雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第211話「脳筋」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

f:id:kumoi_zangetu:20140310235211p:plain

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、筋肉を愛する者たちが集まっている。そして日々、肉体を酷使して活動し続けている。
 かくいう僕も、そういった指の筋肉を鍛える系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、肉体派な面々の文芸部にも、知性派な人が一人だけいます。スーパーヴァンダミングアクションな、ジャン=クロード・ヴァン・ダムの部隊に迷い込んだ、ナタリーポートマン。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と駆けてきて、僕の右横にちょこんと座る。先輩は、息を弾ませて、はあはあする。うっすらと汗をかいた先輩も素敵だ。僕は、わずかに浮いた先輩の汗を指ですくい取りたい衝動にかられる。いやいやそれでは変態だ。僕は、必死に自制して、先輩に声を返す。

「どうしたのですか、先輩。よく分からない言葉をネットで見かけましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。『キン肉マン』で、プリンス・カメハメキン肉マングレートとして、華麗な技を披露したように、僕はネットで匿名キャラになり、華麗な言説を披露しています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、力押しでずんずん書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、パワフルな文章を大量に読んで、やられてしまった。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

脳筋って何?」

 楓先輩は、どんな言葉かなといった様子で尋ねてくる。
 ああ、この言葉は、何の略かきちんと説明しなければ分からないだろう。言葉自体は、エロくもなく、危険でもないので安心だ。僕は気を許して、会話を開始する。

脳筋は、言ってみれば、鷹子さんみたいな人のことです」

 僕は、文芸部の荒ぶる女傑、吉崎鷹子さんの名前を出す。

「はっ? 誰が脳筋だって」
「えっ?」

 僕は、突然の声に凍りつく。部室の扉のところに、たった今、喧嘩から帰ってきた雰囲気の鷹子さんが立っていた。その拳は血に染まり、制服には返り血が付いている。僕は、ガクブル状態になりながら、鷹子さんの姿を見た。

 鷹子さんは、高圧的で、暴力的で、僕にアニメや、マンガや、ゲームをよく持ってこさせるモヒカン族だ。そして、僕を部室の真ん中に立たせて、それらの作品の批評や解説をさせる、恐ろしい人だ。
 その鷹子さんは、長身でスタイルがとてもよく、黙っていればモデルのような美人さんだ。でも、しゃべると怖い。手もすぐに出る。武道を身に付けていて、腕力もある。ヤクザの事務所に、よく喧嘩に行く。そして、何もしていなくても、周囲に恐るべき殺気を放っている危険な人なのだ。

 その鷹子さんが、ずかずかと部室に入ってきて、僕の左横にどすんと座った。僕は、右手に白菊、左手にトリカブトという両手に花の状態になる。

「ねえ、サカキくん。脳筋というのは、どういう意味なの?」

 好奇心で、目をきらきらさせた、楓先輩が尋ねてくる。

「サカキ。私が脳筋だと言ったな。その意味次第では、どうなるか分かっているな?」

 鷹子さんが、拳をぎりりと握り、僕を威圧してくる。や、やばい。脳筋は、脳みそが筋肉、あるいは、脳みそまで筋肉の略だ。そんなことを、鷹子さんの前で言おうものなら、三回殺されて、おつりが来る。

 僕は、楓先輩の方を向いて、小声で説明しようとする。すると、首根っこをつかまれて、鷹子さんにも聞こえるように正面を向かされてしまった。
 うわ~~~ん。何て、筋力なんですか! ストレングス十八ですよ。そこまで筋肉なら、もう脳みそまで筋肉でいいじゃないですか~~。僕は、そう叫びたくなる。しかし、自分の身の安全を考えて、ぐっとこらえて沈黙を守った。

 それにしても、いったいどうするんだ? このままでは、僕は鷹子さんに殺されかねない。
 そうだ! 脳筋キャラの中にも、愛すべき馬鹿キャラ、馬鹿作品枠がある。そこに的を絞って説明しよう。そして、鷹子さんをいい気持ちにしたあとに、楓先輩だけに脳筋の説明をする。
 完璧だ。まるで孔明の罠だ。いや、罠じゃ困る。孔明の策だ。僕は、自信を持って、楓先輩と鷹子さんに語りだす。

脳筋という言葉は、人間やキャラクター、映画などの作品が、どういったタイプなのかを分類する言葉です。その説明をする前に、どういったキャラクターや作品が脳筋と呼ばれるのかを、紹介したいと思います」

 楓先輩は、わくわくという感じで、鷹子さんは、適当なことを言ったらぶっ殺すぞといった感じで、僕の台詞に注目している。僕は、脳内検索を駆使して、脳筋の事例について語りだす。

脳筋という言葉には、筋という言葉が付いています。これは筋肉を表します。そのため、脳筋キャラとは、筋肉が素晴らしい人物が多いです。また、脳筋作品の場合は、筋肉に振り切った内容が多いです。

 それではまず、神話から語りましょう。脳筋の神といえば、やはり、北欧神話のトールではないでしょうか。武勇を重んじる好漢で、北欧神話の中でも主要な神の一柱です。雷神、農耕神であり、神々の敵である巨人と戦う戦神でもあります。
 トールはともかく強いです。最近ではアメコミの『マイティ・ソー』のモデルになったりもしています」

「ほう、そんなに強いのか。そして、主要な神なのか!」
「そうです!」

 鷹子さんは、満足げだ。やった! 神話の神となれば、さすがに満足するだろうと思ったが、僕の読みは当たった。さらに続けて、僕は脳筋キャラを紹介する。

「他に脳筋キャラといえば、三国志に登場する最強の人物、呂布が挙げられるでしょう。呂布と言えば最強、最強と言えば呂布。彼は脳筋キャラと言えば、すぐに挙げられる人物です」

「最強なのか?」
「最強です!!」

「なるほど。呂布脳筋で、私も脳筋なのだな。うむうむ」

 鷹子さんは、トール、呂布と、お気に召したようだ。僕は調子に乗って、脳筋映画について語りだす。

「映画だと、『300』ですかね。スパルタの三百人の兵士が、アーッ! といった感じで、ペルシア帝国百万人と戦う内容です」

「たった三百人で、百万人か?」
「そうです!」

「それは、強いな」
「強いです! 強さと筋肉の宴です!」

 鷹子さんは、ほくほく顔だ。いけるいける。どうにかなりそうだぞ。僕は、さらにもう一作紹介する。

脳筋映画としては、『エクスペンダブルズ』もおすすめです。古今の筋肉系ハリウッドアクションスターが一堂に会して、敵をパワーでぶっ倒していくという内容です」

「それは強そうだな」
「はい。パワーの祭典です!」

 いい調子だ。ここまで上機嫌になれば、問題ないだろう。

「で、サカキ。脳筋の『筋』は分かったが、『脳』はどういう意味なんだ?」

 鷹子さんの言葉に僕は凍りつく。ご、ごまかされてくれなかった。僕は、引きつった笑みを鷹子さんに向ける。

「ねえ、サカキくん。例の紹介はもういいから、脳筋自体の話をしてちょうだい。私も鷹子も、その説明を聞きたいから」

 楓先輩が、僕に追い打ちをかける。
 つ、詰んだ~~~! 僕は、顔面蒼白になりながら、小さい声で答える。

「えー、脳筋とは、脳みそが筋肉、あるいは、脳みそまで筋肉の略です。体を鍛えて、パワーがありすぎて、そのパワーで何でも解決できてしまうので、作戦も戦略もなく、すべてを筋肉で押し切るような人物や作風を指します。
 つまり、筋肉一辺倒で、頭を使わないような、人間や作品を指す言葉になります。

 この脳筋は、人に使うと侮蔑的な意味合いが強く、作品に使うと愛すべき馬鹿映画的なニュアンスになります。
 アニメやマンガのキャラクターに使用する際は、小細工を弄さないキャラ、打算がない友情に厚いキャラなど、愛すべき馬鹿キャラ的な位置付けになったりします。まあ、単に短気で粗暴なキャラにも用いられますが。

 さらに、ファンタジーRPGなどのゲームで、筋力特化型の戦士などを指したりもします。こちらには、侮蔑の意味はありません。ゲームのプレイスタイルになります。

 ただ、他人に用いると馬鹿にしたニュアンスが強くなる言葉なので、リアルな人間相手には使わない方がよいでしょう」

 僕は、ぼそぼそと小さな声で説明した。

「ほう。サカキは、そういった他人を馬鹿にする意味合いの言葉を、私に対して使ったのか」

 鷹子さんが、拳を握り締めて立ち上がる。ああ、言い逃れできない。かくなる上は、走為上、逃げるを上と為す、三十六計逃げるに如かず! 僕は立ち上がり、逃走を開始する。

「逃がすか!」

 鷹子さんは、素早く駆けて、入り口に回り込んだ。うっ、肉体の基本性能が違いすぎる。鷹子さんは拳を振りかぶり、僕に叫んだ。

「私が、脳みそまで筋肉なら、サカキ、てめえは脳みそまで贅肉だ!」

 ふえっ? 脳贅ですか。
 鷹子さんのうなるパンチが飛んでくる。これは、コークスクリューパンチ! ブーメランフック!? 僕は、鷹子さんの必殺ブローを食らって、部室でダウンした。

 翌日のことである。鷹子さんは、僕と楓先輩を部室で立たせて、いきなり演説を始めた。

「これからは、贅肉ではなく筋肉の時代だ。脳みそまで筋肉とは言わないが、二人とも筋肉を付けろ!」

「ねえ、鷹子。サカキくんはともかく、私は贅肉はないと思うんだけど」

 楓先輩が、さらりと僕の心臓をえぐる台詞を言う。

「楓。お前、運動していないだろう。このままでは十年後にデブになるぞ」

 鷹子さんの言葉に、楓先輩が凍りつく。

「やるわ、鷹子! どうすれば筋肉が付くの? がんばるわよ、サカキくん!」
「えっ、僕もですか!?」

 僕は、なぜか楓先輩と一緒に、筋トレをすることになった。僕たちのトレーナーになった鷹子さんは、トレーニングメニューを発表する。

「じゃあ、まずは腕立て伏せ二百回、腹筋三百回、スクワット四百回、反復横跳び千回だ!」

 鷹子さんの台詞を聞いて、僕と楓先輩はフリーズする。僕と楓先輩は、あわあわとなり、救いを求めるようにして、トレーニングの軽減を要求した。
 けっきょく、腕立て伏せ二回、腹筋三回、スクワット四回、反復横跳び十回を三日だけして、僕と楓先輩の筋トレ計画は終了してしまった。