雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第207話 挿話47「城ヶ崎満子部長との秋の一日」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、エロスを愛でる者たちが集まっている。そして日々、愛欲の文芸を読みあさり続けている。
 かくいう僕も、そういった、性愛の情報収集に長けた系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、ラブ時空からやってきた面々の文芸部にも、愛の矢を華麗に避けてマトリクスする人が一人だけいます。キューピッドの放った十万本の矢を、船で受けて回収する諸葛亮。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 そんな楓先輩と僕の文芸部は、今日は少しお休み。秋の休日の一日、僕は文芸部のご主人様、僕の天敵、三年生で部長の城ヶ崎満子さんに呼ばれて、その家を目指していた。

 満子部長は、古い少女マンガに出てきそうな、お嬢様風のゴージャスな容姿をした人だ。しかし、この姿に騙されてはいけない。その中身は、気高くも真面目でもなく、エロに染まった品性下劣なものだからだ。
 満子部長が、そういった困った性格をしているのは、その出自のせいだ。満子部長は、父親がエロマンガ家で、母親がレディースコミック作家という、サラブレッドな家に生まれた。そういった家庭環境であるために、両親から受け継いだ、深遠にして膨大なるエロ知識を保有している。そして性格はSであり、僕をこの部室で、ちくちくといたぶるのを趣味としているのだ。

 その満子部長の家の前に立ち、僕は洋館風の建物を見上げる。

「相変わらずゴージャスだな。ご近所さんでは、レディコミ御殿と言われているらしいけど」

 満子部長の家は、お母さんが、レディースコミック業界でヒットを飛ばしたためにお金持ちだ。そして、この家は、もう一つ別の名前でも呼ばれている。禁書図書館。満子部長のお父さんの、ぷらむ☆すとーかー先生の莫大な蔵書があるからだ。主に、エロマンガ方面の……。
 ぷらむ☆すとーかー先生は、業界ではプロフェッサーと呼ばれている。今日は、その蔵書の虫干しを手伝うバイトをするために、僕はやって来た。昨日、部活の帰りがけに、満子部長に捕まって言われたのだ。「サカキ、暇だろう、手伝え」と。そして、否応なしに休日の予定を決められてしまったのだ。

 ピンポーン! 僕は、インターホンのボタンを押す。扉が開き、ジャージ姿で作業をする気満々の、満子部長が出てきた。

「おお、サカキ。待っていたぞ。今日はバイトということで金を出す。つまり、私は、今日一日サカキを自由にする権利を持っている。そう、サカキは私に隷属するのだ。私専用の性ドレ……」

 卑猥なことをしゃべろうとする満子部長を遮り、僕は玄関に入る。

「満子部長。今日はバイトですからね。まあ、ぷらむ☆すとーかー先生の蔵書に興味があるから受けたんですけど。それで、どういった作業手順で進めるんですか? 終わったあと、気になる本を借りてもいいんですよね」

 僕が尋ねると、満子部長は面倒そうに答える。

「サカキ、お前、真面目だな。そんなに真面目だと、すぐにハゲるぞ」
「何でですか?」

「神経をすり減らして生きれば、毛根もすり減るだろう。私のように、自由に生きるのがいいぞ。そう、人生を謳歌して、自由気ままに授業テロなどをしてな」
「満子部長は自由人すぎますよ。授業中に、先生に隠語をしゃべるような人間に、僕はなりたくありません」

「あれは、あれで面白いものだ。先生たちの羞恥の表情が、なかなかにそそってな。中年オヤジのBLを妄想したりして、授業を受けるのも乙だぞ」
「そんな妄想は、したくありません!」

 僕と満子部長は、いつもの調子でやり合いながら、二階の書庫に向かう。すでに、満子部長のお母さんは、本の虫干しを開始していた。棚に大量にある本の写真を撮って位置を記録し、一冊ずつ出してページをぱらぱらとめくり、空気に当てて、干していくのだ。
 今日は気持ちのよい秋晴れの日だ。日陰に干せば、ちょうどよい本の虫干しになる。僕は満子部長とともに、その作業を手伝っていく。

「そういえば、満子部長のお父さんは?」
「ああ、客が来ているらしいな」

 満子部長は、本を運びながら答える。僕は、本棚に手を伸ばして、新しい本を手に取る。一冊のノートが床に落ちた。何だろう? 僕は拾い上げて開く。ネームだろうか? コマ割りのような線が引いてある。そのコマの中に、子供の落書きのような絵が描いてある。僕が、ページをめくっていると満子部長がやって来た。

「ああ、これか」
「何ですか、満子部長?」

「懐かしいなあ。取っていたんだな。私が幼稚園の頃に描いたものだ」
「マンガですか?」

「いや、初めてのエロマンガだ」
「ぶっ!! まるで、『はじめてのおつかい』みたいに言わないでくださいよ!」

「子供は、こうして成長するんだなあ」
「というか、早熟すぎますよ!」

「何だよ。いいじゃないか、子供は親の仕事の真似をしたがるものだろう。うちでは、それがエロマンガだったんだよ。つまり、家業だ!」
「えー、まあ、そういうことにしておきましょう」

 僕は疲れて、満子部長のノートを本棚に戻す。その時、部屋の扉が開いて、ぷらむ☆すとーかー先生が姿を現した。相変わらずダンディーな人だ。匂い立つような色気をまとっている。家の中でも、スーツ姿で過ごしているようだ。その、すらりとした姿で、僕たちに声をかけてきた。

「サカキくん。本の虫干しを手伝ってくれてありがとう」
「ええ。バイト代も出ますし、僕の方も、ありがとうございます」

「それで、サカキくん、満子。少し私の部屋に来てもらいたい。今日の客に紹介したいんだ」

 どういうことだろう? 僕は満子部長の顔を見る。満子部長は肩をすくめる。どうやら、満子部長も知らないようだ。僕と満子部長は、ぷらむ☆すとーかー先生に連れられて、先生の部屋に移動した。

 まるでイギリスの貴族の部屋だ。そう思わせる内装と調度品。そこには書斎机があり、その机の近くの椅子に、一人の中年男性が座っていた。どことなく、オタクに見えるその男性は、僕たちの姿を見て、軽く頭を下げた。

「私の娘の満子と、その後輩のサカキくんだ。『ふたりはプリキュア』ではなくて、二人は中学生だ。リアル若者だよ」

 僕と満子部長は、椅子に座るように促される。僕たちは、謎の男性を囲むようにして、腰を下ろした。

「こちらの男性は、エロマンガ家のオーラス宝山さんだ。人生崖っぷちが信条で、いつも最終勝負と決めてエロマンガを描かれている。そして、エロマンガの世界で、宝の山を得ることを夢見ている。だから、オーラス宝山というペンネームにされたそうだ」
「初めまして。オーラス宝山です」

 オーラス宝山さんは、どことなく挙動不審な感じで頭を下げた。

「実は、オーラス宝山さんは、今日私に、相談事があって来たんだ。エロマンガ家を始めて三十年。若い人たちの嗜好が分からずに迷走しているそうだ。そこで、リアルな若者である二人を呼んだというわけだ」

「そうです。僕のマンガは、絵柄は非常に研究していて、今時という評価をもらっているんですが、内容が古い、若者受けしないと、ここ数年言われ続けているんです。
 だから、業界内でプロフェッサーと名高い、ぷらむ☆すとーかー先生のもとに来て、何かをつかめればと思ったのです」

 オーラス宝山さんは真剣な表情で、僕と満子部長の顔を見る。

 えー、あの、えーと、僕は未成年ですよ? それも、中学生ということで、青少年育成的な何かに引っ掛かるのではないですか。そりゃあ、僕はそういう作品は大好物だけれど、本当によいのだろうか? いろいろと問題があるよなあと、僕は考える。
 そんな僕の心配を、全部無視するようにして、満子部長が胸を張って、口を開いた。

「なるほど。リアルな中学生が抜けるエロマンガを目指すというわけですね」

 ぶっ! 抜けるとか、ぬけぬけと言わないでくださいよ!! それに、満子部長は女性でしょう。抜くための道具を持ってないじゃないですか!
 一瞬、そう突っ込みそうになるが、僕はぐっとこらえる。

「そうなんです。満子さん。そこで、今日はネームを持ってきました。ぷらむ☆すとーかー先生に添削をお願いしようとして」

 ぷらむ☆すとーかー先生は、静かに頷いたあと答える。

「その添削ですが、リアルな中学生の意見を、直接聞くのはどうでしょうか? ここにいる中学生二人の中から一人を選び、鉛筆で赤を入れてもらうのです。いや、添削だけではなく、自分ならどう変更するかを書き込んでもらう。どうでしょうか、オーラス宝山さん?」

 尋ねられたオーラス宝山さんは、悩ましげな顔をする。

「僕の原稿を、リアル中学生に! そんな、ハアハアすること、いや、破廉恥なことをしても、よいのでしょうか?」
「オーラス宝山さん。あなたの性癖は知っています。そこは押さえて、作品をよくするために、どうすればよいかを考えてください」

「そ、そうですよね。僕のマンガを、女子中学生に読んでもらう……のは、駄目ですね。それは僕の個人的な願望になってしまいます。ここは、顧客として男性に読んでもらい、手直しするべき点を指摘してもらわなければならない。でも、それでは僕の羞恥心が満たされない……」

 オーラス宝山さんは、狂おしそうに身をよじる。
 大丈夫だろうか、この人は。僕は、大人って大変だなあと思う。僕は、こんな大人にはなりたくない。そう思いながら、話の成り行きを見守った。

「はあはあ。すごい葛藤でした。しかし、僕は決断しました。サカキくん。僕のネームを呼んでくれたまえ! そして、どう改変すればよいか、指摘を書き込んで欲しい!」

 オーラス宝山さんは、赤鉛筆と十六枚の紙を僕に渡した。そこには、かなり細かく描き込まれたネームがあった。えっ、こんなにきちんと書いているネームに、赤鉛筆で書き込んでもよいのですか? 僕は、大丈夫だろうかと思い、ぷらむ☆すとーかー先生に顔を向ける。

「大丈夫だ。思い切り書き込みたまえ。魂の声に従い、思う存分、記入するのだ」
「分かりました。不肖、サカキユウスケ、真剣に挑ませてもらいます」

 そして、僕は原稿に赤を入れ始めた。

 書き込み終わった。僕は、赤鉛筆で記入した原稿を戻す。

「こ、これは!」

 オーラス宝山さんは、声を上げる。僕は、自分が書いた内容を説明する。

「ヒロインを、三つ編み眼鏡にしてみました。そして、胸は小さめに、性格は恥ずかしがり屋にしてみました。徹底的に恥ずかしがっているけれど、最後は乱れる。そういった落差を強調するようにしました」

 オーラス宝山さんが確認したあと、今度はぷらむ☆すとーかー先生がネームに目を通す。そして、鋭い目をしたあと、机の筆立てから青鉛筆を抜いた。

「なかなかよいが、画竜点睛を欠く。仏作って魂入れずだよ、サカキくん」
「と、言いますと?」

 僕は、自分の何が、いたらなかったのかと思い、質問する。

「満子。この青鉛筆で、サカキくんの書き込みを添削しなさい」
「はい」

 満子部長は、卑猥なエロマンガのネームを手に取る。その様子を見て、オーラス宝山さんは、失神しそうに身悶える。満子部長は、一読して、さらさらと書き込んで、原稿を僕に渡した。
 そこに書き込まれていたのは、ヒロインの台詞だった。よくよく見てみると、オーラス宝山さんの原稿には、重要なシーンでのヒロインの台詞がまったくなかった。そのため、絵はとても素晴らしいのに、どこか感情移入できない内容になっていた。
 満子部長が書き込んだ原稿を受け取り、ぷらむ☆すとーかー先生は、オーラス宝山さんに説明する。

「昔のエロマンガは、いわばグラビア誌の写真と同じでした。読み手に絵と話の流れで刺激を与えて、目的を達するようになっていました。しかし、時代は大きく変わっています。
 大きな変化の一つは、アダルトビデオの普及にあります。そこでは、女性が単なる肉体としての性の対象となるだけでなく、女優としてのキャラクター性を出すようになりました。彼女たちは、しゃべる人間として、自分たちの感情の動きを画面に出し、自らの言葉で語るようになりました。

 時代の変化は、それだけではありません。一つの作品を消費するサイクルが速くなり、一つの作品に接する時間が短くなったことで、コンテンツ全体が、文脈を読み取るのではなく、説明して伝える傾向が強くなっています。時間をかけて読み解くというスタイルは廃れて、短時間で分かるように直接説明する表現スタイルに変わってきています。
 そして、インターネット時代になり、新たな表現形式の時代に突入したと、私は考えています」

「そ、それは、どんな表現形式でしょうか?」

 オーラス宝山さんは、真剣な眼差しで、ぷらむ☆すとーかー先生を見つめる。

「実況です。ニコニコ動画における実況や、世界で流行っているゲーム実況。発信者が自分の行動や考えていることを語り、それを視聴者が共感したり、違うよと言ったりしながら楽しむ。そういった楽しみ方が、作品の受け手に広がってきています。
 そうした時代の目から見て、オーラス宝山さんのマンガは、圧倒的に実況力が不足しているのです。あなたは、絵だけですべてを表現しようとしすぎています。使えるものは、すべて使うべきです。

 マンガ家には、よく陥る失敗があります。そこそこのヒットを飛ばしたあと、絵の力だけで作品を作ろうとしてしまうことです。
 もっと、泥臭い戦いが必要です。フキダシの文字で、書き文字で、卑猥な言葉で、劣情を催す台詞で、飛び散る液体で、漏れる吐息で、擬音で、ありとあらゆる手段を使い、濡れ場を臨場感溢れる形で伝えなければなりません。

 絵の上手いマンガ家は、いくらでもいます。しかし、本当に面白いマンガ家は一握りです。エロの世界でも同じです。きれいなだけでは駄目なのです。美しいだけでは駄目なのです。歩み寄り、すり寄り、相手の脳に訴えかけるエロスが必要なのです。自分自身が恥ずかしくて悶絶するぐらいで、ちょうどよいのです」

 ぷらむ☆すとーかー先生は、端正な顔立ちで、折り目正しく、情熱的に語った。それから僕たちは、エロマンガについて、夕方近くまで熱く語り合い続けた。

 帰る時刻になった。本の虫干しは、あまり進んでいなかった。

「すみません、満子部長。何だか、途中で仕事を放棄するような状態になってしまって」

 玄関で僕は、満子部長に頭を下げる。

「そうだな。泊まっていくか、サカキ? 私の部屋は広いぞ」
「泊まりませんよ。帰りますよ」

「ははは、冗談だよ」
「満子部長の言葉は、冗談には聞こえませんよ」

 楽しそうに笑う満子部長に、あきれた声で僕は言う。

「サカキ、明日暇か? 暇だったら、またバイト代を出すから、続きをしてくれ」

 満子部長に言われて、僕はため息を吐いて声を返す。

「どうせ、忙しいと言っても、出てこいと言うんでしょう?」
「よく分かっているじゃないか」

「来ますよ。まだ、借りたい本を探して、貸してもらっていませんし」
「よし、待っているぞ」

 満子部長は、そう告げたあと、背後から一冊の単行本を出して、僕に渡した。

「これ、何ですか?」

 ぱらぱらとめくる。エロマンガのようだ。

「私が初めて原作を書いたエロマンガだ。覆面原作者という奴だ。つまり、商業デビュー作だな。その処女、作を、サカキに貸してやろう。ああ、私の妄想が、サカキの男によって、汚されるのだな」

 満子部長は、処女作を変なところで区切って、恍惚の表情を浮かべる。

「え-、あの、これをどうしろと?」
「みなまで言わせるな。実用書だからな」

 何がどう実用書なのだ。だ、駄目だ、この人は。僕は頭が痛くなる。

「ちなみに、その単行本の三話目は、三つ編み眼鏡の美少女さんが出てくるぞ」
「借ります!」

 即答した僕を見て、満子部長は腹を抱えて笑った。僕は、満子部長に、いいようにあしらわれていることに気付いて、仏頂面をした。

「なあ、サカキ」
「何ですか、満子部長?」

「この家の本は、お前の創作に役立てるために、自由に借りていっていいぞ」
「どういう風の吹き回しですか?」

「まあ、私が文芸部にいるのも、あと少しだからな。卒業したあとも、先輩として、サカキの創作を応援したいからな。だから、どんな本があるのか、虫干しにかこつけて見せたわけだ」
「あっ」

 ようやく、今日呼び出された理由が分かった。満子部長は、僕が興味のある本を、いつでも借りられるように取り計らってくれたのだ。

「ありがとうございます」
「礼は、作品で返してくれ。それに、先輩だしな」
「先輩ですか?」

 満子部長は、満面の笑みを浮かべる。敵わないなあ、この人には。僕はそう思った。
 満子部長の処女作を借りて、僕は洋館をあとにした。帰り道の途中、三つ編み眼鏡の美少女さんが出てくる三話目は、どんな話だろうとドキドキしながら、僕は家に向かった。