雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第252話「全裸待機」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、裸族な人たちが集まっている。そして日々、あられもない姿で生活し続けている。
 かくいう僕も、そういった裸一貫でのし上がる系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、服装という枷を外した面々の文芸部にも、制服で自分を律している人が一人だけいます。ヌーディストビーチに足を踏み入れた、全身フル装備の魔法剣士。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。先輩は、ぴしっとした姿勢で僕を見上げている、僕は、服を通して見えるシルエットから、楓先輩の裸の様子を想像する。体は平らで細く、腰の辺りがわずかにふくらんでいる。胸は、微かに盛り上がっている。その様子は、少女が女性へと移りかける、ごく初期の頃のものだ。それは、青いつぼみのような初々しさを示している。僕はその妄想に、鼻血を出しそうになりながら、声を返す。

「どうしたのですか、先輩。よく分からない言葉に、ネットで出会いましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。ヌードモデルの人たちが、人前で裸の状態でも堂々としているように、僕はネットで裸の王様状態でも堂々とし続けています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、家族に隠れて書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、赤裸々すぎる人々に遭遇した。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「全裸待機って何?」

 楓先輩の言葉に、僕は固まる。そんな僕の様子に気付かずに、楓先輩は、言葉を続ける。

「まさか、全裸で待機するわけがないでしょう。私も、サカキくんに、いろんなネットスラングを教えてもらったから、これは何かの略語とか、当て字なのではないかと思ったの。どう? この推理は正しいでしょう」

 楓先輩は、自信に溢れた顔で言う。

 いや、あの、字面の通りの言葉なのですが。全裸で待機。そのままの意味なのですが。
 うが~~~~~!!!!! どう説明すればよいんだ~~~!!! 僕は絶望的な気持ちになって、頭を悩ませる。

 これは、危険すぎる単語だ。男性が全裸で待つものといえば、エロいことに決まっている。それに、全裸待機について、下手に詳しいことを披露してしまえば、僕が普段から全裸で待機する人間だと、勘違いされてしまう危険がある。これは回避するための策が必要だ。人間は、どういった時に全裸になるだろうかと、僕は考える。

 エッチの時。それはまずい。ストレートすぎる。お風呂の時。何を待つというのだ? 肉体を誇示する時。ボディビルダーは裸だったか? いや、全裸ではない。隠す場所は隠している。無一文で、裸で放り出された時はどうだ? そうだ。その手があった! 金なし服なしなら、何かを待ち望んでいるはずだ。
 僕は、楓先輩に、エッチなサカキくんと思われないために、考え抜いた話を語りだす。

「楓先輩。全裸待機とは、文字のまま、全裸で待機することを意味しています。人間、裸で、何かを待ち望むような時があるのですよ。山賊に襲われて、身ぐるみはがれたりとか、海賊に襲撃されて、裸で海に落とされたりとか。そういった時には、救済の手がさしのべられることを、待機しますよね!」

 僕は、拳を握って言った。

「うん。そうかもしれないね。でも、ネットの人は、山賊に襲われたり、海賊に襲撃されたりしていないよ」
「そ、そうかもしれないですね。でも、不良にからまれるとか、あるんじゃないですか?」

「あるかもしれないけど、洋服は奪われないと思うよ。データは盗まれるかもしれないけど。それとも、ネットを見ていたら、服が取られたりするの?」
「いえ、さすがにそんなことはありません」

 僕は、しどろもどろになりながら答える。

「ねえ、サカキくん。ネットの人たちは、どういった理由で全裸になり、何を待っているの?」

 楓先輩は、にっこりと笑い、期待の眼差しで僕のことを見つめた。
 つ、詰んだ。僕は、敗戦の将になったことを自覚する。ああ、神は僕に、なぜいつも試練を与えるのだ? 僕はなぜ、このように苦難の道を歩まなければならないのだ。というか、全裸待機なんて無理ゲーだ。全裸ですよ全裸。
 僕は苦悩した末に、楓先輩の望みのままに、全裸待機の真実を語りだす。

「全裸待機とは、裸になり、正座をするなどの姿勢で、期待に胸をふくらませながら、何かを待ち望む状態を指します。
 では、なぜ裸になり待機するのでしょうか?それは、二つのシチュエーションが元ネタだと考えられています。

 一つは、恋人に成り立ての男女が、ホテルなどに行き、女性がシャワーを浴びている間、男性が万全の態勢で、つまり裸の状態で、ドキドキしながら正座をしているような状態を指します。
 もう一つは、大人向けビデオを見る際に、裸の状態でティッシュを脇に置き、これからの映像に備えるような状態を指します。
 つまり全裸待機とは、男性の過剰な期待感を表現しているわけです。

 そういったシチュエーションから転じて、アニメやゲームなどで、最大限の期待を持って、視聴やプレイに臨むことを全裸待機と呼ぶようになりました。まあ、だいたいは、エロ系の話が多いのですが。
 またネット掲示板では、エッチな画像や、エロ話にも、全裸待機されることがあります。それ以外にも、何かが起きることや、始まることを期待する際にも、全裸待機は用いられます。そのため、事件の記者会見、不祥事の謝罪会見といったものにも使用されます。

 全裸待機は、期待が強すぎて、気持ちが先走っている様子を表現する際に、利用される言葉なのです」

 僕は、全裸待機についての説明を終えた。そして、おそるおそる、楓先輩の様子を窺った。
 楓先輩は、顔を羞恥で赤らめていた。僕はかなりストレートに、男性がエッチにかける情熱を、全裸という形で伝えた。純真な楓先輩には、刺激が強すぎる内容だっただろう。

「楓先輩。大丈夫です。すべての男性が、そういった時に全裸で待機するわけではありません。男性には、様々な待機のスタイルがあります。だから、必ずしも裸になるとは限りません。
 僕ならば、すべては脱ぎません。脱ぐのは……」

 そこまで口にして僕は気付いた。なぜ僕は、ズボンを脱ぐ真似をしているのか? 僕は馬鹿なのか。自分の愚かさに、僕は絶望的な気持ちになる。

「サカキくんのエッチ~~~~!!」

 楓先輩は、顔を両手で覆い、僕の隣から走り去ってしまった。

 それから三日ほど、楓先輩は僕を、部室で半裸待機する変態さんとして扱った。全裸じゃなくて半裸だから、楓先輩からのダメージは半分だもん! 僕は、心の中で叫んでみた。それは、あまりにも虚しい言葉で、僕は壁に寄りかかり、ぐったりとした。

 僕は楓先輩を見る。楓先輩は、顔を真っ赤にして逃げる。僕は、その場で真っ裸になって、絶叫したい気持ちになった。