雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第222話 挿話50「クリスマスと吉崎鷹子さん」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

f:id:kumoi_zangetu:20140310235211p:plain

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、修羅の国で生きる者たちが集まっている。そして日々、血の雨を降らせるために各地を飛び回っている。
 かくいう僕も、そういった、鼻血の似合う系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、血で血を洗う面々の文芸部にも、純白のドレスが似合う人が一人だけいます。砲弾飛び交う戦場に現れたナイチンゲール。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 そんな楓先輩と僕の文芸部は、今日は少しお休み。クリスマスが近いある日、僕たち文芸部の面々は、満子部長の計画したクリスマス・パーティーのために、過密なスケジュールをこなし始めたのである。

 ビュ~~~~~~~~~~ッ!

「びぇっくしょん!」

 雪交じりの横風を浴びて、僕は思わずくしゃみを漏らした。場所は、山の中にある駅から一時間ほど森に入ったところだ。周囲には雪が積もっており、僕と吉崎鷹子さんは、防寒装備に身を包んで、雪道を歩いている。

 鷹子さんは、高圧的で、暴力的で、僕にアニメや、マンガや、ゲームをよく持ってこさせるモヒカン族だ。そして、僕を部室の真ん中に立たせて、それらの作品の批評や解説をさせる、恐ろしい人だ。
 その鷹子さんは、長身でスタイルがとてもよく、黙っていればモデルのような美人さんだ。でも、しゃべると怖い。手もすぐに出る。武道を身に付けていて、腕力もある。ヤクザの事務所に、よく喧嘩に行く。そして、何もしていなくても、周囲に恐るべき殺気を放っている危険な人なのだ。

 その鷹子さんと僕は、雪が吹きすさぶ山の森で、雪中行軍をしているのである。

「あの、鷹子さん」
「何だ?」

「僕は、なぜここにいるのでしょう?」
「もみの木を手に入れに来たからだろう」

「ああ、だから、鷹子さんは、右手に斧を持っているのですね」
「それもある」

「と言うと、何か別の理由もあるのですか?」
「この辺りは熊が出るからな。武器が必要だろう?」

「ええ、まあ、武器は必要ですよね。でも、熊と戦うには、普通は猟銃とかじゃないですか? あと、熊犬もいるんじゃないですか。赤カブトと戦った銀のような、超強力な狩猟犬が」

 僕は、おそるおそる鷹子さんに尋ねる。

「大丈夫だ。犬ならいる」
「えっ、離れた場所を付いてきているのですか?」

 鷹子さんは、斧を持っていない手で、僕の顔を指差した。

「文芸部の犬」
「ちょ、鷹子さん、無茶を言わないでくださいよ! 僕が熊に突撃したら、十回死んでもおつりが来ますよ。辺り一面、僕の死体だらけになりますよ!」

「絶・天狼抜刀牙ぐらい、使えよ」
「無理ですよ。そもそも、僕に牙なんかないですよ!」

「ちっ、使えない奴め」

 う、うう。どうせ、僕は使えませんよ。しかし、大丈夫だろうか? クリスマスの準備一日目は、ツリーの調達だった。そして、満子部長の予定には、本物のもみの木と書いてあった。
 幸いなことに、鷹子さんのおじさんが、修行場所にしている山があるということだった。そのおじさんに鷹子さんが連絡を取り、僕と二人で、もみの木を切って、持ち帰る許可をもらったのである。
 そこまではよかった。しかし、まさかこんな雪山だとは思わなかった。それに熊が出るという話も知らなかった。僕は無事に帰れるのだろうか? 戦々恐々としながら、僕は八甲田山の雪中行軍遭難事件を頭に思い浮かべながら、鷹子さんと並んで歩き続けた。

「ここら辺だな」

 鷹子さんが急に止まり、辺りを見回した。いつの間にか、周囲には、もみの木が生えている。

「よし、切るぞ」

 鷹子さんは斧を振り上げる。肉体労働はお任せしますとばかりに、僕は少し離れた場所に立ち、木が倒れるのを待った。
 大きなもみの木が、音を立てて地面に横倒しになる。

「さすがに全部はいらないな。先端三メートルぐらいを持ち帰るか」

 鷹子さんは、斧を振り上げて、もみの木を切断する。そして、ロープを出して、器用に縛り、引きずって運べるようにした。

「慣れていますね」
「ああ。昔、この山で修行をしたことがあるからな」

「修行って、どんな?」
「ナイフ一本で山を歩き、狩りをしながら数日暮らすんだよ。武道の世界では、よくあるだろう。山ごもりという奴だ」

「えー、よくある話ではないと思いますけど」
「しっ。声を出すな」

 鷹子さんは鋭く言い、全身を緊張させて、周囲の音を拾おうとした。

「あの、何か危険が迫っているのですか?」
「静かに。動物の気配がする」

 僕は、びびって周りを見渡す。そんな気配は、どこにもない。鷹子さんは、野生の勘でも持っているのだろうか? 僕がきょろきょろしていると、景色の一部が動いた。

「うわあっ!」

 思わず、僕は声を上げる。出てきたのは、野ウサギだった。はあっ。驚かせるなよ。そう思った直後、その野ウサギが悲鳴を上げて死んだ。雪の小山を乗り越えて、突如現れた野犬によって食い殺されたのだ。

「わっ! でも、熊じゃなかったからいいか」

 僕が安堵の声を漏らした直後、鷹子さんが僕の前に立ち、斧を構えた。

「サカキ。野犬を侮るな。町にいる犬とは、わけが違うぞ」

 気付くと、野犬の数は十匹に増えていた。そして、周囲を囲まれていた。ひっ! 相手は人間ではないから、死なないように手加減してくれない。僕は、全身をガタガタと震えさせながら、鷹子さんの様子を窺った。

「一度にすべては倒せないな。サカキ、何匹か相手をしろ」
「無理ですよ! 鷹子さんじゃないんですから」

「サカキ、お前、私について様々な修羅場を経験しただろう。その中で培った喧嘩のテクニックを、ここで出すんだよ。大丈夫、お前ならできる」

 そ、そうなのか? 僕は、いつの間にか、鷹子さんの喧嘩テクニックを吸収していたのか。もし、そうならば、野犬ぐらい倒せるかもしれない。僕は周囲を探り、太めの枝を拾って武器にする。
 ふー。呼吸を整える。僕は強い。僕は強い。僕は最強だ。僕は武道の達人だ!

「ふっ。かかってきな。とっちめてやるぜ!」

 僕は、自信満々に、枝を上段に構えて野犬との間合いを計る。背後では、鷹子さんの殺気が満ちている。僕は、負けじと殺気を放つ。野犬が僕との距離を取る。行ける! 僕は一歩踏み込み、勢いよく、枝を振り下ろした。

 スカッ! うわああ~~~~~ん。やっぱり、無理ですよ! 気持ちだけで、武道の達人になんか、なれないですよ! 僕は、泣きだしそうになりながら、両手を上げて、降参のジェスチャーを野犬にした。

 ガルガルガル! 犬が、一気に距離を詰めてきた。僕が、ただのはったり野郎だと気付いたのだろう。ひいいいいいい。やられるうううう。

 ダーン!

 その時である。雪山に銃声が響いた。野犬たちは驚き、向きを変えて、僕たちから遠ざかっていく。僕は、全身の力を抜き、へなへなと、その場所に座り込んだ。

「おーい、大丈夫かー!」

 野太い声が聞こえて、二メートルほどの大男が木々の間から出てきた。その体は、樽のように太く、筋肉の塊のように見えた。

「何だ、遭難者ではなく、鷹子だったのか。それなら助けなくてもよかったか」
「た、助けてくださいよ! 一般人も、ここにいるんですから!」

 僕は、慌てて主張した。

「おじさん、留守じゃなかったの?」

 鷹子さんは、話が違うといった顔で、巨漢の男性を見上げる。

「ああ、数日山歩きをする予定だったんだが。思ったより早く、仕事が片づいたんでな。戻ってきた」
「仕事って、何ですか?」

 僕は、巨漢の男性に尋ねる。

「熊殺しだよ。冬のスキーシーズンの前に、近隣に入ってきた熊を狩るんだよ。周りの人間には、熊殺しの辰蔵と呼ばれている。そういえば、まだ自己紹介をしていなかったな。俺は、そこの鷹子の叔父だよ。君は?」
「サカキです。サカキユウスケ」

「鷹子の友達か?」
「後輩です。クリスマスのもみの木を取りに来たんです」

「ああ、そういえば、そういう話だったな」

 辰蔵さんは、三メートルのもみの木をひょいと持ち、僕らに付いてくるようにと言った。

「体が冷えただろう。山小屋で、うまい鍋を食わせてやるよ」

 その日、僕は、鷹子さんと辰蔵さんと、イノシシ鍋を食べた。それはとても美味で、体が温まるものだった。それだけでなく、辰蔵さんは、もみの木を運ぶために、トラックを出してくれた。

「相変わらず、鷹子は無計画だな。こんな大きな木を、どうやって電車で持って帰るつもりだったんだ?」

 辰蔵さんに言われて、鷹子さんは、ふてくされた顔で目を逸らした。どうやら、鷹子さんにも敵わない相手がいるらしい。僕は、ぽんぽんとやり込められている鷹子さんを見て、鷹子さんも親戚の中では、普通の女の子なんだなあと、しみじみと思った。