。

 その動画は、ネットで話題になった。小学生が、アントニオ猪木の物真似をしながら、美少女の抱き枕とプロレスをするのである。馬鹿としか言いようがない。今思い出すと恥ずかしい。その動画は、動画職人たちに勝手にダウンロードされて、様々な改変バージョンや、マッシュアップバージョンが作られた。そして全世界に、僕の抱き枕プロレスリングの動画が、拡散していったのである。

 つまり、どういうことかと言うと、僕一人が動画を削除しても、どうにもならない状態になったわけである。世界中の様々なクローン動画を駆逐しなければ、黒歴史を消せない状態になってしまったのである。そんな感じで僕は、実は小学生時代に全世界デビューを果たしていたのだ。
 それは忌まわしき記憶である。なぜ僕は、あの日、抱き枕プロレスリングなどという動画コンテンツを作ってしまったのだろう。それも、小学生らしいノリで、調子に乗って十本も……。

「ねえ、サカキくんが、最初に投稿した動画は何なの?」

 楓先輩が僕に尋ねてくる。どうしよう。とてもではないが、説明できない。それに、下手に話をすると、見せてと言われることになる。僕は散々悩んだ挙げ句、先輩に返事をした。

「小学生時代の恥ずかしい動画です」

「えっ? サカキくんの恥ずかしい動画?」
「そうです」

「お漏らしでもしたの?」
「何で、お漏らしですか~~~。僕は、そんなことしていませんよ。ただ、美少女の抱き枕とプロレスを取っていただけですよ~~~~。あっ……」

 僕は自ら、恥ずかしい過去を告白してしまった。

 それから三日ほど、先輩は僕に、抱き枕プロレスリングの動画を、ユーチューブで見せて欲しいと言い続けた。ネットでの検索が怖い楓先輩は、僕に検索をさせようとするのだ。いや、何で自分の恥ずかしい動画を、自分で探さないといけないのですか~~~!
 僕は楓先輩が諦めてくれるまで、必死に部室の中を逃げ回り続けた。