雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第219話「ひぎぃ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

f:id:kumoi_zangetu:20140310235211p:plain

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、自身の能力を拡張したがっている者たちが集まっている。そして日々、新しい能力を開花させるべく自身を開発し続けている。
 かくいう僕も、そういった異能の獲得に余念のない系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、人類の限界を突破しそうな面々の文芸部にも、人類の枠内で堅実に生きている人が一人だけいます。X-メンたちのオフ会に紛れ込んだ、標準的な人類の少女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と駆けてきて、僕の横にちょこんと座る。僕は楓先輩の口元を見る。その唇は、ぷっくりとふくらんでいる。僕は、その唇を、指先でぷにぷにとつまみたい衝動に駆られる。いやいや、そんなことをしては駄目だ。僕は必死に自制心を保ちながら、声を返す。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、知らない言葉を見つけましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。士郎正宗のマンガ『攻殻機動隊』が、インターネットが切り開く社会の世界観を拡張させたように、僕は、ネットに溺れた人類の末路を拡張させ続けています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、可能な限り長い時間書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、生活を忘れるほどネットに依存している人たちの、言葉を目にした。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「ひぎぃって何?」

 えっ? 僕は、答えられずに沈黙する。や、やばい言葉が来た。エロの世界における悲鳴表現の一つがやって来た。ひぎぃは、苦痛を伴う性行為を強要された際に口にする、エロマンガなどの台詞だ。主に、拡張の分野で使用される言葉である。小さい場所に、無理やり大きなものを差し入れた際に、思わず出してしまう悲鳴だ。
 これは、答えるのは、難しすぎるのではないか? 僕がそう思い、硬直していると、高らかな笑い声とともに、一人の女性が現れた。

「サカキが答えないのならば、私が教えてやろう!」

 まずい! そう思い、僕は顔を向ける。そこには、この文芸部のご主人様、僕の天敵、三年生で部長の、城ヶ崎満子さんが立っていた。

 満子部長は、古い少女マンガに出てきそうな、お嬢様風のゴージャスな容姿をした人だ。しかし、この姿に騙されてはいけない。その中身は、気高くも真面目でもなく、エロに染まった品性下劣なものだからだ。
 満子部長が、そういった困った性格をしているのは、その出自のせいだ。満子部長は、父親がエロマンガ家で、母親がレディースコミック作家という、サラブレッドな家に生まれた。そういった家庭環境であるために、両親から受け継いだ、深遠にして膨大なるエロ知識を保有している。そして性格はSであり、僕をこの部室で、ちくちくといたぶるのを趣味としているのだ。

「満子部長、待ってください。満子部長に任せると、とんでもないことになります!」

 僕は慌てて立ち上がり、楓先輩と満子部長の間に割って入る。

「何だ、サカキ。ひぎぃの説明ができないのだろう?」
「い、いや」

「ふっ。いいか、楓。エロマンガをたしなむ紳士にも、様々な趣向がある。母、姉、妹といった、関係性を重視する人間。触手、獣姦、異種姦といった、非人間との行為を好む人間。サディズムやマゾヒズムなどといった、嗜虐、被虐の関係を望む人間。隷属や露出、身体改造といった、女性を物扱いして喜ぶ人間。拡張、断面、孕みといった、過激な描写を堪能する人間。
 ひぎぃと言うのは、その中でも、嗜虐を伴う拡張に関する言葉だ」

 満子部長は、僕が止めようとするのを無視して、マシンガンのように、エロマンガの話を語りだす。

「ねえ、サカキくん。今、満子がたくさん挙げた中に、よく分からない言葉がいくつもあったんだけど」
「し、知らなくてよい言葉です!」

 僕は、楓先輩の疑問を大慌てで打ち消す。
 このままでは、楓先輩が満子部長に汚染されてしまう。僕はそう考え、先に安全な説明をしようと決心する。

「楓先輩。ひぎぃと言うのは、苦痛を伴う叫び声です。ひいぃぃぃ、という声と、ぎぎぎぎ、といった歯ぎしりのような音が組み合わさった悲鳴です」

 可能な限り、エロい成分を排除して、僕は楓先輩に告げる。

「うーん。それだけじゃ、よく分からないわね。いったいどういった時に、上げる声なの?」

 楓先輩は、禁断の領域に、自ら踏み込もうとする。その声を受けて、満子部長が嬉々として、僕の肩越しに話しだす。

「いい、質問だ楓。そう。ひぎぃは、主に、あそこに強い拡張の負荷がかかった際に、上げる悲鳴なのだよ」
「あそこって、どこ?」

「ちょっと待った!」

 僕は、楓先輩と満子部長の会話に割って入る。このままでは、楓先輩は、ひぎぃの全貌を知ってしまう。それが、女性の陰部を無理やりこじ開ける際の悲鳴だと、把握してしまう。そう。ひぎぃは、巨大な棒状のもので無理やり拡張する際の悲鳴だ。また、場合によっては、それに破瓜の痛みが重なる時もある。

 そんな説明をした日には、楓先輩は羞恥で顔を真っ赤に染めて、逃げ回るに決まっている。そんな思いを、楓先輩にさせるわけにはいかない。僕は、先輩が恥ずかしがらないで済むような説明を、素早く考える。

「ひぎぃは、穴状のものが、こじ開けられる際に、人が上げる悲鳴です」
「穴状のものって、口とか? こじ開けられるということは、第三者によって、無理やり開けられるということよね。確かに、口を強制的に開かせられたら苦しそうね。でも、口を開けていたら、ひぎぃなんて声は出ないわよね。ふぇぇ、ぐらいが限界よね。ということは、他の穴なの?」

 楓先輩は、真剣な顔で僕に尋ねてくる。その先輩の台詞を受けて、僕の背後にいた満子部長が語りだす。

「ふっ。ひぎぃが出てくる世界では、数々の穴が効果的に利用されるのだよ。
 前の穴や後ろの穴、楓が言った口もよく使われる。同人の世界では、乳腺を用いた表現も時折見られる。マニアックなところでは尿道もある。また、現実でも使われるものとしては、鼻の穴がある。これは主に、フックで顔面を変形させて、羞恥を喚起させるために使用される」

 駄目だ。この人を黙らせないと。
 満子部長は、際限なく、エロ知識を語り続けようとする。しかし、そのほとんどは、予備知識のない楓先輩の耳を素通りしている。先輩が気付く前に、どうにかしないといけない。僕は、満子部長を廊下に連れていこうとして、意を決して手を伸ばす。

「おっ、サカキ。大胆だな」

 満子部長は、素早いステップで、自身の体を半キャラずらした。そのせいで、僕の手は、豊満な満子部長の胸を、むんずとつかんだ。

「す、すみません!」
「サカキが、胸をもみたいのならば、もませてやらんでもないぞ」
「サ、サカキくんのエッチ!」

 もまれた満子部長ではなく、楓先輩が羞恥の声を上げる。

「それで、サカキ。ひぎぃの説明はどうなったんだ? お前が言わないのならば、私が言うぞ。
 いいか、楓。サカキの腕のように、ぶっといものを、例の穴に突っ込むわけだ。その結果、歯ぎしりしながら悲鳴を上げるような、ひぎぃという声が漏れるわけだ」
「ねえ、満子。サカキくんと二人だけで納得しているようなんだけど、その例の穴って何?」

 ここまで話が進んでも、楓先輩は、それが何の穴なのか分からないようだ。
 いや、それも仕方がない。満子部長の台詞が、マニアックすぎるのだ。何の予備知識もない人ならば、それがエロマンガ知識で彩られた卑猥な言動だとは理解できない。
 これが、最後のチャンスだ。僕は、楓先輩に語りかける。

「その例の穴とは……」

 僕の声よりも早く、満子部長が楓先輩の前に一歩踏み出した。

「楓のここだよ」

 満子部長は手を広げて、楓先輩の股間を、スカートの上からぱんぱんと叩く。楓先輩は、きょとんとしたあと、じわじわと顔を真っ赤に染めた。

「み、満子! サカキくん!」
「はい!」

 僕は思わず返事をする。

「二人とも、エッチ~~~~~~~!!!」

 ええ!! 僕は関係ないですよ~~! しかし、僕は満子部長の同類として、一緒くたにエッチな人にされてしまった。

 それから三日ほど、僕は、エッチなサカキくんとして、満子部長の側の人間として扱われた。

「よかったな、サカキ。お前は、こっち側の人間らしいぞ」
「いやですよ! 人類の駄目な方に拡張したような人間には、なりたくないですよ」

「ふっ、私は異能の人間だからな。というか、官能の人間だけどな」

 僕は、楓先輩の誤解を解くために奔走した。三日経ち、楓先輩が普通に接してくれるようになったあと、満子部長は不満そうな顔をした。

「なんだよ、コウモリが!」
「僕は、最初から、楓先輩の側の人間です!」

 しかし僕は本当は、満子部長のような、エロ知識満載な人間なのだった。