雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第227話 挿話55「クリスマスと城ヶ崎満子部長」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、人と人の縁を結び合わせたい者たちが集まっている。そして日々、あの手この手で暗躍し続けている。
 かくいう僕も、そういった、ネットワークの大切さを知る系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、濃密なやり取りを好む面々の文芸部にも、薄い人間関係で満足している人が一人だけいます。桃園の誓いをしている劉備関羽張飛のもとに紛れ込んだ、デューク東郷。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 そんな楓先輩と僕の文芸部は、今日は少しお休み。二学期の終わりの日。僕たちは、文芸部の部室に集まって、満子部長の計画したクリスマス・パーティーをすることになったのである。

「うわあああん~~~。何で僕だけ、廊下で待機なんですか~~~~!」

 僕は、文芸部の入り口の外で、わめき声を上げた。

「仕方がないだろう。サカキはサンタクロース役なんだ。そのサンタが、みんなと一緒に並んでパーティーをしていたらおかしいだろう」

 当たり前だろうという顔をして、文芸部のご主人様、僕の天敵、三年生で部長の城ヶ崎満子さんは、僕に廊下で待っているようにと告げた。

 満子部長は、古い少女マンガに出てきそうな、お嬢様風のゴージャスな容姿をした人だ。しかし、この姿に騙されてはいけない。その中身は、気高くも真面目でもなく、エロに染まった品性下劣なものだからだ。
 満子部長が、そういった困った性格をしているのは、その出自のせいだ。満子部長は、父親がエロマンガ家で、母親がレディースコミック作家という、サラブレッドな家に生まれた。そういった家庭環境であるために、両親から受け継いだ、深遠にして膨大なるエロ知識を保有している。そして性格はSであり、僕をこの部室で、ちくちくといたぶるのを趣味としているのだ。

「満子部長、寒いですよ、廊下は」
「大丈夫だ。カイロを渡しただろう。それに、サンタの衣装は防寒服だ。このまま雪山で遭難しても安心だ」

「安心じゃないですよ! 僕も温かい場所で、美味しいものを食べて、みんなと騒ぎたいですよ!」
「心配するな。すぐに呼んでやる」

「満子部長の『すぐに』は、信用できないですよ。何秒ですか?」
「六十万ミリ秒ぐらいかな」

「え? えーと、千ミリ秒が一秒だから六百秒で、六百秒を六十秒で割ると十分で……。あれ?」

 僕が必死に計算している隙に、満子部長は部室に消えていた。そして、部室内から、クリスマス・パーティーを始めるぞという、満子部長の声が聞こえてきた。
 うわああ~~~ん。僕は、放置プレイですか? そんな趣味はないですよ~~~。過酷な準備に奔走したご褒美が、廊下への置き去りなんて、どういうことですか~~~! 僕は自分の不幸を呪った。僕は、廊下でよよよと泣いた。

「サカキ、出番だぞ」

 きっかり十分後、満子部長が扉を開けて、僕を呼んだ。ええい、こうなったら、もうやけくそだ! 僕は、プレゼントの入った白い袋を肩にかけ、サンタのように体をゆらしながら、文芸部の部室に入った。

「メリー・クリスマス!!!」

 僕は大声で言った。その声と同時に、クラッカーの音が鳴り響いた。文芸部のみんなが、僕を明るく迎え入れてくれたのだ。
 鷹子さんと取って来た、もみの木。瑠璃子ちゃんと飾り付けした内装。睦月と作ったケーキ。そして、鈴村くんと作ったサンタの衣装を僕は着て、楓先輩と選んだプレゼントを、サンタの袋に入れている。
 はあ、よかった。やっと、温かい場所に入れた。僕はほくほく顔で、サンタを演じる。

「ほっ、ほっ、ほっ。みんなよい子にしていたかな?」

「サカキ先輩よりは、よい子だったと思います」

 瑠璃子ちゃんが、とげのある言葉を放つ。

「誰が、悪い子だと?」

 どう見ても悪者側の鷹子さんが拳を握る。

 その他の、鈴村くん、睦月、楓先輩は、喜んで僕の演技に乗ってきた。

「それじゃあ、よい子のみんなに、一人一人プレゼントを配るぞ」

 僕は、白い袋を床に置き、まずは鷹子さんへのプレゼントを取り出した。

「どうぞ、鷹子さん」
「おう、サカキ!」

「えー、あの、僕はサンタさんなんですけど。ミラの聖ニコラオスなんですけど」

 しかし、そんな僕の役割を完全に無視して、鷹子さんはプレゼントの包みを開け始めた。

「おおっ! これは、欲しかったキャラクターのフィギュア!!」

 鷹子さんは、大いに喜び、僕の背中をばしばしと叩く。

「さすが、サカキ。分かっているじゃねえか。ヌンチャクとか、トンファーが出てきたら、ぶっ殺そうかと思っていたんだよ」

 よかった。楓先輩と買いに行っていなければ、僕は殺されているところだった。僕は冷や汗をかく。

「次は、瑠璃子ちゃんだよ」

 僕は袋から小さな箱を取り出す。

「小さいですね」
「そうだね」

「私が小さいからですか?」
「そんなことは関係ないよ」

 瑠璃子ちゃんは、不満そうに包みを開けた。そして、箱の中身を見て、ぱっと顔を輝かせた。

「香水ですか?」
「うん。瑠璃子ちゃんにいいかと思って」

「つ、付けてあげなくもないです」

 瑠璃子ちゃんは、口調はとげとげしいままに、顔はでれでれになりながら言った。ほっ、よかった。どうやら、喜んでもらえたようだ。楓先輩のおかげだ。

「次は、鈴村くんだよ」
「僕? 何かな」

 今度は大きな袋を取り出して、鈴村くんに手渡す。中から出てきたのはクマのぬいぐるみだ。

「わあ、ありがとう。クマのぬいぐるみだ!」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」

「サカキくんによく似ているね!」

 何ですと? 僕は複雑な気持ちになりながら、目をぱちくりとさせる。

「さて、お次は睦月だよ」

 睦月は、恥ずかしそうに、僕の前に来る。その姿は、相変わらず水着だ。

「開けていい?」
「どうぞ」

 中から出てきたのは、水色の貴石をあしらったブレスレットだ。睦月は、顔を輝かせる。そして、「サンタさんありがとう」と、微笑んで言った。
 僕は、その笑顔を見たあと、入り口近くに立っている満子部長に向き直る。

「えー、いちおう、満子部長の分もあります」
「おっ、そうなのか?」

 僕は、包装紙に包まれた、薄いプレゼントを満子部長に手渡す。

「中身は、何かな。季節柄、薄い本か?」
「そんなもの、買ってきませんよ。それに、コミケはまだ先ですよ!」

 僕の突っ込みを受けたあと、満子部長は、包みを開ける。モレスキンの手帳が出てきた。満子部長は、にっこりと笑う。そして、僕に声をかけてきた。

「ありがたく、使わせてもらうよ」
「エッチな絵でいっぱいにしないでくださいよ」

 満子部長は、不敵な笑みを浮かべる。
 やれやれ。僕は、今度は楓先輩に向き直る。プレゼントの買い出しは一緒に行ったけど、僕が何を買ったのか、楓先輩は知らない。僕は、自分が選んだ品物を、楓先輩に手渡した。

「何かな?」

 楓先輩は、好奇心の塊のような目をしながら、包装を開けていく。中から出てきたのは、和紙でできたしおりだ。そこには、楓の葉の模様が入っている。様々な木の葉の模様のシリーズから、僕は楓の葉を選び、楓先輩へのプレゼントにしたのだ。

「うわあっ、ありがとうサカキくん!」

 どうやら喜んでくれたようだ。僕は安堵する。このしおりを見るたびに、僕のことを思い出してくれればいいなと密かに思う。

「さて、最後は……」

 僕は、白い大きな袋に手を突っ込む。

「あれ?」

 中は空だ。僕の分はないのだろうか?

「おいおい、サカキ。お前はサンタだぞ。サンタがプレゼントをもらえるわけがないだろう」

 満子部長の無情な言葉に、僕はショックを受ける。

「ええ? ないんですか!」
「当たり前だろう。サンタなんだから」

 も、もらえると思っていたのに。楓先輩は、用意してくれると言っていたのに。僕はがっくりとする。

「サンタのプレゼントはない。その代わりに、文芸部の三年生からのプレゼントはあるぞ」
「えっ?」

「三年生を代表して、楓に作ってもらった。私たちから、サカキへのプレゼントだよ」

 満子部長と、鷹子さんと、楓先輩が微笑む。いったい何だろう? 僕が、きょとんとしていると、楓先輩が席を立ち、僕のもとにやって来た。

「はい、サカキくん。私が作ったものよ」

 何だろう。それは小箱に入っていた。僕は包みを開けて、蓋を取る。すると中から、一つのバッジが出てきた。

「これは……」
「部長バッジよ。満子に言われて、サカキくんのために作ったの」

 楓先輩は、嬉しそうに言った。
 満子部長が、僕の肩に手を置く。

「今日で、二学期は終わりだろう。そして次は三学期。そのあと、私たちは卒業だ。だから、次の部長を決めなければならない。そういうわけで、このタイミングだと思ったわけだ」

 うっ。僕は、満子部長にはめられたことに気付く。楓先輩が作ったプレゼントを、僕が断れるはずがない。楓先輩に部長バッジを作らせることで、僕が断れない状況を作ったのだ。

「サカキを次期部長にするのは、三年生全員の意見だ。反対する者はいなかった。二年生で、反対の者はいるか?」

 満子部長は、鈴村くんと睦月に尋ねる。

「僕は賛成です。サカキくんがいいです」

 鈴村くんは答える。

「私も、ユウスケがいいと思います」

 睦月も僕を推した。

「じゃあ、一年生。氷室はどうか?」
「私は反対です」

 瑠璃子ちゃんは、きっぱりとした口調で言った。

「ほう。理由は?」

 満子部長は、面白そうに聞く。

「サカキ先輩は、全然勉強をしません。今よりも忙しくなったら、もっと勉強をしなくなると思います」
「ふっ、氷室は子供だな」

 満子部長は、不敵な物言いをする。

「氷室は、人の動かし方が分かっていない」
「そうですか?」

「ああ。四月の入学から九ヶ月ほど、サカキに厳しい言葉をかけ続けたよな。その結果、勉強するようになったか?」
「いえ。でも、もっと厳しく言えば、きっと勉強してくれます」

 瑠璃子ちゃんは、確信を持ったような顔で言う。満子部長は、苦笑しながら、瑠璃子ちゃんの肩に手を置いた。

「氷室は何も分かっていない。人を変えるのは、叱責の言葉ではない。与えられた立場だよ。仕事や場を与えれば、人は変わる。その人がいた場所が、人を作るんだよ。
 半年ぐらい待ってみろ。サカキはきっと変わるぞ。もし、半年経って駄目ならば、氷室、お前がサカキの代わりに部長をしろ。それでいいいな?」
「……はい」

 瑠璃子ちゃんは、半信半疑な顔をして、満子部長に答える。自分が正しいのか、満子部長が正しいのか分からなかったのだろう。だから、様子を見ることで、正解を知ろうと決めたのだ。

「というわけで、反対者はいなくなった。サカキ。お前が、この文芸部の新部長だ!」

 満子部長は、僕に向き直り、両手を広げて言った。
 やれやれ、この人には敵わない。僕はそう思う。この二年近く、ずっとこんな感じで、僕を導き続けてきた。そんな一年生、二年生の時の数々の思い出が、僕の頭を駆け巡る。

「分かりました。でも、条件があります」
「ほう? いいだろう。言ってみろ」

 自信溢れる姿で、満子部長は言う。

「部長は引き受けます。しかし、その役職として文芸部を率いるのは、満子部長が卒業したあとです。それまでは、満子部長が部長として、この部活に残ってください」

 満子部長は、してやられたなといった顔をする。

「やれやれ、楽はさせてくれないようだな」
「ええ。まだ三学期があります。最後まで働いてから、卒業してください」

 僕は、部長バッジを満子部長に手渡そうとする。その手を、満子部長は遮った。

「それは、楓からサカキへのプレゼントだ。お前が持っていろ。私は、何もなくても、この文芸部の部長だからな」

 満子部長は、にっと笑った。僕は、その通りだと思った。そして、僕たちはパーティーを続けた。楽しく言葉を交わしながら、宴の時を過ごした。