雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第244話 挿話60「バレンタインと鈴村真くん」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、少女趣味な者たちが集まっている。そして日々、可愛らしさに磨きをかけて暮らしている。
 かくいう僕も、そういった、女性の仕草や振る舞いにはうるさい系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、可憐な姿に憧れる面々の文芸部にも、素のままの自分で過ごす人が一人だけいます。レースとリボンの世界に迷い込んだ、素朴な女学生。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 そんな楓先輩と僕の文芸部は、今日は少しお休み。二月の恋愛行事が近付く中、僕は落ち着かない気分で過ごしていた。

 バレンタインデーの二日前の昼休み。僕はいつものように、教室の自分の席で、お昼ご飯を食べていた。今日の僕の食事は、母の作った弁当。大胆さにかけては斜め上の母は、日の丸弁当に想を得た、国旗弁当シリーズを最近は作っている。
 ちなみに、本日のモチーフはフランス。青、白、赤が、左から順に並ぶ三色旗。日の丸弁当よろしく、白いご飯を敷き詰めた上に、ブルーベリーとストロベリーで青と赤を表現している。
 せめて、この取り合わせなら、ご飯でなくてパンだろう。和洋折衷というか、ご飯への冒涜というか、何とも表現しようのない食事を前に、僕は珍しく食欲を減退させていた。

「ねえ、サカキくん。一緒にご飯を食べよう」

 顔を上げると、親友の鈴村くんが立っていた。
 鈴村くんは、華奢な体に、女の子のような顔立ちの男の子だ。そんな鈴村くんには、他人に隠している秘密がある。
 実は鈴村くんは、女装が大好きな、男の娘なのだ。鈴村くんは家に帰ると、女物の洋服を着て、等身大の姿見の前で、様々な可愛いポーズを練習している。そして、女の子の格好をする時には、「真琴」という女の子ネームに変わるのだ。
 僕は、その真琴の姿を、これまでに何回か見たことがある。そして、数々のエッチなシチュエーションに巻き込まれたのだ。
 そんな鈴村くんが、一緒にご飯を食べようと、僕に言ってきたのである。

「うん、いいよ。それで、鈴村くんの今日の食事は?」
「購買で買ってきたパンだよ」

「いいね。大変いいね。僕は、残念ながら、母の手作り弁当だよ」
「お母さんが手作りしてくれるのなら、その方がいいんじゃないの?」

 まっとうな意見を述べる鈴村くんに、僕はフランスの国旗を見せる。鈴村くんの顔が、微妙な表情になった。

「こ、これは大胆だね」
「そうだろう」

 どうやら、意見の一致をみたようだ。僕は、今日の弁当に対する僕なりの意見を、述べ始める。

「ねえ、鈴村くん。僕は思うんだ。時に芸術というものは、人を不快にさせることで、何かを伝えようとする。それは意味があることだろう。しかし、時と場所を選ぶべきだと感じるんだ。
 学校の昼食というのは、一つの安らぎの時間だ。そういった貴重な時間に、芸術的な試みをする必要はないんじゃないのかな?
 僕は、普通のお弁当を食べたいんだ。この国旗シリーズは、一日目の日の丸弁当が、最もクオリティーが高かったんだ。あとは劣化する一方だよ。僕は、早く世界が統一されて、一つの旗で充分になる日を待ち望んでいるよ」

 僕は、悩める若きウェルテルのような表情をする。鈴村くんは、自分の席から椅子を持ってきて、僕の前にちょこんと座った。

 僕と鈴村くんは、雑談をしながらご飯を食べる。僕は、ブルーベリーとストロベリーとジャポニカ米の競演を、渋々味わう。鈴村くんは、美味しそうな総菜パンを、可愛らしく食べる。

「ねえ、鈴村くん。そろそろバレンタインデーだね」

 僕は、沈黙を打ち破るために話題を切り出す。

「うん。二日後だね」

 鈴村くんは、喉に手を添えて、口の中のものを飲み下したあと答える。僕は箸を止め、鈴村くんに語りかける。

「バレンタインデーは、元々、存在自体が疑問視されている聖人、ウァレンティヌスにちなんだキリスト教の祝いの日だ。このイベントは昔から、世俗の商業主義にまみれている。

 イギリスの出版社が、バレンタインカードを販売するために、バレンタインが少女に手紙を贈る物語を添えたり、イギリスのキャドバリー社が、チョコレートを贈る販売戦略を打ち出して、それが習慣として世界に広がったり。
 日本でも、神戸モロゾフ製菓説、メリーチョコレートカムパニー&伊勢丹説、森永製菓説、ソニープラザ説など諸説あるものの、販売側主導で、チョコを贈る文化が作られた。

 それだけじゃない。バレンタインデーから派生した文化も、世の中には存在している。お返しを贈るホワイトデー。あまり広まっていないけれど、柑橘類生産農家が提唱するオレンジデー。
 つまり、バレンタインデーは、金と欲にまみれた催し物なんだ。そんなバレンタインデーについて、僕はあえて言いたい。チョコが欲しいと。僕は、チョコが欲しいんだ。だって、チョコが欲しいじゃないか! 僕は、そういったことを、そこはかとなく思うんだよ」

 僕は、箸を握り締めて、青年の主張を述べた。鈴村くんは、うんうんと頷いたあと、少しだけぷんぷんした様子で、しゃべりだした。

「バレンタインデーの近くになるとさ、僕は『誰にあげるの?』とよく聞かれるんだ。失礼だよね」

 僕は、鈴村くんの姿を一瞥する。
 えー、いや、鈴村くんの容姿を見れば、そう尋ねたくなるのも分かる気がする。男物の学生服を着ていなければ、女の子にしか見えない。いや、学生服姿でも、男装している女の子としか思えない。

「じゃあ、鈴村くんは、チョコをもらったりはしないんだ。僕は、小さい頃から一緒にいる睦月ぐらいしかくれないから、仲間だね」

 鈴村くんも、似たもの同士かなと思い、僕は尋ねる。

「もらうのはもらうよ。年上のお姉さんたちがくれたりするから」

 何ですと?

「へ、へえ。どのぐらいもらうの?」

 僕は、少し牽制気味に質問する。

「二、三十個ぐらいかな。食べきれないよね。
 僕は小食だから、一ヶ月経っても食べきれない分は、仕方なく処分するんだ。ちょっと心が痛むよ。まあ、一口ずつは、手を付けるようにしているんだけど」

「そ、そうなんだ。鈴村くんは、年上に人気があるんだ」
「そうみたいだね。小さい頃は、お母さんの会社のお姉さんたちに、よくもらっていたよ。最近は、上級生が多いかな。妹みたいと言われて、囲まれてチョコを無理やり食べさせられたりするよ」

 僕は、その姿を想像する。耽美なお姉さま方に囲まれて、無理やりチョコレートを食べさせられる美少年の鈴村くん。悪くない光景だ。それだけで、ご飯三杯はいけそうだ。ただし、ブルーベリーとストロベリーが載っていないことが条件だ。

「そうかあ、鈴村くんはもてるのかー」
「もてるわけではないと思うよ。おもちゃとして、面白いだけだと思うよ」

「それでもさあ、お姉さんたちに囲まれて、チョコを口にねじ込んでもらいたいじゃないか」
「サカキくん。それ、少し変な性癖だよ」

 そうかなあ。僕は、首をひねる。

「サカキくんはさあ、楓先輩にチョコをもらいたいんだよね?」
「うん。とってもね」

「でも受験日だから難しいよね。サカキくんからあげたら?」

 先ほど、プレゼントしないのかと聞かれて、失礼だと言っていた鈴村くんは、僕に同じ行為をすすめる。

「いやあ……」

 本当はそれも考えたのだけど、瑠璃子ちゃんに、余計な差し入れはしないようにと言った手前、僕から贈るのは反則だと思う。

「サカキくんが、楓先輩にチョコをプレゼントするんだったら、一緒に買いに行く? 選ぶの、僕、手伝うよ」

 女子力の高い仕草で、鈴村くんは笑みを浮かべる。

「うーん、どうしようかなあ」
「今日行く? バレンタインチョコを売っている、いいお店を知っているよ」

 なぜ、鈴村くんは、そういったお店を知っているのだろう? 僕は、いつの間にか説得されて、放課後に一緒に、そのお店に行くことになった。

 放課後になった。僕と鈴村くんは連れ立って、バスに乗って町に出た。黒で統一されたそのお店には、赤いハート型のPOPが並んでいる。店内には、女子力が高そうな女性が多数いる。全身デコレーションで、歩く小林幸子といった扮装の、お姉さま方も多数いた。

「何だか気が引けるね」

 僕は、居心地の悪さを感じながら言う。

「でも、売っているチョコは、ハート型ではなく、お洒落な一口サイズだよ」

 ショーケースを覗くと、目もくらむような値段の、極小のチョコが並んでいた。

「高いね」
「手がかかっているからね」

「小さいね」
「口を大きく開けずに食べられるよ」

 巨大なチョコを、好きなだけ食べたい僕は、どうやら女子力ミミズ級らしい。

「どれにする?」

 僕は、鈴村くんに尋ねられる。違いが分からない。少なくとも、お酒が入っていないものを選ぶべきだろう。それに、今日のお財布の中身からすると、買えても一粒だ。詰め合わせなど買おうものなら、僕の経済活動が金融危機を起こしてしまう。そういえば、鈴村くんは、会社社長の息子だよなあと、今さらながらに思う。

 どれにしようかな。棚を見渡していた僕は、一つのチョコに目をとめる。メープルシロップの入ったチョコがある。チョコと合うのかは分からないが、メープルは楓だ。これにしようと決める。僕は、小さな箱に収まった、宝石のようなチョコを一粒購入した。

「サカキくん。このお店、カフェも併設しているんだ。僕が紹介したお店だから、今日は僕が支払いをするね」

 僕は席に座らされ、鈴村くんが二人分のメニューを注文した。チョコレートケーキにココア。カカオ豆から作られた兄弟レシピだ。

「サカキくんも、楓先輩にチョコをプレゼントするみたいだから。二日ほど早いけど、これは僕からのプレゼントだよ」

 鈴村くんは、向かい合った席で、嬉しそうに微笑んだ。
 僕は、ケーキをひとかけら口に運びながら考える。これは、鈴村くんにチョコをもらったことになるのだろうか? うーん、どうだろう。分からないけれど、そのお店のチョコは、とてもとても美味しかった。