雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第256話「神対応」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、神に近付こうとしている人たちが集まっている。そして日々、神がかった言動をし続けている。
 かくいう僕も、そういった、何かに憑依されていることを疑われる系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、神を目指す面々の文芸部にも、そんなことを考えもしない人が一人だけいます。神格化されたいと願う、歴史上の偉人たちの集会に現れた、本物の女神様。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。僕は楓先輩の顔や体を、なめるようにしてみる。神は細部に宿る。楓先輩の姿は、完璧な部品に、完璧な配置が積み重なった、この世の奇跡としか思えないものになっている。僕が神様ならば、世の中のすべての人間を、楓先輩のクローンにして、世界中を楓先輩で埋め尽くすのに。そんな、壮大な妄想を展開しながら、僕は楓先輩に声を返した。

「どうしたのですか、先輩。知らない言葉が、ネットにありましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。手塚治虫がマンガの神様として崇められているように、僕はネットの世界のごく一部で、神として崇められています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、神速で書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、あまりにものんきな人たちを目撃した。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

神対応って何?」

 楓先輩は、僕にぴったりと寄り添い、明るい笑顔で尋ねてきた。僕は、そんな楓先輩の華奢な体を見下ろしながら、心の中でガッツポーズを取る。
 今回は、楽勝だ。何の憂いもない言葉が来た。そのことに僕は、戦う前から勝った気になる。僕は、楓先輩の、三つ編み眼鏡姿の可憐な容姿を見下ろしながら、意気揚々と説明を開始する。

「楓先輩。神対応とは、企業などのユーザーサポートで、依頼者が考えていたよりも、遥かに良質のサポートが受けられた時に使われる言葉です。

 たとえば、製品の故障や不具合を知らせた際に、無償で交換に応じてくれたり、素晴らしい対応をしてくれたりした時に、この言葉は用いられます。また、接客業において、心温まる対応をしてくれたり、はっとするような目覚ましい対応をしてくれたりした際にも、使用されます。
 この神対応は、相手の対応に満足して、高く評価する場合に使われる言葉です。ネガティブな意味の多いネットスラングの中では、珍しくポジティブな、それも最大級の賛辞を表す貴重な言葉です。

 さて、ではなぜ、そういった対応を、神対応と言うのでしょうか? そこには、日本人の宗教感が反映されているように思えます。日本は、多神教の土壌を持ち、神仏習合の歴史を持ちます。そういった環境では、一神教の国々よりも、神様という存在は、より身近で雑多なものです。
 まあ、言ってみれば、妖怪と神の境界も曖昧な世界なわけです。お客様は神様です。そういった言葉もあるように、ちょっとしたことにも、神という言葉を使うわけです。
 このような意識は、ネットでもよく見られます。ネットでは、少しでも自分にとって嬉しい行為をしてくれた人に、神という言葉をよく贈ります。いい仕事だ! といった、感謝を表す際に、神という言葉を用いるわけです。
 そういった、日本人的価値観と、ネットの習慣から、神対応という言葉が生まれたのだと思います」

 僕は、神対応についての説明を終えた。今回は、楽勝だったなあと、僕は思った。
 楓先輩は、なるほど、そういうことなのね、と言葉を漏らしながら、うんうんと点頭する。どうやら、納得してくれたようだ。僕は、にこにこしながら、楓先輩の次の一言を待つ。

「ねえ、サカキくん」
「何でしょうか、楓先輩?」

「サカキくんは、神対応されたことがある?」
「ええ、ありますよ。僕は、ネットを通して、人生経験豊富ですからね」

「その神対応の内容を教えてくれない? 具体的な例が知りたいの」
「ええ、いいですよ。僕が受けた神対応は……」

 そこで僕は凍りつく。そう。僕が神対応を受けたのは、エロゲを買った時のことなのだ。そして、卑猥な神対応をされたのである。僕は、その時のエピソードを、まざまざと脳裏に蘇らせる。

 それは、僕が、ある学園物のエロゲを買った時だった。「髪型コレクション」。それは、様々な髪型の女の子をコレクションして、脱衣バトルをするというゲームだった。
 その作品には、各髪型の女の子ごとに、サイドストーリーが用意されていた。それは、掌編小説的なものだったのだが、なぜか三つ編み眼鏡のキャラの話だけ、文庫本一冊ほどのボリュームがあり、僕は感動したのだ。

 これは、僕のような人間のためのゲームだ。そう感じた僕は、感動したユーザーの義務として、とても長い感想文を書いて、メーカーに送ったのだ。僕は、われながらよい仕事をしたと思い、満足した。そして、返信が来るなどとは、思ってもいなかった。
 なぜならば、それは僕からメーカーへの一方的なメッセージであり、その言葉に応える義務は、メーカー側に微塵もなかったからだ。

 しかし、僕の予想は、よい意味で裏切られた。ある日、家に帰った僕は、宅配物が届いていると、母親に告げられたのだ。何だろう? 僕は、疑問に思いながら、差出人欄を見た。DNNと書いてある。デジタル・何でも・ヌード。僕が長文の感想文を送ったエロゲ会社だ。
 通販で直接商品を購入したから、僕のメールアドレスと住所は紐付いている。何が送られてきたのだろうかと思い、自分の部屋に入り、段ボール箱を開けてみた。中には、包装紙に包まれた箱と、手紙が入っていた。

 僕はまず、手紙から読んでみることにした。僕の感想に対する、長文の返信が入っていた。それは、A4用紙で十枚にもおよび、その神対応に僕はいたく感激した。しかし、僕が真に驚いたのは、その先だった。手紙の最後の方に、包装紙に包まれた箱について触れていたのである。

「私が書いた三つ編み眼鏡のキャラクターに感動してくれたサカキユウスケ様に、私が厳選した、キャラクターのイメージに合わせた商品を送らせていただきます」

 うん? キャラクターのイメージに合わせた商品って何だろう。
 キャラクターグッズかな。僕はそう思いながら、包装紙を開けて、盛大に噴き出した。そこに入っていたのは、可愛らしい女の子の絵が描かれたパッケージの、とある商品だった。それは、肉厚なシリコンでできている、中学生に送りつけるべきではないたぐいの品物だった。

 確かに、パッケージに描かれている女の子は、三つ編み眼鏡さんだった。箱には、「図書委員長の××」と書いてある。僕は、その神対応に、戦慄を禁じえなかった。というか、あまりにも斜め上すぎて、思考を停止してしまったのである。

 このシリコン製の品物を、試すべきか、試さざるべきか。僕は二十分ほど考えた。しかし、とてもとても純真な僕は、三つ編み眼鏡さんを汚す行為に躊躇して、そのとある商品を段ボール箱に納めて、そっと閉じたのである。
 神対応恐るべし。そういった神レベルの対応を、僕は経験したのである。

 しかし、そんなことは、楓先輩には語れない。そのシリコン製の物体が、何であるのかを、楓先輩に話さなければならなくなるからだ。そして、そもそもの発端がエロゲであることも、説明しなければならなくなるからだ。

 どうすればよいのだろう? 楓先輩は、僕を期待の眼差しで見上げている。そんなまぶしい視線にさらされて、僕は抗うことができずに、告白しなければならないと考える。
 どうすればいいか? 核心を語らなければよいのではないか。ゲームの感想を送ったら、プレゼントが贈られてきた。そのことだけを話せばよい。そうだ。それこそが正解だ。よし、その方針で行こう! 僕は心を決めて、口を開いた。

「楓先輩。少し前のことですが、ゲームの感想をメーカーに送ったら、長文の返信に加えて、プレゼントまでもらったのです」

 僕は、可能な限り抽象的に、自分が受けた神対応の話をした。すると楓先輩は、ぱーっと明るい笑顔を見せて、僕に尋ねてきた。

「へー、何をプレゼントされたの? サカキくん、教えてちょうだい!」

 楓先輩の純真無垢な表情は、僕を地獄の底に叩き落とした。
 お、終わった。 さすがに、それは言えません。シリコン製の何かについて詳しく述べるわけにはいきません。
 僕は、心を鬼にして、勢いよく立ち上がる。そして、猛ダッシュで廊下へと逃げ去った。う、う、うわ~~~ん! 僕は、愛する楓先輩の視界から、雲隠れしたのである。

 それから三日ほど、楓先輩は、僕がどんな神対応を受けたのか、ことあるごとに聞きたがった。しかし、これだけは、口が裂けても言えない。僕はそう思い、必死に逃げ回った。
 三日が経ち、楓先輩は、飽きて通常運転に戻った。僕は、楓先輩の要求に、神対応出来なかった不甲斐なさを思い、早く神格化されるレベルの、ネット民になりたいなあと思った。