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雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第196話「名誉処女」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、名誉欲に取りつかれた者たちが集まっている。そして日々、己の欲望を満たすために暗闘をし続けている。
 かくいう僕も、そういった欲が深い系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、欲にまみれた面々の文芸部にも、欲の薄い人が一人だけいます。「野望の王国」の世界に紛れ込んだ、草食系女子。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。僕の顔を見た先輩は、嬉しそうに微笑む。そのことで、眼鏡の下の目が、ふにゃーんと柔らかく弧を描く。柔らかそうな前髪が、わずかに眼鏡にかかっている。その下には、形のよい眉毛がある。ああ、先輩の目元は、僕をめろめろにさせる。その笑顔を独占したいと思いながら、僕は楓先輩に声を返す。

「どうしたのですか、先輩。知らない単語がネットにありましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの人格者よね?」
「ええ。中世の騎士が騎士道を重んじたように、僕はネットの世界で、ネット道を重んじています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、他人に見せられるレベルまで推敲するためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、予想外にレベルの高い文章たちを発見した。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「名誉処女って何?」

 げふっ! 僕は吐血しそうになる。そんな僕の様子に気付く様子もなく、楓先輩は言葉を続ける。

「私の勝手な印象だと、名誉処女という言葉は、名誉ある処女ということで、聖母マリア様を指すんじゃないかと思うんだけど、違うのかなあ?」
「全然違います」

「そうなの。じゃあ、どんな意味なの? とっても気になるんだけど」
「え、ええ。そうですね」

 僕は口ごもる。マリア様も、見方を変えれば、名誉処女かもしれない。本当は貫通済みなのだけど、あえて誰も突っ込まず、処女であるという幻想を、全員で共有していたのではないだろうか。
 そうしなければ、寝取られたヨセフさんが、かわいそうすぎる。そう思った、周囲の人たちが、マリアさんが処女のまま妊娠したという、奇抜なアイデアを考えたのかもしれない。

 いやいや、話が逸れた。名誉処女の件だ。この言葉は、主に、成人指定分野の映像作品において、ある特定の条件を満たす演者を指して使う言葉だ。ネットにおける男性中心の成年文化において、その言葉は使用される。

 それにしても楓先輩は、この言葉をどこで見かけたのだろう? もしかして、そういった界隈を出入りしているのか。思春期で、性の目覚めの始まった、女子中学生の楓先輩は、その好奇心を満たすために、大人の世界を垣間見ているのだろうか?
 駄目だ。刺激が強すぎる。清楚で純真な先輩が、そんな場所を訪れているはずがない。なにかの拍子で見たのだ。

 しかし、考えてもみろ。終身名誉処女と呼ばれる、ある人物は、ネットの男性の共同幻想から、そう呼ばれているのだ。
 同じように楓先輩も、実はエロエロなのかもしれない。その先輩に対して、純真無垢だと、僕が勝手に幻想を抱いているのかもしれない。

 ああ、悩ましい。だからといって、そういったことを尋ねるわけにはいかない。僕は、楓先輩に仕える騎士として、先輩にネットスラングを解説して、忠誠をつくさなければならないのだ。
 そして、隙あらば、ランスロット卿がグィネヴィアと、むふふな関係になったように、僕も楓先輩と、むふふな間柄になりたいのだ!

「ねえ、サカキくん。ずっと黙っているけど、名誉処女の意味は、教えてくれないの?」
「えっ! すみません。妄想をふくらませていました。大丈夫です。今から解説します」

 僕は、きりりとした表情で答える。
 しかし、どう説明すればよいのだ? 僕は、さんざん頭を悩ませたあと、名誉処女に似た言葉を多数説明することで、名誉処女にひそむ卑猥さを、目立たせないようにしようと決めた。
 よし、この方針で大丈夫だろう! 僕は胸を張り、自信に溢れた顔で解説を始める。

「楓先輩。世の中には、名誉何々と付いた単語がいろいろとあります。名誉処女について触れる前に、それらの言葉について、まずは話すことにします」
「うん。分かったわ」

 楓先輩は、ちょこんと拳を握り、わくわくした様子で、僕の顔を見る。

「まずは、名誉職です。この言葉は、古くは俸給を得ない公職のことを指します。他の本業を持ちつつ、無給で町村長や、市会議員などの仕事をおこなうものです。無給で周囲に奉仕することで、地位という名誉を得るわけですね。
 現代における名誉職は、名誉駅長などがあります。名誉駅長には、退職した社員を起用するケースもあれば、広報的な意味合いで、芸能人を一日名誉駅長にすることもあります。また話題性ということで、動物を任命するケースもあります。

 次の名誉何々について語ります。これは、ある業績を上げた人に、名誉を与える目的で授けるものです。これらは職ではなく、称号のことが多いです。
 たとえば名誉教授などはそういった例の一つでしょう。文化やスポーツなど、様々な分野で功績があった人に贈られる、名誉市民の称号も、同じ類になります。
 さらに、将棋や囲碁の世界でも、同じような名誉何々があります。名誉王座、名誉棋聖、名誉名人など、多くの期を通じてその座を獲得した人に贈られる、称号があります。

 こういった輝かしい名誉何々以外に、人類の負の歴史に属する名誉何々も存在します。それは、名誉人種という言葉です。
 これは、差別政策がおこなわれている地域で、政治的理由や経済的理由から、本来差別される側の人間を、差別されない人間として扱うという制度です。この名誉人種には、名誉白人や、名誉アーリア人があります。

 これは、名誉でも何でもないものです。言ってみれば、差別をおこなっている体制側にとって、都合のよい人間ということで、優遇してもらっているわけですから。
 つまり、そういった扱いを是とすることは、差別のある社会を、間接的に肯定していることになります。こういった差別は、取り払うように努力しなければなりません。

 これらの中で、日本に関係することを、少しだけ触れておきましょう。
 日本人は南アフリカ共和国において、一九六一年から名誉白人扱いされていました。南アフリカ共和国では、一九四八年の法制化から一九九四年まで、アパルトヘイト、人種隔離政策がおこなわれて、非白人が弾圧されてきました。
 日本人に対する名誉白人の扱いは、経済的な理由からです。人種差別政策を続ける南アに対して、欧米諸国が経済関係を縮小する中、日本が貿易を続けていたからです。

 また、第二次世界大戦中、日独伊三国同盟を結んでいたために、日本人は、ヒトラーが支配するドイツにおいて、名誉アーリア人種として扱われました。そのドイツが何をしていたかは、ご存じでしょう。彼らは、ユダヤ人の大量虐殺をおこないました。

 このように、名誉が付く言葉にも、その意味は多種多様あります。では名誉処女とは何なのでしょうか?
 これは主に、成人指定分野の映像作品に出演している、女優に対して使う言葉です。彼女たちのうち、特定の人に対して、この言葉は使われます。

 本物よりも本物らしい生娘として、清楚で可憐に見える。その様子から、処女でないはずがない、と男性が固く信じる。
 名誉処女は、男性が称賛の意をもって、そういった女優に投げかける言葉になります」

 く、苦しい。僕の説明のあと、楓先輩は、よく分からないといった様子で、首をひねる。

「つまり、どういうことなの? 何だか婉曲的に言っているような気がするのだけど。もっと具体的に言ってちょうだい。
 あと、実例が分かるように、どういった人が言われているのか、例示も欲しいわ。サカキくんなら、きっと的確に説明してくれるよね!」

 ぐわ~~~~~! 先輩は、なんて罪深い人なんだ。僕を地獄に叩き落とすことを、ナチュラルにおこなってくる。
 僕の、無数の目くらましは、意味をなさなかった。僕は、心の中で泣きながら、仕方がなく答える。

「名誉処女というのは、主にアダルトビデオなどの女優に対して使われる言葉です。容姿が幼く、振る舞いや仕草が初々しく、外見も内面も、清純で無垢に見えるような人に対して、称賛の意味で用いられます。
 これは、歌舞伎の女形に対して、女性よりも女性らしいと感嘆の声を漏らすのと同じです。名誉処女という言葉は、アダルトな女優以外にも、女性声優や、アニメやマンガのキャラクターにも使います。

 さて、具体例として、真っ先に挙げなければならないのは、アダルトな分野の、ある女優でしょう。彼女は、終身名誉処女とネットで呼ばれています。彼女の芸名は、つぼみと言います。

 こういった言葉が出てくる背景には、オタク層だけでなく、処女信仰的な価値観が、日本の男性に広がっていることがあるでしょう。
 名誉処女とは、処女を尊いと考える価値観において、伴侶がいたり、恋人がいたりして、すでに処女ではない人に対して、処女と見なしてもよいのではないかと考える、男性の身勝手な幻想を投影した言葉です」

 僕は、赤裸々に、名誉処女という言葉について語った。ああ、これでまた、楓先輩に、エッチなサカキくんと認定されてしまうのか。僕は絶望する。

「サカキくんは未成年なのに、なぜそんなに、成人指定の話に詳しいの?」

 楓先輩は、目をぐるぐると回しながら、僕に尋ねてくる。

「すみません。男性というものは、そういうものなんです! 健全な男子は、虫が光に集まるように、その手の話題を、どこからともなく見つけて、突進していくものなんです!」

「むきゅ~~~~っ」

 楓先輩は、目をぐるぐるぐと回したまま、倒れてしまった。ああ、僕のエッチな話が、先輩の脳の回路を、焼き切ってしまった。僕は、自分の罪深さを自覚した。

 それから三日ほど、楓先輩は、言動が少しおかしかった。

「サカキくんは、名誉未成年だから」

 えっ? 僕は本当は未成年ではないけれど、未成年に準じた扱いをされる何者かなんですか。

「サカキくんは、名誉成人指定だから」

 い、意味が分かりませんよ~~~~! 成人指定ではないけど、成人指定に準じた扱いをされる猥褻物なんですか~~~~~?

 僕の名誉は、大いに傷付けられた。僕の名誉挽回は、三日経つまで許されなかった。

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