雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第246話「真面目系クズ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、一見真面目に見える人たちが集まっている。そして日々、自らの演技に磨きをかけながら活動し続けている。
 かくいう僕も、そういった、ネットで仮面を被る系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、本当は不真面目な面々の文芸部にも、本当に真面目な人が一人だけいます。仮面夫婦だらけのマンションに引っ越してきた、ラブラブな心を持つ若奥さん。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。僕は先輩の笑顔を見る。先輩の表情には、裏表がない。いつも明るく、とても真面目だ。そんな楓先輩の反応を見ることが、僕は好きだ。そして、素直に喜んでもらいたいと思っている。僕は、今日もがんばって説明するぞと決意して、声を返す。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、未知の用語に出くわしましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。ロバート・デ・ニーロが、カメレオン俳優として様々な役柄を演じたように、僕は無数のアカウントを駆使して、様々な人間の振りをしています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、様々な人格になり切って書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、自分を偽る人たちの言葉を大量に目にした。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「真面目系クズって何?」

 楓先輩は、とても真面目な顔で告げた。楓先輩の前で、細心の注意を払い、真面目に振る舞っている僕は、とてもとても真剣な顔で、その言葉を受け止めた。

 僕は、先輩の前では猫を被っている。自分でも驚くほど自分を偽り、完璧すぎるほどの完璧超人を演じている。楓先輩は、きっと僕のことを、生粋の真面目人間だと思っているだろう。
 そんな僕の振る舞いに、裏があることを知られてはいけない。張り子の虎。僕の、楓先輩に対する外面は、薄っぺらなアルミホイルみたいな装甲で、輪ゴム鉄砲でも貫通できる防御力しかない。
 つまり、巧みに言葉で幻惑して、楓先輩をけむに巻くしかないわけだ。

 さて、どうしたものか? 聖人君子たるサカキくんのイメージを守るためには、策が必要だ。孔明も真っ青な秘策。僕は、脳みそのしわを二倍にする勢いで考える。
 そうだ! 真面目系クズと呼ばれる人物像に、無数の特徴があることを説明しよう。あまりにも多い情報は、脳をパンクに追い込む。それに、木を隠すには森の中、クズを隠すにはクズの中だ。真面目系クズの特徴を大量に伝えれば、僕の中身がどんなクズなのか、楓先輩は特定できなくなるだろう。完璧な作戦だ。

「先輩。真面目系クズについて解説します」

 僕は、自信満々に、内心ドキドキしながら語りだす。

「真面目系クズは、ネットの巨大掲示板にある、大学生活についての板が発祥の言葉です。この言葉が指す人間は、とてもおとなしく、先生や親の言うことを反論せずに聞くことから、一見真面目に見えます。しかしその本質は、人間関係に臆病かつ、怠惰で努力をしない、表面を取り繕うだけのクズのような人間です。

 ネットでは、庵野秀明監督のテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の主人公である碇シンジくんの、悪いところだけを集めた感じのクズと、よく言われています。と言っても、楓先輩には、よく分からないと思いますが」

「うん、分からないね」

 アニメにうとい先輩は答える。

「そうですよね。だから、どういった特徴を持つのか、その例を挙げていきたいと思います」

 僕は一呼吸置いて、楓先輩を見る。先輩は、どんな特徴が出てくるのかなといった様子で、僕にぴったりと寄り添って見上げている。
 こんなに、僕を信頼してくれている楓先輩を、裏切ることはできない。嘘は、突き通せば嘘でなくなる。僕は、自分が本当は不真面目であることを、墓場まで持っていくつもりで、真面目系クズの特徴を列挙し始める。

「眼鏡をかけているなど、真面目そうな外見をしている。おとなしく、親や先生の言うことを聞くので、親や先生から期待される。しかし、人が見ていないところでは徹底的にさぼるので、成績が伴わない。実は主体性がない。大人に反抗しないのは、それが楽だから。ルールを外れる勇気はない。

 知り合いはそれなりにいるが、友人は少ない。学校では友達がいるけれど、学外で遊ぶ相手はいない。愛想笑いだけは上手い。第一印象はよいが、徐々に人が離れていく。人に嫌われることを恐れるくせに、結果的に拒絶される。人の顔色ばかりを窺っている。いい人を取り繕うのに必死で、外面はよいから、目上の人からは好かれる。しかし、本当に真面目で、できる人からは嫌われる。

 リスクを取ることを、極端に恐れる。結果、何もせず、何もできず、怠惰に過ごす。努力して報われないリスクを恐れて、努力ができない。自分に自信がないくせに、プライドだけは高い。自分は何者でもないのに、他人を見下している。他人の気持ちに鈍感なのに、他人からの悪意には敏感である」

 自分で言いながら、へこむような特徴を羅列した。
 これだけ多くの内容を告げれば、僕の真面目さの裏にあるクズっぷりに、気付かれることもないだろう。そして、たとえその臭いをかぎ取ったとしても、僕の中身がどんなクズなのか特定できないはずだ。

 楓先輩は、僕のことをじっと見ている。その、あまりにも汚れのない視線に耐えきれなくなり、僕はさらに言葉を続ける。

「まあ、僕は見ての通り真面目人間ですが、真面目系クズではないです。裏も表もない、本物の真面目人間ですから」
「うーん、その言葉は違うと思うよ」

 楓先輩は、眉を寄せて、済まなさそうに言う。
 え、ええ、えええ!? 僕は、動揺を隠せず、全身に汗をかく。いったい、どういうことですか? 僕が真面目系クズだと言うのですか。そんなことはない。僕の擬態は完璧なはずだ。ジョン・カーペンター監督のSF映画「ゼイリブ」で、異星人が人間社会に溶け込んでいたように、僕は清廉潔白なサカキくんとして、この文芸部に溶け込んでいるはずだ。

「だって……」
「だって?」

「そもそもサカキくんは、真面目系クズ以前に、全然真面目じゃないから」
「ええ!? そんなことは、ないですよね!」

 僕は、狼狽しながら尋ねる。

「サカキくんは、エッチなことが大好きな、ネット中毒者だよね?」

 えっ、ばれているのですか? どうして……。

「それって、真面目人間の像からは、かけ離れているよ。だから、サカキくんが真面目系クズではないと、私にも分かるよ」

 僕の墓場は、案外近くにあった。僕は、自分が本当はクズなことを、墓場まで持っていくつもりだった。しかし、僕のクズっぷりは、すでに楓先輩に知られてしまっていた。

 だ、駄目だ。諦めるな僕。僕は、真面目系クズではない。だから、努力という言葉を知っている。僕は、努力するクズだ。そう。前のめりに人生を生き、何かをつかもうとして、つかめない系の人間だ。
 僕は、一発逆転を夢見て、最後の賭けに出る。真面目系クズではなく、ただのクズだと思われているのならば、そこから一歩進めて、クズ系真面目だと思われればいい! 何という逆転の発想。僕は、自分の脳みその柔軟さが怖い。

「楓先輩!」

 僕は、胸を張って語りだす。

「僕は、どうしようもないクズ人間です。先輩のおっしゃる通り、猥褻な思考に汚染されており、ネットの暗部にどっぷりとつかった、ジャンキーとも呼べるような耽溺者です。それだけではありません。類いまれなる鑑賞眼を持った美少女鑑定士であり、数々のアングラなコンテンツにも精通したオタクです」

 楓先輩が、目を白黒とさせてどん引きしているのが見える。ふっ、ここからの落差ですよ! 落差こそが、人の心を震えさせるのですよ!! 僕は、急転直下、自分の真面目さを、楓先輩に主張する。

「しかし、実は僕は、クズ系真面目人間なんです!」

 決まった。これで、楓先輩は、僕への認識を改めるだろう。

「……サカキくんのどこが真面目なの?」

 えっ?

「真面目にマンガを読むところとか、真面目にゲームをするところとか、学業よりも趣味を優先するところとか」

 楓先輩は、言いにくそうに、ぼそりと言う。

「それって、ただのダメ人間なのではないの?」

 そ、そうですよね~。僕は涙目で、自分の真の姿を再認識した。

 それから三日ほど、落ち込んだ僕は、ごみクズのような姿で、部室の隅に横たわって過ごした。どうすれば、楓先輩に真面目人間だと思ってもらえるのか? 分からない。それは、孔明をしのぐ知略を持つ僕にも、解けない難題だった。