雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第201話 挿話44「鈴村真くんとの秋の一日」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、倒錯の世界に身を置いている者たちが集まっている。そして日々、卑猥な妄想にふけっている。
 かくいう僕も、そういった、思索を好む系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、心のワンダーランドを愛する面々の文芸部にも、きちんと現実を見ている人が一人だけいます。三月ウサギの主催するお茶会に紛れ込んだ、不思議の国のアリス。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 そんな楓先輩と僕の文芸部は、今日は少しお休み。秋の休日の一日、僕と同じ二年生の、鈴村真くんに呼び出されて、僕は山の麓の駅に来ていた。

「紅葉がきれいだなあ」

 僕は、駅の前で鈴村くんを待ちながら声を出す。
 今日、この場所に来たのは、鈴村くんにメールをもらったからだ。「もみじ狩りに一緒に行こう」そういったメールが届いたのだ。そういえば今は秋だしな。それもよいかもしれない。そう思い、僕は週末を利用して、鈴村くんの指定した時間と場所に、鈴村くんが指定した服装でやって来たのだ。

 僕は今、長袖長ズボンで、スニーカーをはいている。「なるべく露出が少なく、山歩きができる、動きやすい格好」それが鈴村くんが示した服装だった。登山でもするのだろう。そう思い、僕はその姿で、鈴村くんを待っていた。

「それにしても謎なのは、メールに書いてあった、DとEだよな」

 僕は、スマートフォンを出して、メールの文面を見る。そこには、「もみじ狩り」ではなく「もみじde狩り」と書いてある。もみじde狩り? いったいどういう意味なんだろう。僕は疑問に思いながら、鈴村くんが来るのを待った。

「サカキくん。待った?」

 電車が来て、鈴村くんが下りてきた。その姿を見て、僕はあっと驚く。鈴村くんは、女物の軍服を着て、肩から荷物を提げていた。いったい、なぜそんな姿をしているのだろう? 僕には理解できなかった。

 鈴村くんは、華奢な体に、女の子のような顔立ちの男の子だ。そんな鈴村くんには、他人に隠している秘密がある。
 実は鈴村くんは、女装が大好きな、男の娘なのだ。鈴村くんは家に帰ると、女物の洋服を着て、等身大の姿見の前で、様々な可愛いポーズを練習している。そして、女の子の格好をする時には、「真琴」という女の子ネームに変わるのだ。

 僕は、その真琴の姿を、これまでに何回か見たことがある。そして、数々のエッチなシチュエーションに巻き込まれたのだ。そんな鈴村くんは、コスプレが好きだ。服を買ったり、自分で作ったりして、様々な格好をしている。
 それにしても、軍事系なんて初めてだなあと、僕は思った。

「ねえ、鈴村くん。なぜ、そういった格好なの?」
「うん。今日の集会に合わせて着てきたんだ」

「集会? 何の集会」
「もみじde狩りだよ」

 鈴村くんは、楽しそうに言う。

「そういえば、もみじde狩りって何なの? よく分からなかったんだけど」
「僕が最近よく顔を出している、男の娘SNSがあるんだ。もみじde狩りは、その中のイベントだよ。もみじを見ながら、狩りをするという催し物なんだ」

 えっ? 何ですか、そのイベントは。
 僕は、もみじ狩りだとばかり思っていたけど、実態は違ったようだ。そして、狩りとはいったい何をするのだろう?

「君が、真琴とSKKかい?」

 何だろう。振り向くと、鈴村くんと同じ電車で来た一団が、立っていた。
 ぬおっ! 僕は思わず仰け反りそうになる。そこは、ハロウィン真っ青なコスプレをした男の人たちがいた。

 チャイナドレスに身を包んだ、屈強な海兵隊のような白人男性。和服に軍艦の部品をぶら下げた、フレディ・マーキュリーのような濃い男性。婦人警官の姿をした、筋肉質な黒人男性。そういった人たちが無数にいた。

「腕が鳴りますね」
「今年こそは、狩りを成功させたいものですな」
「一年に一度の勝負ですからね」

 男たちは、口々に語り合っている。この人たちが、男の娘SNSの住人たちなのか? 鈴村くんに尋ねると、「うん!」と、にこやかに答えた。

「あと、僕のことがSKKと呼ばれていたのは何?」
「SNSで、よくサカキくんの話題を出すんだ。でも、本名を出すわけにはいかないから、SKKという名前にしているんだ」

 なるほど、疑問が解決した。しかしもう一つ、最も重要な不明点がある。そう。もみじde狩りという、イベントの概要だ。

「うん。それはね」

 鈴村くんは、口元に両手を添えて、嬉しそうな表情で語りだす。その様子は、男性の僕が、思わずドキッとしてしまう仕草だった。

「白い死神を狩るイベントなんだ」
「はい? えー、あのー、もう少し詳しく話してくれないかな」

 僕は、鈴村くんに説明を求める。

「シモダイラヘイゾウさんという、伝説のサバゲー達人の男の娘がいるんだ。周囲の人には、漢字の漢と書いて、漢の娘と言われたりもする。
 一年に一度、そのシモダイラさんの待ち伏せる山に、エアガンを持って入るんだ。そして、シモダイラさんを倒せれば、みんなの勝ち。倒せなければ、シモダイラさんの勝ち。そういったイベントなんだ。

 ちなみにルールはね、僕たちが撃たれたら、この駅に戻る。そうすれば復活して、戦線に復帰できる。昼の十二時開始で、夕方の四時に終了。毎年、悪夢が来る返されていて、魔の四時間と呼ばれているそうなんだ。

 僕は新参者として、今回初参加なんだ。でも、一人では怖いから、サカキくんを誘ったんだ。だから、サカキくんの銃も持ってきたよ」

 鈴村くんは、肩掛けカバンから、M1911、通称コルトガバメントを取り出す。周りはみんな、ライフルや自動小銃だ。僕と鈴村くんだけ拳銃だ。戦力差がけっこうある。まあ、僕はおまけみたいなものだし、それほど役に立たなくてもよいだろう。

 その時である。冷たい殺気が背後にした。僕は、その殺気に慌てて振り向く。そこには、身長百五十センチほどの、寡黙そうなおじさんが、白いチュチュを着て立っていた。
 彼は、身長からわずかに短い、モシンナガン小銃を持っている。明らかに、次元が違うというたたずまいと、変態服装を兼ね備えていた。

「ほう。私の静かなる殺気に気付くものがいたか」

 シモダイラさんは、僕に握手を求めてきた。それは、好敵手を見つけた時の、達人の目だった。僕は、美少女鑑定士として、達人レベルの技能を持つ。そんな、達人同士の出会いが、互いの存在を、ニュータイプのように感じ取ったのである。

「私の名前は、下平平蔵。人からは、白い死神シモ・ヘイヘと呼ばれている」
「僕の名前は、榊祐介。人からは、美少女鑑定士のサカキくんと呼ばれています」

「そろそろ十二時だ。私は山に入ろう。君たちが私のところにたどり着くことを楽しみにしているよ」

 シモダイラさんは、紅葉の山に入っていった。男の娘SNSの常連さんたちが、思い思いの服装で、銃を持ち、身構える。僕は、鈴村くんから銃を受け取り、ゴーグルをかける。山の麓の駅前は、異様な雰囲気になる。

 僕は、鈴村くんと並んで立つ。横を向くと、鈴村くんが僕の顔を見ていた。

「どうしたの?」
「うん。サカキくん、がんばろうね!」

 鈴村くんは、どうやら興奮しているらしい。女の子みたいな姿でも、やっぱり男の子の部分があるんだな。こういったサバイバルゲームで興奮するなんて。
 僕は、そう思いながら、開始時刻を待った。

 十二時になった。僕たちは、ハンティングを開始する。獲物は、紅葉の山に隠れたシモダイラさんだ。僕たちは、駅前を離れて山に入る。
 最初のうちは気が楽だ。今回のゲームのルールから考えて、駅の近くにいる時に狙撃はされないはずだ。たとえ撃っても、すぐに駅に戻って復活できるからだ。シモダイラさんとしては、なるべく駅から離れたところで射撃して、長い距離を歩かせたいだろう。

 山に入って十分ほど経った。頭上を覆う、赤や黄の葉の美しさに魅せられながら、鈴村くんと山の斜面を歩いていく。
 他の人たちは、わずかに見えるぐらいの距離を取り、離れている。山狩りと同じだ。散開して、シモダイラさんを追い詰めようとしている。

「キャッ!」
「キャ~~~~ッ!」
「アレ~~~!」

 黄色い悲鳴が聞こえる。僕は、怪訝に思い、鈴村くんに尋ねる。

「あっ、このイベントの特別ルールだよ。射撃された人は、男の娘っぽい悲鳴を上げて倒れないといけないんだ」

 なんですと?

「えー、もしかして僕も?」
「うん!」

「恥ずかしいんだけど」
「恥ずかしいのは、最初だけだよ。僕が付いているから大丈夫。どんどん慣れていくよ!」

 いや、慣れたくないんですけど~~~! 鈴村くんは、笑顔で僕の両手を握ってくる。その手は柔らかくて、気持ちよかった。うう、複雑な気分だ。

 その時である。僕は殺気を感じた。鷹子さんによく暴力を振るわれ、何度も修羅場を経験している僕だ。ヤクザの事務所に殴り込みにも行った。そんな僕は、人の殺気に敏感だ。
 僕は鈴村くんの体を抱え、地面に伏せる。頭上をBB弾が飛んでいく。危ない。助かった。これが実弾だと、僕は死んでいただろう。だが、狙撃に使われるのはBB弾だ。だから避けられた。

「危なかったね。鈴村くん」

 僕は、体の下にいる鈴村くんに声をかける。僕に押し倒された鈴村くんは、顔を真っ赤に染めたあと、恥ずかしそうに全身の力を抜いた。

「サカキくん、大胆なんだもん」

 そして、鈴村くんは、男の娘である真琴の顔に変わる。

 さ、誘われている? 僕は、心臓をドキドキとさせながら、真琴の顔を見る。真琴は、耳まで真っ赤にしながら、僕から目を逸らしている。ああ、僕は、禁断の果実に手を伸ばすのか? 僕は、真琴の肩に手を触れる。真琴は、びくっと体を一瞬緊張させたあと、僕に笑顔を向けてきた。

「サカキくんなら、いいよ」

 その時である。脳天直撃といった感じで、BB弾が僕の頭に激突した。

「いて~~~~っ!」

 僕は思わず悲鳴を上げる。

「そこ、イタ~~イッ! でしょ!」

 近くのマッチョな男の娘が指摘する。僕は、もぐもぐと口ごもる。そして、僕を注意した彼も、数秒後に狙撃された。

「イヤ~~ン!」

 ドスの利いた黄色い悲鳴が、森に響く。そして、僕を心配して起き上がった鈴村くんも、シモダイラさんに狙撃されてしまった。

 山の麓の駅には、十人ぐらいの男がたむろしている。僕と鈴村くんを含めて、シモダイラさんに撃たれてしまった人間たちだ。時刻は三時三十分。あと三十分しか時間はない。
 僕と鈴村くんは、すでに八回、駅に戻ってきている。おかげで足がふらふらだ。こちらの方が数が多いのに、シモダイラさんの無双は続いている。このままでは敗北は必至だ。何か策を練らなければならないだろう。

「そういえば」

 僕は、シモダイラさんから狙撃された時の状況を思い出す。弾は必ず高いところ、そして風上から飛んできた。
 ということは、逆の位置を想定すれば、シモダイラさんの位置を、おおよそ特定できる。そしてここには、体の大きな人が十人ばかりいる。一直線になって、ジェットストリームアタック方式で行けば、シモダイラさんまで到達できるのではないか?

 僕は、その作戦をみんなに話す。すでに破れかぶれになっている男の娘のおっさんたちは、この際、どんな作戦でもいいと賛成してくれた。

 僕たちは、一列縦隊で進む。最初の一人がやられるまでは、敵の位置は分からない。実戦では、こんな恐ろしい作戦は採用できないけど、ゲームだから試みることができる。

「イヤーン!」

 熊のようなドレス姿のおじさんが倒れた。列の向きを変えて、一列で突撃していく。ザンギエフのような、猫耳のおじさんが狙撃される。相撲取りのような白鳥の湖が、落ち葉の上に沈む。
 瞬く間に三人が葬られた。その間、十メートルほどしか進めていない。

 たどり着けるのか? 僕たちは、ほふく前進でシモダイラさんへと接近する。次の一人が卑猥な悲鳴を上げる。さらに一人が、恥ずかしい声を出す。盾はどんどん減っていく。決死の強行軍だ。

 ついに前方に、シモダイラさんの姿が見えた。ボルトアクションライフルを僕たちの方に向けて構えている。一人が倒された。また一人。その間にも、距離をどんどん詰めていく。

 とうとう、こちらの兵士は、僕と鈴村くんだけになってしまった。僕たちの武器は貧弱だ。ライフルではなくハンドガンだ。
 しかし、距離はだいぶ詰まっている。コルトガバメントでも戦えるだろう。僕は、シモダイラさんの動きを見て、腰を上げる。そして、一気に近付くために、落ち葉の上を疾走する。
 僕の背後には、鈴村くんもいる。最悪、僕がやられても、その後ろには、鈴村くんが控えている。今こそ、ジェットストリームアタックだ! 二人しかいないけど、この作戦を決めてやる!

「えっ?」

 シモダイラさんは、ボルトアクションのライフルを脇に置き、代わりにサブマシンガンを取り出した。

 僕は思い出す。シモダイラさんは、フィンランドの軍人、シモ・ヘイヘを意識している。
 白い死神シモ・ヘイヘは、狙撃による公式確認戦果の、世界最多記録を持つ。しかし彼は、それだけの人ではない。サブマシンガンの名手でもある。シモ・ヘイヘが、サブマシンガンで殺した人の数は、狙撃の数よりも多いと言われている。

 しまった。予期できたことだ。シモ・ヘイヘと言えば、ネットでも有名なレジェンドだ。その知識を持つ僕が、この状況を予見できなかったとは!

 僕はイヤ~ンと倒された。鈴村くんは、アハ~ンと倒された。夕方の五時になった。戦いは終了した。

 その日、山のキャンプ場で、打ち上げパーティーがあった。僕と鈴村くんは、屈強な男の娘たちに囲まれながら、バーベキューを食べた。シモダイラさんは、僕と鈴村くんに敢闘賞を与えてくれた。

 宴が終わった。僕と鈴村くんは、同じ電車で帰途に就く。

「楽しかったね」

 横に座った鈴村くんが、微笑みかけてくる。

「うん。でも、シモダイラさんに勝てなかったのは悔しかったな」
「サカキくん、格好よかったよ」

 鈴村くんは、陶酔したような目を、僕に向けた。僕は少し照れて、前を向く。そして、二人で並んで座り、僕たちの町へと戻った。