雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第53話「炎の死闘 その3」-『竜と、部活と、霊の騎士』第8章 炎上

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◇大道寺万丈◇

 俺たちが、陰神社のある丘で食事を取ったあと、丘の麓を囲むようにして炎が現れた。どうやら敵の襲撃らしい。俺たちは二手に分かれて、この地にある重要物の回収に向かうことになった。
 偽剣を取りに行く一軍チームは、末代、部長、シキの三人。霊珠を回収しに行く二軍チームは、佐々波先生、副部長、アキラ、俺の四人である。

 俺たちは、佐々波先生の先導で陰蔵に向かう。炎はまだ、遠方の麓で揺らめいているだけだ。慌ててパニックにならなければ、脱出は可能なはずだ。俺たちは、神社から脇へと逸れる道に進み、六畳間が一つ入るぐらいの小ぶりな土蔵の前に到着した。

「先生、これが陰蔵ですか?」
「そうよ。思ったよりも小さいでしょう。神社の蔵は、他にもいくつかあるんだけど、ここは特別なものだけを安置している蔵なの。だからこのサイズなのよね」

 佐々波先生は、手に持った鍵で、蔵の扉を開ける。中は雑然としていて、お世辞にも整理されているとは言い難かった。

「どこにあるんですか?」
「奥よ。箱に入っているわ」

 ガラクタっぽい荷物の奥に、部室で初日に見たような、鎖のかかった木製の箱があった。

「開けるわよ」

 佐々波先生は、鍵の束の中から一つを選んで錠前を取り除く。副部長は入り口に立ち、襲撃者がいないか周囲を警戒している。鎖を除き、蓋を開けると、十数個の霊珠が入っていた。

「先生、少なくないですか?」

 俺は、疑問に思って尋ねる。確か、凪野弥生に奪われた霊珠の数は五十だと聞いている。それに比べて、圧倒的に数が少ない。もっとあるものだと思っていた。

「仕方がないわよ。戦国時代に偽々剣を作って、七つ失われている。先の七人の殺人鬼の時にも、同じ数が失われているわ。それに、今日末代の家に集まった人数が七人でしょう。それだけで二十一個よ。
 他にも、歴史の間に紛失したり、現在も貸し出し中だったりする霊珠が少なからずある。結果的に残っているのは、この数なのよ」
「そんなに、少ないなら、なんで凪野弥生なんかに、五十個もくれてやったんですか?」

 俺は思わず、突っ込みを入れる。

「上げたりしていないわよ。学校の金庫に納めていたのよ。まさか、管理する人間の弥生が持ち出すなんて、考えないじゃない。この土蔵よりも、安全だと思っていたのよ。ここに残っていた霊珠は、末代が死んだあとに、寄贈しようとしていたものよ。末代が、文字縛りの封印をする時に、力を強化するのに使っていたのよ」

 そういうことか。内部犯行が起きる前提で管理していなかったために、こんな面倒なことになってしまったということか。

「どうやって、運びます?」
「昼食のあと、ごみを入れようと思って持ってきたビニール袋があるわ。それに入れましょう」
「いいんですか、そんな安っぽいものに入れて」
「仕方がないじゃない。これしかないんだから」

 佐々波先生は、すねたようにして言う。ポケットから、白いコンビニ袋を取り出した佐々波先生は、そこに霊珠をざらりと入れて、口を縛った。

「行くわよ」
「先生、他に持ち出すものは?」
「ないわよ。屋敷に戻るわよ」

 俺たちは陰蔵から飛び出す。佐々波先生が、再び鍵をかけて、俺たちは麓に向けて移動を始めた。
 丘の下の炎は、先ほどよりも大きくなっている。しかし、坂を下って分かったことだが、完全に輪になっているわけではない。切れ目は多くある。まあ、当然だろう。丘をぐるりと囲むほどに可燃物をまくわけにもいかない。そんな大がかりな準備をしていれば、人目に付き過ぎる。ある程度間隔を置いて、発火装置を仕掛けたのだろう。
 斜面を下りきった俺たちは、末代の屋敷に向かう。その近くまで迫ったところで、門から勢いよく、大型バイクが飛び出すのが見えた。

「副部長。あれって、部長とシキじゃないですか?」
「そうね。何かあったようね」

 副部長は鋭い目付きをしている。まるでハンターのような目だ。いつもの微笑とはまるで違う。俺は、一瞬その落差に驚く。

「先生、どうします?」

 俺は、佐々波先生に尋ねる。追うにしても、車がない。佐々波先生の車は、行きがけにクラッシュしている。

「末代の車を使えればいいんだけど」
「キーは?」
「末代が持っているわ。集合場所に、とりあえず行きましょう。末代がいるかもしれないわ」

 それしかないか。俺たちは、駆け足で龍之宮の屋敷へと滑り込んだ。

「末代!」

 佐々波先生が、留守か確かめるために大声を出す。返事はない。シキや部長と戻ってきたわけではなさそうだ。

「いないみたいですね。もしかして、まだ炎の中ですかね」

 それだと厄介だ。そちらを救出するという作業も発生する。

「携帯電話とかは、持っていないんですか?」
「末代は、固定電話だけだから」

 佐々波先生が、唸るようにして言う。

「分かりました。写真を撮ります」

 全員の目が、俺に集まる。俺は、精神を集中して、末代の姿を思い浮かべる。右手に写真が浮かび上がる。森のどこかなのは分かる。そこに、赤い血の付いた末代が、横たわっている。写真のフレームの中には、階段らしき石段が見える。

「先生、どこか分かりますか?」

 佐々波先生は、丘の麓辺りをにらむ。

「陰神社の境内から麓に下りる階段のところね。アイゼンハワーさん、場所は分かる?」
「ええ。アキラちゃん。付いてきて」
「はい」

 副部長とアキラが、火災の丘へと駆けていった。残された俺は、自分ができることを考える。まずは状況を把握しなければならない。可能ならシキと連絡を取りたい。しかし、シキはバイクの後部座席に乗っている。
 部長とシキが、あれほど急いで飛び出したということは、敵に偽剣を奪われたと考えるべきだろう。末代の写真には、偽剣の姿がなかった。部長とシキは、敵の位置を知っており、追跡している。そう推測するべきだ。俺たちも、そのあとを追うべきだ。

 部長とシキの組み合わせは、近接攻撃能力偏重で、応用性が低い。単純な殴り合いならば有効だろうが、敵は策を弄するタイプだと想像できる。
 山火事により、こちらの行動を制限して、偽剣を持ち出させて奪う。そういった考えをできる相手に、力押しは難しいだろう。そういった敵と勝負するには、副部長や俺の方が向いている。シキたちを追い、合流するべきだ。

 追跡は車でおこなうことになるだろう。その際、二人が乗っているバイクの場所を、どうやって特定するかだ。俺はわずかな時間考える。そして、鞄からタブレットを取り出して、ブラウザを呼び出した。
 ブックマークに入れていたページを開いて、画面を確かめる。シキのスマートフォンの位置が、地図上に表示される。

「ちっ、シキの奴。アカウントのパスワードを、あとで変えておけと言ったのに」

 波刈神社での戦いの時に、俺に教えたパスワードのままだ。普段ならば、セキュリティ意識が低いと注意しなければならない。しかし、今回は有効に使わせてもらおう。
 シキは、俺たちが朝にたどった道にいる。どうやら御崎町に向かっているらしい。俺は敵の行動を予測する。身を隠すつもりはないらしい。港に行き、島を出る。そのための逃走だ。そのことが推測できた。
 俺は、詰め将棋のようにして、敵に対する手を考える。次の一手に備えて、港にあらかじめコマを置いておくべきだ。俺はスマートフォンを操作して執事を呼び出す。

「セバスチャン」
「あの、坊ちゃん。私の名前は田中です」
「頼みがある。港の連絡船発着場に行ってくれ」
「何かあったのですか?」

 執事は、俺の様子に困惑した声を返す。

「これまで、俺が得た情報は、すべて共有しているだろう。俺は今日、竜神神社の末代のところに来た。そこで、偽剣が奪われた。シキと部長が、バイクでその相手を追っている。敵は、定期連絡船に乗って、島外に出ようとする可能性がある。
 相手の容貌は分からないが、シキたちは目撃している可能性が高い。連絡が取れれば、妨害できるかもしれない。俺は今、多津之浦にいる。どれだけ急いで移動しても、先回りすることはできない。それができるのは、すでにそちらにいる人間だけだ」
「分かりました、坊ちゃん。この時間なら、前回と違い、人を呼ぶこともできます。警備会社の人間を回してもらい、港で見張っておきます」
「頼んだ」

 電話を切り、次の場所にかける。こちらは通話が目的ではない。

「シキ。俺だ。DBだ。電話がかけられるようになったら、至急こちらに連絡をくれ。俺たちは、乗り物を調達して、御崎町に向かう。お前のスマートフォンのGPSで、位置は確認できている」

 留守番電話に吹き込み、庭の入り口に視線を向ける。
 門の間から、副部長とアキラが入ってきた。間には、肩を支えられた末代がいる。頭や腕に切り傷を負っている。顔が青くなっていて、今にも気を失いそうだ。
 佐々波先生が、末代に駆け寄る。

「大丈夫ですか末代!」
「珊瑚ちゃん。あまり、大丈夫ではないわ。偽剣を奪われて、神流ちゃんと貴士さんが追っているわ。私は鎧武者に襲われて、二人を逃がすために時間稼ぎをしていたの」
「末代を置いて、追った方がよいですか?」
「そうしてちょうだい。でも、場所が分からないでしょう」

 俺はタブレットの画面を示す。

「大丈夫です。シキの居場所なら、リアルタイムで分かりますから」

 末代は、目をぱちくりさせる。機械には縁遠い生活を送っている人だ。もしかしたら、こういった画面は、初めて見たのかもしれない。
 佐々波先生が、末代の傍に寄り、顔を近付ける。

「末代。車の鍵を貸してください。朱鷺村さんたちを追います」
「珊瑚ちゃん、あなたに?」

 末代は困った顔をする。今にも気を失いそうな様子だが、佐々波先生に車の鍵を貸すことの危険さは、認識しているようだ。

「緊急時です!」

 仕方がなさそうに、末代は鍵を出して、佐々波先生に渡す。

「さあ、車に乗って」

 佐々波先生が、俺たちに指示を出す。俺たちは乗用車に乗り込む。助手席は副部長。後部座席には、俺とアキラが座る。佐々波先生は、シートベルトの確認をしてから、ゆっくりと出発した。
 車は、のろのろと進み、公道に出る。佐々波先生は、「安全運転、安全運転」と念仏のように唱えながら、ふらふらと道を進んでいく。
 駄目だ。この運転ではらちが明かない。どうする。そう考えた時、副部長が佐々波先生の肩に手を置いた。

「先生。運転、代わってください。私がハンドルを握ります」
「えっ、でもアイゼンハワーさん、免許を持っていないでしょう?」
「ええ。でも、海外で運転経験はありますから。私の方が、先生よりも何倍も上手いです。今は緊急時ですから」
「でも――」
「車を降りて、外に出てください。席を交代しますよ」

 その声のすご味に、車内の人間が凍り付く。命令に従わなければ、殴り倒されそうな気配をひしひしと感じる。
 佐々波先生は、車を停め、青い顔で車外に出る。その運転席に、副部長が滑り込む。

「先生、早く乗ってください!」
「はい!」

 佐々波先生は、慌てて車の前を通り、助手席に潜り込んだ。

「少し飛ばしますけど、我慢してくださいね」

 副部長は、いつものように、にこにこと笑う。そして、いきなりアクセルを踏んで、車を急発進させた。
 俺は心の中で、げっと悲鳴を上げる。大丈夫なのか、こんなに飛ばして。俺は、運転席に視線を向ける。副部長は余裕に溢れている。速度は出ているが、車はほとんど揺れずに、真っ直ぐ走っている。
 運転上手いな。俺は、佐々波先生と比較して感心する。その直後、メーターを見て、ぞっとする。百キロを超えている。これは、佐々波先生とは、違う意味で緊張を強いられる。

「DB君。カンナちゃんたちとの距離は?」

 俺は慌てて、タブレットを確認する。

「十五、六キロというところです」
「カンナちゃんのことだから、百キロぐらい出しているはずよね。向こうが速度を下げたら、教えてちょうだい。敵が近付いた証拠だから」
「分かりました」

 俺は、画面を見ながら答える。俺たちの乗る車は副部長の運転で、山道を高速で駆け抜け始めた。