雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第56話「炎の死闘 その6」-『竜と、部活と、霊の騎士』第8章 炎上

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◇森木貴士◇

 俺と朱鷺村先輩は、御崎町の西にある廃工場に入った。そこに逃げ込んだ敵は、火炎坊と名乗り、姿を消した。どうするか、俺は考える。敵はこの場所に地の利がある。次はどんな罠を仕掛けてくるか分からない。

「シキ君。挟撃をするぞ」

 小さな声で、朱鷺村先輩が告げる。

「どうやってですか?」

 俺は、その方法が分からずに尋ねる。

「そろそろ着く頃だ」

 工場の外でエンジンの音が聞こえた。雪子先輩の運転する車が到着したのだ。朱鷺村先輩の考えが分かった。向こうのチームは、雪子先輩とDBが組むことで建物の外から狙撃できる。俺たちは、その攻撃とタイミングを合わせて、襲いかかればよい。

「シキ、挟撃をしよう」

 DBの声が、スマートフォンから漏れる。向こうのチームも、同じことを考えていたのだろう。

朱鷺村先輩も、同じことを言っている。雪子先輩とDBで狙うんだな?」
「そうだ」
「敵の位置は捕捉しているんだよな。その場所と、襲撃のタイミングを教えてくれ」
「分かった」

 阿吽の呼吸で作戦が決まる。DBは、三階の階段近くの物陰に、火炎坊が隠れていることを伝える。また、この建物には、分かり難い場所に、小さな階段があることも教えてくれた。俺と朱鷺村先輩は、DBに教えられた経路をたどり、奥まった場所の階段で三階を目指す。

 火炎坊の姿が見えた。巨大なタンクの横に立っている。タンクは下方がすぼみ、床のパイプに繋がっている。このタンクに飼料をため込み、一階の天井からトラックに落として、積み出す仕掛けになっているのだろう。
 タンクの傍らにいる火炎坊の右手には、偽剣がある。左手はタンクにかざしている。顔は階段に向け、俺たちが上がってくるのを待っている。手をかざして何をやっているんだ。俺には、火炎坊の考えが分からない。

 スマートフォンの画面を見る。DBが指で数字をカウントダウンしている。雪子先輩が射撃するタイミングを示しているのだ。
 数字がゼロになった。俺と朱鷺村先輩は、物陰から離れて飛び出す。背後から俺たちが来るのに気付いた火炎坊が顔を向ける。俺たちに注意が集まっているところに、窓を抜けて光の線が飛び込んできた。雪子先輩の銃の能力だ。
 飛来した輝線は八つ。全弾撃ちつくしての攻撃だ。正確な位置が分からないからだろう。弾丸は、散弾のように位置を散らして、火炎坊に襲いかかる。銃弾の一つが、火炎坊の太ももを貫いた。偽剣を持っている火炎坊は、物理的な弾丸として被弾する。

「ぐうっ」

 痛みをこらえる声が漏れる。雪子先輩の攻撃は、外れても構わないという意図で放ったものだ。そのうちの一つを食らうとは、敵もよほど運がない。攻撃の本命は、俺の騎槍と朱鷺村先輩の日本刀だ。俺たちは、精神を集中して、敵に一気に躍りかかる。

「やってくれたな。だが、仕掛けを用意していたのは、お前たちだけじゃない」

 火炎坊が、快心の笑みを浮かべる。どういうことだ。そう思った直後、火炎坊がタンクにかざしていた左手を俺たちに向けた。すると、タンクの外壁をぶち破り、巨大な炎の塊が引きずり出された。
 人間の数倍は身の丈がある炎の塊。部屋の天井を軽々と越えそうなサイズの炎を、火炎坊は頭上に掲げた。敵が何をしていたのか、ようやく分かった。タンクの中に、炎の熱をためていたのだ。

「さあ、この炎で焼きつくしてやる」

 火炎坊は、巨大な炎の塊をハンマーのようにして振り下ろしてくる。このまま突っ込むのはまずい。俺と朱鷺村先輩は左右に散り、落下してくる一撃から逃れた。炎が床を燃やし、穴を空ける。まともに食らっていれば、全身に火傷を負っていただろう。
 挟撃は失敗した。雪子先輩の弾丸が復活するまでには、少し時間がかかるだろう。どうするか。俺は額に汗をかきながら考える。
 その時、俺の耳に声が聞こえてきた。

「偽剣を狙いなさい。敵は偽剣の力を、まだ把握していないわ」

 姉さんの声だ。波刈神社に続いて二度目だ。空耳ではない。どこから聞こえたんだ。
 炎が今度は横に振られた。巨大な壁のような炎の塊が、鎧のない朱鷺村先輩を薙ぎ払おうとする。

「ちっ」

 朱鷺村先輩は炎に追われて、床を駆ける。逃げ場はどこにもない。このままでは炎に飲まれてしまう。追い付かれた。そう思った瞬間、朱鷺村先輩の姿が消えた。一つ前の攻撃で空いた床の穴に飛び込んだのだ。
 朱鷺村先輩は、下の階に落下する。普通の建物の一階とは違い、遥かに高い。大丈夫だろうか。朱鷺村先輩は武道をたしなんでいるし、運動神経もよさそうだ。おそらく無事だろうと想像する。

 朱鷺村先輩を取り逃がした炎は、今度は俺目がけて向かってくる。偽剣を狙え。先ほどの姉さんの言葉を思い出す。朱鷺村先輩には無理でも、俺にはできる作戦がある。俺は、ポケットにスマートフォンをねじ込む。そして、敵を目指して、全身をばねのようにして走り出した。
 敵に近付くにつれて、偽剣の影響が強くなっていく。全身を覆う白銀の鎧が重さを増して、物体化していくのが分かる。俺は精神を集中する。3Dソフトで鎧の姿を変えるように、その細部を作り変えていく。鎧を外骨格に見立て、その内側に昆虫のような筋肉を付ける。その霊体から紡ぎ出した筋肉を使って、一気に加速して火炎坊に肉薄する。

 突如速度が上がったことで、火炎坊は驚きの表情を見せる。そして、自分の身を防ぐために、偽剣を突き出した。俺は、姉さんの声に言われた通り、偽剣目がけて黄金の騎槍の切っ先を激突させる。偽剣と騎槍が重なり、俺の武器は黄色い光を放った。
 騎槍の威力が、これまでとは比べ物にならないほど上がる。その切っ先は、衝撃波を作り、火炎坊の頬をえぐり、飛散させる。

「ガッ!」

 悲鳴にならない悲鳴を、火炎坊は発する。俺はそのまま手を伸ばして、偽剣をもぎ取る。そして、自分の黄金の騎槍と完全に重ねて、一つの武器にした。波刈神社で、朱鷺村先輩が日本刀にしたことと同じだ。武器の破壊力が驚異的に上がる。人間など、一撃でばらばらにできそうなほどの波動が、自分の腕に宿っているのが分かる。

 火炎坊の顔が、恐怖で歪んだ。手から伸びる巨大な炎を、俺に向けて叩き付けてきた。俺は偽剣と融合した騎槍を手元に引き寄せる。武器を強化できるのならば、鎧の力も高められるはずだ。
 炎が鎧に触れた。触れる先から、分解されるようにして、その姿を消していく。俺の体を通過したあと、火炎坊の炎は三割ほど小さくなっていた。

「ひっ、ひいっ!」

 恐れる悲鳴が火炎坊から漏れる。ためらっては駄目だ。敵は陰神社の丘で、俺たちを炎で焼き、煙で窒息させようとした。手加減をすれば、こちらの死に直結する。もう俺は悩まない。これは死を賭した戦いなのだ。俺は、黄金の騎槍に全体重を乗せて、一気に火炎坊へと叩き込む。

 騎槍の先端が火炎坊の肉体に触れる。その場所が泡立ち、弾け、小さな塵になり、工場の空気にまき散らされていく。火炎坊の胸がえぐれ、大きな穴が開く。その様子を驚愕の表情で見ていた火炎坊の顔から、徐々に表情が失われていく。
 俺は、薙ぎ払うようにして騎槍を振る。火炎坊の体は、かき消えるようにして両断される。上半身がわずかな時間浮き、床へと落下し始める。完全に落ちる前に、騎槍を縦横に振り、体を寸断していく。

 火炎坊の胸元から、霊珠がこぼれ落ちた。俺は開いている手で、それを受け取る。火炎坊の手から伸びていた炎が消滅する。炎は意志の力で作られていた。その主体がなくなったことで、形を失ってしまったのだ。
 床の上に残された火炎坊の下半身が、静かに倒れて、血をまき散らした。俺は、白銀の鎧に包まれたまま、呼吸を整える。

「姉さん」

 先ほど聞こえた声の主を呼ぶ。俺だけしかない廃工場の三階に、うっすらと女性の姿が浮かび上がってきた。それは紛れもない、五年前に姿を消した、日和姉さんの姿だった。一瞬、喜びの声を上げそうになる。しかし、目の前の光景の不自然さに、俺は気付く。姉さんは半透明だ。それに、五年前からまったく歳を取っていない。

「姉さん、その体は? それに、なぜ姿を消したんだ?」
「私は、霊剣に選ばれたから」

 姉さんは静かな声で答える。

「どういうことなんだ?」

 俺は、答えの意味が分からず尋ねる。

「霊剣は、護国の剣よ。今は竜の背に刺さっているけれど、そこから抜かれることを望んでいない。もし、抜かれるようなことがあれば、激痛で竜が起き、海峡を挟む島と本土は大きな被害を受ける。それは、護国を目的とした霊剣が、望んでいることではないわ」

 霊剣の話と、姉さんの行方不明が、どう関係するというのだ。俺は姉さんに説明を求める。

「霊剣は人格を持つ存在なの。七人の殺人鬼がやって来た時、霊剣はその後の未来を予測した。そして、有事の際に、自分の手足となって行動する人間を望んだ。
 私たち守り人が、七人の殺人鬼と相対した際、偽剣を模した偽々剣を作ったわ。偽々剣は、偽剣と繋がっている。偽剣は霊剣と繋がっている。そういった経路で、私たちは、霊剣と仮初めの交感をしたの。
 その七人の中から、霊剣は最も若い人間を選び、自分の許に引き寄せたの」
「引き寄せたって、どうやってだ? 姉さんは海に歩いて行ったのか?」

 俺には、その時何が起きたのか、想像が付かなかった。姉さんは、微かに笑みを浮かべて口を開いた。

「霊剣には、霊体を物体にする能力がある。そして、物体を霊体にする能力がある。私の体は霊体に再構成されて、偽々剣、偽剣、霊剣の霊的経路を通って、海の底まで召喚されたの」

 俺は目を見開いて姉さんの姿を見る。確かに末代は、霊剣の能力をそう告げた。その働きにより、姉さんは姿を消したのだ。

「じゃあ、今こうして、ここにいるのは」
「そう。偽剣の近くに、私はいつでも出現することができる。霊剣の手足として、私は仕事をすることができる」
「姉さんは、元には戻れないのか?」

 単純な行方不明ならば、いつか家に戻ってきてくれるかもしれない。しかし、この状態ではどうなのだろうか。俺は、姉さんの答えを待つ。

「この島の脅威が消えれば、私は解放される。霊体から肉体に戻り、家に戻ることができる。霊剣の予想では、決戦の日は近いわ。貴士。あなたが、その戦いで鍵を握ると、霊剣は考えている」
「竜神教団を撃退すれば、姉さんは戻ってくる」

 俺の言葉に、姉さんは頷いた。俺は表情を引き締めて、姉さんを見る。敵を倒せば、道は開ける。そのことが分かった。俺は、希望を胸に抱き、姉さんの顔を見る。

「貴士――」

 姉さんは、優しげな笑みを浮かべる。

「お父さんに伝言があるの。いい?」

 頷いた俺に顔を寄せ、姉さんは囁いてきた。
 階段を上がる音が聞こえた。朱鷺村先輩が三階に現れ、俺に視線を向けてきた。

「火炎坊はどうした?」
「倒しました。死体の処理をお願いします」

 俺は床に転がる肉片を指差す。朱鷺村先輩はその様子を見て、スマートフォンを取り出して、朱鷺村の家に電話をかける。指示を出し終わった朱鷺村先輩は、スマートフォンをしまって、俺に顔を向けた。

「誰かいたのか? 話し声が聞こえていたが」
「ええ、姉さんが」

 俺は、先ほどのことを語る。朱鷺村先輩は目を大きく開いて、俺の言葉を衝撃とともに聞いた。

「そうか。そんなことが」

 朱鷺村先輩は、決意を込めた表情をして声を漏らす。

「シキ君の姉さんが、無事に家に戻れるように、しなければならないな」
「はい」

 俺と朱鷺村先輩は、死体の前に並び、静かな時間を過ごした。
 しばらく経った時、工場の外でクラクションが鳴った。何が起きたんだ。俺は、ポケットからスマートフォンを出して、DBに尋ねる。

「何があった?」

 俺の問いに、DBが答える。その言葉を聞き、俺と朱鷺村先輩は、階段に向けて駆け始めた。油断していた。敵を甘く見ていた。俺たちは階段を駆け下り、外に止まっている末代の車を目指した。