第126話 挿話28「文化祭と因縁の対決」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』
花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、放蕩三昧な者たちが集まっている。そして日々、新しい遊びはないかと探し続けている。
かくいう僕も、そういった、遊び好きな人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。
そんな、ダメ人間ばかりの文芸部にも真面目な人が一人だけいます。諸星あたるの群れに紛れ込んだ、清楚なお嬢さん。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。
僕は、そんな感じの文芸部の部室で、いつものように活動を始めようとした。しかし、その行動は妨げられたのである。満子部長が部員全員を集めて、何やら話すことがあるらしい。その前に少しだけ、この部活の怪しい面々を紹介しておくよ。
●花園中学 文芸部 部員
○三年生
・雪村楓(楓先輩)……三つ編み眼鏡の文学少女。純真無垢。僕の意中の人。
・吉崎鷹子(鷹子さん)……女番長。モヒカン族。隠れオタク。
・城ヶ崎満子(満子部長)……サラブレッド・エロオタク。ザ・タブー。サド。
○二年生
・榊祐介……僕。オタク。中二病。ネットスラング中毒者。
・鈴村真(鈴村くん/真琴)……男の娘。可愛い。僕と仲がよい。だいぶ変態。
・保科睦月(睦月)……幼馴染み。水泳部。水着。健康美。内気。かなり大胆。
○一年生
・氷室瑠璃子(瑠璃子ちゃん)……幼女強い。眼力。僕に厳しい。ツンデレ。
「文芸部員全員集合! 今から打ち合わせをするぞ」
三年生で部長の城ヶ崎満子さんが、大きな声を出した。満子部長は、この文芸部のご主人様。そして、僕の天敵だ。
そんな満子部長は、古い少女マンガに出てきそうな、お嬢様風のゴージャスな容姿をしている。しかし、この姿に騙されてはいけない。その中身は、気高くも真面目でもなく、エロに染まった品性下劣なものだからだ。
満子部長が、そういった困った性格をしているのは、その出自のせいだ。満子部長は、父親がエロマンガ家で、母親がレディースコミック作家という、サラブレッドな家に生まれた。そういった家庭環境であるために、両親から受け継いだ、深遠にして膨大なるエロ知識を保有している。そして性格はSであり、この部室で、僕をちくちくといたぶるのを趣味としているのだ。
いったい、満子部長は、何の話をするのだろう。僕たちは、それぞれの椅子を持って、満子部長の席を囲むようにして集まる。何の打ち合わせなのか想像も付かない。どうせ、ろくでもないことに決まっている。春画研究をしようだとか、張形調査を始めようだとか、他の部員が満場一致で拒否するような内容ばかりを、満子部長はいつも提案している。
「今回は重要な話だぞ」
「はいはい」
いつもと変わらないだろうと思い、僕はぞんざいに返事をする。他の部員もだいたいそんな態度で、楓先輩だけが真面目に聞いている。
「今は秋だ。秋と言えば、この学校では文化祭だ。だから、文化祭の出し物を決めなければならない。今日はその話し合いだ」
ぬおっ、本当に重要な話だった! 意外すぎる展開に、部室は驚きの声で満たされる。
「どうしたんですか満子部長、真面目なことを言って。熱でもあるんですか?」
僕は、部員を代表して聞く。
「おいおい、サカキ。私はこの部活の部長だぞ。それに普段から、真面目な話しかしていないではないか」
どの口が言う、と僕は思う。真面目な話が出る確率は、ソーシャルゲームの無料ガチャでレアを引くよりも低いじゃないか。
それにしても、文化祭が近付いていたとは知らなかった。そういえば去年もあったような気がする。自分の記憶に自信がなさすぎる僕は、去年何をしたのか、まったく思い出せない。
僕が、うんうん言いながら、頭を抱えていると、一年生で、僕の年下の氷室瑠璃子ちゃんが手を挙げて、発言を求めた。
「ほい、氷室!」
満子部長は、横柄な態度で指を差す。
「文化祭は、どんなことをやるのですか? たとえば、去年何をしたのかとか、教えていただきたいのですが」
僕は心の中で、よい質問だよ瑠璃子ちゃん、と喝采を送る。これで、僕の失われた記憶も取り戻せるというものだ。
満子部長は、ふんぞり返った姿勢で答える。
「花園中学の文化祭は、舞台の出し物と、教室や屋外の模擬店や展示で構成される。前者は、演劇部や吹奏楽部などが、タイムスケジュールに従って、いろいろと出し物をする。そして後者は、かなり自由に、好きなことをできる。
去年、文芸部は、部室で闇鍋を企画した。何が入っているのか分からない鍋をつつきながら、箸でつかんだものについて、即興でポエムを詠むというものだ。
なかなかカオスな内容だったぞ。われら文芸部を訪れた者たちで、保健室の九割を占拠したという、快挙を成し遂げた。花園中の文化祭史上初めての偉業だった。私たちの奮闘は、歴史に名を刻んだのだ!」
満子部長は、手を振り上げて言う。
記憶に残っていない理由が分かった。それはまるで、悪夢のような三日間だったからだ。金曜日、土曜日、日曜日と開催される文化祭のすべての日で、僕は保健室送りにされた。それはもう、忘れたくなること、この上ない悪夢だったと断言できる。
瑠璃子ちゃんは、それは本当のことですかといった顔で、周囲を見渡す。満子部長以外の全員が、気持ち悪そうな顔をしている。闇鍋を思い出して、吐き気を募らせているのだ。僕は瑠璃子ちゃんにそっと伝えたい。あの日、あの時、あの場所に、君がいなかったことは、幸運だよと。そんな上級生たちの反応を見て、瑠璃子ちゃんは、怖じ気づいたような顔をした。
「あの、当日は、胃薬を持ってきた方がよいのでしょうか?」
「何、心配するな。二度も同じことはしない。聖闘士に同じ技は二度も通じぬからな」
僕は突っ込みたくなるのを必死にこらえながら、何をたくらんでいるのか尋ねる。満子部長のペースに乗ると、ろくでもないことになるからだ。
「今年はな、喫茶店を開こうと思う」
「随分、普通の企画を選びましたね」
僕は、率直な感想を述べる。
「おいおい、普通のわけがないだろう。ちゃんと、ひねりを入れておいた」
「何をたくらんでいるのですか?」
「企画ポスターを作ってきた。こいつを見ろ!」
満子部長は、机の下からポスターを取り出して、壁に貼る。そこには、猫耳メイドの可愛いイラストが描いてあった。
「猫耳メイド喫茶だ。受けるぞ。たくさん客が入ること間違いなし。サカキ。楓が猫耳メイドの格好で、給仕をしてくれる喫茶店があればどうする?」
「通いますよ! 一日十回は通って、コーヒーを飲みまくりますよ!」
僕は興奮しながら、拳を突き上げる。その様子を見た楓先輩は、「みんな、そんな格好をするの?」と、満子部長に恥ずかしそうに尋ねた。
「ああ。全員する。いちおう、みんなに確認してみよう。鷹子。猫耳メイドの格好はどうだ?」
満子部長は、女番長として名高い鷹子さんに尋ねる。鷹子さんは、暴力の権化で、喧嘩っ早い、恐ろしい人だ。しかし見た目は、長身でスタイルが抜群によい美人さんだ。きっと、猫耳メイド姿になると、格好いいメイドさんになるだろう。
「ちっ。可愛い服装か。まあ、満子がどうしても着れと言うのならば、着ないでもないがな」
鷹子さんは、ぶっきら棒に言う。どうやら、本当は猫耳メイドの姿になりたいのだけど、キャラ的に合わないから、渋々着るといった筋書きにしたいようだ。つまり、猫耳メイドに、是非ともなりたいわけだ。鷹子さんは、外見と性格に反して、可愛いものが異様に好きだ。
「次は、睦月だ。お前はどうする?」
僕の幼馴染みで、部室でいつも水着姿の睦月は、僕に視線を向ける。
「ユウスケは、猫耳メイドは好き?」
「大好きだよ」
「満子部長。猫耳メイド姿になります」
睦月は、手を斜め上四十五度に上げ、満子部長に返事をする。やる気満々だ。
「次は鈴村だ。お前はどうだ?」
僕の親友で、人目を忍んで男の娘になるのが好きな鈴村くんは、恥じらいの表情を見せる。
「部長がどうしても猫耳メイド服を着れと言うのならば、仕方なく僕も着ます」
絶対に、仕方なくではなく、嬉々としてだ。現に、鈴村くんの表情は、溢れんばかりの
喜びに満ちている。
僕は頭が痛くなった。確かに、猫耳メイド喫茶は大歓迎だ。しかし、満子部長のことだ。どこかに罠があるに決まっている。すんなりと、いくわけがないのだ。
「氷室、お前はどうする?」
「制服でしたら着ますが」
瑠璃子ちゃんは、特に抵抗なく答える。そういえば瑠璃子ちゃんは、自分の家の店番で、露出の多いチャイナ服を、制服として身に着けている。猫耳メイドなどで動じるわけがない。
「楓、お前も着るよな?」
満子部長は、楓先輩に顔を向ける。楓先輩の猫耳メイド姿は、是非とも見たい! 僕は、熱い眼差しで、先輩の顔を注視する。どう答えるのだろう。僕は、必死に返答を待つ。
「みんなが着るなら、仕方ないから着るけど」
楓先輩は恥ずかしそうに言う。ああ、恥じらっている先輩の顔も素敵だ。僕は、ぽーっとなりながら、その様子を眺める。
「よし、決まった。サカキ、お前も猫耳メイドになれ!」
「はい。……うぇっ!?」
僕は驚きで目をむいて、満子部長の顔を見る。
「ちょっと待ってください。いったい、どういうことですか?」
「何だ、分かり切ったことではないか。楓は、部員全員が猫耳メイドならば、その格好をすると言った。サカキは、楓の猫耳メイド姿を見たい。つまり、サカキは猫耳メイドになる。これ以上に自明のことがあるというのか? ないだろう」
ぐっ、確かにそうだ。僕が少しだけ変態チックな服装をするだけで、楓先輩の猫耳メイド姿が見られるのならば儲けものだ。満子部長の台詞も、もっともだ。いや、ちょっと待て、その理論はおかしくないか。僕は満子部長に視線を向ける。
「男子は、執事の格好でもいいんじゃないですか?」
「何を言っている。鈴村も猫耳メイドになると言っているのだぞ。お前だけわがままを言う気か?」
「うがっ……」
逃げ道が塞がれていた。鈴村くんは、実は男の娘だから、嬉々として女装をしようとしているだけだ。しかし、鈴村くんは女装子であることを僕以外には隠している。ここで僕が自分の身を守るために、そのことをばらしてしまうのはまずい。僕は馬鹿で間抜けだけど、約束は守る男だ。仕方がない。ここは涙を飲んで、猫耳メイドになろう。
「わ、分かりました」
「よろしい」
「み、満子部長……」
「何だ?」
「猫耳メイド喫茶は、おそらく、それだけではないのでしょう?」
僕の質問に、満子部長はにやりとする。
「察しがいいな」
「いったい、どんな裏企画が用意されているのですか?」
僕は、手に汗をかきながら尋ねる。満子部長は、文庫本サイズの二つ折りの厚紙を取り出して、手裏剣のように僕に投げてきた。
「うわわっ」
僕は、投げられた厚紙を受け取る。その表には「未来性器ブラジル」と書いてある。卑猥だ。考えるまでもなく、満子部長の手によるものだ。
「開けてみろ」
「はあ」
僕は、二つ折りになった厚紙を開く。そこには、四ページの掌編小説が入っていた。
「その小説は、ブラジルのコーヒーを頼んだ客に出す。喫茶店では、部員の人数分の豆のコーヒーを出す予定だ。
コーヒーの産地にはいろいろとある。イエメン、エチオピア、ケニア、タンザニア、インドネシア、ハワイ、グアテマラ、コスタリカ、コロンビア、パナマ、ブラジルなど、多種多様だ。その豆のコーヒーを頼むと、その産地をテーマにした掌編小説が付いてくるというわけだ。
文芸部だから、部誌を教室に置いて展示するという方法もある。だがな、その方法では、よほどの暇人でないと読んでくれないだろう。だから、猫耳メイド喫茶で客を釣り、コーヒーを注文させて、その一杯を飲む間で読める、掌編小説を提供する。
さらに、コンプ要素も設けて、全銘柄注文しないと、すべての小説を読めないようにする。文化祭は三日ある。それだけの期間があれば、全編制覇も夢ではない。それを可能にするために、コーヒーの価格はぎりぎりまで安くする。
喫茶店として儲けるのが目的ではない。文芸部の文章を客に読ませるのが、目的だからな。どうだ、渾身の企画だろう」
僕は、真剣な顔をして考える。確かに、よくできた企画だ。準備はそれなりに大変だが、文芸部の活動を知ってもらうにはよい作戦だ。とても、去年闇鍋を考えた人の企画とは思えない。
「満子部長にしては、随分まともな企画を考えましたね」
「そうだろう。われながら、よい企画だと思う。これが企画一だ。次は二を説明するぞ。舞台での出し物だ」
「えっ?」
どういうことですか? 文芸部が、何の因果が合って、舞台に立つというのですか。
僕が頭を悩ませていると、満子部長は、机の下からもう一枚ポスターを出して、壁に貼る。
――演劇部V.S.文芸部 因縁の対決 朗読V.S.批評の宴
そこには、悪の帝王のような姿にコラージュされた、演劇部の部長で生徒会長の花見沢桜子さんが、炎をバックに立っていた。
「どうだ。よいできだろう」
「因縁の対決って、どういうことですか?」
「春先に、花見沢が職権濫用で、私たち文芸部の部室を乗っ取ろうとしただろう。だから、その仕返しに、舞台の使用申請をこっそりと出しておいたんだ。そして、演劇部の演目の直後に、この企画が入るようにねじ込んだのだよ。
つまり、演劇部を見に来た連中に、演劇部と文芸部の対決を無理やり見せるわけだ。そして、私たちが勝利する!」
満子部長は、ガッツポーズを取る。
「あの、勝つって、どうやって?」
僕は、話の流れが分からずに尋ねる。
「ポスターに書いてある通りだ。朗読対批評。文芸部で短編小説を一つ選び、演劇部が朗読したあと、文芸部がその作品に対する批評を語るわけだ。そして、どちらが面白かったか、あるいは心に響いたかを観客に投票してもらう。
すでに花見沢には、挑戦状を叩き付けてある。そして、受けて立つという返事をもらっている。あとは、文芸部が勝つだけだ!」
僕は、嫌な予感がしてきた。猫耳メイド喫茶がまともだった分、こちらはきっと危険な内容だ。いや、猫耳メイド喫茶も、僕にだけ危険だったが、この対決企画は、もっと危険なはずだ。
「どうしたサカキ。困ったような顔をしているな」
「ええ。胸騒ぎがするのですよ」
「お前の勘は正しい。この企画の責任者は、お前だ」
「ぶっ!」
「サカキが、短編小説を選び、サカキが舞台に立ち、花見沢と戦うのだ」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!!!」
「私はサカキを陰から操る、ポケモントレーナーというわけだな」
「僕はポケモンですか!」
僕は、思わず叫ぶ。
「大丈夫だ。衣装はすでに決まっている。店の宣伝も兼ねて、猫耳メイド服だ」
「ぐふっ!!!」
僕は、吐血して倒れた。
何ということでしょう。僕は、全校生徒と、父兄と、文化祭に訪れたお客さんたちの前に、猫耳メイド姿で立つことになったのです。そして、演劇部の部長にして生徒会長の花見沢桜子さんと、対決することになってしまったのです。
……どうしてこうなった。
そして、放心状態の僕を置いてけぼりにして、怒涛の文化祭準備活動が始まったのである。