雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第199話 挿話43「吉崎鷹子さんとの秋の一日」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、暴力の世界に身を置いている者たちが集まっている。そして日々、拳で語り合って過ごしている。
 かくいう僕も、そういった、手の仕事を好む人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、血で血を洗う面々の文芸部にも、暴力とは無縁の世界の人が一人だけいます。組長だらけの懇親会に紛れ込んだ、学級委員長。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 そんな楓先輩と僕の文芸部は、今日は少しお休み。秋の休日の一日、三年生でちょっと強面、女番長と評判の吉崎鷹子さんに僕は呼び出されて、コアキバの駅前に来ていた。

 コアキバというのは、僕たちの町の近くにある、秋葉原のような商店街のことである。そこには、アニメショップや同人ショップなどが立ち並んでいる。そしてアレゲな人たちが、多数徘徊している。僕はその場所で、鷹子さんを待っている。

 鷹子さんは、高圧的で、暴力的で、僕にアニメや、マンガや、ゲームをよく持ってこさせるモヒカン族だ。そして、僕を部室の真ん中に立たせて、それらの作品の批評や解説をさせる、恐ろしい人だ。
 その鷹子さんは、長身でスタイルがとてもよく、黙っていればモデルのような美人さんだ。でも、しゃべると怖い。手もすぐに出る。武道を身に付けていて、腕力もある。ヤクザの事務所に、よく喧嘩に行く。そして、何もしていなくても、周囲に恐るべき殺気を放っている危険な人なのだ。

「おい、サカキ」

 駅の雑踏の中から、高圧的な声が聞こえてきた。僕は顔を上げて、声の主を見る。すらりとした脚をジーパンで包み、上半身は白いティーシャツに、派手な革ジャケットを着ている。ヤンキーにしか見えない。でも鷹子さんは、長身でスタイルがよく、とても美人なので、非常にきまっている。

「えー、鷹子さん。呼び出されるままに、この場所に来たのですが、今日はいったいどういう用件でしょうか?」

 僕は、呼び出しの理由を聞いていない。僕は、なぜ自分がこの場所にいるのか知るために、鷹子さんに尋ねる。

「大人の社会科見学だ」
「えー、僕たちは中学生ですから、まだ子供ですよ。だから、子供の社会科見学ではないでしょうか?」

「じゃあ、言い換えてやる。大人な分野の社会科見学だ」
「大人な分野ですか。もしかしてアダルトな分野なのですか?」

 僕は、まさか、そんなことはないだろうと思い、気軽に言う。

「そうだ。十八禁の、大人な世界に飛び込むのだ」
「へーそうなんですね。
 ……ぶっ! ちょ、ちょっと待ってください。さすがに、それは補導されますよ! それ以前に、僕をそんなやばいことに巻き込まないでください。僕は、純真健全なサカキくんです! 歩く青少年です! いやまあ、青少年は、普通に歩くものですが。というわけで、君子危うきに近寄らず! 帰らせてもらいます」

 僕は、回れ右をして、改札に向かおうとする。その僕の首根っこを、鷹子さんはむんずとつかむ。そして、子猫を持ち上げるようにして、僕を宙吊りにした。
 相変わらず、非常識な腕力だ。駅の通行人たちは、驚いた顔をして、僕たちのことを見ている。
 ううっ、見ているだけではなく、助けてくださいよ。僕は、涙を流しながら、鷹子さんの話を聞くことにした。

「それで、どこに、大人の社会科見学に行くのですか?」

 大人の意味が違うようですが。そう、心の中でつぶやきながら聞く。

「エロゲ会社だ」
「えー、鷹子さんが、エロゲが大好きなのは知っています。でも、なぜわざわざ、十八禁なものを、公然と見に行くのですか?」

 僕は、疑問を持って尋ねる。

「私が好きなのは、エロゲのエロの部分ではない! 可愛い女の子が出てくるところだ。あんな可愛い女の子は、憧れるだろう!」
「えー、まあ、気持ちは分かります。でも、鷹子さんは、なれないですよ。可愛いというよりは、格好いい。もっと言うなら、怖いですからね」

「天誅!」

 拳が垂直に落とされる。

「ぷぎゃーっ!」

 僕は、潰れそうな勢いで頭を叩かれた。僕は、ぐるぐると目を回す。

「というわけで、行くぞ!」
「どこが、というわけですか! それと、なぜ僕を引きつれていくんですか! 一人で行けばいいじゃないですか!」

 僕は、猛然と抗議する。

「エロゲ会社の見学は、ネットの抽選だったんだよ。その見学の案内には、当選者は一名同伴で訪問可能と書いてあったんだよ」
「一名同伴可ということは、一人でも構わないということですよね?」

 僕は、素早く突っ込む。

「見学の最後には、原画家によるサイン会があるんだよ。そのサインは、イラスト付きで、一人色紙一枚までなんだよ」

 ああ、そういうことか。スーパーの特売の、お一人様一つまで。それと同じだ。鷹子さんは、イラスト入りのサインが、二枚欲しいのだ。だから、暇そうな僕を呼んで、頭数をそろえたのだ。

「分かりましたよ。付き合いますよ」

 僕は諦めて、そう告げる。

「よし、行くぞ! ……まあ、こんなことを頼めるのは、サカキぐらいだしな」

 鷹子さんは、恥ずかしそうに頬をかく。その仕草が、少しだけ可愛かった。

 鷹子さんは、周囲の友人に、オタク趣味を告げていない。唯一明かしている満子部長は、それなりに忙しい人だ。そして、大人を頼るにしても、行く先がエロゲ会社なら、いろいろと差し障りがある。そこで、扱いやすい後輩で、オタク趣味を理解している僕を、誘ったのだ。

「それで、どっちですか?」
「こっちだ」

 二人で並んで歩きだす。

「えー、鷹子さん」
「何だ?」

「二人で歩いていたら、デートと間違われそうですね」
「そ、そんな馬鹿なことがあるか! また殴るぞ!!」

 鷹子さんは、頬を赤くしてぶち切れる。僕は、被害がおよばないように口を閉じた。

 雑居ビルの下に、僕たちはたどり着く。狭い入り口には、ビルに入居している会社の名前が書いてある。四階に、「ニトリ暮らす」という名前があった。社員全員がニトリの家具で暮らしていることで有名な、エロゲ会社だ。なぜか、地方の、それもコアキバに拠点を構えている。

「まあ、ここではないかという気がしていましたよ……」

 僕は、鷹子さんの横顔を見ながらこぼす。鷹子さんが、「ニトリ暮らす」のゲームにご執心なのは知っている。そして、社長と知り合いなのも知っている。というか、社長さんも僕のように、毎回被害に遭っている。

「行くぞ!」
「はい」

 僕が返事をすると、鷹子さんは真面目な顔を、僕に向けてきた。

「いいか、サカキ。会社には、私たちも含めて八組の見学者が来る。その中で、原画家のサインをもらえるのは一組だけだ。この先、血で血を洗うバトルが待ち構えている。心しろよ」
「??? はいっ?」

 僕は、疑問の声を上げる。
 えー、聞き間違いでしょうか? 何か台詞がおかしな気がするのですが。僕は回れ右をして、逃げ出そうとする。その僕の手を、鷹子さんがしっかりと握った。そして、にんまりと笑い、僕を自分の体に引き寄せて、がっちりと抱え込んだ。

「ここまで来て逃げる気か?」
「はい。聞いていた話とは違いますから。社会科見学という話でしたよね? 血で血を洗うバトルって、何ですか?」

「いいか、サカキ。シャカイカは、毘沙門天の沙、怪物の怪、災禍の禍で、沙怪禍だ。ケンガクは、拳のつばぜり合いと書いて、拳鍔だ。全部漢字で書くと、沙怪禍拳鍔になる」
「何ですか、その民明書房っぽい名前は~~~~!」

 僕は悲鳴を上げる。

「行くぞサカキ! 大威震八連制覇だよ!」
「それ、意味が違いますよ! 大威震八連制覇は、八人対八人の戦いです。八組のオタクによる、美少女イラスト争奪戦ではありませんから!」

「こまけぇこたぁいいんだよ!!」
「松田さんですか~~~~!」

 鷹子さんは僕を持ち上げる。そして、僕を小脇に抱えて、エレベーターまで足を運んだ。駄目だ~~~。逃げられない~~~!

 エレベーターは四階に着いた。フロアに出ると扉があり、エロゲメーカー「ニトリ暮らす」の看板があった。ここか。鷹子さんを魅了してやまない、地方エロゲメーカーの開発拠点は。

「頼もう!」

 鷹子さんは、道場破りのように声を上げて、扉を開ける。室内では、いかにも開発者といった面々が、パソコンに向かい、必死に作業をしていた。そして、その様子を背後から眺める、オタク風の見学者たちがいた。

 抽選で選ばれた、社会科見学者たち。オタクの中のオタク。生まれた時からオタクをしていそうな面々が、部屋で真剣な顔をしている。その部屋には、そういったオタク臭い人々とは、無縁な人種がいた。

 部屋の端にある応接セット。そこには、青い顔をした「ニトリ暮らす」の社長と、そこに向かい合わせて座る、ヤクザの組長がいた。
 えっ、ヤクザ?

「げえっ、吉崎鷹子!」

 組長は奇声を出す。その背後にいたヤクザたちも、驚きの声を上げる。
 どういうことだ? 僕は話が飲み込めずに、怪訝な顔をする。見上げると、鷹子さんも不可解だという顔をしていた。

「いったい、どういうことだ?」

 鷹子さんは、社長と組長をにらんで尋ねる。その質問に、おそるおそる社長が答える。

「えー、あのー、ゲームが売れなくて、社員に給料が払えなくて借金をしたら、雪だるま式にふくらみ、この組長さんが、借金の取り立てにきたわけです。
 それで、借金を返せないのなら、ビデオを撮ってでも返せと言われて、僕たちみんな男ですと答えたら、微妙な顔をされて、それならば人を集めて、リアルバウトを撮れと言われたんです」
「何、借金を返すために、ビデオ撮影だって?」

 鷹子さんは組長をにらむ。にらまれた組長は、おしっこをちびりそうな顔をして、体をがくがくと震わせる。

「えー、本日はお日柄もよく、社員ならびに見学者の皆様に、心よりお祝いを申し上げます」
「騙したな!!」

 鷹子さんは、拳を突き出し、全身に力を込める。

「く、苦しいです!」

 小脇に抱えられている僕は、背骨を折られそうになり、懸命に声を出す。鷹子さんは、社長に顔を向ける。

「ウェブサイトには、他の見学者を全員倒せば、イラスト入りサインがもらえると書いてあった。それで合っているな?」
「え? ええ、そうです」

 社長は、しどろもどろになって答える。鷹子さんは、今度はヤクザに殺意の視線を向けて、声を出す。

「この場所にいる、社員以外の人間は、全員見学者。そういうことで、あっているよな?」

 暴力の化身のような鷹子さんに、ヤクザたちは思わず頷いてしまう。

「あ、あの、僕たち失礼します……」

 オタク風の見学者たちは、すごすごと部屋から出ていく。彼らは、押し合いへし合いしながら、「ニトリ暮らす」の社内から退散した。室内には、社員と、僕と鷹子さんと、ヤクザの一団だけが残された。

 鷹子さんは、刀のさやを捨てるようにして、僕を床に放り投げる。

「ふげえ~~」

 受け身を取れずに転がった僕は、悲鳴を上げる。鷹子さんは、肩を怒らせながら、ヤクザのもとに歩いていく。
 僕は立ち上がり、鷹子さんを見る。鷹子さんは、固く握った拳を勢いよく突き出す。その拳に合わせて、ヤクザたちが宙を舞う。まるで、車田正美のマンガで、フィニッシュブローを放ったようだ。小宇宙を背負った鷹子さんは、必殺技を繰り出したポーズを取る。

 天井まで舞い上がったヤクザが、頭から床に落下する。鷹子さんは、殺意をみなぎらせて、ジャケットの懐に手を入れる。

「ひいい~~~~っ。殺さないでください~~~~っ!!!」

 組長以下、ヤクザの一団が命乞いをする。鷹子さんは、懐から手を抜いた。その手には、二枚の色紙が握られていた。

原画家は誰だ?」

 鷹子さんは、開発スタッフを見渡す。ヤクザたちは、その隙に、すごすごと退散する。僕は、その様子を呆然と眺め、開発スタッフに目を移した。

「えー、私ですが」

 中年の男性が立ち上がった。スタッフの中では年齢が高い、四十代に見える人だ。その原画家、巨大槍足人さんは、おそるおそる鷹子さんの前に歩いてきた。

「ここに、書けばいいんですか?」
「はい! 私とサカキの分で、二枚お願いします」

 色紙を受け取った巨大槍さんは、可憐な少女の絵を描く。その姿は、砂糖菓子のように可愛らしく、鷹子さんの風貌とは、究極的に正反対だった。
 色紙を書いてもらった鷹子さんは、デレデレの顔になる。そうか、鷹子さんは、こういった女の子になりたかったのか。そして、自分では得られなかった姿を、オタク系の美少女を見ることで堪能しているのか。

「ありがとうございます! 宝物にします! あと、いつも、ゲームを楽しみにしています!」

 鷹子さんは、巨大槍さんとスタッフたちに、あいさつをしたあと、社長に向き直る。

「とっとと金策をして、次のゲームを出しやがれ!」
「へ、へいっ!」

 社長は、もう許してくださいといった調子で、頭を下げた。この人、見るたびにボロボロになっている気がするのだけど大丈夫だろうか? 僕は、エロゲ会社の社長も、大変だなあと思う。そして、「ニトリ暮らす」から出ていった。

 僕と鷹子さんはビルを離れて、コアキバの駅へと歩きだす。鷹子さんは、珍しくご満悦だ。描いてもらった色紙を大事そうに持って、ほくほく顔をしている。

「鷹子さんは、そういった、ふわふわで可憐な女の子になりたいんですよね?」
「まあな。でも、似合わないしな!」

 鷹子さんは、にこにこしながら声を出す。その様子を見て、僕は、疑問に思ったことを尋ねる。

「自分がなりたいものがあって、それになれない人生って、どうなんですかね?」

 鷹子さんは、可憐な少女になりたかった。でも、身長やスタイル、顔立ちから、それは難しかった。
 そういった容姿の話でなくても、スポーツ選手になりたくてなれない人、マンガ家になりたくてなれない人、そういった人は、この世界にたくさんいる。僕は、そういった大人たちのことを考えて、鷹子さんの返事を待つ。

「なれなくても、好きになることはできるし、応援することもできる。没入して、自己投影することもできるだろう」
「でも、それで満足できる人と、そうでない人がいますよね?」

 僕は、納得できずに聞く。
 鷹子さんは、満面の笑みを浮かべて、色紙を眺めた。

「だから、そういった気持ちにさせてくれるクリエイターを、私は尊敬するんだよ。スポーツ好きの人が、ハイレベルな選手に自分を託し、応援するのと同じだ。エロゲやアニメや、マンガの作り手は、私に夢を見せてくれる。だから、そういった作品や、その作り手が好きなんだよ」

 鷹子さんは嬉しそうに言う。なるほど、そうかもしれないと僕は思う。そして、鷹子さんと同じように、笑みを浮かべた。

「今日は、帰ったら、『ニトリ暮らす』のゲームをするんですか?」
「ああ。初心に戻り、旧作から順にプレイするつもりだ!」

 鷹子さんは、にこやかに言う。僕はそんな鷹子さんと一緒に、コアキバの駅まで、ゆっくりと歩いていった。