雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第234話「ちっぱい」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、小さいものを愛する人たちが集まっている。そして日々、極小の世界に挑んで暮らし続けている。
 かくいう僕も、そういった細かいことが気になる系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、小さいものを追い求める面々の文芸部にも、大きなものを愛する人が一人だけいます。文庫本に手を伸ばす人たちの中で、単行本を迷いなく選ぶ少女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。僕は、先輩の胸元を見る。そこには、わずかなふくらみがある。僕は両手の平で、そっと覆いたい気持ちになる。
 先輩の胸元は、そうしたくなる、絶妙なカーブを描いている。駄目だ、駄目だ、そんな破廉恥なことをしては。僕は、体をぶるっと震わせたあと、先輩に返事をする。

「どうしたのですか、先輩。知らない言葉に、ネットで出会ったのですか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。反射望遠鏡を磨く職人が、数万分の一ミリの精度にこだわるように、僕はネットの一バイトの違いも見逃さない観察を続けています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、小さいことにこだわって書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、細かすぎることで言い争う人たちの様子を目撃した。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

ちっぱいって何?」

 ぬおっ、危険な言葉が来た。ちっぱいは、小さなおっぱいを指す言葉だ。無乳ではなく、貧乳を意味するネットスラングである。
 僕は考える。楓先輩は、貧乳だ。とても小振りなおっぱいで、思わず両手をわずかに曲げて、貼り付けたくなるような形をしている。そんな、楓先輩は、貧乳を自分の弱点だと思っている。

 そんなことはないですよ、楓先輩。僕は、そう言いたいが、先輩自身はそう考えてはいない。
 そんな楓先輩に貧乳のことを語れば、嫌われるかもしれない。どう答えればよいのだろう? そう悩んでいると、部室の一角から声が聞こえてきた。

「サカキ先輩は、ちっぱいが大好きです。三度の飯よりも、ちっぱいが好きだそうです」

 何ですと? 誰だい、そういった危険な台詞を吐く人は。僕は、大慌てで、声の主に顔を向ける。そこには僕の苦手な相手、一年生の氷室瑠璃子ちゃんが座っていた。

 瑠璃子ちゃんは、氷室という名の通り、僕に対して氷のように冷たい女の子だ。だが、瑠璃子ちゃんの特徴は、それだけではない。どう見ても、小学校低学年にしか見えない外見。そして人形のように整った顔。その姿と、目付きと、きつい性格のせいで、「幼女強い」という謎の陰口を叩かれている女の子だ。

 その瑠璃子ちゃんは、なぜか僕に厳しい。「人生のレールを踏み外しているのは、最初から車輪が壊れているからですか」とか、「真面目に生きないのは、破滅願望があるからですか」とか、「サカキ先輩のような変態は、婿のもらい手がなくて困りそうですね」とか、世話焼き女房のように、いつも小言を言ってくる。
 僕のガラスのハートは、そのたびに粉々に砕けそうになる。瑠璃子ちゃんの言葉の暴力に、僕はいつも打ちのめされているのだ。

 その瑠璃子ちゃんが、僕に対して、「サカキ先輩は、ちっぱいが大好きです」と言ってきたのだ。

「えー、あの、瑠璃子ちゃん。僕がいつ、そんなことを言ったのかな?」

 確かに僕が言いそうなことだけど、身に覚えはない。僕は、そう思いながら、瑠璃子ちゃんに尋ねる。

「私が小学五年生、サカキ先輩が、小学六年生の時です。もう、忘れたのですか?」

 瑠璃子ちゃんは、僕が認知症であると疑っているような口調で言う。ええと、僕はまだまだ健康な若者ですよ。僕は、そのことを証明するために、必死に記憶を過去へとさかのぼらせる。

 そう。あれは、僕が小学六年生の時のことだ。僕の同学年の女子たちは、おっぱいという名のつぼみを、服の下で密かに育て始めていた。
 美少女鑑定士である僕は、そのふくらみを見逃さなかった。そして、おっぱいの花園に囲まれていることを自覚して、一人おっぱい無双の境地にいたっていたのである。

 そんな僕は、昼休みの時間に外に出て、校庭のど真ん中で、僕の花園を見渡して、一人恍惚としていた。

「あの、サカキ先輩。校庭の中央で、両手を広げて、なぜ嬉しそうな顔をしているのですか?」
「うん?」

 振り向くと、そこには、いまだ小学校低学年にしか見えない瑠璃子ちゃんが、不思議そうな顔をして、僕を見上げていた。

「ああ、瑠璃子ちゃん。僕は、自分がいかに幸せなのかを、実感しているんだ。人生って、素晴らしいよね。自分の年齢に応じて、様々な喜びを体験できるのだから」

 僕は、心満たされた人間の余裕を見せつけながら、いまだ僕の境地にいたっていないであろう瑠璃子ちゃんに、幸せのお裾分けをしてあげようという気分になっていた。

「ねえ、瑠璃子ちゃん。僕がなぜ、幸せな気持ちなのか、分かるかい?」

 瑠璃子ちゃんは、僕の視線を追ったあと、気まずそうに答えた。

「おっぱいの大きな女の子を見ているからですか?」

 瑠璃子ちゃんは、自分の胸が、まだ何のふくらみも見せていないことを気にしている様子で答えた。
 ああ、瑠璃子ちゃんにとって、小学六年生の女の子は、みんな巨乳に見えるのだろう。しかし、実際は違う。目の前にいる女の子たちは、控えめなふくらみを見せているだけだ。それはまだ柔らかさを見せておらず、その形も成熟からはほど遠い姿をしている。

 そのことを伝えようと思い、僕は瑠璃子ちゃんに視線を向ける。瑠璃子ちゃんは、親犬を失った子犬のように、自分の胸の不在に、寂しそうな顔をしていた。
 ああ、女の子が悲しい顔をする姿は、僕の心を痛める。僕は、自分の周りの女の子たちに、笑顔でいて欲しい。特に、その相手が美少女ならば、なおさらだ。

 瑠璃子ちゃんは、幼児体型で、幼い顔立ちだが、お人形さんのような美少女だ。僕は、そんな瑠璃子ちゃんの心を慰めるために、優しい言葉をかけることにした。

「瑠璃子ちゃん。僕は、ちっぱいが好きなんだよ」
ちっぱいですか?」

「うん。僕はね。小さいおっぱいが、好きな系の人間なんだ。だから、大きな胸に憧れているわけではないんだよ。僕は、おっぱいが育つ過程の、一瞬のふくらみを見るのが好きなんだ。
 それはまるで、桜が一瞬の満開を見せたあと、散りゆく様に似ている。そういった意味で、僕は、日本人の魂を持っていると思うんだ」

「そ、そうですか。私のように、小さなおっぱいでも、サカキ先輩の鑑賞対象になり得るのでしょうか?」
「うん、なるね。大いになり得ると思うよ。僕は、ちっぱいが三度の飯よりも好きだからね」

 瑠璃子ちゃんは、頬を赤く染めた。僕は、聖人のような笑みを浮かべた。僕は、すべての人類に慈愛を注ぐ表情を見せて、瑠璃子ちゃんの頭を、ぽんぽんとしてあげた。そんなことが、小学六年生の時にあったのである。

「ねえ、サカキくん。ちっぱいって何?」
「はっ!」

 楓先輩の声で、僕は文芸部の部室に意識を戻した。そうだ。ちっぱいについて、楓先輩に説明しなければならない。
 いったい、どのように説明する? 楓先輩の機嫌を損ねないようにするのは、至難の業だ。うーん、そうだ! 僕は、一つの考えを頭に閃かせる。

 ちっぱいは、控えめなおっぱいというだけで、無乳のことを指しているわけではない。おっぱいは、ないのではなく、あるのだ。アナログの世界であれば、問題になるかもしれないが、デジタルの世界では問題ない。ゼロかイチの世界であれば、ちっぱいは、イチの側の、おっぱいパラメーターというわけだ。

 いける! ちっぱいは、無乳ではなく有乳である。そのことを徹底的にフォローすれば、小さなおっぱいという説明のダメージを、無効化できるはずだ。僕は作戦を決め、楓先輩に語り始める。

「先輩。ちっぱいとは、小さなおっぱい、ちっちゃなおっぱいなどの意味を表すネットスラングです。有名なところでは『アイドルマスター』という作品の、如月千早というキャラクターが、よくちっぱいと関連付けられます。

 さて、このちっぱいですが、あくまでも小振りなおっぱいであって、完全にないわけではありません。それは、あるなしの分別で言えば、あるの方に分類される、立派なおっぱいなのです。そして、そのわずかなふくらみが、僕たち日本人の、小さなものを愛する心を、大いに刺激するのです。

 そう。僕は、高らかに言いたい。ちっぱい最高! ちっぱいは至宝! そんなちっぱいに、僕はなりたい。いや、ちっぱいを愛でたい。

 楓先輩、安心してください。ちっぱいは、僕たち人類の宝です。世界文化おっぱい遺産なのです。それは、おっぱい素晴らしいものなのです。多くの人類が鑑賞してきた、美的おっぱい存在なのです。

 そんなちっぱいに、僕は溢れんほどの愛を注ぐことができます。僕は、ちっぱい愛好家なのです。ちっぱいディレッタントなのです。楓先輩! 瑠璃子ちゃんが言うように、僕はちっぱいが大好きなのです!!」

 僕は、心の叫びを声にして伝えた。

 完璧だ。僕は、自身の演説に満足する。ちっぱいの説明をしつつ、それが有乳であることを伝えつつ、それがどれだけ素晴らしいものであるかを語り、そして僕がいかに、それを好きであるかを宣言した。
 すべての情報を統合すれば、一つの答えにたどり着く。僕は、楓先輩が好きだ! さあ、僕の愛を受け取ってください、楓先輩!! 僕は、そう思いながら、楓先輩をじっと見た。

「ううっ、小さなおっぱいって言うなんて……。私が気にしていることを……」

 楓先輩は、ふにゃあといった顔になり、涙目になって、マンガのようにぷるぷると震え始めた。

「いや、僕は、ちっぱいがいかに素晴らしいかを、滔々と語ったわけで……」

 しかし、楓先輩の耳に、僕の言葉は入っていなかった。どうやら、僕が「小さなおっぱい」と言ったところで、思考がフリーズしてしまい、それ以後の話を聞いていなかったようだ。

 げふっ! それって、説明の最初しか聞いていなかったということですか? どうやら僕は、作戦を間違ったようだ。説明を先にしてしまったせいで、楓先輩の心の耳を塞いでしまったようだ。
 楓先輩は、「小さなおっぱい、小さなおっぱい……」とつぶやき、何度も机にぶつかりながら、自分の席へと戻っていった。

 それから三日ほど、僕は楓先輩に、恨みがましい目で見られた。ああ、視線が痛い。しかし、その視線は、僕に新しい性癖を目覚めさせた。何だか、背筋がぞくぞくとする? 僕は、楓先輩の冷たい眼差しに、得も言われぬ喜びを感じてしまった。