雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第249話「初見殺し」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、第一印象にすべてを賭ける人たちが集まっている。そして日々、己の初見を磨くべく、奮闘し続けている。
 かくいう僕も、そういった、一目でオタクと見抜かれないように努力する系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、薄っぺらな外面に注力し続ける面々の文芸部にも、実のある努力を続ける人が一人だけいます。必死に外見を取り繕う人たちの中で、中身で勝負の自然体の少女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と駆けてきて、僕の横にちょこんと座る。僕は楓先輩の顔を見る。なめらかな白い肌に、柔らかそうな髪。しかし、楓先輩の美しさは、そういった皮相だけではない。骨も肉も素晴らしい。美しく整った骨格に、それを覆う、ほどよいお肉。もし僕に透視能力があれば、その美しさのすべてを愛でることができるだろう。僕は、そういったことを考えながら、声を返す。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、見知らぬ言葉を見かけましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。ハンガリー生まれの音楽家フランツ・リストが、その外見と音楽で多くの女性ファンを失神させたように、僕は、この外見とネット知識で、多くの女性ネットユーザーを、呆然とさせています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、一目で分かる素晴らしい文章にするためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、誤字脱字を気にせず、書きまくる人たちを目撃した。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「初見殺しって何?」

 楓先輩は、殺しという言葉を、眉を寄せて、怖そうに言った。
 ああ、確かに、殺しと付いているから、恐ろしい言葉に聞こえるかもしれない。しかし、この初見殺しは、本当に人が死ぬような言葉ではない。ゲームで初プレイの時に、予想も付かずに殺されてしまうような、仕掛けや演出を指すフレーズだ。
 特に、エロくもなく、危険でもない言葉なので、そのまま教えよう。僕は安心して、楓先輩に語りだす。

「先輩。初見殺しとは、ゲームにまつわる言葉です」
「ゲームなの? それだと、私には意味を想像できないわね」

 ゲーマーではない楓先輩は、僕にぴったりと寄り添って、なるほど、分からなかったわけだわという顔をする。僕は、そんな楓先輩から伝わってくる体温に緊張しながら、説明を続ける。

「ゲームに詳しくない楓先輩のために、ゲームの仕組みをまず説明します。ゲームというものは、条件が提示されて、それに対して何が起きるのかを予測して、対策の手を打ち、その結果、正解、不正解の答えが示されるというサイクルで進みます。

 アクション系のゲームでは、自分のキャラが死なないように、かつゲームをクリアするための決断を、瞬間的に選択し続けます。また、シミュレーションなどの思考系ゲームでは、最終的に勝利に到達するような、長期スパンの選択をし続けるわけです。
 ゲームというものは、このように問題と解答を繰り返します。その答えの判断基準となるものは、ゲームのルールであったり、これまでのステージでの経験であったりします。

 そういった中で、ゲームの正攻法の攻略法が通用しない、予想外の攻撃をしてくる敵や罠が用意されていることがあります。
 そういった敵や罠は、初めて遊ぶプレイヤーを、高確率で死に追いやります。逆に、二回目以降に遊ぶプレイヤーは、仕掛けを知ってしまっているので、難なく突破できたりします。

 こういった、予備知識がない状態で、ほぼ確実に死ぬような敵や罠のことを、初見殺しと呼びます。
 また、そこから派生して、事前に情報を得ていないような状態では、ほぼ確実に間違ってしまうような状況にも、初見殺しという言葉を使います。

 たとえば、大都会にある新宿の駅が、非常に複雑怪奇で、初めて来た人は迷うといった場合に、新宿駅は初見殺しと言います。
 また、地名などで、初めて見た人は、確実に読めないようなケースも、初見殺しを用いることができます。たとえば、福生でフッサ。及位でノゾキ。勿来でナコソ。放出でハナテン。十三でジュウソウ。こういったものは、かなりの初見殺しだと思います」

「なるほどね。確かに、初めての人が迷ったり、読めなかったりするのは、精神的に殺しにきている感じね」
「ええ、だから、初見殺しなんですよ。まあ、初見殺しについては、鈴村くんと一緒に街を歩くと、よく体験できますよ!」

 僕は、身近な例を挙げようと思い、鈴村くんの名前を口にした。

「サカキくん! 先週の話は、なしだよ!」

 その時である。部室の一角から、慌てるような声が聞こえてきた。何だろうと思い、視線を向けると、そこには僕と同じ二年生の、鈴村真くんが立っていた。鈴村くんは、焦った様子で、顔を真っ赤に染めて、僕の方を見ている。

 鈴村くんは、華奢な体に、女の子のような顔立ちの男の子だ。そんな鈴村くんには、他人に隠している秘密がある。
 実は鈴村くんは、女装が大好きな、男の娘なのだ。鈴村くんは家に帰ると、女物の洋服を着て、等身大の姿見の前で、様々な可愛いポーズを練習している。そして、女の子の格好をする時には、「真琴」という女の子ネームに変わるのだ。
 僕は、その真琴の姿を、これまでに何回か見たことがある。そして、数々のエッチなシチュエーションに巻き込まれたのだ。

 その鈴村くんが、懸命な様子で、僕に声をかけてきた。

「何? 鈴村くん」

 僕は、いつもの軽い調子で声をかける。

「だから、先週の話は、したら駄目だからね!」

 鈴村くんは、必死に僕を説得しようとする。先週? 何か、あったかな。僕は、鈴村くんの真剣さに押されて、自身の記憶をさかのぼらせる。

 先週末のことである。僕は鈴村くんに誘われて、一緒に街へと買い物に行った。僕は、トレーナーにジーパンといった、ゆるい感じの私服。鈴村くんは、フェミニンな感じのシャツに、半ズボンといった姿だった。
 僕と鈴村くんは、駅で待ち合わせをして、デパートへと向かっていく。しかし、その道は、決してたやすいものではなかった。

「へい、彼女。お茶しない?」

 ちゃらい感じの声が、鈴村くんにかけられた。十代後半の、不良っぽい男の人だ。ああ、鈴村くんをナンパしようとしている。鈴村くんは、困ったような顔をして、僕の背後に隠れる。仕方がないので、僕が不良の相手をすることにした。

「あの、すみませんが……」
「何だ、てめえ。彼氏面する気かよ!」

 不良は、怒って僕をにらむ。

「いや、鈴村くんは女の子ではなく、男の子なんです」
「はっ?」

 人の行き交う路上で、不良は鈴村くんの姿を一瞥する。

「どこからどう見ても女じゃねえか。馬鹿にしているのか!」

 ああ。鈴村くんを初見の人は、みんな女の子だと勘違いする。鈴村くんは初見殺しだ。僕は、どうにかして不良を説得しようと言葉をつくす。渋々と納得してくれた不良は、怒った顔で、僕を見た。

「くそっ、男だったのか! 無駄な時間を、使わされたぜ」

 なぜか不良は、僕のすねを蹴って、どこかに歩いていった。なぜ、鈴村くんでなくて、僕を蹴るのですか? 初見殺しの「殺し」は、僕にかかってくるのですか?

 不運な遭遇は、それだけではなかった。ヤクザまがいの芸能関係者。百戦錬磨に見えるナンパ師。いかがわしいビデオのスカウトマン。次から次に、鈴村くんは声をかけられる。そのたびに僕が守り、どつかれたり、締め上げられたり、殴られたりする。

 ええ……、鈴村くんの可愛さは、世界の至宝なので、傷付けたくないのは分かります。だからといって、手近にいる僕に不満をぶつけるのはやめてくださいよ! 僕は、よよよと涙を流しながら、そう思った。

「大丈夫、サカキくん?」

 鈴村くんは、心配そうに僕を見上げて、尋ねてくる。その様子は、表情や仕草も含めて、どこからどう見ても美少女にしか見えない。鈴村くんは、他人の目にそう映るための訓練を、日頃から積んでいる。それが分かっている僕も、思わずどきっとしてしまう。

「心配はいらないよ。これでも、暴力を受け流す術は、身に付けているんだ。ヤクザと渡り合う鷹子さんからの攻撃で死なないために、自然と習得した技術だね。ダメージを受け流すために、派手に吹っ飛んだり、大きなリアクションを取って、相手を驚かせたり。そういったスキルは、多数持っているからね」

 僕は、鈴村くんに微笑みかける。
 しかし、そうは言っても、擦り傷や、軽い打撲ぐらいはしている。その部分を鈴村くんは眺めて、不安そうにしている。

「サカキくん、ぼろぼろだね。どこかで休んでいく?」

 自分自身は、決して人に殴られることがない鈴村くんは、僕の表面的なダメージを見て心配してくれる。

「そうだね、どこか……」

 今日は、星の巡りが悪い。道を歩き続けるのは危険そうだ。そう判断した僕は、周囲を見渡す。
 なぜか、その場所の周りには、恋人向けのホテルが多数あった。ここは、まさか、ホテル街? 桃色空間のお泊まりワールドの看板を見て、僕はくらくらとする。

「いや、あの、鈴村くん?」

 鈴村くんは、僕の服の端を、ちょこんと握っている。そして、恥ずかしそうに目を逸らしている。こ、これは、誘っているのか? 僕は、鈴村くんの表情を窺う。美少女にしか見えない鈴村くんは、男の娘の顔をしていた。

 や、やばい。僕は誘惑に負けるのか? いや、ああいった場所は、それなりの料金がかかるはずだ。僕たち中学生には、支払えるのか? それ以前に、中学生という時点で、アウトではないのか。
 そういった、疑問で悶々としていると、鈴村くんが、すっと手を上げた。

「サカキくん。そこに、入りたいんだけど」
「ふゎ、ふゎい!」

 はい、と言おうとして、変な発音になってしまった。
 鈴村くんの指の先には、とってもファンシーな喫茶店があった。ああ、あそこに入りたかったのか。鈴村くんは、あの店を見ていたのか。
 僕は気が抜けた。そして、安堵とともに、ぼそりとつぶやいた。

「はあ、ホテルに入りたいのかと思ったよ」
「えっ?」

 鈴村くんは、顔を真っ赤に染めて、僕を見る。そして、もじもじと視線を逸らして、小声で言った。

「サカキくん。入りたかったの?」

 上目づかいで僕のことを見ながら、鈴村くんは、僕の服をきゅっと握る。

「い、いや、違うよ。近くに、そういった建物がたくさんあったから、勘違いしただけだよ!」

 僕は必死に否定する。

「サカキくんが、行きたいなら……」
「いや、行きたくないから。さあ、喫茶店に行こう!」

 僕は声をうわずらせながら言う。鈴村くんは、残念そうな顔をした。そういったことが、先週末にあったのだ。

「ねえ、サカキくん。先週の話って何?」
「ふゎ!」

 気付くと、楓先輩が、僕の服の端を握り、見上げていた。それはまるで、先週末に鈴村くんが、ラブなホテルの前で、僕の服をつかんでいた時のようで、僕は顔を真っ赤に染める。

「え、ええと」

 僕は、すぐには答えられずに、言いよどむ。ど、どう答えればいいんだ? 鈴村くんと二人で、ホテルに入る、入らないの話をしたなんて、言えるわけがない。僕は、必死に頭を働かせる。そして、ホテルの話をしなければ大丈夫なはずだと結論付けた。

「か、楓先輩」
「なあに?」

「あの、その。先週末、鈴村くんと二人で、街に行ったんです!」
「何のために?」

「買い物です。ええ、服を買いに行ったんです!」

 事実だ。あのあと、僕と鈴村くんは、喫茶店でお茶をして、鈴村くんの服を買いに行ったのだ。

「どんな服を買ったの?」
「スカートです。あっ……」

 そう。僕と鈴村くんが買ったのは、鈴村くんの女装のためのスカートだったのだ。

 僕は、自分のうかつな台詞を後悔する。鈴村くんは、女装が趣味であることを周囲に隠している。だから、そのスカートが鈴村くんのものであると、ばれてはいけない。
 僕は、友情を取るか、自分の身を守るか考える。そのどちらが重要かを検討する。ええい! 僕は決断した。僕が選んだのは、自分ではなく、鈴村くんだった。

「ぼ、僕のスカートをです!」

 僕は涙目で、楓先輩に語る。楓先輩は、奇妙な物を見るような目で、僕のことを見た。

 それから三日ほど、僕は、スカートを買って喜ぶ変態さんとして、楓先輩に認識された。う、ううっ。鈴村くんが着れば、可愛い子なのに、僕が着れば、変態さん。世の中は、何と理不尽なのだろう。

 僕は、楓先輩が僕のスカート姿を頭から消してくれるまで、初見殺しだらけのシューティングゲームで、必死に遊び続けた。