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雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第218話「セフト・セウト・アーフ・アウフ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、綱渡りな人生を歩む者たちが集まっている。そして日々、危険と向かい合わせで生き続けている。
 かくいう僕も、そういった不安定な生き様を選ぶ系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、地の底に落下しそうな面々の文芸部にも、地に足の着いた人が一人だけいます。『賭博黙示録カイジ』で鉄骨渡りをするカイジたちの部屋にやって来た、帝愛グループの会長。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にすとんと座る。その拍子に、三つ編みにした髪の毛がふわりと揺れた。その三つ編みは、コンピューターで作図したかのように、結び目がきれいにそろっている。そして髪はまったくほつれていない。その様子を見て、僕は楓先輩のきっちりとした性格に感嘆する。僕は、そんな楓先輩に、ほれぼれとしながら声を返す。

「どうしたのですか、先輩。未知の言葉に、ネットで出会いましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。大岡越前が、人情味溢れる大岡裁きで、数々の裁判を処理したように、僕はネットのもめ事を、サカキくん裁きで解決しています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、締め切りぎりぎりまで書き続けるためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、締め切りなど関係なく、言葉を紡ぎ続ける人々を目撃した。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「セウトって何?」

 楓先輩は、期待の眼差しで僕を見る。うっ。この言葉は、楓先輩には説明しづらい言葉だ。
 なぜならば、画像や動画などが、性的にセーフかアウトかを語るために、よく用いられる言葉だからだ。もし、この言葉を説明すれば、僕がなぜ、そんな境界ぎりぎりを判定する用語に精通しているのかと疑われてしまう。どうすればよいのかと僕は考える。

 そうだ。セーフやアウトの判定対象を言わなければよいのだ。そう。ただの、良否の判定の言葉として語れば、性的な話にからんだ内容だとは伝えずに済む。僕は、その線で解説しようとして、楓先輩に説明を開始する。

「楓先輩。セウトとは、セーフとアウトの間にあるグレーゾーンを表現する言葉です」
「グレーゾーン? 法律違反かどうかのグレーゾーンと、同じような意味を指すの?」

「そうです。世の中は、きれいに割り切れることばかりではありません。たとえば、白色と黒色を区別する際、その間には無数の色があるわけです。そのどこからを白、どこからを黒というのは、非常に難しいことです。ですから、世の中には、グレーゾーンと呼ばれる曖昧な領域が存在しているのです。

 こういった、セーフかアウトかを明言できない場合に、思わず使う言葉として、セウトがあります。
 セーフの『セ』と、アウトの『ウト』がくっついたわけです。セーフと言おうとして、『いやいや、セーフとは言えないぞ』と思い、『でもアウトと言うのもどうかな』と考える。そういった場合に、思わずセウトが飛び出すわけです。

 このセウトには、類似の言葉がいくつかあります。セーフの『セフ』と、アウトの『ト』が組み合わさったセフト。他にも、アウト寄りの言葉として、アウフ、アーフというものもあります。
 このどれにも共通していることは、セーフではないということです。限りなくアウト。いや、アウトなんだけど、あえて境界線上であると主張したい。そういった場合に、これらの言葉は唱えられます。

 ちなみに、セーフからアウトまでのグラデーションを並べるとすれば、こんな感じです。アウフ、アーフは、あまり使われないので、ひとまとめにしておきます」

 僕は、メモ帳を手元に引き寄せて、図を書く。

↑セーフ
|セフト
|セウト
|アーフ、アウフ
↓アウト

「また、似たような文脈で使われる言葉も、いくつか紹介しておきましょう。
 まずは、セフセフ。これはセーフを二回繰り返した言葉です。だから、意味はセーフです。次は、アウアウ。これはアウトを二回繰り返した言葉です。だから、意味はアウトです。
 そして、限りなくアウトに近いセーフ。これは、アウトっぽいけどセーフということなので、意味はセーフです。最後は、限りなくアウトに近いアウト。これはアウトです。
 だいたいこんなところでしょうか」

 僕は、セウトや、それに近い言葉の説明をまとめておこなった。楓先輩は、セーフとアウトの間に、それらの言葉を書き込み、頭の中にゆっくりと入れるように、何度か点頭した。

「なるほどね。そういったセーフとアウトの間の微妙なニュアンスを伝える言葉があったのね」
「そうです」

 僕の返事を聞いて、少し考えるような仕草をしたあと、楓先輩は口を開いた。

「たとえば、雨がよく降る地域には、雨にまつわる言葉が多く、雪がよく積もる地域には、雪にまつわる言葉が多いわよね? 逆に砂漠の地域では、砂に関する言葉が多いはずよね」
「ええ。言葉とは、その社会にいる人々の環境や行動パターンを反映して、多くなったり少なくなったりしますから」

「つまり、このセウトを使う人たちは、日常的にセーフかアウトかを意識する環境にいるということよね。それは、どういった状況なのかしら?」

 うっ。僕は言葉を詰まらせる。主に、エッチな画像や動画に対して、これはセーフではないか、アウトではないかとコメントしている。……とは、さすがに言えない。僕は、どこかに逃げ場がないか、必死に頭を働かせる。

「ねえ、サカキくん。セウトを使う人たちは、どんな場面でこの言葉を書き込んでいるの?」

 楓先輩は、僕にぴったりと身を寄せて尋ねてきた。
 つ、詰んだ。退路を塞がれてしまった! ええい、こうなったら仕方がない。男、サカキユウスケ、死を覚悟して出陣します! 僕は、楓先輩に向けて、セウトの使用場面を語り始める。

「セウト! などの言葉を使うのは、主にネットの画像掲示板や動画投稿サイトが多いです。
 そういった場所では、過度に性的な内容の投稿を禁止しています。その規約に照らして、セーフかアウトか。閲覧者は、アウトなものを望んでいるけど、運営者的にはやばいんじゃなのか? そういった物議を醸しそうなものが投稿された際に、セウトなどの言葉は使われます。
 あるいは、規約上完全にアウトなんだけど、自分にとって嬉しい内容なので、あえてセーフと言いたい。そういった場合にも、セウトは使用されます。

 まあ、あとは、普通に法律に違反しているのではないかといった場合にも用いられます。他には、夢の国の著作権モンスター的に危険だとか、そういったケースもありますね」

 僕は、赤裸々にすべてを語った。素直に告白した僕は、楓先輩の慈悲にすがることにした。だ、大丈夫だろうか。僕は、おそるおそる楓先輩の顔を見る。

「サ、サカキくん」
「はい、楓先輩!」

「なぜサカキくんは、そんなにグレーゾーンに詳しいの? やっぱり、そういった場所の住人だからなの?」
「いや、そんなことはありません! 僕の日頃の言動を、思い出してください。僕がセーフだと分かるはずです!」

 僕は、自分の無実を主張する。そして、おそるおそる楓先輩に質問した。

「僕はセーフですよね?」
「ううん」

 否定の言葉だ。楓先輩は、目に涙を浮かべて、僕の言葉に答えた。

「じゃ、じゃあ、セフトですか?」

 楓先輩は、ぶんぶんと首を横に振る。

「そ、それでは、セウトぐらいですか?」

 僕は、薄氷を踏むようにして尋ねる。先輩は、顔を羞恥で真っ赤に染めながら、違うというジェスチャーをする。

「では、アーフやアウフでしょうか……?」

 楓先輩は、まばたきして、目から涙をこぼす。アーフやアウフでもないらしい。

「……もしかして、アウト?」

 先輩は、こくんとあごを引いた。僕は、撃沈した。

 それから三日ほど、楓先輩は僕を、エッチなサカキくんとして敬遠した。僕は、自身の色を黒から白にするべく、懸命に振る舞った。その甲斐あって、三日後に、楓先輩は僕を普通に扱ってくれるようになった。
 よかった。これで禊ぎの期間は終わった! 僕は、喜び勇んで元に戻った。そして、ネットの性的な領域へと、華麗にダイブを開始した。

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