雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第128話 挿話29「文化祭と保科睦月」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、マニアックな者たちが集まっている。そして日々、こだわり抜いた趣味的活動に没頭している。
 かくいう僕も、そういった偏執狂的な人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、変態的な人間ばかりの文芸部にも、普通の人が一人だけいます。逸般人の群れに紛れ込んだ、一般人な娘さん。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 楓先輩と僕の部活は、今は文化祭準備の真っただ中。満子部長が、猫耳メイド喫茶をすると言い出したために、どうやって実現しようかと右往左往しているのです。何せ去年の出し物は闇鍋で、喫茶店をやったことなど一度もないのです。これは困った。本当に困った。

 というわけで僕は、同学年で幼馴染みの保科睦月と、食器類をどうやって調達するのか、打ち合わせをしていたのである。

「ねえ、睦月。食器をどうしようか? きちんとそろっていた方が、いいに決まっているんだけど、お店ができるような数は、家にないからねえ」

 僕は、部室の自分の席で、隣にちょこんと座った睦月に話しかける。
 睦月は、子供の頃から、野山で一緒に遊んだ友人だ。しかし、中学生になった頃を境に、僕との会話がほとんどなくなってしまった。その代わりに、部室で競泳水着やスクール水着姿で過ごし始めたのだ。睦月はいつも、僕の真正面の席に座って、じっと僕を見ている。僕は、どうすればよいのか分からず、途方にくれている。まあ、水着姿の美少女を毎日拝めるのは、素直に嬉しいんだけどね。
 その睦月が、今日は僕の横に、水着姿で座っているのだ。

「一ヶ所、当てがあるの」

 睦月が、僕に向かって声をこぼした。

「えっ? 食器がたくさんある場所を知っているの」

 僕は、驚いて尋ねる。

「ううん。喫茶店を。私が月に二、三度行っているところ」
「へー、常連なの?」

「常連と言うほどではないと思うけど、顔見知りのところ」
「何というお店なの?」

スク水喫茶。以前、ユウスケと一緒に取材に行った、松熊さんのお店」
「あっ」

 僕は思い出す。そういえば、春に睦月と取材に行ったことがある。その日はちょうど、スク水プレミアムデーで、僕も水着になり、睦月とインタビューをしたのだった。

「松熊さんのお店には、普段使っていない食器がいろいろとあるそうなの。それらを借りられたらと思って」
「なるほど。それはありかもしれないね。いつ行こうか?」

「今日がいいと思う。もし駄目なら、他を当たらないといけないから」
「そうだね。連絡してから行った方がいいよね」

「私が連絡する。連絡先は控えているから」
「じゃあ、お願いするよ。さっそく帰る準備をして、コアキバに行こう!」

 僕は、睦月と部室を出る。コアキバは、秋葉原のような商店街だ。そのコアキバまで、僕たちは電車で移動した。

「話は分かりました」

 僕たちは、コアキバのスク水喫茶に入った。そして、店長の松熊さんと向かい合って、席に着いた。
 松熊さんは、四十代ぐらいのヒゲ面の、むさいおじさんだ。そしてその姿で、スクール水着を着て、エプロンをかけている。どう見ても変態さんだけど、この店のコンセプトがスクール水着なので仕方がない。まあ、そのコンセプトを決めたのが、この店長の松熊さんなのだけど。

「テーブルの数と、それぞれの椅子の数は、どうなっています?」

 松熊さんの質問に、睦月が答える。

「テーブルが八卓に、椅子はそれぞれ四脚です」
「ということは、三十二セットは欲しいところですね」
「はい、部員は七名いますので、食器を洗う時間は、きちんと取れますから問題ありません。椅子の数と同じだけあれば、回せると思います」

 睦月は、僕と話す時以外は、言葉数も多く、てきぱきと話を進める。ううん、この差はいったい何なのだろう。僕と話す時だけ、寡黙になるんだよな。

 僕は、話を進めていく睦月の様子を観察する。まるで、有能なキャリアウーマンのようだ。そして横にいる僕は、無能なダメ社員。
 あれ、僕がここにいる理由は何? 話し合いに全然参加していないぞ。僕はもしかして、いらない子? 僕は、自身のレーゾンデートルに疑問を持ちながら、睦月の横で神妙な顔をする。

「保科さんの話は分かりました。数自体は、お店の方でも提供できます。しかし、無償でお貸しするというのは難しいです。食器をお貸しすれば、いくつかは壊れる可能性があります。そういった際に、弁償ができるのかという問題があります。
 保科さんたちは中学生です。そして、部の活動の一環として、食器を借りにこられています。弁償となった際には、誰がどうお金を出すのかという問題が出てきます。

 対処方法はいくつかあります。破損した場合を見越して、保険料という形で些少のお金をいただくという方法が一つ。その場合は、何かあった場合は、保険料でけりを付けることになります。
 あるいは、保証金という形で、いくらかのお金を預けていただき、何事もなければ、そのままお返しするという方法もあります」

 むむむ。無償では貸してくれないのか。保証金を選ぶにしても、最初にまとまったお金を用意しないといけない。それはかなり難しい。
 まあ、ただで貸すわけにはいかないというのは、当然と言えば当然だ。松熊さんにとっては、商売道具なわけだ。中学生の文化祭ならば、一つや二つ、カップが割れてもおかしくない。そういった際に、トラブルにならないように、あらかじめ、どうするかを決めておく。それは大事なことだ。
 松熊さんは、睦月や僕を子供扱いせずに、きちんと真摯に向かい合ってくれている。子供らしいわがままは言いたくない。こちらも、きちんとした話をしたいところだ。

 僕はちらりと睦月を見る。珍しく学生服を着ている睦月は、どうしようといった顔で、不安そうに僕に視線を送っている。僕は、現在残っている部費を頭の中で計算する。準備は食器だけではない。コーヒー豆も買わないといけない。衣装の準備も必要だ。食器にかけられるお金はあまりない。
 しかし、できれば食器は、きちんとそろえたいところだ。家から各自持ってくるという手もあるが、それだと、同じテーブルでも、器が違うということになる。あまり美しいとは言えない。せっかく猫耳メイドで全員が服装をそろえるのだから、食器にもこだわりを見せたいところだ。

 僕はしばらく考えたあと、カバンからノートパソコンを取り出して広げた。モニターに、満子部長が作った、猫耳メイド喫茶のプレゼン資料を表示する。接客する部員は、猫耳メイドの姿。コーヒー豆の種類ごとに、掌編小説を付ける。そういった企画を松熊さんに説明したあと、真面目な顔をして、僕は声を出した。

「松熊さん。僕たちの猫耳メイド喫茶に、広告を出しませんか?」
「ほう」
「僕たちがおこなう猫耳メイド喫茶と、松熊さんの経営するスク水喫茶の客層は、非常に近いと思います。コーヒーとともに出す掌編小説に、広告を挟み込みます。サイズは一ページ分。印刷費用はこちら持ちです。そのバーターとして、食器を貸していただく。それでどうでしょうか?」

 松熊さんは、数秒考えたあと、にこりと笑った。

「分かりました。差し挟んでいただきたい広告は、PDFで用意して送ります。それでよいですか?」
「はい」

 松熊さんは、大きな右手を前に出してきた。僕はその手を握る。話がまとまった。

 松熊さんは、コーヒーをおごってくれた。僕と睦月は、店内でゆっくりとコーヒーを飲むことになった。僕は、店内のスク水の店員をチラ見しながら、睦月と談笑を始める。

「いやあ、上手くいってよかったね」

 僕が笑いかけると、睦月は、少ししゅんとした顔をして、肩を落とした。

「どうしたの睦月?」
「私ががんばろうと思ったのに、けっきょく上手くいかず、ユウスケが話をまとめてくれた」
「えっ。でも、段取りを付けて、交渉の段階まで話を運んだのは睦月じゃないか。僕は最後の条件だけ、辻褄を合わせただけだよ」

 僕は、睦月を持ち上げようとする。しかし睦月は、しょんぼりとしている。

「私はいつも、ユウスケに守られたり、助けられたりしている」

 睦月は、悲しそうな顔をする。

「そんなことないよ! お世話になっているのは、むしろ僕の方だよ! 僕は、類まれなるダメ人間らしいからね」

 僕は、明るく笑いながら、睦月に元気を出してもらおうとする。睦月は、しばらく僕の顔を眺めたあと、しょうがないなあといった感じで、笑みを漏らした。そして、僕をじっと見つめてから、にっこりと微笑んだ。その表情は、とても可愛らしく、僕は少しだけ心が揺らぐのを感じた。
 その時である。甘い香りとともに、大きな体が、僕たちの席に近付いてきた。

「ホットケーキを焼きましたから、食べて行ってください」

 松熊さんは、僕たちの間に、一枚のお皿を置いた。その皿の上には、チョコレートでハートマークを描いた、ホットケーキが載っていた。

「ねえ、睦月。松熊さん、絶対勘違いしているよ」

 僕は睦月にささやく。睦月はなぜか、にこにこしている。そして、厨房に去る松熊さんに、そっと目礼をしていた。
 うーん、睦月は、ここの常連さんだから、何か僕の知らない話でもあるのかなあ。よく分からないなあと僕は思う。それとは別に、僕は小腹が空いていた。ホットケーキの香りは、そんな僕の食欲をとても刺激した。

「食べる? 睦月」
「うん」
「何だか嬉しそうだね」
「ここのホットケーキ美味しいよ」

 睦月はホットケーキを切り分けて、取り皿に盛ってくれる。せっかくだから、いただくとしよう。僕は、睦月とホットケーキを食べ始める。

「うわっ、本当に美味しいや!」
「でしょ」

 睦月は僕に、満面の笑みを見せる。その笑顔はとても輝いていた。僕は少し恥ずかしくなり、コーヒーを飲んだ。睦月は、そんな僕を見て、心の底から嬉しそうな顔をした。