雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第55話「炎の死闘 その5」-『竜と、部活と、霊の騎士』第8章 炎上

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◇森木貴士◇

 多津之浦と御崎を繋ぐ山間の道路。そこに突如出現した炎は、敵の逃走とともに、幻となり消えた。
 俺は、大型バイクの後部座席にいる。前には、朱鷺村先輩が座っている。互いにヘルメットを被り、体を密着させている。俺の手には、末代からもらった、「追」の呪符がある。その力で偽剣の位置を特定して、ここまで追って来た。敵はワゴン車に乗っていたが、それを捨てて、オフロードバイクで逃げ出した。逃走のために、二の矢、三の矢を用意しているということだ。侮れない相手だと思った。

「追うぞ。しっかりと捕まっていろ」

 朱鷺村先輩が鋭い声を出す。俺は、腰に手を回して、しっかりと体を固定する。加速が体を引っ張り、バイクはアスファルトの上を疾走する。
 俺は、自分のポケットにちらりと視線を向ける。先ほど、バイブの振動を感じた。おそらくDBから連絡があったのだろう。こちらの状況は、向こうには伝えていない。せめて書き置きでも残してくればよかった。どこかで、上手く時間を作り、情報共有をしなければならない。

 前方のオフロードバイクの背後には、炎の壁が時折出現する。そのせいで、一定の距離以上には近付くことができない。朱鷺村先輩は、そのたびに速度を落とす。苛立ちが背中から伝わってくる気がした。
 俺は、今後の展開を考える。敵はオフロードバイクだ。もし森などに逃げ込まれれば、朱鷺村先輩のバイクで追跡することは難しい。しかしこちらには、「追」の呪符がある。どの経路で港に行くにしろ、敵が偽剣を持つ限り、先回りして待ち伏せすることができる。

 左右の山の背が徐々に低くなる。目の前にトンネルが見え始めた。竜門隧道だ。島表と島裏を繋ぐこの穴を抜ければ、御崎町にたどり着く。
 トンネルに入った。視界から色彩が消えて、橙色のモノトーンの景色になる。ヘルメットの外の音も、トンネル特有のものに変わる。敵との距離を詰められないのがもどかしい。近付き過ぎれば、偽剣で実体化した炎を、浴びることになる。

 トンネルを過ぎた。周囲に色彩が戻る。それと同時に、視線の先に、市街の建物の光景が広がる。この山を下れば、そこは町だ。その大通りを抜ければ、定期連絡船の港に着く。敵はどうするつもりだ。俺は、先を予想しようとする。このまま港に行くのか。しかし、そこで戦えば、船で逃げるどころではなくなる。それでは、敵は目的を達成できない。

 市街に入った。前方のオフロードバイクが左に折れる。港に行くのではないのか。海岸沿いに左に行けば、町から遠ざかる。そちらには、高級マンションが立ち並んでいる。さらに先に進めば、倉庫や古い工場などが連なった場所に出る。
 朱鷺村先輩は、時折スピードを上げ、隙あらば間近まで寄り、斬撃を食らわせようとする。敵は常時炎を出し続けられるのではないのだろう。神経をすり減らすような追跡が続く。マンションの立ち並ぶエリアを過ぎた。しばらく道の左側に緑が続いたあと、倉庫と廃工場が続く寂れた地域に入っていく。

 敵の意図が分かってきた。戦うつもりなのだ。その場所に向かっている。俺たちを葬ったあと、定期連絡船で島を脱出する気なのだろう。戦いの瞬間は近い。俺は全身に気力をみなぎらせる。朱鷺村先輩も、敵との対決に意識を集中しているようだった。
 オフロードバイクは、廃工場の門を抜けた。そこが決戦の場なのだろう。飼料製造工場。そこに入り、敵はバイクごと建物の中に消えた。
 朱鷺村先輩がブレーキを握った。敵はこの土地をわざわざ選んだ。そして、建物の中に姿を消した。地の利がある。当然、そう考えるべきだ。視界が遮られている建物に、不用意に突っ込むわけにはいかない。こちらも作戦を立てる必要がある。

「どうしますか?」

 俺は、朱鷺村先輩に尋ねる。朱鷺村先輩は、バイクから降りて、ヘルメットを外した。

「廃工場内で、このバイクだと身動きが取れなくなる危険がある。それにヘルメットは視界を塞ぐ。敵の攻撃に気付くタイミングが遅れる恐れがある」

 朱鷺村先輩は、あくまでも近接戦闘をする気のようだ。厳しい顔をして、建物に神経を集中している。

朱鷺村先輩。ちょっと待ってください。DBたちに連絡を取っておきたいので」

 一瞬、きょとんとした顔を見せたあと、朱鷺村先輩は頷く。目の前の敵に意識を向け過ぎて、仲間への連絡まで、頭が回っていなかったのかもしれない。俺はポケットからスマートフォンを取り出す。留守電が入っている。DBからだ。俺の携帯のGPSを利用して、追跡しているようだ。俺は、朱鷺村先輩にそのことを話してから、電話をかける。

「DBか?」
「ああ。車で追っている。場所は捕捉している。工場跡地にいるな?」
「飼料製造の廃工場にいる」
「そっちの状況はどうだ?」
「敵は炎を使う。偽剣を持っているから、その炎が実体化する。そのため、なかなか近付けない」
「なるほど。そういった能力の持ち主だから、丘に火を放ったのか。自分の能力を効果的に利用するために」
「そうだと思う。それで、どのぐらいで着く?」
「五分から十分。いや、十分は見ておいた方がよいだろう」
「佐々波先生が運転しているのか?」
「いや、副部長だ」
「雪子先輩が?」
「ああ、滅茶苦茶上手いぜ」

 俺は、視線を朱鷺村先輩に向ける。雪子先輩の運転が上手いのは、当たり前だという顔をしている。

「どうします。待ちますか?」
「その間に、逃げられる可能性がある。敵に次の手を打たせないように、攻撃の手はゆるめられない」

 朱鷺村先輩は、霊体の日本刀を出現させる。

「シキ」

 DBが呼びかけてくる。

「何だ?」
「いったん切って、俺からビデオ電話をかける。それで、そちらの状況を少しでも情報収集したい。繋ぎっぱなしの状態にしてくれ。あと、建物の外観などをこちらに見せてくれ。どうやら俺の能力は、何の手がかりもない写真は撮れないが、何か手がかりがあれば撮影可能なようだ。そちらに着くまでにできることをする」
「分かった」

 作戦を考える役は、向こうのチームに任せて、俺たちは前線での戦いに集中する。軍隊と同じだ。最大限のパフォーマンスを発揮するために、役割分担をする。
 俺は電話を切る。すぐに、ビデオ電話がかかってくる。それを受けて、建物の外観を撮影する。朱鷺村先輩が、建物に向けて歩き始める。俺は慌ててそのあとを追う。カメラで周囲を映しながら、敵の気配がないかを確かめる。

「入るぞ。敵の奇襲に気を付けろ」

 朱鷺村先輩が、抜き身の刀のような気配で告げる。

「分かりました」

 俺は返事をして、朱鷺村先輩を追って建物に入る。
 廃工場は、外部から見たところ、五階建ての作りになっている。一階には港から原料を運ぶコンベアがあり、建物内に太いパイプを通って引き入れられている。そのパイプは、建物の最上階まで続いており、そこから建物内の機械で、順番に加工していくのだろうと想像が付いた。
 入り口に扉はない。中は荒れ果てており、床の隙間から雑草が覗いている。奥には階段があり、そこまでの間は、建物の骨組みがむき出しになっている。
 バイクの姿はない。オフロードバイクだから、階段を上って先の階に消えたのかもしれない。
 天井には、いくつか穴が開いており、それが飼料をトラックの荷台に積むためのものだと分かった。その穴の一つに赤い光が見えた。その直後、炎の線が火炎放射器のように、俺たちの方へと伸びてきた。

「危ない!」

 俺は全身を鎧で覆い、朱鷺村先輩をしゃがませて、その前に立つ。だだっ広い一階の中では、隠れる場所まで移動することは難しい。炎が俺の鎧の上を舐めた。熱は感じたが、瞬間的に火傷をするほどではない。その炎が短くなるとともに、先輩が足下の石を拾って、穴に鋭く投げ付けた。穴から見えていた人影が消える。どうやら他の場所に移動したようだ。

「くそっ、逃げ足が速い」

 朱鷺村先輩の舌打ちが聞こえる。朱鷺村先輩は、正面の階段へと歩き出す。俺はそのあとを追い、横に並んだ。

「シキ」

 スマートフォンから、DBの声が漏れてきた。

「何だ?」

 ビデオ通話は繋いだままだ。そのため、いつでも会話ができる。

「先ほどの敵の攻撃があった時に、二階を撮影した。敵は、目視でシキたちのことを見ている。敵は、そちらの居場所を正確に把握する能力を持っていない。それともう一つ。敵はどうも、固体を直接発火させることができないようだ」
「どういうことだ?」

 俺は、DBの分析の意味が分からず尋ねる。

「もし、それが可能ならば、お前や部長の体をいきなり燃え上がらせている。それをせずに、炎を火炎放射器のように飛ばしてくるということは、手元を起点として、気体の中に、炎を浮かび上がらせることしか、できないのだろう。そして攻撃対象には、その火から燃え移らせなければならない。そういった制約がなければ、とっくの昔に、シキと部長は、燃やしつくされているはずだ」

 なるほど、そういうことか。それならば、理不尽にいきなり炎上させられることはないはずだ。

「敵は、二階で待っているのか?」

 しばらく待ち、答えが返ってきた。

「危ない! そこを全力で離れろ!」

 俺は、わけが分からないまま、朱鷺村先輩とともに、その場から逃げ出した。その直後に天井が崩落してきた。俺は振り返って、天井を見上げる。頭上の穴の向こうでは、炎が揺らめき、一人の男が立っていた。顔に火傷の痕があり、頭を丸めている男だ。見るからに残虐そうな人相をしている。その男は、俺たちを仕留め損なったことを知って、舌打ちをした。
 朱鷺村先輩の石つぶてで狙われた敵は、穴から顔を出すのをやめて、二階の床を焼いていたのだ。俺たちは階段に向けて歩いていた。そういった行動は、敵からは簡単に予想が付く。そして通る道は限られる。その道の真上の床を炙ることで、崩れ落ちさせたのだ。DBの助言がなければ、巻き込まれて死んでいた。俺はぞっとしながら敵をにらむ。

「何者だ!」

 俺の声に、禿頭の男は、残虐そうな笑みを見せる。

「火炎坊という者だよ。上がってきな。上の階で勝負を付けてやるよ」

 火炎坊と名乗った男は、笑い声を上げたあと、穴から見えない位置に姿を消した。