雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第57話「鏡姫の暗躍 その1」-『竜と、部活と、霊の騎士』第9章 暗躍

f:id:kumoi_zangetu:20140727130249p:plain

◇佐々波珊瑚◇

 末代の車で、島表の廃工場までやって来た。車中の人数は四人。私とアイゼンハワーさん。それに大道寺君と鏑木さんだ。ハンドルはアイゼンハワーさんが握っている。これでは、大人の威厳や、先生としての立場がまったくない。そういったことを悩む間もなく、私はすぐに次の行動に移らなければならなかった。

「どうする?」

 私は、運転席に座るアイゼンハワーさんに尋ねる。

「私と、DB君で、外から支援します。DB君、いける?」
「ええ。着くまでの間に、写真で中の配置や、敵の姿は確認済みです。現在の敵の位置を撮影するのは、いつでもできます」

 顔に疲労の色を浮かべた大道寺君が答える。盗撮の能力を使い過ぎているからだ。傍目から見てもそのことが分かる。アイゼンハワーさんが、シートベルトを外しながら指示を出す。

「先生は、車を工場の入り口に運び、バリケード代わりに停めておいてください。アキラちゃんは、車の外で護衛の役。敵が逃げてきた場合は、そこで仕留めてちょうだい」
「はい!」

 鏑木さんが答えると同時に、アイゼンハワーさんと、DB君は、車を降りて駆け出した。私は運転席に移動して、車を廃工場の入り口に動かす。そこで鏑木さんは車から出て、道を遮るようにして拳を構えた。
 建物の脇まで移動したアイゼンハワーさんは、DB君の写真を確かめたあと、八発の弾丸を虚空に向けて放つ。それらの銃弾は、空中で光の軌跡を描きながら、三階の窓に消えていく。
 炎の音、大きな破壊音、そういったものが工場の敷地に響く。その様子を私は、運転席に座ったまま眺める。朱鷺村さんとアイゼンハワーさんは、こういった戦いに慣れている。きっと敵を撃退して、偽剣を取り戻してくれるだろう。

 工場に顔を向けていると、背後で車が停まる音がした。

「こちらで何をやっているのですか?」

 女性の声だ。運転席の窓を開けて、私たちを見ている。頭からはベールを被っている。ゴシックロリータと呼ぶ、黒いひらひらの服を着ている若い女性だ。一般人の目撃者は、なるべく避けたい。死人が出る可能性のある戦いだ。私が窓を開け始めると、それよりも早く、鏑木さんが道路の車に近付いていった。

「すみません。何でもないです。飼い犬が逃げ込んで、友人が探しに入っているんです」

 上手い言い訳だ。鏑木さんもやるなあと思いながら、会話の様子を窺う。乗用車の扉が開き、女性が出てきた。背が低い女の子だ。彼女は鏑木さんに体を向けた。

「私の名は、鏡姫」

 鏑木さんはきょとんとする。私も意味が分からず、その様子を見つめる。

「まあ、こいつでいいか」

 ゴスロリ少女は、そう言ったあと、背後に隠していた右手を前に出した。手には、小さなスプレー缶を持っている。そこから何かを発射する。

「うわっ」

 鏑木さんが声を上げる。何が起きたか分からず、私はぽかんとする。鏡姫は、しばらくその場に佇んだあと、鏑木さんの近くまで寄り、左手を近付けた。
 今度は何をしたのか分かった。スタンガンだ。ということは、最初の一撃は催涙スプレーか。少し時間を置いて近付いたのは、薬剤が風で流れるのを待っていたためか。鏑木さんは、全身から力を抜いて、地面に倒れ込む。鏡姫は、右手のスプレーを捨てて、鏑木さんの襟首をつかむ。そしてそのまま、車の後部座席へと引きずり始める。

「何をしているの!」

 私は扉を開けて、車から飛び出す。襲撃者なのか。なぜここに、いきなり現れたのか分からず困惑する。

「鏑木さんを返しなさい!」
「馬鹿か? そんな命令に従う道理はない」

 鏡姫は、鏑木さんを後部座席に放り込み、運転席に向かう。彼女をここで逃がすわけにはいかない。私は自分の能力で、彼女を足止めしようとする。
 白墨のもう一つの利用方法。警報として使うのではなく、敵を閉じ込め、足止めする技。迷宮と私が呼んでいる使い方だ。地面に迷路を描き、そこから壁を立ち上がらせて、抜け出せないようにする。壁を破壊して抜けることも可能だが、そうした人間は損害を受ける。末代の文字縛りと同じような、静的な罠だ。そして、迷宮の入り口を塞げば、それは牢獄と化す。

 地面に無数の線が描かれる。そこから壁が出現する。半透明の壁は、複雑に折れ曲がる。その入り口を壁で封印して、鏡姫を閉じ込める。迷宮の中の鏡姫は、その攻撃を無視するように動く。能力者ではなく、見えていないのか。しかし、その体が壁に触れた瞬間、激しい力の奔流が現れた。その力場は、鏡姫の左腕を吹き飛ばす。
 えっ、霊体ではなく、肉体が弾け飛んだ。私は、飛び上がらんばかりに驚く。弾け飛んだ左腕は、一瞬後に鏡のような破片になる。何が起きたのか分からなかった。よく見ると、鏡姫は右手にスタンガンを持っている。鏡像。そのことが分かった。
 この場に登場した直後に、わざわざ鏡姫という名前を告げたのは、幻を効果的に利かせるためだ。やられた。そう思った時には、エンジン音と、車が急発進する音が聞こえた。

 鏑木さんを連れ去られた。車で追おうとして、運転席に乗り込み、エンジンをかける。急いで発進しようとして門にぶつけてしまう。バックしようとして再度ぶつける。車の運転技術の拙さに腹が立つ。
 ごめんなさい末代、ぶつけてしまって。心の中で詫びていると、アイゼンハワーさんと大道寺君が、車の近くまでやって来た。アイゼンハワーさんが、運転席の横に来て声を出す。

「どうしたんですか、先生?」
「鏑木さんがさらわれたの」
「げっ、マジですか?」

 大道寺君が、絞め殺した鶏のように声を上げる。私は、先ほどのことを説明する。アイゼンハワーさんが、厳しい表情で工場を仰ぎ見る。

「カンナちゃんたちを、急いで呼び戻しましょう」
「分かったわ」

 私は、思いっきりクラクションを鳴らす。これで、朱鷺村さんや森木君に届くだろう。音を止めたあと、大道寺君が耳を押さえながら話しかけてきた。

「先生。ビデオ電話を、繋ぎっぱなしにしているんですから、クラクションは鳴らさなくてもいいですよ」
「あっ」

 忘れていた。
 大道寺君が、スマートフォンを顔の前に掲げる。どうやら、向こうから話しかけてきたようだ。手短に状況を伝える。しばらくすると、建物から朱鷺村さんと森木君が飛び出してきた。
 森木君は、私の前に来て、焦った顔で話し出す。

「敵ですか?」
「ええ」
「アキラはどこに?」
「分からないわ。どこかに連れ去られたみたいだけど」
「しかし、どうやって、こちらの動きが分かったんですか?」

 本当に、どうやってだろう。まったく想像が付かない。

「シキ。おそらく盗聴器じゃねえのか?」

 大道寺君が、苦い顔をしてつぶやく。

「どうして、そう思うの?」

 疑問に思ったので、私は尋ねる。

「俺たちが末代の家に行く日と、その後に丘に行くことは、敵に筒抜けでしたよね。末代は、パソコンもスマートフォンも持っていない。ならば、何らかの盗聴器に類するものを、敵が使っていたと考えるべきです。
 もしそうならば、家の中だけでなく、車にも仕掛けてあったと判断するべきです。盗聴器だけでなく、GPSも設置されていた可能性があります。今思えば、この車に乗ってきたのは、迂闊だったと言えます。せめて途中で、他の車に乗り換えるべきでした」
「そんなこと、今言っても仕方がないじゃない。それで、どうしよう? 鏑木さんがどこに行ったのか、どうやって探そう」

 車を囲んだ全員が押し黙る。その中で、大道寺君が右手を持ち上げた。

「写真を撮ります」

 右手に写真が浮かび上がる。車外の全員が覗き見る。

「どこか分かった?」
「車の中のようです」

 森木君がつぶやく。それじゃあ、意味がない。移動中だということしか分からない。

「相手の車を認識しました。今度は車を撮影します」

 大道寺君の台詞に感心する。そうか、相手を認識していなければ撮れないようだけど、写真に写ったものは認識済みになるのだ。
 新しい写真が現れて、生徒たちはどよめく。場所が分かったようだ。

「どこ?」
「波刈山です。その入り口の石鳥居が見えます」

 私は、その言葉の意味を考える。そして、全身がすっと重くなった。

「鏡姫は、波刈神社の偽剣を狙っている。鏑木さんは、『許』の呪符を持っている」

 末代の家での会話をすべて聞いているのならば、封印の仕組みは筒抜けだ。朱鷺村さんと森木君が、バイクに向かう。アイゼンハワーさんは、私を助手席に追いやって、運転席に座った。後部座席には大道寺君が乗り込む。大型バイクが、けたたましい音を立てて廃工場をあとにする。少し遅れて、私が乗った車も急発進した。