雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第223話 挿話51「クリスマスと氷室瑠璃子ちゃん」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、鋭い眼光の者たちが集まっている。そして日々、目からビームを放って暴れ続けている。
 かくいう僕も、そういった、視線を使いこなす系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、目で語り合う面々の文芸部にも、様々なサインを華麗にスルーする人が一人だけいます。「三つ目がとおる」の写楽保介だらけの部屋に入ってきた、和登さん。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 そんな楓先輩と僕の文芸部は、今日は少しお休み。クリスマスが近いある日、僕たち文芸部の面々は、満子部長の計画したクリスマス・パーティーのために、過密なスケジュールをこなし始めたのである。

 というわけで、今日は氷室瑠璃子ちゃんと、部室をクリスマスっぽく飾り付ける日だ。部室の机には、折り紙があり、僕と瑠璃子ちゃんは、向かい合わせに座っていた。

「サカキ先輩。そのサンタの折り紙は、〇・二ミリ折り目がずれています」
「そう?」

「ええ、角と角がきちんと合っていません。サカキ先輩の目は、節穴ですか?」
「それぐらいずれていても、いいんじゃないかな? 味があって」

「サカキ先輩は、数学のテストの解答で、数字が間違った時にも、同じ台詞を言えますか? それぐらいずれていても、いいんじゃないかな? 味があって。
 よかったですね。私が先生でなくて」

 僕は、次々に投げかけられる瑠璃子ちゃんの言葉に、心をずたぼろにされながら、飾り付けの作業を続ける。

 瑠璃子ちゃんは、氷室という名の通り、僕に対して氷のように冷たい女の子だ。だが、瑠璃子ちゃんの特徴は、それだけではない。どう見ても、小学校低学年にしか見えない外見。そして人形のように整った顔。その姿と、目付きと、きつい性格のせいで、「幼女強い」という謎の陰口を叩かれている女の子だ。
 その瑠璃子ちゃんは、なぜか僕に厳しい。先の会話のように、いつも小言を言ってくる。僕のガラスのハートは、そのたびに粉々に砕けそうになる。瑠璃子ちゃんの言葉の暴力に、僕はいつも打ちのめされているのだ。

「ねえ、瑠璃子ちゃん。この飾りの計画は、あまりにも緻密すぎないかなあ? すべての飾りの位置が、ミリ単位で決まっているのは、どうかと思うんだけど」
「サカキ先輩には、美的感覚がないのですか? 美しさとは数学です。黄金比白銀比。それらの数値に則り、この部室を飾り付ける。その美しさが、なぜ分からないのですか」

「う、うん、分かるけど。クリスマスの飾りって、もっと適当じゃないのかな?」
「私が役目を与えられたからには、そんな中途半端は許しません。きちんとやりますよ。サカキ先輩も、そうしてください」

「は、はい」

 僕は、スライムのように溶けそうになりながら作業を続ける。

「そういえば、瑠璃子ちゃんは、どうして、そんなにやたらと細かいの? 物事は、もっと手抜きでもいいと思うんだけど」
「その台詞、小学生時代にも言われましたよ」

「そうだったかなあ?」
「ええ。そもそも、私が物事に細かくなったのは、サカキ先輩のせいですから」

「えっ? そうだったの」
「忘れたのですか?」

 瑠璃子ちゃんは、僕を鋭くにらむ。うっ、忘れたとは言えなさそうだ。僕は、必死になって、その時のことを思い出そうとする。

 それは、僕が小学四年生の時だった。四は死に通じる数字だ。僕はその不吉な予感を憂えて、ペシミスティックに暮らしていた。生は死への道程だ。もしそうならば、今おこなっていることは、何とはかないことなのか。目の前の雑事にわずらわされて生きることは、無意味ではないか。そういったことを考えながら、僕は日々を送っていたのである。

「サカキ先輩。また掃除をさぼっているのですか?」

 聞き慣れた声が聞こえて、僕は顔を向けた。そこには、一学年下の後輩、瑠璃子ちゃんが立っていた。

「さぼっているのではないよ。さぼるは、フランス語のサボタージュを動詞化したものだからね。
 サボタージュは、ストライキやボイコットなどと同じように、労働者がおこなう争議戦術の一つだ。機械などを故障させたり、破壊したりするような行為を、元々指していた。その語源は、フランス語で木靴のことを、サボと呼んだことに由来する。
 その語源にまつわる話は、木靴で機械を壊しただとか、領主に抗議しただとかいくつかあり、何が本当の元ネタなのか分かっていない。それはまあ、些末なことだ。

 つまり、何が言いたいかというと、さぼるという行為は、本来的には労働者が支配階級の人間に対しておこなうものだったということだ。そして、僕は学生なわけだ。原義に、照らし合わせれば、僕は、サボタージュをしているわけではない。瑠璃子ちゃん、分かってくれるね?」

「分かりました。じゃあ、怠けているんですか?」

 僕の歴史知識を交えた説明は、華麗にスルーされてしまった。

「もういいです。サカキ先輩が、先生に怒られないように、私がきっちりと掃除をしておいてあげますから」

 瑠璃子ちゃんは、仕方がなさそうに言った。

「瑠璃子ちゃんは、学年が違うし、クラスも違うのだから、自分の受け持ちがあるんじゃないのかな?」

 さすがに悪いと思った僕は、瑠璃子ちゃんに声をかける。

「そちらは、もう済ませてきました。サカキ先輩が、今日もまた怠けているような気がしたので、手早く片づけてきたんです」
「すごいね。そんなことが、よく分かるね」

 僕は、驚いて尋ねる。

「サカキ先輩は、この一週間、ずっと怠けていますから。今日もどうせ、そうだろうと思ったんです」

 なるほど。鋭い洞察だ。僕は、瑠璃子ちゃんの頭の働きに感服する。そして、手伝ってもらう手前、控えめに意見を述べた。

「掃除を手伝ってくれるのは、ありがたいんだけど、昨日や一昨日のように、きっちりとする必要はないと思うよ」

 僕の掃除は、普段かなり雑だ。だから、あまり丁寧にすると、僕がしていないことが、ばれてしまうのではと思った。

「いえ、きっちりとやります。サカキ先輩が、先生に怒られたら、困りますから」

「なぜ、僕が怒られると、瑠璃子ちゃんが困るの?」

 僕が尋ねると、瑠璃子ちゃんは、爆発しそうな様子で、顔を真っ赤に染めた。

「と、ともかく、私はきっちりとやるんです!」
「そ、そう……」

 僕は、仕方がなく、何となくほうきを左右に動かした。それは、スローモーション再生させたレレレのおじさんのようだった。その僕と対照的に、瑠璃子ちゃんはてきぱきと、そして精密な動きで掃除をやり遂げていく。その様子は、ルンバも真っ青だった。そういえば、ルンバを作っているアイロボット社は、元々軍事会社だったなあ。そんなことを考えながら、僕は掃除の時間を過ごした。

「はい、終わりました」
「ありがとう」

「サ、サカキ先輩のために、やったんじゃないですから!」
「えっ、でも、僕が怒られたら困るんでしょう?」

「そ、掃除が好きなんです!」
「そうだったの?」

「そうです。それに、物事をきっちりとすることが好きなんです!」
「そうだったの?」

「そうです!!!」

 瑠璃子ちゃんは、顔を真っ赤にしながら言った。そんなことが、僕が小学四年生の時にあったのである。

 僕は、文芸部の部室に意識を戻す。そして、なるほど、そういったやり取りを続けるうちに、瑠璃子ちゃんは、きっちりとした性格に、本当になってしまったのだなと気付いた。
 うっ、その結果が、今になって僕にはね返ってきているわけか。自業自得。因果応報。様々な言葉が僕の頭に浮かぶ。

「サカキ先輩。折り紙を、きっちりと折ってください!」
「は、はい……」

 僕は、反論することができず、涙目で、瑠璃子ちゃんの指示に従い続けた。はああぁぁぁ……。今日は、肉体的には楽だったけど、精神がぼろぼろになってしまったなあ。