雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第248話「画像ハラデイ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、物事をねだる人たちが集まっている。そして日々、もっとくれ、もっとくれと訴え続けている。
 かくいう僕も、そういった、○○○なご奉仕を期待する系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、自分で動かずに、待ち続ける面々の文芸部にも、自分で道を切り開く人が一人だけいます。宝くじにすべてをかける人々の中で、きちんと働き、こつこつと貯金をする少女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。先輩は、説明を熱望する目で、僕を見上げる。その目は興奮で瞳孔が開き、潤んでいる。ああ、先輩に直視されている僕は、幸せ者だ。抱きしめて、その細い腰をぎゅっとしたい。僕は、そんな欲望を必死に抑え付けながら、声を返す。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、初見の言葉に出会いましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。かつて落合博満が、三冠王を取り、野球ファンたちを沸かせたように、僕は寝落ち、出落ち、楽屋落ちの三冠王で、ネット民に怒りを湧かせています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、待ち時間ゼロで書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、すべてを人任せにする人たちを目撃した。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「画像ハラデイって何?」

 楓先輩は、まったく予想が付かないといった表情で言った。ああ、確かにそうだろう。楓先輩が意味を読み解くのは不可能だろう。僕は、そう思いながら、この言葉の危険度を、心のガイガーカウンターで判定する。
 大丈夫だ、問題ない。危険な言葉でもなければ、エッチな言葉でもない。

 この画像ハラデイというフレーズは、ネットの特定の場所だけで通じる符丁のようなものだ。分かってしまえば、なるほどと思うものだから、さっそく説明しよう。僕は、にこにこ顔で、楓先輩に語りだす。

「画像ハラデイとは、ネット掲示板の実況系の場所から発生した言葉です。そういった掲示板では、文章だけではなく、画像を貼ることが期待されることが、ままあります。そういった際に『画像も貼らずにスレ立てとな!?』とレスがされたりします。
 そういったフレーズと、メジャーリーグの投手ロイ・ハラデイの名前をかけたのが、画像ハラデイという言葉です。
 ちなみに、このロイ・ハラデイと、画像を貼ることには、何の因果関係もありません。単に、名前の響きが似ているという理由しかないです。

 こういった、野球選手の名前による文章の置き換えは、他にもあります。『画像をくれ』にかけた画像クレメンス。『画像まだ?』にかけた画像マダックス。『画像貼れ』にかけた画像ハレン。
 ちなみに、画像を貼らなくてもよい場合は『画像ハランデイイ』などとも書かれます。

 さて、こういった、その場所にいる人だけに分かる符丁のような言葉は、様々な亜種や、ネタ的な反応を生み出します。
 たとえば、画像ハラデイといった書き込みに対して、ロイ・ハラデイ自身の画像が貼られることがあります。また、その画像を見た人が、広島カープバリントン投手と勘違いして『なんでバリントンw』と書き込んだことがありました。そこから発生した『なんでバリントンw』いうフレーズもあります。
 さらに、そこから派生した、『なんでミコライオw』『なんでシュルツw』『なんでエルドレッドw』『なんで今村w』といった言葉もあり、カオスな状況になっています。

 まあ、そういった状態は、楽屋落ち的に、分かっている人同士では、楽しい受け答えなのですね。だから、あまり深く考える必要はないと思います。画像ハラデイは、画像を貼れ。そういった風に、覚えておけばよいと思います」

 僕は説明を終えた。今回は楽だったなあ。そう思いながら、楓先輩の様子を窺った。

「なるほどね。野球選手の名前から作られたフレーズだったのね」
「そうです」

「作家のペンネームで、駄洒落から付けられたものがあるけど、名前が駄洒落になった、逆のパターンなのね」
「ええ、そうですね。作家のペンネームには、駄洒落的なものが多いですからね。ちょうど、その逆になります」

「サカキくんは、作家の駄洒落ペンネームというと、どういうのを知っている?」
「一番有名なのは、二葉亭四迷じゃないですか? 『くたばってしめえ』から来ていますよね」

「うん。曲亭馬琴、本名滝沢興邦の名前も、駄洒落だよね。『くるわで、まこと』で、廓に誠を求めるといった名前だと、指摘されているよね」

「ええ。あと、阿佐田哲也というペンネームも、『朝だ!徹夜!』から来ていますよね」
「それと、清涼院流水も、清涼飲料水からだったよね」

 僕と楓先輩は、作家のペンネームで大いに盛り上がる。
 おおっ、いいぞ。僕と楓先輩の心の距離が、どんどん近付いている。このまま接近していけば、二つの心は一つになるぞ!

「ねえ、サカキくん」
「何でしょうか、楓先輩?」

「私たちの名前でも、何かそういった駄洒落的な言葉はできないかしら?」
「えっ?」

 予想外の言葉に、僕は一瞬考え込む。
 楓先輩の名前はどうだろう? 「かー、えーで-」で、「うわあ、いいなあ」の意味。明石家さんま辺りが、言いそうな台詞だ。
 さらに僕は、自分の名前についても考える。「Youスケベ」……えっ? 自分で思い浮かべておいて、それはないだろうと自身に突っ込みを入れる。

 や、やばい。この流れはまずい。何とかして他の言葉遊びに変えないと、僕の名前がスケベという単語と関連付けられてしまう。それは、全力で避けなければならない。

「先輩!」

 僕は、話の方向を変えるために、勢い込んでしゃべる。

「今日は、画像ハラデイの話をしていましたよね。だから、画像という言葉に続きそうな、ネット駄洒落フレーズを、僕たちで考えましょう!」
「えっ? うん、まあ、いいけど」

 自分の提案が否定された楓先輩は、少し残念そうな顔をしたあと、指を唇に添えて考え出す。

「そうね……」

 楓先輩は、僕をちらりと見て、口を開く。

「画像ダウンタウン

 ダウンロードにかけたのだろう。ちょっとだけ頬を染めて、楓先輩はその言葉を言った。自分の駄洒落に恥ずかしがっている楓先輩は、なかなか乙なものだ。

 僕は、どんな返しをしようかと考える。画像アップタウンでは、芸がない。もう少し、趣向を凝らした方がよいだろう。

 そうだ! 僕の頭に、ニュータイプのような閃きが起きる。アプサラス計画。僕は、その言葉を頭に浮かべる。
 アプサラスは、「機動戦士ガンダム 第08MS小隊」に登場するジオン公国モビルアーマーだ。オタクな僕は、脊髄反射で、その言葉を画像のあとに付けて口にする。

「画像アプサラス

 楓先輩は、きょとんとしたあと、斜め上を見る。記憶を検索しているのだろう。僕は、しまったと思う。楓先輩は、アニメオタクではない。だから、「機動戦士ガンダム 第08MS小隊」を知っているはずがない。これでは、意味が通じない。
 僕が頭を悩ませていると、楓先輩が僕に視線を向けた。

アプサラスって、インド神話における水の精よね?」
「えっ?」

 そういえば、そうだった。僕は、そのことを思い出す。

「ねえ、サカキくん。アプサラスって、美貌を使って修行中の人間を誘惑して堕落させる精霊よね。何だか、サカキくんらしい発想だよね」

 楓先輩は、またサカキくんがエッチなことを考えていたのかな、といった感じで僕を見る。そして、お尻を少し動かして、僕から距離を置いた。

 う、う、うわああああん!

 違いますよ。そんなエッチなことを考えていたわけではないですよ。ガンダムですよ、ガンダム! 僕は、男の子らしく、ガンダムのことを念頭に置いていただけですよ!
 しかし、そんな僕の言い訳は、楓先輩には通じなかった。

 それから三日ほど、僕はいつも女性のことばかり考えている人として、楓先輩に扱われた。
 う、ううっ。
 仕方がないので僕は、その三日間、「画像ハラデイ!」と叫ぶ人たちのために、なまめかしい女性の画像を貼りまくり、称賛の書き込みをもらって心を慰めた。