雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第94話 挿話25「鈴村真くんとの夏休み」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、少しだけアブノーマルな人間が集まっている。そして日々、秘密の扉を開く活動をし続けている。
 かくいう僕も、そういった知の探索者の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そういった、怪しいディレッタントな面々の文芸部にも、真面目で学究肌の人が一人だけいます。変態紳士の群れに紛れ込んだ、初心な女科学者。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 ――僕と先輩の文芸部は、今は小休止。なぜならば夏休み中だからです。その夏休みも、あと少しで終わるという時に、同じ二年生の鈴村真くんに、僕は呼び出されたのです――。

 僕は電車で移動して、大きな町の駅に着いた。その改札の前で、鈴村くんと待ち合わせをしているからだ。昨日の夜、僕がネトゲをしていると鈴村くんから電話がかかってきた。オフ会があるから、一緒に参加して欲しいと。僕は特に用事がなかったし、他ならぬ親友の頼みだ。一も二もなく承諾して、今日、この場所にやって来たのである。

「しかし、何のオフ会何だろうな」

 僕は、一番重要なことを聞いていなかった。ネトゲのオフ会かな。僕は、そんなことを考えながらスマホをいじっていた。

「サカキくん」

 鈴村くんの声が聞こえて、僕は顔を上げた。肩を出した白いワンピースを着た、鈴村くんが立っていた。頭には麦わら帽子を被っており、手には大きなスーツケースを持っている。僕はその姿に息を呑んだ。
 鈴村くんは、華奢な体に、女の子のような顔立ちの男の子だ。そんな鈴村くんには、他人に隠している秘密がある。実は鈴村くんは、女装が大好きな、男の娘なのだ。彼は家に帰ると、女物の洋服を着て、等身大の姿見の前で、様々な可愛いポーズを練習している。そして、女の子の格好をする時には、「真琴」という女の子ネームに変わるのだ。僕は、その真琴の姿を、これまでに何度か見たことがある。鈴村くんは、その真琴の姿をして、待ち合わせ場所にやって来たのだ。

「おはよう、サカキくん」
「う、うん。おはよう、鈴村くん」

 僕は、ドギマギして答える。鈴村くんの姿は、そこいらの美少女よりも、よほど可愛く美しかった。いつもは学校なので、男の子向けの学生服を着て、すっぴんだ。でも、今日は思う存分着飾って、メイクもばっちりきめている。鈴村くんの女子力は、五十三万ぐらいありそうだ。

「それで、鈴村くん。その大きな荷物は何?」
「今日のオフ会の準備だよ」
「そんなにたくさん持っていくの?」
「ううん。僕の荷物は、そんなにないよ。この中のほとんどは、サカキくん用のものだよ」

 言っていることの意味がよく分からなかった。僕は、きょとんとした顔をする。そんな僕を無視して、鈴村くんは話を続ける。

「オフ会の前に、カラオケ店に行こう」
「歌を歌って景気づけでもするの?」
「ううん。オフ会の準備だよ」

 僕にはよく分からないが、準備が必要らしい。僕は、鈴村くんに言われるがままに、カラオケ店に入った。

「す、す、す、鈴村くん!」

 密室に入った鈴村くんは、僕の前でスーツケースを開けた。そこには、可愛らしい洋服や化粧道具が所狭しと詰め込まれていた。鈴村くんは平然とした顔で、この道具は、僕のために用意してきたという。今日鈴村くんが参加するのは女装オフ会で、そこに行くには女装が必須だそうだ。そのオフ会に誘われた僕も、当然女装する必要がある。鈴村くんは、そう主張する。

「いや、さすがに、僕は遠慮したいかな」
「サカキくん、僕と一緒にオフ会に参加してくれると言ったよね?」
「うん、まあ、言ったけど」
「サカキくんは、僕一人に女装オフ会に行けと言うの?」

 鈴村くんは、男の子の癖に、女の武器を使って僕に罪悪感を抱かせる。ぐ、ぐぐ。ずるいぞ鈴村くん。そんな表情と仕草をされたら断れないじゃないか。美少女鑑定士たる僕の心に、満点を付けさせる鈴村くんに、僕が断りの言葉を言えるわけがないじゃないか。

「仕方がないから、着てもいいけど、鈴村くんみたいに可愛くならないと思うから。あまり期待しないでね」
「大丈夫。僕がばっちり可愛くしてあげるから」

 鈴村くんは、ものすごく嬉しそうに言った。
 僕は服を脱がされ、鈴村くんが用意した服に着替えさせられる。胸は特に入れないことにした。中学生だから胸がなくても、それほど不自然ではない。服は、体のラインがあまり出ないゆったりとしたものだ。大きなティーシャツに、だぶだぶのズボン。鈴村くんは、こういったストリート系の服も持っているのかと、ちょっと意外だった。
 服を着替えたあとは、メイクが始まった。僕は椅子に座って、鈴村くんにすべてを委ねる。目元に手を加えられるのはドキドキした。唇に紅を入れられるのは、くすぐったかった。終わったあと、かつらを頭に被せられた。その髪の毛を整えてから、鏡を見せられた。そこには、美少女とは言えないけど、それなりに見られる女装姿の男子中学生の顔があった。

「やはり、鈴村くんみたいにはならないね。元の素材が違いすぎるよ」
「そんなことないよ。サカキくんも可愛いよ」

 鈴村くんは力説してくる。そうかなあ。単純な僕は、可愛いくなったような気がしてきた。そしてこれならば、女装オフ会に参加しても、女子力で遅れを取らないように思えてきた。僕の女子力は百ぐらいだろう。女子力五十三万の鈴村くんに、百の僕。二人合わせて五十三万百もある。
 圧倒的じゃないか、わが軍は。僕は、ブルース・リーの映画を見たあとのような気分になりながら、鈴村くんとともにオフ会の会場に向かった。

 オフ会は、喫茶店を借り切って開催されていた。そこに入った瞬間、僕は背筋が凍りついた。そこには、女子力ならぬ筋力がみなぎる男児や、美醜の範疇を越えた傾奇者が勢ぞろいしていた。
 僕と鈴村くんは、怪奇屋敷に足を踏み入れた、可憐な少女のような状態になってしまった。

 数は二十人ぐらいだろう。そのどれもが、偉丈夫であり、一度見たら夢に出そうな前衛的な姿をしていた。というか、この人たちは、なぜ女装をしているのだろう。普段は、ボディービルダーとかアスリートとか、そういった肉体派な仕事に就いているのではないだろうか。
 そして何よりも僕を驚かせたのは、鈴村くんに向けられた無数の嫉妬の目だった。文字に書き起こせば、「キーッ! あの子、可愛い子ぶっちゃって!」という感じである。その視線は、思春期の乙女のものとしか言いようのないものだった。

「ねえ、サカキくん。どこに座る?」

 恐ろしいことに、鈴村くん自身は、周囲の感情にまったく気付いていなかった。何というスルー力。まあ、それぐらいの鈍感力がなければ、変態はやっていけない。鈴村くんは、僕の遥か上を行く、高度な変態さんだ。だから当然スルー力も段違いだ。
 鈴村くんのスルー力は、女子力と同じ五十三万ぐらいだろう。僕のスルー力は、女子力と同じで、百程度だと思う。

「あなた、本当に男の子なの?」

 鈴村くんの肩に、一人の屈強な女装子の手が置かれた。盛り上がった筋肉に、日焼けした肌。その顔には、紫のシャドーが入れられており、褐色の肌を鮮やかに彩っていた。それは、美術のセンスという意味では満点に近かった。女性的美しさとは無縁だが、一つの美の完成系にいたっていた。
 僕は名札を見る。大豪院鬼女とある。きっと、鈴村くんの「真琴」と同じような女の子ネームなのだろう。その鬼女さんは、ぬふうといった表情で、鈴村くんに顔を寄せてきた。

「はい。男の子です。でも、この格好をしている時は、男の娘ですけどね」

 鈴村くんは、恥ずかしそうに笑みをこぼす。何というフェイスフラッシュ。僕の汚れた心が、一瞬のように浄化されそうになる。鬼女さんも、その光のまぶしさ気圧されて、恐れの表情を見せた。
 その時である。部屋の奥から声が聞こえてきた。

「やめなさい、鬼女さん。初めてきた同志を疑ってどうするのです。嫉妬の心もよくないですよ。私たちは、他人と比較するためではなく、自分の人生を楽しむために女装しているのですから」

 老人の声だ。誰だろうと思い、僕は顔を向ける。会場の一番奥。上座の位置に、落ち武者のようなざんばら髪に、長いひげの老人が座っていた。その髪やひげは白く、服装はセーラー服だった。老人は、思わず長老と呼びたくなる風貌をしており、名札には長老子と書いてあった。
 おそらく、女の子ネームだろう。苗字が長で、名前が老子だと推測できる。その老子さんは、机の上の浅い箱を手で示した。

「そこに、名札とサインペンがあります。自分の女の子ネームを書いて、胸に付けなさい。クリップ式になっているから、服に穴は空きません。だから安心しなさい」

 僕は、老子さんの細やかな気遣いに感心する。さすが長老。できた人だと思う。鈴村くんは、名札に鈴村真琴と書く。僕は何と書こうかと悩む。

「ねえ、鈴村くん。僕は、どう書こうか?」
「名前のあとに、子や女を付けるのが定番じゃない?」
「そうか。じゃあ、サカキ子……」

 カキ子って何だよ。何をかくんだよ。せめて、人前でかくのは恥ぐらいにしたい。僕は、横線を引いて、違う名前に変える。

「サカキユウ女」

 ユウ女って何だよ。遊女みたいじゃないか! 僕は、どうしてこうなったと、頭を抱える。

「サカキユウ子でいいんじゃないの?」
「そうだね」

 僕は、どうやらこの場の空気に頭を狂わされているらしい。鈴村くんの進言に従い、ユウ子で通すことにした。

「それでは、女装オフ会を始めます。みなさんご存じの通り、今日は初めてきた同志が二人ます。鈴村真琴ちゃんと、サカキユウ子ちゃんです」

 老子さんの言葉とともに、拍手が鳴り響き、歓声が上がる。僕は照れくささを感じながら頭を下げる。

「ねえ、鈴村くん。それで、この会は、何をするところなの?」

 普通にお茶を飲んで終わり、という雰囲気ではなかったので尋ねる。

「うん。女子力を判定してもらうんだ」
「えっ?」
「それぞれの女装子さんたちが、新参の僕たちの女子力を数値化して投票するんだ。一度、自分の女子力を見てもらいたいかったんだ」

 僕は周囲を見渡す。よくよく見れば、みんな審美眼に長けてそうな面構えをしている。只者ではない。僕は、自分の美少女鑑定士としての力も試されていると感じた。

「それではみなさん。手元のスマートフォンタブレットに、真琴ちゃん、ユウ子ちゃんの女子力を記入してください。サーバーで自動で集計されて、私の手元に表示されます」

「何だかハイテクだね」

 僕は鈴村くんに耳打ちする。

「うん、長老子さんは、有名なIT会社の社長さんらしいよ」
「えっ?」
「女装が本業で、趣味で社長をやっていると、掲示板で書いていたよ」

 僕は、頭が痛くなってきた。

「それでは発表します。真琴ちゃん。女子力は……五十三万、飛んで二百五十六!」
「おおー!!」

 会場がどよめく。フリーザ並みの女子力だ。そして、僕の美少女鑑定士としての能力も証明された。人間スカウターである僕は、美少女の女子力を、正確に見抜くことができるのだ。
 次はいよいよ僕だ。僕の見立てでは百はある。鈴村くんに比べれば微々たる数字だけど、かなりいい線いっているんじゃないかと思う。

「ユウ子ちゃんの女子力は……十六!」
「ああー!」

 えっ? 何か、盛り下がっているんですけど。 僕ってそんなにいけていません?
 そう思っていると、最初にからんできた大豪院鬼女さんが、ぬふうといった感じでやって来た。

「真琴ちゃんはさすがだな、女装子鑑定士の私の目から見ても完璧だ。しかし、ユウ子ちゃんは、まだまだだ」
「あの、どこがいけなかったんでしょうか?」

 服は鈴村くんが用意してくれたし、メイクも鈴村くんがしてくれた。外見だけは、それなりに高いレベルになっているはずだ。鬼女さんは、親指をびしりと立て、自分の胸元に突き立てた。

「これが足りない」
「大胸筋ですか?」
「違う。ハートだよ。真琴ちゃんには、溢れる女装愛がある。しかし君にはない。しかし大丈夫だ。いずれ君も真の女装子になる。私のような偉大な女装人に成長するだろう」

 大豪院鬼女さんは、姿勢を正し、筋肉に覆われた体で優美なポーズを取った。その姿はギリシア彫刻的美しさを持っていた。その様子は、ミケランジェロが思わずルネサンスしてしまいそうな感動を、僕に与えてくれた。

 僕は思わず、「はい!」と全力で答えそうになる。いやいや、待て待て。そもそも僕は男の娘ではないぞ~~~~~~!
 横を見ると、鈴村くんが僕の方を向き、期待で目を輝かせていた。鈴村くんは、どうやら同志を求めているようだ。僕は危うく、鈴村くんの策略で、男の娘の世界に引きずり込まれそうになってしまった。