雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第243話 挿話59「バレンタインと城ヶ崎満子部長」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、官能を好む者たちが集まっている。そして日々、いかがわしさにまみれて暮らし続けている。
 かくいう僕も、そういった、邪淫に耽溺する系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、淫靡を愛する面々の文芸部にも、清浄な世界で生きる人が一人だけいます。サキュバスの群れに取り囲まれた、敬虔な尼僧。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 そんな楓先輩と僕の文芸部は、今日は少しお休み。二月の恋愛行事が近付く中、僕はぼんやりとした気分で過ごしていた。

 授業が終わり、放課後になった。僕は教室を去り、文芸部への道をたどる。前方のガラス窓から、光が漏れている。すでに誰かいるのだ。僕は扉に手をかけ、あいさつをしながら部室に入った。
 いつもの光景が目に飛び込んでくる。しかし、そこにいるのは一人だけだった。まだ授業が終わってから早い時間。どうやら僕は、二番目に、部室にたどり着いた人間だったようだ。

「よう、サカキ。どうした? 不思議なものを見るような顔で」

 この文芸部のご主人様、僕の天敵、三年生で部長の、城ヶ崎満子さんだ。満子部長は、部室の中央のテーブルに両足を載せて、ふんぞり返って本を読んでいた。

「えー、先輩は女性なんですから、もう少し、振る舞いに気をつかったらどうなんですか?」

 僕は、あきれた声を出しながら、自分の席へと向かう。満子部長は、楽しそうにスカートの端を少し持ち上げて、「見るか?」と尋ねてきた。

「見ませんよ」
「そうか。もったいないなあ」

「満子部長のパンツを見ても、嬉しくありませんから」
「甘いな。そう簡単に見せるか。見えるか見えないかのところで、寸止めをするのだよ。そういった、見えそうで見えないぎりぎりさが、興奮を喚起するのだからな」

 満子部長は、笑いながら本を閉じた。

 満子部長は、古い少女マンガに出てきそうな、お嬢様風のゴージャスな容姿をした人だ。しかし、この姿に騙されてはいけない。その中身は、気高くも真面目でもなく、エロに染まった品性下劣なものだからだ。
 満子部長が、そういった困った性格をしているのは、その出自のせいだ。満子部長は、父親がエロマンガ家で、母親がレディースコミック作家という、サラブレッドな家に生まれた。そういった家庭環境であるために、両親から受け継いだ、深遠にして膨大なるエロ知識を保有している。そして性格はSであり、僕をこの部室で、ちくちくといたぶるのを趣味としているのだ。

 荷物を席に置いた僕は、中央のテーブルに移動して、席に着く。満子部長は足を下ろして、暇そうな顔をした。

「あの、満子部長。そろそろ高校受験ではないのですか?」

 あまりにもくつろいでいる満子部長を見て、僕は疑問を持って尋ねた。

「ああ、受験か。そういったものもあったな」
「テスト、そろそろでしょう?」

「らしいな」
「らしいなって」

「最近は、鷹子の勉強を見ているからな。
 短期間の詰め込みで、試験突破だけを目的としたカリキュラムを組むのは、なかなか楽しいものだぞ」
「えー、自分のテストの方は、どうなっているんですか?」

 僕は、少しいらっとしながら尋ねる。満子部長は、小指で耳の穴をほじくったあと、面倒くさそうに僕の方を向いた。

「私の受験は終わったよ」
「はっ?」

「合格通知が今日来た。まあ、試験は面接だけだったがな」
「あの、どういうことですか?」

 何が何だか分からない。僕は、頭にはてなを浮かべながら尋ねる。

「推薦入試という奴だよ。だから、楓や鷹子と一緒の試験は受けんよ。自分の試験があるなら、鷹子の勉強を見ているわけがないだろう。まあ、たとえそうであっても、私なら合格するだろうがな」

 僕は、驚いて満子部長を見る。そして、なぜ満子部長が、推薦入試を受けられるのか尋ねた。

「おいおい。これでも私は、全学年通して、成績は十番以内に入っているぞ。平均すれば、五番ぐらいにはなる。それに、すべてのテストで、毎回エロい答えを書いて、わざと間違えているからな。その縛りがなければ、三番か四番ぐらいには、なっていると思うぞ」

「えー、少し頭が痛いです。満子部長は、なぜ、そんな謎の縛りをするのですか?」
「先生の反応が面白いからだよ。だから先生たちとしては、私に、筆記試験を受けさせたくなかったんじゃないのか? 学校の恥だろうからな」

 満子部長は、得意げに言う。僕は、げんなりしながら、さらに話を聞く。

「まあ、それは冗談だとしても、推薦入試を受ける資格は、充分あると思うぞ。テストはいつも高得点、成績はオール五、部活の部長をしていて、個人では全国レベルの作文コンクールに何度か入賞している。論文も書いて、本も出版している。推薦されない理由が、どこにある?」

「えー、まあ、ないですね」
「そうだろう。それに、エロいしな。このセクシーさをアピールすれば、面接で一発合格だよ」

 満子部長は、指を卑猥な形に組んで、僕の前に突き出す。

「面接で、いつものトークを炸裂させたのですか?」
「いや、巧妙に隠したよ。さすがにまずいしな」

「真面目にしゃべったんですか?」
「ああ、少しだけ不真面目だったがな。私のすべての発言を録音して縦読みしたら、隠語だらけになるように言葉を組み立てたよ。清楚なお嬢様女子中学生を演じながらな」

 どこから突っ込んでよいのか分からなかった。しかし、満子部長なら、やりかねないと思った。この人はそういう人だ。僕は、言い返すのも面倒になって、机の上のマンガに手を伸ばした。

「おい、サカキ」
「何ですか、満子部長? 暇なら、自分でお茶ぐらい入れてください」

「つれないなあ。今日は、私が優しくしてやろうと思ったのに」
「はいはい。そうですか」

 僕は、マンガを広げて、読み始める。そのページの間に、ピンクの包装紙に包まれた箱が置かれた。

「二月十四日は、鷹子の付き添いで花園高校に行くからな。直前まで、テスト対策をする予定だ。だから、早めにやっておく」

「何ですか?」
「バレンタインデーのチョコだよ」

 僕は、渋い顔をして警戒する。去年、騙されて激辛チョコを食べさせられたことを思い出したからだ。

「今年は騙されませんよ」
「ほう。私が、いつ騙した?」

「つつしんで、返却いたします」

 僕が、チョコの箱を返そうとすると、満子部長が手を重ねてきた。

「大丈夫だよ。今年のチョコは、まともなチョコだ。後輩全員に、同じものをプレゼントする予定だからな」

「本当ですか?」
「ああ、開けてみろ」

 僕は、疑心暗鬼のまま、マンガを閉じて、箱を手に取る。
 蓋を開けた。そこには、カードサイズの、本の形をしたチョコレートが入っていた。

「本ですね」
「ああ、本だ。文芸部だからな」

「まともですね」
「たまにはな」

「どういう風の吹き回しですか?」
「残せるものは、残したという気持ちを込めてな。この文芸部を、よろしく頼むぞ」

 満子部長は、軽い口調で言い、部室を見渡した。そこには、満子部長に連れられて、一緒に買い集めた、様々な小説やマンガなどの名作が並んでいる。
 僕は、満子部長の表情を窺う。感慨深いといった顔をしている。残せるものは残した。その思いを、本の形のチョコにして、僕に手渡したのだろう。

「なあ、サカキ、チョコよりも、定番のあれの方がよかったか?」
「定番のあれって、何ですか?」

エロマンガの基本だよ。自分の体にチョコを塗って、『私がプレゼントよ!』って奴だ!」
「あのですね、満子部長……」

 僕が、あきれた表情で言うと、満子部長は大笑いした。

「まあ、そんなことはしないよ」
「やめてくださいよ。満子部長にされても、嬉しくないですから」

「そうだろうな」

 満子部長は席を立ち、睦月と、鈴村くんと、瑠璃子ちゃんの席に、チョコレートを置いていく。その姿は、どこか寂しげだった。僕は、満子部長たちの卒業が、いよいよ近付いていることを実感する。

 チョコを配り終えた満子部長が、中央のテーブルに戻ってきた。そして、僕の前に、どかりと座り、ふんぞり返った。僕はその様子を眺める。そして、思い出したように声を出した。

「そうそう、満子部長」
「何だ、サカキ?」

「言い忘れていました」
「何だ?」

「高校合格、おめでとうございます」

 満子部長は、一瞬きょとんとしたあと、表情を輝かせて、明るい笑顔を僕に見せた。