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雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第209話 挿話48「雪村楓先輩との秋の一日」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、遊んでばかりの者たちが集まっている。そして日々、どんちゃん騒ぎの生活を続けている。
 かくいう僕も、そういった、娯楽に目がない系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、遊び人な面々の文芸部にも、真面目に本を読んでいる人が一人だけいます。マンガ喫茶に紛れ込んだ、古典の研究者。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 そんな楓先輩と僕の文芸部は、今日は少しお休み。秋の休日の一日、僕は楓先輩と連れ立って、市立図書館にやって来た。

 町の外れた場所に建つその図書館は、少し変わった図書館として知られている。建物が奇抜なだけでなく、一年前に就任したアイデアマンの館長が、各種イベントを開催しているからだ。とはいえ、僕と楓先輩の目的は普通の読書。今日は、先輩のお供をして、僕はこの図書館を訪れている。

 楓先輩と僕は、それぞれ本を棚から取り出し、隣り合わせに座る。先輩が選んだのは、太宰治の「お伽草紙」。僕が選んだのは「本当はエッチな昔話」。先輩の本に合わせて、少しライトなものを僕は選んだ。そして、二人で並んで、読書を始めた。
 しばらく経ったところで、右隣に座る楓先輩が、僕の腕をつんつんと突いてきた。

「どうしたんですか楓先輩?」
「本に、謎の紙切れが入っていたの」

 先輩は、ページの間に刺さった紙片を見せる。名刺大の紙には「1/5」という文字と、「館」とい文字が、筆文字で書いてあった。

「ねえ、サカキくん。何かなこれ?」
「一月五日、館ですか? 何でしょうね」

 楓先輩は本に目を落とす。読んでいたところは、ちょうど「舌切り雀」の話だった。何か関係があるのだろうか。僕と楓先輩は、顔を見合わせて不思議そうな表情をする。

「しおりではなさそうですね」
「そういった雰囲気では、ないよね」

「メモにしては丁寧ですし」
「そういえば、同じようなものを以前見た記憶があるわ」

 楓先輩は唇に指を添えて、小首を傾げる。先輩は真面目な顔をしている。でも、全体的に可愛らしい楓先輩は、そういった顔をしていても、どこかふわふわした感じだ。

「そういえば、芥川龍之介の本で見たことがあるわ」
「何の本ですか?」

「絵本だった記憶があるんだけど」
芥川龍之介が、絵本を描いていたんですか?」

「ううん。絵は別の人よ。何の本だったかしら」

 気になって仕方がないのだろう。楓先輩は、僕の服をちょこんと握り、調べてちょうだいといった顔をする。これは、頼られている。僕は、俄然やる気を出す。先輩が僕のことを、頼りがいのある男性と思っているのならば、その期待に応えなければならない。僕は、立ち上がり、先輩を連れて、蔵書を検索する端末に行く。

芥川龍之介ですよね?」
「うん。そうだったはずよ」

 僕は、端末を操作して、芥川龍之介の作品を探す。そうすると、絵本の分類に入っている本が何冊かあった。その中の一冊を、楓先輩は指差す。題名は「桃太郎」。先ほどまで楓先輩が読んでいた本は、太宰治の「舌切り雀」だ。同じ昔話の本。何か関係がありそうだ。

「見に行きますか」
「うん。何だか、ちょっとしたミステリーよね」

 楓先輩は、目を輝かせて興奮気味に言う。どうやら、先輩は、本に入っていた紙片の謎に興味津々のようだ。そして、名探偵である僕が、その謎を解くことを期待しているようだ。よいでしょう。僕の灰色の脳細胞を駆使して、この図書館の謎を解いてみせましょう。
 僕は楓先輩と連れ立って、絵本のコーナーに向かう。

「ありました。この本ですね」
「うん。この本よ」

 僕は本棚から絵本を引き出し、楓先輩と二人で肩を寄せ合ってページをめくる。

「あった。これよ」

 先輩は嬉しそうに、僕に体を密着させる。楓先輩は興奮すると、相手にずんずんと接近していく癖を持っている。二人は、すでに肩を寄せ合っていたので、先輩がぐいぐいと僕を押す形になったのだ。

「どれどれ」

 僕は紙片を見る。そこには、先ほどと同じように「1/5」の文字と、今度は「室」という文字が書いてある。

「うーん。今度は、一月五日、室ですね」
「日付かと思ったけど、違うのかもしれないね」

 楓先輩は、ぽつりと言う。

「えっ、どういうことですか?」
「うん。最初は、本を読んだ日付かと思ったんだけど、もしかして五分の一かもしれないね」

 なるほど。そうとも読める。もしそうならば、「五分の一、館」「五分の一、室」ということになる。館に部屋か。何だか、ミステリーっぽいな。そう思い、僕は楓先輩の顔を見る。目が、きらきらとしている。この謎に大興奮しているのが分かる。先輩は、僕の手首をぐっと握って、話しかけてきた。

「ねえ、サカキくん。どうやら、この図書館に、誰かが謎を仕掛けているみたいよ。気にならない?」
「なりますね」

「二人で一緒に、この謎を解かない?」
「ええ、いいですとも」

「とりあえず、最初の席に戻って、作戦会議をしましょう」
「分かりました」

 僕たちは「桃太郎」の本を持ち、先ほどまで本を読んでいた席に戻った。
 机には、そもそもの始まりである、太宰治の「お伽草紙」、そして僕が読んでいた「本当はエッチな昔話」、さらに、今持ってきた、芥川龍之介の「桃太郎」がある。その三冊を眺めて、僕は自分の考えを述べる。

「この二つの紙片に共通しているのは、日本昔話ですよね。ということは、昔話繋がりではないでしょうか」
「その可能性が高そうね」

「そして、『1/5』が、一月五日ではなく、五分の一ならば、あと三冊の本があるということになりますよね?」
「うん。そして、あと三つの文字が見つかる可能性が高いということよね」

 楓先輩と僕は、顔を寄せ合って考える。
 五つの昔話。僕は、自分が読んでいた「本当はエッチな昔話」を開く。確か、書いてあったはず。僕は、ページをめくって、これだと思う。

「楓先輩。これではないですか?」
「なに、なに?」

 楓先輩は、僕に体を寄せて、本を覗き込む。僕は、先輩の香りを嗅ぎながら、その場所を指で示す。日本五大昔話。そこには、その言葉の説明が書いてある。桃太郎、かちかち山、さるかに合戦、舌切り雀、花咲爺。その二つの話に、紙片は挿入されていた。
 僕と楓先輩は、互いの顔を見る。そして、にんまりと笑みを浮かべた。

「サカキくん。この謎、解けそうね」
「ええ。あと三冊、探して紙片を集めましょう」

 僕と楓先輩は立ち上がり、名探偵さながらに繰り出した。

「次は、かちかち山ですかね?」
「うん。でも、太宰治の『お伽草紙』には入ってなかったよ」

 先輩の話では、太宰治の「お伽草紙」には、かちかち山の話もあるそうだ。しかし、そこには紙片は入っていなかった。ということは、他の作家の本に入っている可能性が高い。僕は楓先輩と、再び蔵書検索の端末前まで行く。そして、かちかち山を検索する。

「うーん、そのものずばりのタイトルはないですね」
「ねえ、サカキくん。昔話を題材にした話って、長くはないよね。短編集に入っているんじゃないかしら?」

 なるほど。その可能性は高い。僕は、スマートフォンを出して、かちかち山という作品が入った短編集を探す。それらしいものが二つ見つかった。一つは、筒井康隆の短編集「夜のコント・冬のコント」に収録されている「カチカチ山事件」。もう一つは、小松左京の短編集「宇宙漂流」に収録されている「カチカチ山」。
 僕は、図書館の端末でこの二冊を調べる。どちらもあるようだ。僕は楓先輩と本棚を巡る。そうすると、小松左京の本に紙片が入っていた。どうやら、日本五大昔話という推理は正しかったようだ。

「どれどれ」

 僕と楓先輩は、ぴたりと寄り添って文字を確認する。「1/5」と「我」という文字だ。これで集まった文字は、「館」「室」「我」の三文字だ。館に部屋に自分。どんどん小さくなっている気がする。

「次は、さるかに合戦を探しましょう」

 楓先輩は、僕を急かすようにして言う。再び端末の前に戻り、タイトルを入力する。そうすると、「平成猿蟹合戦図」という吉田修一の本が見つかった。僕たちは早歩きで、その本がある棚に向かう。開くと、やはり紙片があった。今度は「1/5」と「待」だ。僕と楓先輩は首をひねる。これまでとは少し毛色の違う文字だ。いったいこの紙片は何を表しているのだろう。

「あと、一枚ですね」

 僕は楓先輩に告げる。

「最後の一枚が見つかった時に、この謎が解けるのね」

 待ちきれないといった様子で楓先輩は言う。

「最後は、『花咲爺』です」
「どんな本かな?」

「端末に行きましょう」

 僕と楓先輩は、蔵書検索端末の前に戻る。名前を入力してみる。絵本以外の結果はゼロ件。ひらがなにしてみたり、読みを少し変えてみたりするけど、やはり絵本ぐらいしか引っ掛からない。
 これまでのパターンでは、小説家が書いた作品になっている。純粋な絵本は一冊もない。うーん。短編集かな。そう思って、ネットを検索してみるけど、それらしい情報は見つからなかった。
 念のために、絵本の棚を探してみるが、本には紙片は入っていない。

 僕と楓先輩は、しょんぼりした様子で、最初の席に戻る。そこには、太宰治の「お伽草紙」、芥川龍之介の「桃太郎」、小松左京の「宇宙漂流」、吉田修一の「平成猿蟹合戦図」、そして僕が借りてきた「本当はエッチな昔話」がある。それらを見ながら、僕と楓先輩は途方にくれた。

「楓先輩。最後で行き詰まってしまいましたね」
「うん。最後は素直に絵本かなと思って、絵本も探したけど、なかったもんね」

 僕と楓先輩は、ため息を吐く。

「何か、違う頭の使い方をしないといけないんですかね。検索しただけでは分からない情報が必要とか。実際に本を読んで、始めて意味が分かる内容とか」
「あっ、そういえば……」

 楓先輩が、記憶をたどるようにして声を出す。

「もしかして、あの本かな」
「どの本ですか?」

「サカキくん。一緒に、確かめに行こう」
「ええ、いいですよ」

 楓先輩は、答えを外すのが恥ずかしいのか、僕を連れて、本棚の間を歩いていく。そして、一つの棚にたどり着いた。楓先輩は、数冊の本を抜いて、ぱらぱらとページを確かめる。

「あった。最終巻よ!」

 紙片が出てきた。その本は、司馬遼太郎の「花神」だった。楓先輩の話では、村田蔵六、後年に大村益次郎と改名する主人公は、時代に花を咲かせる花神としての役割を担っていくそうだ。この小説では、その「花神」という言葉は、花咲かじいさんを意味しているという。

「なるほど。これで、日本五大昔話がそろいましたね」

 最後の紙片に書いてあった文字は「1/5」と「長」だ。僕たちは席に戻り、その文字を並べる。館・室・我・待・長。ちょっと意味が分からない。仕方がなくノートを出して、昔話の題名と、見つかった文字の対応を書いてみる。

 舌切り雀   館
 桃太郎    室
 かちかち山  我
 さるかに合戦 待
 花咲爺    長

 どういった順番で並べ替えるのか? 僕は、楓先輩の顔を見る。真剣な眼差しで悩んでいる。さんざん考え込んだあと、楓先輩は、ギブアップするような顔で、僕に視線を移した。

「サカキくん。分かる?」
「はい。答えを言ってもいいですか?」

「うん。サカキくんに教えてもらうわ」

 楓先輩は、照れくさそうに言う。僕は、並べ替えたものを、先ほどのリストの下に書いて、先輩に示す。

 かちかち山  我
 さるかに合戦 待
 舌切り雀   館
 花咲爺    長
 桃太郎    室

「あいうえお順です。本の並びは、そうなるでしょうから」
「あっ」

 楓先輩は、ようやく分かったという顔をした。

「ということは」

 楓先輩は、五つの文字をたどる。

「我待館長室。私は館長室で待つという意味かしら?」
「おそらく、そうでしょうね。この紙片を持って尋ねてみましょう」

 僕と楓先輩は、受付に行き、紙片を見せて、館長室に行きたいと言った。受付のお姉さんは心得た様子で、僕たちを館長室まで案内してくれた。
 扉を開くと、初老のおじいさんが執務をしていた。僕たちが、五枚の紙片を見せると、嬉しそうに微笑んだ。

「ようやく来たね」
「ようやくとは?」

 僕は、館長に尋ねる。

「一年前、私が館長に就任した時に、ちょっとした、いたずらとして仕掛けたんだ。でも、誰も発見してくれなくてね。これは、私が館長の間に、誰も来てくれないかなと思っていたんだ。
 よかったよ。謎を解いてくれる人がいて。それも、君たちみたいな中学生が解いてくれたことが、とても嬉しいよ」

 館長は席を立ち、何かを手に取り、入り口へと歩いてきた。

「君たちは、見事謎を解いた。そういった人には、ご褒美をあげないとね」
「どんなご褒美ですか?」

 僕と楓先輩は、ドキドキしながら、館長の言葉を待つ。館長は、手に持っていたものを僕たちに見せる。それはゴールドに輝く図書館カードだった。

「読める範囲で何冊でも借りられる、特別な図書館カードだ。このカードを、君たちに一枚ずつ進呈しよう」

 楓先輩が、ぱーっと明るい顔をする。僕たちの市では、一度の貸出数の上限は十冊だ。本を大量に読む楓先輩にとっては、夢のようなカードだろう。楓先輩はゴールド図書館カードを受け取り、小躍りしそうに喜んだ。

「ありがとうございます、館長さん」

 楓先輩は、しっぽを振りそうな勢いで舞い上がる。僕は、その様子を見て、よかったと思った。先輩の喜びに、少しだけでも貢献できたかなと、僕は思った。

 図書館の閉館時間が来た。楓先輩は、ここぞとばかりに、借りたい本をまとめて借りた。僕は、本の運搬を手伝うために、先輩に従い、道を一緒にたどる。

「サカキくん。ごめんね、持つのを手伝ってもらって」

 先輩は、恥ずかしそうに言う。

「いえいえ。先輩に喜んでいただいて本望ですよ」

 僕は、くすりと笑いながら言う。僕と楓先輩は二人で歩く。夕陽で長い影を伸ばしながら、本を携えて家へと向かった。

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