雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第258話 挿話63「卒業式と吉崎鷹子さん」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、荒ぶる心を持つ者たちが集まっている。そして日々、熱き血潮をたぎらせ続けている。
 かくいう僕も、そういった、二次元画像を見て興奮する系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、血気盛んな面々の文芸部にも、温和な人が一人だけいます。暴れ馬の群れに紛れ込んだ、のんびり屋の象さん。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 そんな楓先輩と僕の文芸部は、そろそろ最終ページが近付いている。三年生たちが学校を旅立つ、卒業式が間近に迫っていた。

 卒業式の前日、僕は放課後の早い時間に部室に顔を出した。

「おっ、サカキ。授業は終わったのか?」

 部室の中央の机には、吉崎鷹子さんがいて、マンガを片手にポテトチップスを食べていた。

 鷹子さんは、高圧的で、暴力的で、僕にアニメや、マンガや、ゲームをよく持ってこさせるモヒカン族だ。そして、僕を部室の真ん中に立たせて、それらの作品の批評や解説をさせる、恐ろしい人だ。
 その鷹子さんは、長身でスタイルがとてもよく、黙っていればモデルのような美人さんだ。でも、しゃべると怖い。手もすぐに出る。武道を身に付けていて、腕力もある。ヤクザの事務所に、よく喧嘩に行く。そして、何もしていなくても、周囲に恐るべき殺気を放っている危険な人なのだ。

 今日も、何か無理難題を振られるのかと思い、僕は警戒しながら、鷹子さんの様子を窺う。僕がそういった態度を取っていることに気付いた鷹子さんは、不敵な笑みを見せて、僕を手招きした。

「何ですか、鷹子さん」
「まあ、そこに座れ、サカキ」

「今日は、どんな無茶振りをする気ですか?」
「安心しろ。生死に関わるようなことはしない」

 うう、死なない程度に何をするのですか? 肉体の損傷に関わる程度のことは、されそうだ。僕は、おっかなびっくりしながら、鷹子さんの横に腰を下ろした。

「本当に、危険はないんですね?」
「ああ、手は出さない。今日、明日はな」

 鷹子さんは、珍しく優しげに言った。そして、僕に笑顔を向けてきた。

「それにしても、この一年、サカキはエロゲ状態だったな」
「と言いますと?」

「ハーレムだよ、ハーレム。美味しい状態を堪能しやがって」

 エロゲ大好きの鷹子さんは、心の底からうらやましそうに、僕のすねを蹴った。そして、この文芸部のことを語りだした。

「まずは、三つ編み眼鏡の書痴、楓だろう。そして、お嬢様風で巨乳な、淫語使いの満子。幼馴染みで献身的な、健康水着美少女の保科。それに、美少女と見まごう美少年の鈴村。さらに後輩には、ロリ系毒舌美少女の氷室がいる。そこに、どうでもいい感じの容姿の、サカキが紛れ込んでいるわけだ」

「ええー、どうでもいい感じとは、どういうことでしょうか?」

 僕は、やんわりと突っ込みを入れる。

「鷹子さん自身は、どうなんですか? ハーレムの一員ではないのですか?」

 同じエロゲ仲間の気安さから、鷹子さんに尋ねる。

「私か、そうだな。美人格闘家だな」
「えっ、草薙素子ばりのメスゴリラじゃないですか?」

 ゴンッ! 僕の弁慶の泣き所が、派手な音を立てた。僕は、椅子の上で悶絶する。

「手を出さないと言ったじゃないですか!」
「手は出してないぞ。足しか出してない」

 そうですか。ええ、そうですか。
 僕は知っている。鷹子さんが、足技だけでも、ヤクザを倒せることを。

「まあ、サカキにとってのメインヒロインは、楓だろうな」
「そうですね」

「サカキの趣味は、第一に眼鏡。第二に三つ編み。第三に貧乳。第四に読書家。第五に好奇心旺盛な性格。そういったところではないか?」
「そんなところですね。鷹子さんの方は、どうなんですか?」

 鷹子さんは、僕と同じようにエロゲで遊ぶ。そして、たいていの場合、全キャラ攻略する。だから、その好みがどういったものなのか、僕も把握していない。可愛い子が大好きなのは知っているが、それ以外のことは不明だ。この際、きちんと確かめておこうと思い、僕は尋ねた。

「そうだな。第一に、庇護欲を駆り立てる可憐な容姿。第二に、控えめで従順で素直な性格。第三に、ちんまりとしていて華奢で触れたら壊れそうな雰囲気。第四に、少女趣味の服装。第五に、誰からも愛される、そういった幸せいっぱいのキャラクター。そんなところだな」
「鷹子さんと、正反対ですね」

 ドゴンッ! 僕の腹に、蹴りが入った。その痛みに僕は悶絶する。

「ああ、確かに、私と真反対だよ! でもな、そういった女の子に、私はなりたかったんだよ。ゲームの中ぐらいは、憧れてもいいじゃないか」
「……い、いいと思いますけど、……蹴るのはなしにしてください」

 僕は、必死に懇願する。

「それで、サカキ。恋の進展はあったのか?」

 鷹子さんは、不遜な態度でそっくり返り、僕の恋愛事情を尋ねてきた。

「花園中学文芸部という、ハーレム系エロゲの恋愛ステータスですか?」
「そうだ。メインヒロインは、……楓は落とせたのか?」

 鷹子さんは、ストレートに聞いてきた。

「いや、それがなかなか」
「そうだろうな。サカキを見ていたらもどかしい。会話を重ねて好感度を上げても、フラグを全然立てられていない。
 おい、こら、キーボードとマウスを貸せ、私が攻略してやる! 横で見ていて、何度もそう思ったよ」

「そうなんですか?」
「ああ。私は、恋愛ゲームの攻略には、一家言あるからな」

 自身の恋愛話など、まるでない鷹子さんは、自分がさも恋愛の達人であるように僕に語ってきた。いや、あの、鷹子さんの恋愛熟練度は、僕と同等か、それ以下だと思いますよ。

「ふっ、岡目八目という奴だろうな。この一年、私なら、十二回は楓を攻略していたぞ。そのたびに、エッチ画像をコレクションして、もうカレンダーを作れるぐらい、画像を集めているぞ」
「いや、あの、勝手に僕の楓先輩を裸にして、画像を集めないでください」

「そんな、弱気な態度だから、フラグが立たないんだよ! 歴史上の偉人も言っていただろう。立たぬなら、立たせて見せよう、エロフラグ」
「そんな、言葉はないですよ! はあ、鷹子さんは、エロゲ脳なんですから」

「お前も、人のことは言えないだろう」

 鷹子さんは、どっちもどっちだろうと言いながら、僕に体を寄せてきた。その拍子に、ふわりと、いい匂いがした。鷹子さんの女子中学生の香りが、僕の鼻を満たしてきた。
 鷹子さんの顔は、僕のすぐ前にある。荒ぶっていない鷹子さんは、そんじょそこらのモデルさんよりも美人だ。そのことを、今さらながらに思い出し、僕は心臓をどきどきさせる。

「なあ、サカキ。私は思うんだよ」
「何をですか?」

「楓のことなんだがな」
「楓先輩が、どうしたんですか?」

「あいつは、あれなんじゃないかと思うんだ」
「あれって、何ですか?」

「あれだよ、あれ。攻略不可能キャラという奴だ!」

 鷹子さんは、真面目な顔で、そう宣言した。僕は、その台詞の重大さに驚き、ごくりと唾を飲み込む。

「いや、さすがに、そんなことはないでしょう」
「だがな、考えてみろ。楓は、普通のエロゲのメインヒロインといった容姿ではないぞ。普通なら、脇役的な存在だ。
 そういったキャラに、予算のないエロゲ会社なら、攻略ルートを用意していない可能性は、充分考えられるんじゃないのか? あるいは、そこに主人公が行くと思っておらず、シナリオと画像に予算を割いていないことだって、当然あり得るぞ。

 エロゲの制作者は、そのゲームの神様だ。この世界の神様も、そういったエロゲ制作者と同じような事情や考えがあるのかもしれない。もしかしたら、サカキがプレイする、花園中文芸部のハーレム系エロゲには、楓攻略ルートが、そもそも存在してない可能性もあるぞ」

 鷹子さんの恐ろしい考察に、僕は仰天する。いや、さすがにそんなことはないだろう。僕は無神論者だから、絶対神的な何かを想定したりはしない。人間はすべて、自由意思で行動していると考える系の人間だ。いわんや、楓先輩が、この世界を作った創造主によって、攻略不可能キャラに設定されているなんて、受け入れられることではない。

「さすがに、無茶な理論でしょう」
「そうか? もしかして、サカキにも心当たりがあるんじゃないのか? 恋愛フラグを立てたつもりになったら、その直後に一転してフラグがへし折られたり、どう考えても、フラグが立つはずの場面で、その存在すら見当たらなかったり。それは、神が仕組んだ罠かもしれないぞ」

 鷹子さんは、僕を哀れむような目で見る。そ、そんな! 僕の恋愛は、神の見えざる手によって、決して成就しないとでも言うのですか!?
 僕と、鷹子さんは、しばらく顔を見合わせ続ける。しばらく経ったあと、鷹子さんはいきなり立ち上がり、自分の席に戻って、重そうな紙袋を持って戻ってきた。

「いやあ、卒業して、サカキにしばらく会えなくなるなあと思って、サカキに借りていたゲームを探していたら、返し忘れたゲームが、出てくるわ、出てくるわ。というわけで、今日、全部持ってきた」

「えっ、こんなに? うわっ、一年以上前に貸したものもある。どこにしまったか分からなくなっていたのは、鷹子さんの家にあったのですか!」
「すまん、すまん!」

 鷹子さんは、僕の背中をびしばしと叩きながら言う。

「あれ?」

 僕は、紙袋の中に、一つのパッケージを見つける。それは、すべてのヒロインが攻略不可能キャラということで話題になった、迷作エロゲだった。

「『難攻不落☆コンスたん&ちのーぷる』」
「そうだ。コンスたんと、ちのーぷるというダブルヒロインで、ファンの期待を盛り上げていたのだが、箱を開けてみると、どちらのヒロインも難攻不落すぎて誰も攻略できなかったという、伝説のエロゲだ」

「攻略不能で、エロシーンが見られないゲームは、厳密に言うとエロゲではないと思うのですが」
「いや、エロゲだ。私は、この難攻不落のエロゲを攻略した」

「えっ、どうやって?」

 ネットで誰もクリア報告がないゲームを、どうやって攻略したのだろう?

「山越えだよ。山越え。山野という男性キャラを攻略すると、コンスたんと、ちのーぷるの間に割り込めるのだ。そうすると、二人を同時にものにできる。恋愛ゲーム巧者の私は、ぴんと来た。そして、誰もがなしえなかった、難攻不落キャラを攻略できたのだ!」

 鷹子さんは、拳を握って振り上げる。

「まあ、その攻略法を思い付くまで、一年ほどかかったのだがな。おかげげ、サカキにゲームを返すのが遅くなってしまった」

 鷹子さんは、さも当然そうに言う。いや、借りっぱなしだったのは、この一本だけではないのですが。

「というわけで、私は恋愛の駆け引きに関しては、かなりの手練れなわけだ。その私の目から見て、楓は攻略不可能キャラに見えるわけだ。あいつは、何を考えているのか、分からない奴だしな」

 あまりにも自信満々に、攻略不可能と鷹子さんが言うせいで、僕は、楓先輩攻略に自信がなくなってきた。

「まあ、がんばってみろ。あと一日ある」
「そうですね。あと、一日ですね」

 明日は卒業式。楓先輩との文芸部もおしまいだ。僕は、大きなため息を吐く。そんな僕の頭に手をやり、鷹子さんはくしゃくしゃとかき回してきた。

「まあ、当たって砕けろだ」

 砕けたくないなあと僕は思う。

「私の見立てが、間違っている可能性もあるわけだしな」

 鷹子さんは、にっと笑った。
 僕は、肩を落とす。そんな僕に、鷹子さんは優しい視線を注ぐ。僕は顔を上げた。そして、僕を見つめる鷹子さんに、視線を向けた。

「そういえば、鷹子さん自身は、攻略不可能キャラなんですか?」

 僕の問いに、鷹子さんは、きょとんとした顔をする。そして、豪快に笑いだした。

「ばーか、私が攻略可能なキャラでも、サカキが攻略しないだろう」

 そして、おかしそうに笑いながら、僕の背中をばんばんと叩いてきた。

「痛い、痛いですよ!」
「愛情表現だよ!」

 鷹子さんは、僕の背中を、びしばしと叩く。そんな鷹子さんの目元には、うっすらと涙が浮かんでいた。
 鷹子さんも明日、卒業するのだ。僕の心に、鷹子さんとの二年間の思い出が蘇る。それは暴風のような日々だった。そして、エロゲやマンガ、アニメについて語り合った日々だった。

「お世話になりました」

 僕は、真面目な顔で告げだ。鷹子さんは、顔を背けて僕の頭に手を置いた。そして、いつもとは違ったとても優しい手つきで、僕の頭をなでてくれた。