雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第213話「オフ会」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、運命の出会いを待望し続ける者たちが集まっている。そして日々、パンをくわえて曲がり角から飛び出したりしている。
 かくいう僕も、そういった白馬の王子様を夢見る系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、出会いに憧れる面々の文芸部にも、本の世界で満足している人が一人だけいます。少女マンガの主人公だらけの学校に紛れ込んだ、書痴の少女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と駆けてきて、僕の横にちょこんと座る。先輩はにこにこ顔で、僕のことを見上げている。僕よりだいぶ小さな先輩は、まるで小動物のような可愛さを持っている。ジャンガリアンハムスターならぬ、ちんまりあんハムスター。僕は、そんな先輩を可愛いと思いながら、声を返す。

「どうしたのですか、先輩。ネットで初めての言葉を見かけましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。電脳世界にゴーストを置き忘れるぐらいに、ネットにどっぷりとつかっています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、閃いた瞬間に書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、運命的なネット文壇との出会いを果たしてしまった。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「オフ会って何?」

 オフ会は、オフラインミーティング、つまりネットではない場での、集会のことだ。その説明をしようとしけた瞬間、部室の片隅で、「ガタン」という、誰かの立ち上がる音が響いた。
 何だろう? 僕が疑問に思いながら顔を向けると、そこには僕と同じ二年生の、鈴村真くんが立っていた。鈴村くんは、慌てた様子で、顔を真っ赤に染めて、僕の方を見ている。

 鈴村くんは、華奢な体に、女の子のような顔立ちの男の子だ。そんな鈴村くんには、他人に隠している秘密がある。
 実は鈴村くんは、女装が大好きな、男の娘なのだ。鈴村くんは家に帰ると、女物の洋服を着て、等身大の姿見の前で、様々な可愛いポーズを練習している。そして、女の子の格好をする時には、「真琴」という女の子ネームに変わるのだ。
 僕は、その真琴の姿を、これまでに何回か見たことがある。そして、数々のエッチなシチュエーションに巻き込まれたのだ。

 その鈴村くんは、僕に対して、必死に声をかけてきた。

「サカキくん。先週一緒に行ったオフ会のことは秘密だよ!」

 えっ? 秘密を半分暴露する勢いで、鈴村くんは、その台詞を告げた。

「先週のオフ会って……」
「例のオフ会!」

 鈴村くんの必死の訴えで、僕は思い出した。そう、あれは先週土曜日の夕方のことだった。

 その日、僕は、鈴村くんに誘われて、繁華街の駅の改札口にいた。オフ会に参加するから、サカキくんも付いてきてと言われたから、待ち合わせをしていたのだ。
 鈴村くんが参加するというオフ会は、どんなオフ会だろう? 経験豊かな僕は、それが普通のオフ会ではないことを察知していた。しかし、僕は鈴村くんの親友だから、その会合の内容を問わず、男らしく参加を決めたのである。

「サカキくん、待った~」

 可愛らしい声が聞こえて、僕は振り向いた。改札口から出てきた鈴村くんは、ゴシックロリータの服装に身を包んでいた。やばい。似合っている。鈴村くんは、顔が可愛く、体が華奢で、男の子とは思えないスタイルをしている。その鈴村くんが、お化粧をして、ゴスロリ姿になると、本物のお人形にしか見えない外見になっている。
 道ゆく人々が、鈴村くんの姿を見るために、ちらちらと振り向く。それぐらい完成度の高い姿を鈴村くんはしている。僕は一瞬見とれたあと、自分は何をするべきだろうかと考えて、口を開いた。

「それで鈴村くん。僕は、鈴村くんをエスコートすればいいの?」

 男の中の男である僕は、当然男らしい仕事をするものだと考え、鈴村くんに尋ねる。

「ううん。サカキくんの衣装は、ここにあるよ」

 よく見ると、鈴村くんは、スーツケースを持ってきていた。うん? 衣装。どういうことかな? 僕は疑問を持ちながら、鈴村くんの次の言葉を待つ。

「会場に早く入り、サカキくんの着替えを済ませてしまう予定だよ」
「えーと、どんな衣装なの?」

「ひ・み・つ!」

 鈴村くんは楽しそうに微笑み、僕の手を握って、引っ張り始めた。ゴスロリ美少女、でも本当は美少年に手を引かれて、僕は会場のホテルに向かう。
 ホテルに到着して、十人ぐらいが入れそうな小さな会議室に入る。このオフ会は、お金がかかっているなあ。豪華な内装を見て、僕はそう思った。

 会場には、僕たちが一番乗りだった。鈴村くんはスーツケースを開けて、衣装を取り出す。それは、真っ黒で、ふりふりのゴスロリ服だった。

「鈴村くんのお色直し?」
「サカキくんのコスチュームだよ」

「ええと、鈴村くんも知っているかもしれないけど、僕は男の子なんだ」
「うん。僕も、男の娘だよ」

「僕は、男の中の男だから、男らしい姿を好むんだ。周囲の男性たちは、ゴスロリ服は着ないと思うんだ。だから、僕もゴスロリ服を着ないと思うんだ」

 その時、部屋の扉が開き、ゴスロリの美少女たちが何人か入ってきた。

「鈴村くん。ゴスロリ服は、ああいった女の子たちが着るものだよ」
「あの人たちは、みんな男の娘だよ。周囲の男性たちは、みんなゴスロリ服を着ている。だから、サカキくんは、ゴスロリ服を着ると思うんだ」

 鈴村くんは、嬉しそうに微笑んだ。
 ……。えっ? 僕は慌てて、今入ってきたゴスロリ美少女たちを見る。いずれも劣らぬ美少女だ。鈴村くんほどではないが、男子には見えない。どうやら僕は、倒錯的な世界に迷い込んでしまったようである。

「えーと、僕は男の中の男だから、周りの男性が着ている服を着るんだよね?」
「うん!」

「それは、つまり、ゴスロリ服ということだよね?」
「そうだよ!」

 頭が混乱した僕は、鈴村くんの発言に従い、ゴスロリ服を着ることにした。そして、鈴村くんの手で化粧を施されて、ゴスロリ少女に変身したのだ。美少女ではなく、微妙な少女に……。

 オフ会には、続々とゴスロリ美少女が集まってきた。数は僕たちを含めて十人。いずれも男子とは思えない美しい容姿の人たちばかりだ。その中で、僕一人が、醜いアヒルの子というか、黒いGというか、場違い感、漂いまくりだった。

「それでは、ゴスロリ女装子オフ会を始めます!」

 主催者の黒蜥蜴さんが声を出した。全員が立ち上がり、優雅にお辞儀をする。僕も慌てて、その真似をする。
 うっ、早く帰りたい。僕は、身を縮めながら、鈴村くんに質問する。

「ねえ、このオフ会は、どんなオフ会なの?」

 男らしく、何も聞かずに参加しようと思っていた僕は、女装をしたことで、そんな考えは、どうでもよくなった。

「うん。黒蜥蜴さんが言ったように、今日のオフ会は、ゴスロリ女装子オフ会だよ。ネットの女装コミュニティで定期的に集まっているそうなんだ。今日はゴスロリがテーマだというから、初めてだけど参加してみたんだ」

「そうなのか。鈴村くんは、積極的だね」
「サカキくん!」

 鈴村くんは、少しすねたような顔をして、僕の口に指先を付ける。

「ここではハンドルネームで呼んで。僕のハンドルネームは真琴だよ」

 鈴村くんは、そう告げたあと、にっこりと微笑んだ。

「ごめん。そういうルールだったんだ」
「そうだよ。だから、サカキくんもハンドルネームがあった方がいいね」

「えっ、じゃあメガネスキー」
「女の子っぽくないよ!」

「えー、それじゃあ、メガネリーナで」
「じゃあ、メガネリーナ、一緒にオフ会を楽しみましょう!」

 真琴は、僕の両手を握って嬉しそうに言った。

 オフ会開始から十分が経った。なぜか、十人の中に、三組のカップルができていた。三組、六人が、カップル成立で抱き合っていちゃついている。

 えっ、あの、どういうことですか? オフ会ってカップルができたりするものなんですか?
 そして、この成立したカップルって、中身は男性同士ですよね。でも見た目は、美少女同士に見える……。

 うーん、これでは、レズなのかホモなのか分からない。それ以前に、本当に彼女たちは男性なのだろうか? あまりにもカオスな状況に、僕は頭が混乱する。

「真琴さん、メガネリーナさん、楽しんでいるかしら?」

 主催の黒蜥蜴さんが声をかけてきた。この部屋でカップルが成立していないのは四人。僕と真琴と黒蜥蜴さんと、少し病んだ感じのヤンデレさんだ。

「ふふっ、あなたたち新入り二人は、誰とカップルになるのかしらね」

 黒蜥蜴さんは、真っ赤な舌を出して、舌なめずりをする。何だか知らないけど、食う気満々なご様子だ。
 僕は、助けを求めて真琴を見る。真琴は、背をぴしりと伸ばして、僕をガン見していた。えっ? ヤンデレさんと黒蜥蜴さんも、僕を凝視している。なぜか僕は、余り物の中の一番人気になっていた。僕は、貞操の危機を感じて身構える。

「ねえ、サカキくんは、僕と仲よしだよね」

 真琴が、僕の膝の上に手を載せて言う。

「新人を、魅惑の女装の世界に溺れさせるのは、年長者の役目よね」

 黒蜥蜴さんが、僕の背後に回り、抱き付いてくる。

「あっ、あっ、メガネリーナ、初々しいわ」

 ヤンデレさんが、僕のことを病んだ目で見る。

 やばい。本格的にやばい。僕の背後から抱き付いている黒蜥蜴さんは、そっと手を放して、僕と真琴の肩に手を置いた。

「それとも、新人同士で甘い関係を作る?」

 そして、僕と真琴の頭をむんずとつかみ、顔の向きを無理やり変えて、キスの体勢に持ち込んだ。
 僕は必死に抵抗する。真琴は、僕の膝に置いていた手を、僕の手に移してぎゅっと握る。

 駄目だ! 僕には楓先輩がいるんだ! それに、真琴に対しても、親友だけど恋人の関係ではないんだ!
 僕は立ち上がった。そして、一目散に扉に向かって逃げ出した。そして、ホテルの中を、女装姿でどたばたと逃げまくった。

 ほとぼりが冷めたあと、僕は鈴村くんに電話をして、着替えを持ってきてもらった。鈴村くんは、「黒蜥蜴さんに乗せられてしまって、ごめん」と、恥ずかしそうに謝った。そういったことが先週の土曜日にあったのである。

「ねえ、サカキくん。オフ会って何?」
「はっ!」

 僕は、楓先輩の言葉で、意識を文芸部の部室に戻した。ああ、トラウマの女装子オフ会。僕は、危うく禁断の世界に引きずり込まれるところだった。僕は、そのトラウマを乗り越えて、雄々しく説明を開始する。

「オフ会とは、オフラインミーティングの略称です。ミーティングは、打ち合わせや連絡のための集会や会合のことです。なのでオフラインミーティングは、オフライン集会、オフライン会合となり、オフ会になるわけです。

 では、オフラインは、どういった言葉なのでしょうか? これは、オンラインに対するオフラインという意味になります。では、オンラインとは何なのか? これは、ネットワークに接続されている状態を指します。対してオフラインは、オンではない状態、つまりネットワークに接続されていない状態を指します。

 オフラインミーティングとは、普段オンラインの状態、つまりネット経由で集まって話をしている人たちが、オフラインの状態で集まって談笑したりすることを意味します。これは、集会場や喫茶店、飲食店などに集まって、顔合わせや会合をするというものです。

 このオフ会には、様々な目的のものがあります。
 まずは、オンラインコミュニティ参加者の、親交を目的としたものについて話しましょう。これは懇親会や忘年会といったものです。喫茶店や居酒屋で食事をしたり、カラオケをしたり。人数が少ない場合は、メンバーの自宅などに集まったりもします。

 また、アイドルやアーティストのファンなどの場合は、コンサートのあとの打ち上げなどがオフ会として開催されることもあります。これは、懇親会の少し変則的なパターンだと言えるでしょう。
 さらに、単なる懇親会ではなく、イベントとなっていることもあります。たとえば、ゲームのトーナメントをおこなう、まずいジュースを持ち寄って飲み合う、パソコンを持ち寄ってデータを見せ合う。そういったイベント要素が高いオフ会もあります。

 このように、仲よくなることを目的としたオフ会ですが、注意も必要です。オフ会は、知らない人間が集まるため、トラブルが起きることもありあます。たとえば、ホテルの一室がオフ会の会場になっていて、女性が一人しかいないとなれば、危険を伴います。
 また、女性を食い物にすることを目的としてオフ会を開催する人もいます。オフ会と称して集めた人を、犯罪に巻き込むといった話もあります。

 こういったケースもありますので、初めて参加する場合は、相手が信頼できる人か、その人が主催したオフ会がどうだったか、そういったことを事前にチェックして、参加を決めた方がよいでしょう」

 僕は、オフ会についての説明を、ざっくりと述べた。楓先輩は、なるほどといった顔をして、納得してくれた。

「ねえ、サカキくん」
「何でしょうか、楓先輩」

「鈴村くんと行ったのは、どんなオフ会だったの?」
「ぶっ!!」

 僕は、思わず噴いてしまう。ええと、ゴスロリ女装子オフ会で、僕も女装して、危うくカップル成立させられかけた。そんなことを話すわけにはいかない。そんな話をすれば、僕が変態さんだと思われてしまう。

「ねえ、鈴村くんと行ったオフ会は、どんなだったの?」

 楓先輩は、ずんずんと僕に迫ってくる。やばい。ごまかさなければ。僕は必死に台詞をひねり出す。

「楓先輩、オフ会をしましょう! そう、オフ会です。文芸部で、オフ会をするんです!」

 僕は、ごまかすための台詞を、ひねり出した。
 僕と楓先輩の文芸部でオフ会。その提案に、楓先輩は首をひねった。

「ねえ、サカキくん」
「はい、楓先輩」

「それ、いつもの部活だよね」
「えっ、まあ、そうですね」

「この部室で、サカキくんだけは、ずっとオンラインだけど、他のみんなは、ずっとオフラインだからオフ会状態だよ」
「えっ?」

 あの、それは、どういうことですか? 僕は、楓先輩の言葉の意味を、必死に考える。

「ええと、僕だけオンラインで、僕以外はオフラインって、どういうことなのでしょうか?」
「うん。サカキくんは、一人でネットをしていてオンライン。サカキくん以外は、普通に話しているからオフラインだよ」

「それはつまり、僕だけ話に参加していない、ということですか?」

 楓先輩は、こくんと頷き、「うん」と言った。

 ああ。どうやら僕は、文芸部のみんなと繋がっているつもりで、まったく繋がっていなかったようだ。
 僕はがっくりとうな垂れる。そして、オンラインの人々に救いを求めて、ネットの世界にダイブした。