雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第59話「鏡姫の暗躍 その3」-『竜と、部活と、霊の騎士』第9章 暗躍

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◇鏡姫◇

 偽剣を回収したあと、私は横穴を抜けて、波刈神社の拝殿に戻ってきた。先ほど脱いだ服を着たあと、手に入れた偽剣を、じっと見つめる。偽剣があれば、霊体を実体化できる。そのことを試してみようと思い、床に転がしている女に手をかざす。
 鏡像の能力を使い、女をコピーする。鏡像は実体化した。足下に影が落ちている。偽剣の能力の高さに、私は満足する。これならば、仮に元の女が奪い返されることがあっても、呪符の所有者の代用品になるだろう。
 残念ながら、呪符自体は複製不可能だ。私の能力は、記憶のコピーはできても、意志のコピーはできない。鏡像は、私の意志の支配下になり、操作可能になる。それは、他人の意志を複製せず、空の状態にするということを意味している。

「名前は?」
「鏑木秋良です」
「私は鏡姫だ。この紙に、言う通りの文章を書け」

 私はポケットからメモ帳を取り出す。手には手袋をはめているから指紋は付かない。その手でページを破り、ペンとともにコピーに渡した。

「鏑木秋良を人質に取っている。邪魔をすれば、彼女の命は保障しない」

 その紙を、拝殿の真ん中に置き、石を拾ってきて固定する。こんな紙切れでも、抑制効果はあるだろう。敵の動きを妨害するのは、武力だけではない。相手に渡す情報をコントロールすることでも、銃弾や刀槍以上の効果を上げることができる。
 書き置きを準備したあと、私はコピーに新たな命令を与える。

「足下の、鏑木秋良を抱えろ。ビニールシートも回収しろ。車に戻るぞ」
「はい、鏡姫様」

 コピーは、鏑木秋良とビニールシートを抱えて、私のあとを付いてくる。移動の間、どうやって自分のマンションに戻るか、私は考える。
 敵は火炎坊を追跡した。霊的な探知能力を持つのだろう。直接帰るのは避けた方がよい。車を適当に島の中で流して、敵の追跡がないことを確認してから戻るべきだ。私は、盗聴器の音声を思い出す。敵は、龍之宮玲子の車の中で、写真を使って偵察をすると話していた。おそらく、視覚での偵察能力を持っているのだろう。

 念のために車を変え、鏑木秋良をビニールシートで包んだ状態で移動するべきだ。私は、コピーに命じる。鏑木秋良の全身を、ビニールシートで包んで縛れと。そして、車の後部座席に押し込めろと。その作業が終わったあと、私はコピーとともに車に乗り込んだ。私はエンジンをかけて、波刈山を離れた。
 山を下りたところで、道を通る車を、無理やり停めた。そして車を奪い、鏑木秋良を包んだビニールシートを積み替えた。相手がどんな能力か分からないので、用心に越したことはない。盗聴器で音を拾うのと同様に、視界にも視点が必要なはずだ。それを妨害して、車を変えたことで、追跡の可能性は著しく減っているはずだ。

 何時間か車を流すうちに、空は朱色に染まり始めた。これだけの時間、追跡者が現れなければ、問題ないだろう。私はマンションに戻り、自分の部屋に入る。ビニールシートで包んだ鏑木秋良は、コピーに運ばせた。
 窓から見下ろす景色は、血で染め上げたように色付いている。その光景を見下ろしながら考える。ここまでは順調だ。しかし、気を抜くことはできない。敵は超常の方法で、こちらの位置を捕捉してくる。鏑木秋良を生かしておくならば、その視線を妨げ続ける必要がある。
 殺すか。一瞬考える。だが、捕虜は切り札になる可能性がある。コストが見合うのならば、生かしておいた方が賢明だ。

「空いている部屋を使うか」

 敵の能力を完全に防ぐことはできない。その上で、敵がこちらを写した際に、有効な情報を得られないようにしておけばよい。
 私は、使っていなかった部屋の扉を開けて、コピーに鏑木秋良を運び込ませる。そして、部屋の壁と窓を覆う鏡を作り出して、偽剣で物体化させた。即興の鏡の間が完成した。さらに鏡の檻を作り、その中に鏑木秋良を閉じ込める。また、私とコピーの姿を鏡で覆い、その姿が超常の目に触れないようにする。
 最後に、偽剣を部屋の入り口の外側に突き立て、鏡を維持する霊力が、供給され続けるようにする。

「よし、ロープとビニールシートを取り除いてもいいぞ」

 コピーに命令して、鏑木秋良が動き出すのを待つ。

「あんた、私をどうする気!」

 解放された鏑木秋良が大きな声を出す。私はその姿を見て考える。このマンションは防音能力が高い。さらに、この季節は住人がほとんどいない。鏑木秋良がどれほど騒いでも、問題はないだろう。

「どうするかは、まだ決めていない。まあ、人質として使うことになるだろうがな。不要になった場合は、死体にするが」

 檻に入った少女の顔が青くなる。囚われのお姫様といったところか。さしずめ私は、悪の魔法使いといったところだろう。まあいい。悪の魔法使い上等だ。何よりも、私の背後には大魔王とでも言うべき、弥生様が控えている。
 私は鏡の間を出て、いつもの部屋に行く。自分を覆っていた鏡の装甲を解いて、元の姿に戻る。スマートフォンを出して、自作のアプリを呼び出した。私は、弥生様が出るのを辛抱強く待った。

「弥生様、緊急の報告です」
「何か、重大な情勢の変化があったのでしょうか?」

 弥生様の声が聞こえた。体が熱くなり、吐息が漏れそうになる。私は、多幸感を覚え、体を覆う皮膚が湿り気を帯びるのを感じた。

「火炎坊が、敵の偽剣を奪い、逃げました。しかし、その後、敵と交戦して、どうやら敗北したようです。それとは別に、私は敵の一人を捕虜にして、針丸姉妹が見つけた偽剣を入手しました。現在、その偽剣を手元に保管しています」
「火炎坊は死にました。彼が奪った偽剣は、敵の手に戻りました」

 私は戦慄する。火炎坊は殺されたのか。死んだことで、記録書が情報を得たのだろう。これで、この島に潜んでいる探索人は、私一人になった。敵の一人を捕らえているとはいえ、相手はまだ六人いる。
 残る偽剣は六本。私がいずれかの場所に出没することは、敵も推測が付く。一本か二本は奪うこともできるだろう。しかし、それ以降は待ち伏せされ、出くわす可能性が飛躍的に上昇する。

 私は弥生様に、これまで得た情報を伝える。敵の構成や、残る偽剣の位置、敵がどのようにして偽剣へ至る道を防いでいたかのからくりも話す。すべてを伝え終えたあと、私は弥生様に進言した。

「実行部隊として、武力を持った者たちを派遣してください。探索の段階は、もうすでに終了しました」

 沈黙があった。算段を立てているのだろう。

「時は満ちました。何人か率いて、私自身が訪問します。トラック一台に乗り込める人数が、動かせる人間の限度でしょう。私が教団のビルを離れたあとは、可能な限り短時間で、ことを決する必要があります。私たちは、すでに国家から目を付けられていますから」

 弥生様の決断と、これから起きる上陸について、私は身を震わせて緊張する。竜神教団は、五年前の七人の殺人鬼事件以降、公安にマークされて、常時監視されている。その目を引くことなく、教団ビルから直接派遣できる人員を、弥生様はトラック一台分と見積もったのだろう。トラックがビルから出たあと、公安は教祖の不在という異変に気付くはずだ。そして、監視や調査を強化する。
 トラックを使わなければならないのは、霊獣をこの島に派遣するつもりだからだ。獣使いの霊獣は、大きく育っている。その霊獣と、弥生様。そして、数人の能力者をトラックに詰めて、この島へと向かわせる作戦なのだろう。

「上陸はどのような手段で?」
「定期連絡船は使いません。船を一隻借りて行きます」
「場所が決まり次第、お知らせください」
「ええ、すぐに決まるでしょう」

 電話は終わった。私は呼吸を整える。いよいよ本当の闘いが始まる。この島を飲み込む闘争が開始する。アヴァロン計画。それが、私が教えられた、弥生様の立てた計画である。
 アヴァロンは、アーサー王が最後にたどり着いた場所だ。数多の英雄が集い、霧に覆われた島である。その楽園をこの世に再現して、そこに移住するのだ。私は、その雄大な計画を聞いた時、全身を打ち震えさせた。そして、それが実現可能なことを知り、驚愕した。
 霊剣を手に入れ、霊獣と竜神を融合させて、莫大な霊力を支配下に置く。そして八布里島を霊体へと解体して、現実と非現実の境界に浮かぶ、アヴァロン島のような存在に変容させる。

 アヴァロン。それは、桃源郷を指す言葉の一つだ。常若の国、ティル・ナ・ノーグでも構わない。伝説の蓬莱の島と呼んでも差し支えない。孤立した個人が住む、理想郷。弥生様は、この世界に、そういった場所を実現しようとしている。
 私はその理想郷で、永遠の命を手に入れて、弥生様と融合するのだ。その理想を実現するためには、弥生様の絶大な信頼を勝ち得なければならない。弥生様が来る前に、一本でも多く、偽剣を回収しておく必要がある。そのために私は時を置かず、次の行動を開始した。