雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第255話「原作レイプ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

f:id:kumoi_zangetu:20140310235211p:plain

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、泣き寝入りばかりしている人たちが集まっている。そして日々、よよよと泣きながら暮らし続けている。
 かくいう僕も、そういった、涙を呑まずにはいられない系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、やられてばかりな面々の文芸部にも、圧倒的な力で我が道を進む人が一人だけいます。植民地化された土地に降り立った、現地のことをまるで知らない女支配者。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と駆けてきて、僕の横にちょこんと座る。楓先輩の服装は、定規で測ったかのように、きっちりとしている。その姿は完璧超人で、男性が卑猥な目で見ることを、思わずためらう清らかさを持っている。そんな汚れを知らない、神の使徒のような楓先輩に、僕は声を返す。

「どうしたのですか、先輩。初見の言葉が、ネットにありましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。第一回十字軍が、聖地エルサレムの奪還という大義名分を掲げて、都市やその住民を蹂躙したように、僕は有用なデータのローカル保存という大義名分を掲げて、画像掲示板の画像保存に血道を上げています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、一次創作で書きまくるためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、二次創作をためらわない人たちを目撃した。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

原作レイプって何?」

 僕は、楓先輩の言葉に、一瞬身を固くする。先輩の口から、レイプなんて言葉が出るとは思ってもいなかったからである。レイプという言葉は、日本語に訳すと強姦、婦女暴行である。かなり危ない言葉だ。清らかな楓先輩の口からは、本来出るべきではない言葉だと言えるだろう。

 しかし原作レイプの意味自体は、そこまで危険なものではない。この言葉が主に使われるのは、紙媒体作品の映像化である。そして、それが著しく改悪されたり、できが悪かったりする場合に、罵倒の言葉として使用される。
 とはいえ、そういった映像化の失敗は、よくあることだ。そして、誰かが肉体的に痛めつけられるわけではない。まあ、原作者やファンが、精神的に傷付くので、心理的暴力とは言えるのだが。

 とりあえず、原作レイプという言葉自体に危険性はなさそうだ。そう思い、説明を開始しようとしたその刹那、僕の背中に柔らかいものが当たった。そして、首に二本の腕が巻きつけられた。

「ほう。今日は原作レイプの話か! ドンドンパフパフー。原作付き、駄作コンテスト~~~!!」

 あっけらかんとした、明るい声が響き渡った。げーっ、孔明! 僕は、慌てて振り返る。そこには、たくらみに満ちた顔をした、この文芸部のご主人様、僕の天敵、三年生で部長の、城ヶ崎満子さんが立っていた。

 満子部長は、古い少女マンガに出てきそうな、お嬢様風のゴージャスな容姿をした人だ。しかし、この姿に騙されてはいけない。その中身は、気高くも真面目でもなく、エロに染まった品性下劣なものだからだ。
 満子部長が、そういった困った性格をしているのは、その出自のせいだ。満子部長は、父親がエロマンガ家で、母親がレディースコミック作家という、サラブレッドな家に生まれた。そういった家庭環境であるために、両親から受け継いだ、深遠にして膨大なるエロ知識を保有している。そして性格はSであり、僕をこの部室で、ちくちくといたぶるのを趣味としているのだ。

 その満子部長が、僕の背後に立ち、僕に胸を押し付け、腕を首にからませてきたのである。

「な、何ですか、満子部長!」
「だから、今日のテーマは、原作付き、駄作コンテストなんだろう? どんなひどい作品があるのかを、語り合おコーナーなんだろう」

「ちょっと待ってくださいよ。いろいろと語弊がありますから!」

 僕は、何だか嫌な予感がして、満子部長に声を返す。

「何だよう。いいだろう。駄作として評価が固まっている作品も、それはそれで意味があるんだから。反面教師として、人類の貴重な一里塚になっているわけだしな。
 僕たちは、あの戦争を忘れない。
 原作レイプの作品は、そういった感じで、原作者やファンたちの心を焦土にする恐るべき精神兵器なわけだ。それは、心理学的リトルボーイガンバレルウラニウム活性実弾。心を完全破壊する核兵器なわけだ。
 まあ、何を言っても大丈夫だろう。王様の耳はロバの耳。どうせ、私たちの話は、この文芸部の人間しか聞いていないわけだからな!」

 満子部長は、楽しそうに僕に胸を押し付けながら言う。僕は、そんな満子部長の台詞を聞いて、危険な臭いをかぎ取り反論する。

「壁に耳あり、障子に目あり。現代の社会は、壮大なる監視社会ですよ! 僕たちの会話も、どこで誰が聞いていて、ツイッターなんかに投稿するか、分からないわけです。すべての会話は、ネットに漏れると思ってくださいよ!
 原作レイプと評される作品だからといって、それらの作品をあげつらいたくはないです。監督やスタッフや関係者が、どこで、僕たちの会話を目にするか、分からないじゃないですか!」

「デ~ビル、デ~ビル、デ~ビルマ~ン。ドラゴンなボールが、エボリューション~」

 満子部長は、謎のオリジナルの歌を歌い出す。楓先輩は、何が起きているのか分からないといった顔で、ぽかんとしている。僕は、どうしたものかと考える。
 満子部長は、創作に真摯に取り組む人間には寛容だ。しかし、創作をなめるような人間には辛辣だ。原作レイプと言われる作品には、そういった作品が少なからずある。満子部長にとっては、擁護すべき必要がないと思うのも当然だろう。

 この話題は、長引かせない方がよい。満子部長が、延々と毒を吐く場になってしまいかねない。監視社会の話は冗談にしても、楓先輩とは楽しい話をしたい。楓先輩との貴重な会話の時間を、愚痴や罵倒の場にしたくはない。どうせなら、よい作品について、意見を交換し合いたいのだ。
 そのためにも、さっさと原作レイプの説明をして、この話は打ち切ろう。僕は、そう結論付けて、話し始めた。

「楓先輩。原作レイプとは、二次的な創作において、その出来が悪かったり、受け手が許容できない改悪がなされたりした際に、原作が強姦されたようだという意味で、用いられる言葉です。
 この原作レイプは、主にマンガや小説の映像化において使用されます。マンガの実写化やドラマ化やアニメ化で、ファンからブーイングが出るような時に、この言葉が使われます。

 では、どういった場合に、原作レイプと呼ばれるようになるのでしょうか? それは、主観的な問題なのですが、いくつか共通点も見られます。
 まず挙げられるのは、予算の都合なのか、スケジュールの都合なのか、監督の力量なのか、単純にできがひどい場合です。
 また、尺の都合で内容が改編されたり、重要なシーンが飛んでしまったりして、話の意味が変わったり、理解できなくなったりする場合も当てはまります。

 それだけではありません。まだ終わっていない原作をアニメ化する上で、原作ファンが許容できない話の展開を入れた場合も該当します。同様に、オリジナルキャラクターが挿入されており、それが原作ファンの心を逆なでする場合も、原作レイプと呼ばれます。
 それ以外にも多くの理由があります。設定が大きく改編されている場合。絵柄が変わっている場合。原画が崩壊している場合。声がイメージと違う場合。

 また、主要登場人物がジャニーズで締められている場合や、剛力彩芽が関わっている場合も、原作レイプ率が高いと言わざるを得ないでしょう。実写化で、演技の素人を主人公に当てるのも、原作レイプになる可能性が高いです。

 そして、当然のことながら、制作者に、原作に対する愛情が欠如している場合にも、原作レイプとして非難の対象になります。
 監督が、原作を読んだことがないと公言する場合は、唖然とするしかありません。原作が嫌いなスタッフによって作られることもあり、それは誰も幸福にならないので、やめていただきたいです。

 また、できあがったシナリオが、原作の主張と真逆になっていたりする場合も、擁護できません。監督やスタッフの、ただの自己主張の場になってしまっている場合も、糾弾されるべきでしょう。
 基本的に、原作に対するリスペクトが足りない際は、叩かれるケースが多いです。そもそも、原作の名前を使うなという話になりますので。

 ただ、原作レイプは主観的なものです。人によって、原作レイプと取るかどうかは異なります。世の中には、原作が著しく改編されて、原作者や一部のファンが反発しながらも、大いに世の中に広まったという事例があるからです。

 端的に言うと、ディズニーやジブリの作品には、そういったものが多いです。映像化される際に、原作からかけ離れた内容になっていることが、ままあります。そして、作品によっては、古くからのファンから、あれは違うと言われたりしています。しかし、大いにヒットしています。人々に愛されたりしています。

 原作レイプという言葉は、かなり過激な言い方になりますし、人によって受け止め方が違うものです。なので僕としては、そういった作品よりも、傑作、佳作、秀作について楓先輩と語り合えればなあと思います」

 僕は話を締めて、次の話題に移りたいというサインを、楓先輩に送った。

「なるほどね。それで、サカキくん。原作レイプの作品って、具体的にどういったものがあるの?」

 ぶほっ! 楓先輩は、僕のサインを、華麗にスルーした。そして、ミルクをおねだりする子犬のような顔で、しっぽを振りながら、僕にぴったりと寄り添ってきた。
 僕は答えを躊躇する。そうしていると、背中に豊満な胸が押し付けられた。満子部長だ。その豊かな胸で僕をぐいぐいと押しながら、満子部長は語りだす。

「よし、楓、教えてやろう。そうだな。まずは『デビルマン』だ。マンガやアニメの実写化は地雷傾向が強いのだが、その中でもこの作品は群を抜いている。伝説の原作レイプ映画として、人々に語り継がれている。
 次は、『DRAGONBALL EVOLUTION』。ハリウッドにより映像化される場合には、原作の内容が大きく改編されて、原形を留めないケースが多い。そして、原作成分が数パーセントしか残らないケースも多々ある。原作が大作であればあるほど、そういった改編は、叩かれる理由になる。

 また、原作者が激怒したという意味では『ゲド戦記』がある。この作品の原作者はアーシュラ・K・ル=グウィンという女性だ。彼女の作品では、個人的には『闇の左手』が好きだ。両性具有種族の話は、エロい目線で見られて、二次創作を読んでみたいと思わせるものがあるからだ。
 雄としても、雌としても、生殖行為を経験できるなんて、それはもうどんなエロマン……」

「ちょっと待ってください! 話が変な方に逸れていますよ!!」

 僕は、暴走する満子部長を、慌てて止めた。油断も隙もあったものではない。放っておくと、すぐにエロトークに持って行こうとする。
 必死の説得の甲斐あって、満子部長はどうにか会話を止めてくれた。疲れ切った顔を僕がしていると、楓先輩が声をかけてきた。

「ねえ、サカキくんは、そういった原作レイプと呼ばれる作品について、どう思うの?」

 うっ。楓先輩とは、あまりネガティブな議論はしたくなかったのだが仕方がない。求められれば答えるのが、楓先輩の信奉者としての僕の責務だ。

「そりゃあ、腹も立ちますよ」
「なぜなの?」

 楓先輩の問いに、僕は答えを躊躇する。僕の怒りの矛先は、作品にではなく、原作レイプをした人たちに向かうことが多いからだ。それは、単なる個人攻撃になりかねない。
 僕が悩んでいると、僕の肩に、満子部長が顔を乗せてきた。そして、僕の顔の横で語りだした。

「作り手がどういった人間か、何を考えているのかは、正直どうでもいいんだよ。できたものが素晴らしければ、誰も文句を言わない。原作レイプの最大の問題は、それがたいていの場合、面白くもなく、できもよくないことなんだよ。
 それが作品として、他を抜きん出ていれば、原作レイプなどという声も、そのうち消えてなくなる。そういったものだよ」

 満子部長の話が終わったあと、僕と楓先輩は沈黙した。確かに、創作物で一番大切なのは、それが面白いかどうか、できがよいかどうかだ。
 原作付きの作品は、原作によって、物語やキャラクターの創出において、そして知名度において、大いに下駄を履かせてもらっている。いわば、他の創作よりも、高い位置からスタートしている。そのこともあり、求められる最低限のラインも上がっているのだ。

 そのことを忘れて、自分勝手なことをするのは論外だ。そして、履かせてもらった下駄を無意味にするような作品を作るのも非難の原因になる。
 創作者にとって、作品のできこそがすべてなのだ。そのことを思い出して、僕は妙に、しんみりとしてしまった。

「といわけで、私も原作レイプをしてみよと思う」
「ホワッツ!」

 今までの話の流れは何だったのかという手の平返しで、満子部長が謎の言動を始めた。

「実はな、サカキの書いた短編小説『美女OL柊 淫猥の宴』を原作として、朗読劇を書いてみたんだ。その朗読劇を、今から文芸部で披露するぞ」

 えっ、えっ、ええええええ~~~~~~~~~~~~~~!?!?!?!?

「ちょ、ちょっと、待ってください。やめてください!」

 僕は、背後の満子部長を、必死に止めようとする。しかし、そんな僕の訴えを無視して、満子部長は朗読を始めた。

東京丸の内のオフィス街。駅から徒歩五分の場所にある○×商事の総務部の部屋で、柊は仕事をしていた。時刻は午後の十時。普段なら誰もいない時間帯のフロアには、柊以外にも、数人の男たちの姿があった……」

「ノォ~~~~~~~~~~~~!」

 僕の原作は、壮大にレイプされた。いや、そもそも原作がレイプ物だったというのは、絶対に明かせない秘密だ。そして、本当は、あまりにも忠実に原作を再現していたので、原作レイプでも何でもなかった事実は、墓場まで持って行かなければならない。

 そう。この朗読劇は、原作レイプでなければならないのだ。

 原作はエロ要素ゼロの作品だった。満子部長に、勝手にエロ作品にされた。そう主張するしかないのだ。
 僕は、満子部長の朗読劇が、原作レイプだったと、楓先輩に必死に言い続けた。

 満子部長の朗読劇のあと三日ほど、僕は楓先輩に冷たい目で見られた。原作レイプではなかった可能性を疑われたのだ。

「楓先輩! あれは原作レイプですよ! 原作レイプ! 原作の要素、ゼロですから!!!!!」

 僕は先輩に、懸命に訴えた。
 世の中には、原作レイプであった方がよいケースもある。まさか、そんなことがあるなんて、思ってもいなかった。

 僕は、壮大な前振りから仕掛けてきた満子部長の罠にはめられた。満子部長はつくづく恐ろしい人だと、僕は思った。