雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第251話「ロリババア」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、見た目と中身が違う者たちが集まっている。そして日々、周囲の人々を幻惑し続けている。
 かくいう僕も、そういった、真面目な外見とは裏腹に、エッチなことが大好きな人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、裏表のある面々の文芸部にも、表しかない人が一人だけいます。怪人二十面相だらけの館に足を踏み入れた、明智小五郎。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と駆けてきて、僕の横にちょこんと座る。楓先輩は、見た目通りの性格をしている。眼鏡をかけているのは、本を長く読みすぎているせいで、きっちりまとめた三つ編みの髪は、純朴さと真面目さを象徴している。制服を一切崩すことなく着ているのは、世の中のルールを厳格に守る常識人だからだ。僕は、そんな楓先輩に、明るい笑顔で声を返す。

「どうしたのですか、先輩。知らない言葉をネットで見ましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。座敷童子が、子供の見た目と違い、何年生きているか分からないように、僕は、中学生の見た目からは考えられないような、広範な知識を持っています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、こっそりと書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、裏の顔をさらけ出す人々を多く見た。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

ロリババアって何?」

 楓先輩は、どんな言葉なんだろうといった顔で、僕に尋ねてくる。なるほど、今日はこの言葉かと、僕は思う。
 ロリババアは、特に危険な内容ではない。オタクたちから、性的な目で見られることはあるが、それ自体のエロ要素は強くない。オタクのキャラ設定の好みに関わる言葉だが、丁寧に説明すれば大丈夫だろう。僕のストライクゾーンというわけでもないし、僕に被害がおよぶこともないはずだ。

 さて、説明するぞ。僕がそう思い、口を開きかけた瞬間、部室の一角から声が聞こえてきた。

「サカキ先輩は、ロリババアを愛してやまないそうです。それはもう、人類の至宝のように、思っているそうです」

 ぶっ! 僕は思わず声を出しそうになり、声が聞こえた場所に顔を向ける。そこには僕の苦手な相手、一年生の氷室瑠璃子ちゃんが座っていた。

 瑠璃子ちゃんは、氷室という名の通り、僕に対して氷のように冷たい女の子だ。だが、瑠璃子ちゃんの特徴は、それだけではない。どう見ても、小学校低学年にしか見えない外見。そして人形のように整った顔。その姿と、目付きと、きつい性格のせいで、「幼女強い」という謎の陰口を叩かれている女の子だ。

 その瑠璃子ちゃんは、なぜか僕に厳しい。「サカキ先輩の顔には、不思議な味わいがありますね」とか、「どたどたと歩くのは、運動不足が原因ですか」とか、「サカキ先輩のような変態人間は、どういった遺伝子の結果、誕生するのでしょうか」とか、世話焼き女房のように、いつも小言を言ってくる。
 僕のガラスのハートは、そのたびに粉々に砕けそうになる。瑠璃子ちゃんの言葉の暴力に、僕はいつも打ちのめされているのだ。

 その瑠璃子ちゃんが、僕に対して、「サカキ先輩は、ロリババアを愛してやまないそうです」と言ってきたのだ。

「えー、あの、瑠璃子ちゃん、どういうことかな?」

 僕は、頬を引きつらせながら尋ねる。

「サカキ先輩が、かつて口にした台詞を、繰り返しただけです」

 瑠璃子ちゃんは、さも当然そうに言う。そんな台詞、口にしたかなあ? そういった表情を浮かべる僕に、瑠璃子ちゃんは軽蔑の視線を送ってくる。うっ、どうにかして思い出さなければならない。僕は、必死に脳みそにしわを寄せて、小学生時代の記憶を探ろうとする。

 それは、小学校六年生の時である。強い日差しが降り注ぐ、暑い夏の日の、昼休みだった。小学生たちは、一人の例も漏れず、薄着をしていた。僕は、子供たちにそういった服装をさせる太陽に、感謝の意を捧げながら、運動場の光景を眺めていた。
 熱い空気の中で動き回る少女たちは、薄手の布一枚を、上半身にまとっている。それは、まるでニンフのようだった。僕は、幻想的な光景を見るように、運動場に現れた美少女たちのたわむれを楽しんでいた。彼女たちは、すでに花開き始めた肉体を、薄い布越しにさらけ出していた。

「サカキ先輩。何を見ているのですか?」
「うん?」

 気付くと、僕の横に瑠璃子ちゃんが立っていた。瑠璃子ちゃんも、夏の暑さのために、薄い服しかまとっていない。その体を一瞥したが、起伏はどこにもい。瑠璃子ちゃんの成長は、小学校低学年のまま止まっていた。

「もしかして先輩は、同級生たちの、おっぱいを見ているのですか?」

 瑠璃子ちゃんは、自分の服の襟に指をかけて、中を覗き込む。そこには、ふくらみはない。瑠璃子ちゃんは、自分探しをする旅人のように、自分のおっぱいを探し求めていた。
 瑠璃子ちゃんの胸元はどうなっているのかな? 思わず一緒になって覗き込みたくなるのをがまんして、僕は瑠璃子ちゃんに声をかける。

「もしかして、おっぱいのことを気にしているの?」
「はい。第二次性徴とともにふくらむはずの乳房が、いまだ何の変化を示さないことに、絶望を感じています」

 素直な感想を、瑠璃子ちゃんは返してきた。
 瑠璃子ちゃんの胸がふくらむ日は来るのだろうか? あるいは、一生成長しないことも考えられる。それは、女性である瑠璃子ちゃんにとっては、大きな悩みの種だろう。僕は、女の子を愛している。美少女鑑定士である僕は、美少女である瑠璃子ちゃんに愛情を感じている。
 そんな瑠璃子ちゃんの悩みを解消してあげたかった。僕は瑠璃子ちゃんに、人間の美とは、様々な形があるのだと、伝えようと思った。

「瑠璃子ちゃん。僕は、ロリババアが好きだ。僕は、ロリババアを愛してやまない。それはもう、人類の至宝のように思っている」

 僕は、瑠璃子ちゃんが今の容姿のまま、老人になることを想定して熱く語る。

「そ、そうなのですか?」
「うん。熱烈にね。僕のロリババアへの愛情は、バベルの塔より高く、神の一撃でも打ち砕かれることはないだろう」

 僕は、男性のメタファーを駆使して、その情熱を語る。

「分かりました」

 そうか、分かってくれたのか。人には、それぞれ美の形がある。たとえ、他人が認めなくとも、自分が納得すればそれでいいのだ。瑠璃子ちゃんには、瑠璃子ちゃんの美しさがある。そのことを理解してくれたのかと思い、僕は笑みを浮かべた。

「私、ロリババアになります。サカキ先輩好みのロリババアを目指します!」
「えっ!?」

 どういうことですか? 僕は呆然とした。そんなことが、小学六年生の時にあったのである。僕は、記憶の彼方から、そういった過去の事件を思い出した。

「ねえ、サカキくん。ロリババアの意味を教えて」
「はっ!」

 僕は、意識を文芸部の部室に戻す。ロリババアの説明をしようとして、その危険性に気付く。小学五年生の時、瑠璃子ちゃんは、自分の胸を見ていた。そう、おっぱいの大きさを気にしていた。
 まずい。自分の胸の成長が頼りないことを気にしている楓先輩に、いつまでも育つことのない永遠の少女や幼女の話をするのはまずい。そんな、楓先輩が避けたい未来の姿が、僕のストライクゾーンと勘違いされるのも、どうにかして避けなければならない。

 僕は、ロリババアが好きなわけではない。いや、ちょっと好きだけど、それがすべてではない。無数の美少女の選択肢の一つとして、それもよいと思っているにすぎない。
 どうすればよいのか? 僕は必死になって考える。そうだ。ロリババアを愛するのは、僕だけの話ではないと、論点をずらせばよいのだ。僕一人の話ではなく、男性一般の話にすればいいのだ。木を隠すなら森の中。サカキくんを隠すなら、変態男性たちの中だ。

 年上が好き。若い子が好き。二つの願望を同時に満たしてくれるロリババア。世界中の男性陣が、そういった女性に、ある種の憧れを持っていると、伝えればよい。

「楓先輩」

 僕は、拳を握って語りだす。

ロリババアとは、オタク男性たちの萌え要素の一つです。萌え要素とは、オタクがキャラクターに愛情を注ぐトリガーとなる、特定の記号的要素を指します。

 ロリババアは、ロリとババアの合成語です。ロリとは、ロリータ、つまり幼い少女の姿を指し、ババアとは、おばあさん、つまり老人や熟女の心を指します。ロリババアの多くは、老人臭い台詞を吐いたり、言い回しをしたりします。また、発想が年寄りだったり、年上目線だったりします。
 ロリババアとはこのように、少女の外見に、年寄りの内面を持つ、マンガやアニメに見られるキャラクターを指します。

 このようなロリババアは、ギャップ萌えをオタクに起こさせます。見た目と中身にギャップがある。そういったキャラクターは、人々に強い印象を残します。
 ではなぜ、このようなキャラクターが、人々の心を捕らえるのでしょうか? それは、今述べたギャップ萌え以外に、全人類の男性が引かれる要素があるからです。

 男性は、若き日には、年上の女性に憧れを持ちます。そして、成熟してからは、妙齢の女性に関心を持ちます。生物学的に言えば、女性には出産に適した年齢があり、男性は自身の年齢の推移により、子孫を残すための異性が、年上から年下に変化していくという事情があります。

 そういった、生物学的な理由以外に、精神的な理由でも、男性はその恋愛対象が変化していきます。
 若い頃には、自分を性の世界に導いてくれる、導き手としての女性に興味を持ちます。成熟してからは、自分が相手に影響を与えられるような、まだ世に慣れていない女性との関係に魅力を持ちます。

 ロリババアの多くは、その登場作品中の主人公に対して、圧倒的な力を持ち、導き手として振る舞ったり、師匠として指導してくれたりします。それと同時に、主人公より若い体を持っていることにより、特殊な力が発動されない場合には、肉体的に主人公より劣っていたりします。そうでなくとも、か弱く見えたりします。
 つまり、ロリババアとは、人間の男性が、その人生において経験する恋愛対象を、たった一人で満たしてくれる、稀有な存在なのです。男性はすべて、そういったロリババアに、ひれ伏し、憧れざるを得ないのです」

 僕は、ロリババアについての説明を終えた。世界中の男性が、ロリババアに引かれるということにして、僕だけがロリババアを好きなわけではないと主張した。
 これで、楓先輩は、僕だけがロリババアを好きではないと思い、「サカキ先輩は、ロリババアを愛してやまないそうです」と言った瑠璃子ちゃんの台詞を、忘れてくれるだろう。

「ねえ、サカキくん」
「はい。楓先輩」

「そうは言っても、単純に年上趣味の人もいるし、年下ばかりに引かれる人もいるよね。さすがに、男性のすべてが、ロリババアを好きということは、ないんじゃないかな?」

 ぶふっ! そこに気付くとは、楓先輩、侮りがたし。僕の鉄壁の言論は、あえなく決壊して、崩れ去ってしまった。

「サカキくんは、中身は年上でも、外見は幼い女性が好きなのよね。それは、男性の中で、どれぐらいの割合になるんだろう? すべてじゃないのは、確実だと思うけど」

 楓先輩は、僕を上目づかいに見ながら尋ねてくる。
 ぐっ、ぐぐぐ。どうする? この苦境を突破するには、どうすればいい。僕は、決意の表情で、楓先輩に語りだす。

「きゅ、九十九・九パーセントです! ほんのわずかな例外を除き、僕を含む男性のほぼすべてが、ロリババアに憧れる、健全な男子なんですよ!」

 僕は、マイノリティー側の人間ではなく、圧倒的なマジョリティー側の人間であることを、強く主張した。

「そうなの。男の人って難しいのね。私は、年を取ると、ロリババアではなく、ただのおばあちゃんになると思うから、男の人の好みからは、外れてしまうね」

 楓先輩は、僕からわずかに距離を取る。自分はサカキくんの恋愛対象になれなくて、ごめんね。そういった感じで立ち上がった。

「いや、違うんです!」

 何が違うのか考えずに、とりあえず叫んでみた。

「何が、違うの?」

 楓先輩は、小首を傾げる。

「か、楓先輩は、ずっと今の容姿のままですよ! その顔も、体も、おっぱいも、永遠に今の姿を保てますよ!」

 楓先輩は、自分の胸に視線を向ける。そこには、わずかなふくらみしかない。楓先輩は、ふにゃあと、悲しそうな顔をした。永遠に変わらないおっぱい。それは、ふくらむことのないおっぱいを意味している。
 楓先輩は、僕に軽蔑の目を向けて、自分の席に戻っていった。

 それから三日ほど、楓先輩は、部室に牛乳を買ってきては飲み続けた。どうやら、体のある部分を成長させたいらしい。僕は、そんな先輩に許しを乞おうとして、必死に愛嬌を振りまいた。しかし楓先輩は、僕のことをスルーし続けた。僕は、そのことに精神を疲弊させた。三日間経ったあと、僕はよぼよぼの老人のような姿になり、一人だけ年を取ってしまった。