雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第198話「キョドる」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、犯罪者に間違われかねない者たちが集まっている。そして日々、官憲の目におびえて暮らしている。
 かくいう僕も、そういった、すれすれの人生を歩む系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、珍妙な振る舞いをする面々の文芸部にも、泰然自若とした人が一人だけいます。「NO MORE 映画泥棒!」のカメラ男の集団に紛れ込んだ、職務質問好きな婦警さん。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕にぴたりと寄り添って座る。その動きは無駄がなく、洗練されている。まるで何百回と繰り返したかのように、僕の横にきちんと座る。先輩の生真面目さが、現れているのだろう。僕は、そんな楓先輩の横にいると、ドキドキしてしまう。僕は、心臓を高鳴らせながら声を返した。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、よく分からない言葉がありましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。中国盛唐の詩人である杜甫が、詩聖と呼ばれたように、現代のネット閲覧者である僕は、ネ聖と呼ばれています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、大量に書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、条件反射で書かれた無数のネットの文章に遭遇した。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「キョドるって何?」

 楓先輩は、僕の顔を見上げて、にこやかに尋ねる。先輩は僕を信頼している。そのことが、触れ合う制服を通して伝わってくる。
 僕は、楓先輩の期待に応えるために、奮戦しましょう。たとえ火の中、水の中。挙動不審者として警察に捕まっても、楓先輩のために働きます!

「キョドるは、あるフレーズを省略形にして、ラ行四段活用の動詞にしたものです」

 僕がそこまで言うと、楓先輩は僕の言葉を遮り、声を出した。

「ねえ、サカキくん、ちょっと待って。そのフレーズが何か当てたいわ」

 楓先輩は、僕のことをじっと見て言う。先輩は、言葉遊びが好きだ。こういった省略形の時には、果敢に元の単語を当てようとする。先輩は、両手を膝の上に載せて、真剣な顔をする。眼鏡の奥の目が本気だ。そんな一生懸命な姿を見ながら、僕は楓先輩の答えを待つ。

「恐怖の土左衛門
「えー、土左衛門は、享保の頃の力士、成瀬川土左衛門に由来する言葉ですね。彼が太って、肌が白かったことから、溺死者に似ているとして使われるようになった言葉です。確かに、水死体は恐怖かもしれません。しかし、キョドるとは、何の関係もありません」

 僕の説明に、楓先輩は闘志を燃やす。両手を可愛く握り、胸の辺りに持ち上げて、本気の顔をする。

「じゃあ、巨大なドリル」
「えー、ロボットや特撮好きの男性オタクの間では、ドリルは特別に重要なものです。特に、ドリルが重要な意味を持つものと言えば、『海底軍艦』の『轟天号』でしょう。しかし、今回のキョドるとは、何の関係もありません」

「難しいわね」

 先輩は、眉を寄せて、竹本泉マンガの女の子キャラのような表情をする。

「それじゃあ、虚無へのドグラ」
「もしかして、『虚無への供物』と『ドグラ・マグラ』が混ざっているのでしょうか? 『黒死館殺人事件』と『ドグラ・マグラ』と『虚無への供物』の三冊は、三大奇書と呼ばれています。そのため、その中の二つを混ぜれば、すごい作品になりそうです。しかし、残念ながら、キョドるとは、何の関係もありません」

 楓先輩は、ふにゃーんといった感じで、残念そうな顔をする。きっと、楓先輩の中では、渾身の一撃だったのだろう。しかし、正解には、かすりもしなかった。

「ねえ、サカキくん。どうやら、私の能力では当たらないみたい。だから、きちんと教えてちょうだい」

「分かりました。キョドるは、若者言葉で、挙動不審の『きょど』を動詞化したものです。一九九九年には、すでに一部の辞書に見られる言葉で、若者を中心にして、ネットでも多く使われています。意味は、挙動不審な行動や、怪しい態度を取ることです。

 ネットの世界では、オタクの人や、引きこもりの人、コミュニケーション能力に問題のある人がよく取り上げられます。そういった人たちは、人目を気にして、きょろきょろするなど、振る舞いが非常に独特です。そういう人を指して、キョドっている、などと使います」

 特に難しい言葉でもないので、僕はざっくりと説明した。楓先輩は、納得した顔をする。よしっ! 先輩に、的確かつ満足度の高い説明をできたようだ。これで先輩の、僕に対する好感度がアップしたはずだ。こうした地道な積み重ねが、僕と楓先輩の距離を縮めるのだ。
 実話をもとに制作した映画「アルカトラズからの脱出」で、フランク・モリスがコンクリートをわずかずつ掘り進んだように、僕は地道な作戦で、楓先輩の心の壁に、少しずつ穴を開けるのですよ!

「なるほどね。キョドるって、そういった意味だったのね」
「そうです」

 僕は、にこやかに答える。

「よく分かったわ。キョドるって、サカキくんみたいな、動きを指すのね」

 えっ? な・ん・で・す・と?

 僕は、驚いて楓先輩の顔を見る。ナチュラルに、天然に、天真爛漫だ。そこには、何の邪気も含意もない。楓先輩は、本気で僕を、挙動不審者だと思っている。

「せ、先輩。いくら何でも、僕は、挙動不審者ではないですよ」
「えっ、でも、一緒にいると、よくキョドっているよ」

「そんなことないですよ~~~!」

 僕は、明るく言う。

「じゃあ、サカキくんと一緒に、廊下を五分ほど歩いてみよう。その間に、サカキくんは挙動不審な態度を取ると思うよ」
「分かりました。僕がキョドらないことを、証明しましょう!」

 僕と楓先輩は立ち上がる。妙なことになったぞと思いながら、二人で廊下に出る。

 これは、もしかして、校内とはいえ、プチデートなのではないか? 僕は、楓先輩と二人で並んでいることに緊張する。
 ああ。これまでの僕の恋愛作戦が、実を結んだのだろう。まさか、こんなに早く、二人きりの時間が持てるとは。僕は、心臓をバクバクとさせながら、楓先輩とともに歩く。

「あっ、前から、一年生の女の子たちが、やって来たよ」

 楓先輩が笑顔で言う。僕は、目をピキーンと細める。そして、美少女鑑定士の顔つきになる。そして、あらゆる角度から、女の子たちのよさを発見しようとして、素早く動き回る。

「……サカキくん。やっぱりキョドっている」
「えっ?」

 楓先輩の指摘を受けて、僕はぴたりと動きを止める。無意識のうちに、体が動いていたようだ。熟練の職人が、自分の意思とは無関係に、高度な仕事を完遂できるように、僕は熟練の美少女鑑定士として、自動追尾型スタンドのような、美少女鑑定ができてしまうのだ。

「えー、今のはなしで」
「分かったわ」

 先輩は、困ったような顔で言う。そんな顔をしている先輩も素敵です。僕は、楓先輩の横顔を見ながら、ほくほく顔で廊下を歩く。
 今度は、前から不良の一団がやってきた。ひぃ~~~~っ。からまれたらやばい。僕は、視界の煙幕を張るために、幻惑の手つきで、虚空にバリアを張ろうとする。

「……サカキくん。やっぱりキョドっている」
「えっ?」

 楓先輩の指摘を受けて、僕はぴたりと動きを止める。無意識のうちに、体が動いていたようだ。歴戦のつわものが、自分の意思とは無関係に、敵を迎撃するように、僕は訓練されたオタクとして、全自動式のATフィールドのような、防御機能を発動してしまうのだ。

「えー、今のはなしで」
「分かったわ」

 先輩は、困ったような顔で言う。そんな顔をしている先輩も素敵です。僕は、楓先輩の可愛らしい顔を眺めながら、にこにこ顔で廊下を進む。

 そんな感じで、僕と楓先輩の五分間の蜜月が終わった。部室に戻って並んで座ったあと、先輩は残念そうな顔で、口を開いた。

「やっぱり、サカキくんはキョドっているよ」
「そ、そうですか……」

「サカキくんは、いつもああいった感じで、キョドっているの?」

 楓先輩は、心配そうに尋ねてくる。
 そんなことは、ありませんよ! 楓先輩と一緒だから、挙動不審になるんです。僕は、そういったことを言おうとしたが、あまりにも真っ直ぐ、僕を見る楓先輩の目に、もじもじとしてしまった。

「もしかして、サカキくん。心の病?」

 ち、違います。恋の病です! 僕は、その言葉を、喉の奥で飲み込む。楓先輩の、いたわるような目に、思わずこくんと頷いてしまった。

 それから三日ほど、楓先輩は、僕のことを挙動不審者として扱い続けた。そして、他の部員に理解を求めて、必死に説得して回った。
 ううっ、そんなことをしなくてもいいのに。僕はまともな人ですよ~~~!
 楓先輩の活動の結果、僕は部活のみんなから、残念なものを見るような目で、見られてしまった。僕は、そのことを嘆きながら、三日間を過ごした。