雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第221話 挿話49「文芸部のクリスマス」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、慌てん坊な者たちが集まっている。そして日々、東へ西へ奔走し続けている。
 かくいう僕も、そういった、落ち着きがない系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、おっちょこちょいな面々の文芸部にも、のんびりとした人が一人だけいます。慌てん坊のサンタクロースの仕事場に紛れ込んだ、ムーミンママ。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 そんな楓先輩と僕の文芸部は、今日は少しお休み。クリスマスが近いある日、僕たち文芸部員は、満子部長に呼び集められたのである。

「やあやあ、われこそは、花園中学の生徒、城ヶ崎満子なり。かしこくもデウスの御言葉により、幼子たちに祝福の言葉を述べるために、ここにまいった」

 満子部長は、僕たちを前に、武士の名乗りのような奇っ怪な台詞を吐いた。

「あの、満子部長。何が言いたいのでしょうか?」

 誰も突っ込まなかったので、僕はゆるい突っ込みを部長にしてあげた。

「お前なあ、サカキ。空気を読めよ。今がいつだか分かっているのか?」
「えー、二学期もそろそろ終わり、冬休みを迎えようとするシーズンだと思うのですが」

「そうだ。その昔、松任谷由実という人が、『恋人がサンタクロース』という楽曲を世に送り出した。
 そう、世の中には、多くの恋人たちがいる。だから、私もあなたもサンタクロース。そうなるチャンスが、いたるところに転がっているというわけだ。分かっただろう? なるんだよ。私たちがサンタクロースに! そう、今日からサンタ。毎日サンタ。お前はもう、サンタの世界に迷い込んでいる!
 というわけでな。昨日夢で、お告げを聞いたのだよ。
 ジーザス・クライストとゴッドが、私の夢枕に立ち、仲よく『三位一体!』と、合体変形するような声を出していたのだ。そして、『文芸部も、クリスマス・パーティーをするべきだ。よきに計らえ』と、のたまったのだよ!」

 満子部長は、ガッツポーズを取りながら言う。
 まただ。この人の唐突さは、今日に始まったことではない。思い付きで様々なことをおこない、僕たちをIT技術者も真っ青なデスマーチに送り込むのだ。

「なっ、サカキ。クリスマスだよ。サンタだよ! パーティーをしたいに決まっているよな!!」
「ちょっと待ってください! まだ、何も答えていないですよ……」

「何、そうなのか? では決を採ろう。鷹子! お前はどうだ?」
「クリスマスか。赤がメインカラーの日だな。拳が血に染まる夜。悪党どもの血の雨が降る、惨劇の日。血染めの赤い服が似合う人間を探す日だな」

「何か間違っていますよ、鷹子さん! クリスマスは、そんな怖い日ではないですよ。子供たちが喜ぶ、楽しい日ですよ!」
「楽しいなら、パーティーでいいんじゃないか? というわけで、満子、私は賛成だ」

 三年生でちょっと強面、女番長と評判の吉崎鷹子さんは、あっさりと答えた。
 うっ、鷹子さんにもてあそばれた気がする。これはすでに、満子部長が根回しをしている可能性がある。

「じゃあ、次は氷室だ。クリスマス・パーティーはしたいか?」
「はあ。したいかと問われれば、したい方に一票ですね。嫌いなイベントではありませんから」

 小学校低学年にしか見えない瑠璃子ちゃんは、台詞とは裏腹に、かなりわくわくとした様子で答えた。

「それじゃあ、次は保科だ。お前は?」
「ユウスケと一緒のクリスマス・パーティーなら、是非ともしたいです」

 幼馴染みで、いつも部室で水着姿の睦月が、僕をじっと見ながら答えた。

「次は、鈴村だ。お前はどうだ?」
「とってもしたいです。衣装なら任せてください」

 華奢な体に、女の子のような顔立ちで、女装が大好きな男の娘の鈴村くんは、僕をちらりと見て、嬉しそうに頬を染めた。いったい、どんな想像をしているのだろう。

「最後に、楓。お前はどうだ?」
「もちろん、したいよ。サカキくんは、したくないの?」

 楓先輩は、不思議そうな顔で、僕に尋ねた。
 うっ、したい。したいに決まっている。楓先輩と一緒に参加するパーティーを、したくないわけがない。しかし、満子部長のことだ。絶対に裏がある。僕を陥れるための、巨大な落とし穴を用意して待っている。僕は、そのことを警戒して、満子部長に尋ねる。

「いったい、どんな計画なんですか?」
「おっ、乗り気になったか。じゃあ、語ってやろう。まずは、ツリーの用意だ」

 ふむふむ。

「鷹子とサカキが、山にもみの木を取りに行く。次は、部室の飾り付けだ」

 ふむふむ。

「氷室とサカキが、準備する」

 えっ?

「そして、サンタの衣装だ。これは、鈴村とサカキが作る。ケーキの担当は、保科とサカキだ」
「ちょっと待ってくださいよ! 全部僕が、からむじゃないですか」

「何だ、嫌なのか?」
「負担が大きすぎますよ!」

「そうか残念だな。計画では、最後に、楓とサカキで、プレゼントの買い出しだったんだがな」

 僕は、一瞬沈黙する。

「いやあ、満子部長。素敵な計画ですね!」
「だろう。われながら恐ろしい。というわけで、サカキも賛成だよな?」

「ええ、もちろんですとも!」
「というわけで、これが予定表だ」

 僕は、一枚の紙切れを渡された。それは、クリスマスまでの残り少ない時間で、僕が寝る間も惜しんで働くスケジュールだった。

「ちょっ、満子部長。これはハードすぎますよ!」
「そうか、残念だな。最後の日が、楓とサカキによるプレゼントの買い出しなんだがな。サカキは嫌なのか?」

 満子部長は、ちらちらと僕の様子を窺う。ぐっ、足下を見られている。というか、この予定では、満子部長は、一秒たりとも働かないことになっている。いったいどういうことなのか? 僕は、その点を問い質した。

「当然だろう。私は、この部活の指揮官。そして、サカキは兵隊だ。私が指揮をして、サカキが動く。どこにも問題がないではないか」

 僕が反論しようとすると、満子部長が、僕の肩に手を置き、耳元に口を近付けてきた。

「嫌なら、サカキが私の家から借りていった、エロ本のリストを楓に渡そうかな~」
「ひ、卑怯な!」

「何とでも言え! というわけで、みんな。サカキは、クリスマス・パーティーの準備で、寝食を忘れて働くことを約束してくれた。さあ、みなの者、働け、働け~!」

 というわけで、クリスマス・パーティーの開催が決定した。僕は、その予定のハードさに、めまいを覚える。僕は、無事に、クリスマスの日を迎えられるのだろうか? 駄目な気がする。
 そして、怒濤のような準備が、始まったのである……。