雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第232話「レイヤー・コスプレ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、自分を変えたがっている者たちが集まっている。そして日々、独自の変身ポーズを考えながら、練習し続けている。
 かくいう僕も、そういった日常からの逸脱を夢見る系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、変身願望いっぱいの面々の文芸部にも、変化を好まない人が一人だけいます。変身ヒーロー大集合の映画に紛れ込んだ、姿の変わらない永遠の美少女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。僕は楓先輩の胸をそっと見る。毎日見ているけど、その大きさには、ほとんど変化が見られない。楓先輩の胸の成長は、止まっているのだろうか? 控えめな胸は、大人になっても継続するのか。僕好みの貧乳。僕は、そんなことを考えながら、声を返す。

「どうしたのですか、先輩。知らない言葉を、ネットで目にしたのですか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。横山光輝が、のちの魔法少女物の先駆けとなった『魔法使いサリー』の原作を描いたように、僕は、ネットで人格変貌する現象のモデルとなる行動を、密かに続けています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、様々な人格になり切って書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、どう考えても普段と違う言動をしている人たちの文章を読んだ。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「レイヤーって何?」

 楓先輩は、僕を上目づかいで見ながら、尋ねてきた。
 ああ、楓先輩はオタク文化への造詣がない。だから、当然コスプレ文化をしらない。アニメやゲームのキャラの扮装をするコスチュームプレイ。それをする人たちを、コスチュームプレイヤー、略して、コスプレイヤー、さらに略してレイヤーと呼ぶ。楓先輩が、そういったことを、知っているわけがない。

 レイヤーという言葉は、特にエッチでも危険でもない。安心して説明できる。僕がそう思い、口を開きかけた瞬間、部室の一角で、ガタンと、椅子の動く音が聞こえた。
 何だろう? 僕が疑問に思いながら顔を向けると、そこには僕と同じ二年生の、鈴村真くんが立っていた。鈴村くんは、恥ずかしげな様子で、顔を真っ赤に染めて、僕の方を見ている。

 鈴村くんは、華奢な体に、女の子のような顔立ちの男の子だ。そんな鈴村くんには、他人に隠している秘密がある。
 実は鈴村くんは、女装が大好きな、男の娘なのだ。鈴村くんは家に帰ると、女物の洋服を着て、等身大の姿見の前で、様々な可愛いポーズを練習している。そして、女の子の格好をする時には、「真琴」という女の子ネームに変わるのだ。
 僕は、その真琴の姿を、これまでに何回か見たことがある。そして、数々のエッチなシチュエーションに巻き込まれたのだ。

 その鈴村くんは、もじもじとしながら、僕に声をかけてきた。

「サカキくん。今日の昼休みのことは言わないで……」

 昼休み? 何があったのだろう。僕は、曖昧な記憶をさかのぼらせて、今日の昼のことを思い出す。

 今日の昼休み。僕は、教室の自分の席に座り、スマートフォンでコスプレ写真を見ていた。学校だし、周囲の人に覗かれたらやばい。そう思って、箱ガンダムとか、ジャイ子とか、ごはんですよとか、ネタ系のコスプレ写真を中心に、閲覧していた。

「ねえ、サカキくん」

 声をかけられて、僕は振り向いた。そこには華奢で可愛い、鈴村くんが立っていた。

「何だい、鈴村くん?」
「今、暇かな?」

「そうだね。僕は知的好奇心旺盛で、いつも多忙だけど、他ならぬ鈴村くんのためになら、時間を割くことができると思うよ」

 僕が答えると、鈴村くんは嬉しそうに、にっこりと笑った。昼休みの喧噪の中、鈴村くんは、僕に小声で話しかけてくる。

「実は、サカキくんに見てもらいたいものがあるんだ。それで、屋上まで一緒に行ってくれないかな?」
「いいよ」

 僕は、答えて立ち上がる。
 ふっ。いつもの奴だろう。鈴村くんは、時折学校で僕を呼び出して、女装のチェックをする。美少女鑑定士である僕の目を使い、クオリティーを確かめているのだ。
 頼られているなあ。僕はそう思いながら、鈴村くんと連れ立って、屋上に向かった。

 屋上に着いた。空は晴れており、心地よい風が吹いている。屋上には、僕と鈴村くんの二人しかいない。僕は、その場所で、鈴村くんが何を言い出すかと待った。

「ねえ、サカキくん」
「何、鈴村くん?」

 鈴村くんは、おもむろに上半身の学生服を脱ぎ始めた。僕はそのことに驚きながら、成り行きを見守る。鈴村くんは、胸にチューブ状の布を巻いているだけだった。それ以外は裸で、なめらかな白い肌が露出していた。

 半裸だ! 僕は、顔を真っ赤にしながら、鈴村くんの様子を窺う。鈴村くんはさらにズボンも脱ぎ、下半身に三角形の布を着けただけの姿になった。

「す、鈴村くん。その姿は?」
「うん。最近、コスプレに目覚めて、少し衣装を作ってみたんだ」

 コスプレ? 僕は、今一度鈴村くんの全身を確認する。
 それは、確かにアニメキャラの服装だった。中学生の男子が、変身してポニーテールの美少女になるという内容だ。その変身の時に、主人公は、鈴村くんがしているような露出の多い姿になる。

「それは、『僕、ポニーテールになります。』、通称『僕ポニ』の衣装だよね?」
「うん。どんなコスプレにしようかと思って、一番似合いそうなものを選んだんだ」

 鈴村くんはそう言い、ウィッグを取り出して、後頭部に付ける。そして、完璧なポニーテール姿になって、もじもじとした。
 僕の前には、胸と腰に薄い布を付けただけの、ポニーテール美少女がいる。その姿に、僕はくらくらとする。

「ええと、鈴村くん。コスプレの注意事項は知っているかな? 露出について、様々な注意すべき点があるんだよ」

 僕は、混乱した頭で台詞を告げる。

「たとえば、コミックマーケットでは、こういったルールが定められている。下着を着用していない衣装は禁止。水着の場合も、サポーターや下着を着用する必要がある。また、下着が直接見えるものや、透けて見える衣装は禁止。肌の露出についても制限があり、胸は三分の一までしか出してはいけないんだ」

 僕は、コミケにおけるコスプレの注意事項を口にする。コミケでは、様々なコスプレがおこなわれている。その場所では、公序良俗に反しないように禁止事項も多い。また、コスプレ写真集の販売でも、露出についてのチェックが厳しくおこなわれいる。

「大丈夫だよサカキくん。僕の姿をきちんと見て」

 鈴村くんは、自分の姿を指差しながら、解説していく。

「まず、胸は元々露出させていないから問題ないよね。僕にはふくらんだ胸がないから、あまり露出させると、女装の意味がなくなるという制限があるからね。
 それに、下半身についても、注意を払っているよ。ほら、下着が見えないようにしているし、布の下には、きちんと下着を着けているから」

 鈴村くんは、そう言いながら、腰の三角形の布を持ち上げて、少し動かした。その布の下には、レースの付いた白い下着があり、その姿を見た僕は、盛大に鼻血を噴き出して、仰け反ってしまった。

「す、鈴村くん。その姿は、破壊力がありすぎだよ」
「そ、そう?」

「うん。やばいね」
「サカキくんが、そんなに反応してくれるなら、もう少し見せてもいいかな」

 えっ? 鈴村くんは、もじもじとしながら、再び腰の布に指をかける。その指は、白く細く、女性の手と比べても遜色がなかった。鈴村くんは、艶美な笑みを浮かべて布をずらし、白いレースの下着を見せる。そして、空いている手を、誘うようにして僕に伸ばした。

 ごくり。僕の自制心は、決壊寸前になる。鈴村くんは、男の娘の顔になり、真琴の表情を浮かべる。そして、僕を誘惑するように目元を細めた。
 ああ、抗えない。僕は、誘蛾灯に引かれる蛾のように、鈴村くんのもとに、ふらふらと歩きだす。その時である。屋上へと続く階段から、数人の声が聞こえてきた。

「鈴村くん。制服を着て!」
「うん!」

 僕は、鈴村くんに急いで学生服を着せた。そんなことが、今日の昼休みにあったのである。

「ねえ、サカキくん。それで、レイヤーって何なの?」
「はっ!」

 僕は、意識を、文芸部の部室に戻す。目の前には、楓先輩がいて、レイヤーの意味を知りたがっている。僕は、こほんと、咳払いをしたあと、説明を開始した。

「ネットで見かけるレイヤーには、二つの意味があります。
 一つ目は、層という英語そのままの意味です。このレイヤーの意味は、画像編集ソフトの機能として語られることが多いです。透明な板に描いた絵を重ねて、一枚の絵を作るように、透明な画像領域を複数重ねて絵を描く。そういった画像領域のことを、レイヤーと呼びます。

 二つ目は、コスチュームプレイヤーの略です。この言葉を省略して、コスプレイヤーと呼び、さらに略してレイヤーと使います。たとえば有名レイヤーと言えば、有名なコスチュームプレイヤーという意味になります。

 では、コスチュームプレイとは何なのか? これは、マンガやアニメやゲームの登場人物、あるいは実在の職業や人物に、似た姿になることです。そのために衣装を着たり、化粧をしたりして変装する。そういった行為を、コスチュームプレイと呼びます。また、略してコスプレと言います。

 このコスプレは愛好者が多く、そのムーブメントは、オタク文化の広がりとともに、世界に波及しています。そして、コスプレという言葉は、日本発祥で世界に通じる言葉になっています。

 では、こういったコスプレは、どういった背景で出てきて、広がったのでしょうか? コスプレを仮装文化と考えれば、その歴史は古く、世界中で見られる現象と言えます。しかし、オタク文化と密接に結びついたファン活動として考えた場合、その原初は、アメリカのSF界隈と見なすのがよいでしょう。
 一九六六年に放映が開始された、アメリカのSFテレビドラマ『スタートレック』。この作品は、トレッキーと呼ばれる熱烈なファンを数多く生み出しました。一九六〇年代後半のSF大会のイベントでは、同作品の仮装大会が催されていました。

 その影響を受けた日本のSF大会でも、一九七〇年代に同様の行為が見られ、こういった扮装は同人誌即売会にも広がり定着していきます。こういった仮装は、コスチュームプレイ、コスプレと呼ばれるようになります。

 このコスプレ人口が劇的に増えたのは、一九九〇年代です。一九九五年に放映が始まった『新世紀エヴァンゲリオン』を契機に、サブカルチャーとしてのオタク文化が盛り上がりました。その時期にコスプレ人口は大きく伸びています。
 たとえば、コミックマーケットコスプレイヤーの数は、一九九一年には約二百人だったのが、一九九七年には八千人に達したそうです。

 またコスプレは、マスコミにも取り上げられ、オタク文化のメジャーなジャンルの一つになりました。実際に、この時期以降のオタク文化で、コスプレは重要な一角を担うようになっています。
 こうして文化として定着していく中、コスチュームプレイをする人の呼び方も短くなり、コスプレイヤー、レイヤーと、省略されていきました」

 僕は、レイヤーについて説明した。楓先輩は、なるほどといった感じで、何度か頷いた。

「レイヤーについては、よく分かったわ。それで、鈴村くんとサカキくんは、なぜさっきあたふたとしていたの?」

 楓先輩は、僕と鈴村くんが触れて欲しくない話を振ってきた。

「ええ、あの……」

 僕は、しどろもどろになる。ちらりと部室の隅を見ると、鈴村くんがパニックになり、顔を真っ赤に染めている。
 ああ、ここは僕が何とかしなければ。親友である鈴村くんを辱めないように、何か策を練らなければならない。僕は、男気溢れる人間として、素早く考えを巡らせる。

「楓先輩!」
「何、サカキくん?」

「人間という存在は、様々な変身願望を胸に秘めています。日常からの脱却。自分でない何者かになりたいという欲望。それは、大人だけではなく、子供にも存在している感情です。
 そういった思いを反映した作品は、子供向けの映像作品に多くあります。変身ヒーロー物。魔法少女物。人間は、誰もが変身を望んでいるのです! 人は、変身したい時があるのです。そう、鈴村くんも、僕も。僕たちは、自分ではない何かになりたいのです。
 それは時に、人には話せなかったり、隠したかったりする、秘密の感情だったりするのです!!!」

 僕は、鈴村くんを擁護するために、熱い台詞を口にした。そんな僕の言葉を聞いた楓先輩は、なるほど、鈴村くんにそのことを尋ねてはいけなさそうねと、空気を読んでくれた。
 やった! 楓先輩が、空気を読んでくれるなんて、僕の演説がよほど効いたのだろう。

「分かったわ。鈴村くんには尋ねないね」
「ええ。それがよいと思います」

「それで、サカキくんは、何に変身したいの?」
「えっ?」

 そう来るとは思わなかった。僕は、楓先輩の質問に答えなければならない。惚れた弱みという奴だ。僕は、いったい何になりたいのか必死に考える。そして、一つの結論を導き出した。

「イケメン……」

 微妙な空気が漂った。楓先輩は、僕が容姿にコンプレックスを持っていると受け取ったようだ。
 うわあああんん。そんなことはないですよ。僕は、自分の姿が好きですよ! それなりにイケメンだと盲信していますよ。でも、本物のイケメンになりたいと思っているだけですよ!!!

「そ、そうね。何になりたいのか聞くのは、よくないことかもしれないわね……」

 楓先輩は、悪いことをしたといった口調で言った。楓先輩は、「そんなことないよ、サカキくんはイケメンだよ!」とは言ってくれなかった。どうやら僕は、楓先輩にフツメン、あるいはブサメンと思われているようだった。

 それから三日ほど、僕は自分の容姿をコスプレで何とかできないかと悩み続けた。文芸部には美男美女しかいない。その中で僕だけが、醜いアヒルの子状態だからだ。
 うわあん。白鳥になりたい! 僕は、よよよと涙を流して、三日間を過ごした。

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