雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第226話 挿話54「クリスマスと雪村楓先輩」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、人と触れ合うことを求める者たちが集まっている。そして日々、心の温かさを求めて、荒野をさまよい続けている。
 かくいう僕も、そういった、心の隙間を埋めたがる系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、依存心の強すぎる面々の文芸部にも、独立独歩な人が一人だけいます。マッチ売りの少女たちの路地裏に足を踏み入れた、南国の少女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 そんな楓先輩と僕の文芸部は、今日は少しお休み。クリスマスが近いある日、僕たち文芸部の面々は、満子部長の計画したクリスマス・パーティーのために、過密なスケジュールをこなしているのである。

 今日、僕はコアキバにいる。コアキバは、僕たちの町の近くにある、秋葉原のような商店街のことだ。そこには、アニメショップや同人ショップなどが立ち並んでいる。そしてアレゲな人たちが、多数徘徊している。僕はその場所に、楓先輩とともに、クリスマス・パーティーのプレゼントを買いに来たのである。
 楓先輩と僕は、学生服のままだ。楓先輩は、赤いマフラーに赤い手袋をしている。そのマフラーや手袋には、白い雪の柄が入っている。僕は、黄色いマフラーに、指ぬきグローブだ。その格好で、二人並んで歩き、文芸部員それぞれのためのプレゼントを、これから買う予定だ。

「それにしても、楓先輩。満子部長は太っ腹ですね。全員分のプレゼントのお金を用意してくれるなんて」
「うん。気前がいいよね。原作料が入ったから、プチバブルだとか言っていたよ」

 そのお金を、文芸部の部費に回してくれればいいのに。僕は、そう思ったが、プレゼントに回してくれているんだから、まあいいやと思い直した。

「それで、楓先輩。それぞれの部員に合わせたプレゼントを用意するんですよね?」
「うん。二人で選んでいきましょう」

 楓先輩は僕を見上げて、にっこりと微笑む。よし。僕のセンスの見せ所だ。僕は俄然張り切る。そして、誰のプレゼントから探すか、楓先輩に尋ねた。

「じゃあ、鷹子からにする?」
「ええ、そうしましょう」

 僕は、同意して周囲を見渡す。コアキバには変な店が多い。その一角に、ブルース・リー専門店があった。

「ヌンチャクとかどうですか?」
「えっ、鷹子は女の子よ」

「じゃあ、トンファーとか」
「どうせなら、喧嘩の道具ではなく、可愛いものの方がいいんじゃない?」

 そういえば鷹子さんは、いつも暴力の渦中にいるけど、本当は可愛いものが大好きだ。それじゃあ、何がいいかなと思い、フィギュアショップに目を向けた。

「あのお店で、フィギュア……、お人形さんを買うというのは、どうでしょうか?」
「いいんじゃない」

 僕は楓先輩と二人でお店に入り、鷹子さんのプレゼントを買った。

「次は誰のにします?」
「じゃあ、瑠璃子ちゃん」

「うーん、難しいですね。ペーハー測定器?」
「何のために?」

 変な薬を作ってしまわないように、とはちょっと言えなかった。

「じゃあ、小ビンはどうですか?」

 怪しい秘薬を入れる小ビンを想像しながら、僕は言う。

「どうせなら、中身が入っているものの方がいいんじゃない? たとえば香水とか」
「えっ、さすがに早いんじゃないですか?」

「軽いのなら、いいんじゃないの。喜ぶと思うけど」

 そうかな。半信半疑だったけど、子供でも使える、控えめな香りの香水を楓先輩と選んで、購入した。

「次は、誰にしましょうか?」

 僕は楓先輩に尋ねる。

「じゃあ、鈴村くん」
「何か可愛い小物とかがいいですかね? あるいは、ぬいぐるみとか」

「鈴村くん、好きそうだね」

 今度は意見が一致した。僕と楓先輩は、ぬいぐるみ専門店に入り、愛らしいクマのぬいぐるみをプレゼント用に包んでもらった。

「次は、睦月ちゃんだね」

 楓先輩が言った。

「何がいいですかね」

 さすがに水着はまずいよなと思い、僕は尋ねる。

「アクセサリーとかいいんじゃないの? いつも、何も身に付けていないし」

 自分自身も装飾品を付けていない楓先輩は言った。

「よさそうですね。でも、何にします? アクセサリーと言っても、いろいろとありますし。首飾りに、髪飾り。腕輪に指輪。ブローチもありますね」
「ブレスレットなんか、いいんじゃないの」

「じゃあ、睦月に似合いそうなのを探しましょう」

 僕と楓先輩は、水泳部でもある睦月に合わせて、水色の貴石があしらわれたブレスレットを選び、赤い小箱に入れてもらった。

「次は、満子ね」

 楓先輩は、僕をちらりと見て言う。うっ、正直、満子部長へのプレゼントは、ろくでもないものしか思い付かない。卑猥な大人のおもちゃばかりが、頭に浮かぶ。

「サカキくん。何かアイデアはある?」
「えー、これと言って」

 下手にあると答えて、追求されないように言葉を濁す。

「うーん。何がいいかしら」

 楓先輩は、腕組みをして真剣に悩む。何か適当なものはないかな。僕は、コアキバの町並みを見渡して、よさそうな店がないか探す。ちょっと小洒落た感じの文房具屋が目に入った。

「楓先輩。満子部長には、モレスキンの手帳なんか、いいんじゃないですか? 部長は、絵も文も書くから、そういったものがよいと思うのですが」
「いいわね。モレスキンなら、満子も喜ぶと思うわ」

 満子部長へのプレゼントが決まった。文房具店に入り、手帳をラッピングしてもらう。
 これで残りは二人だ。僕と楓先輩。どうするのだろうと思い、僕は先輩に尋ねる。

「サカキくんへのプレゼントは、私が用意するね。私へのプレゼントは、サカキくんが選んでちょうだい」

 楓先輩は、明るい声で言う。

「えっ、僕が選んでいいんですか?」
「うん。私は、その間、あそこの喫茶店で待っているね」

 楓先輩は、僕から離れて、喫茶店の扉を押し開けた。
 年末の商店街に、僕は取り残される。街の音が辺りを包み、ジングルベルの歌が人々の足を軽快に運んでいる。僕は一呼吸置く。そして、楓先輩に、どんなプレゼントを選ぼうかと考える。
 何がいいだろう。楓先輩に使ってもらえるものがいい。僕は、そっと喫茶店の窓を窺う。大きなガラスの向こうにテーブルがあり、楓先輩が本を読んでいる姿が見えた。本が好きな楓先輩。読書を愛する楓先輩。そんな先輩の日々の生活に、寄り添うものにしたい。

 僕は、商店街に目を向ける。様々な人が求める商品を売る店が並んでいる。その一つに目がとまった。和の文房具が並んでいる店だ。確か、あの場所にあったはずだ。僕は足を運んで、店を覗く。奥の棚が見えた。そこに、以前目にした商品があることを確認する。
 店内に入り、人の間を抜けて、商品を手に取った。しおり。その言葉は、古来は枝折りと書いた。枝を折り、道しるべとした行為から来た言葉だ。

 僕は、新古今集の和歌を思い出す。西行法師が、花歌とてよみ侍りける、と詠んだ歌だ。

 ――吉野山 こぞのしをりの 道変へて まだ見ぬ方の 花を尋ねむ

 吉野山で、去年枝折りをしておいた道を変えて、今年はまだ見ていない方角の花を探し求めよう。

 先輩の目にいつでも触れるしおり。そのしおりを見るたびに、僕のことを思い出してもらいたい。そして、去年までは本だけに没頭していた楓先輩に、僕という人間に心を向けてもらいたい。

 僕は、カウンターに行き、商品を和紙で包んでもらった。そして、お店を出て、喫茶店を目指した。
 ガラス窓の向こうには、先ほどと同じように、楓先輩がいる。先輩は、本という山に分け入っている。僕は、新しいしおりを胸に抱え、そんな楓先輩のもとへと急いだ。