雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第189話「ヒャッハー・汚物は消毒だー!・モヒカン」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、世紀末に生きる者たちが集まっている。そして日々、弱肉強食な戦いを繰り広げている。
 かくいう僕も、そういった暴力の渦中に身を置く系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、血みどろなバトルに、ご執心な面々の文芸部にも、感動の涙に明け暮れる人が一人だけいます。「マッドマックス」の世界に紛れ込んだ、絵本の国の少女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と駆けてきて、僕の右横にちょこんと座った。僕は、楓先輩のあごの下を見る。ほっそりとした首筋は、優美な鎖骨へと続いている。鎖骨は一部しか見えない。制服のせいで、なかば以上隠れている。その服の下の肩の様子を想像したあと、一糸まとわぬ楓先輩の姿を、僕は思い浮かべてしまう。駄目だ。刺激が強すぎる。僕は、鼻血を出さないかと心配しながら、先輩に声を返す。

「どうしたのですか、先輩。知らない言葉をネットで見かけましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。四百戦無敗の男、ヒクソン・グレイシーのように、ネットの寝技に長けています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、自分の部屋で、あたたたたと入力するためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、心の経絡秘孔を突かれた。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「ヒャッハーって何?」

 おっ。「北斗の拳」が、元ネタの言葉だな。このマンガは、ネットの会話を見る上で、避けて通ることのできない作品だ。よし。この機会に解説しよう。そう考えていると、僕の頭上に謎の影が差してきた。

「おい、サカキ。例のあれ、持ってきたか?」

 僕は、顔を上げて、あまりの間の悪さに茫然とする。そこには、三年生でちょっと強面、女番長と評判の吉崎鷹子さんが、にらむような表情で立っていた。

 鷹子さんは、高圧的で、暴力的で、僕にアニメや、マンガや、ゲームをよく持ってこさせるモヒカン族だ。そして、僕を部室の真ん中に立たせて、それらの作品の批評や解説をさせる、恐ろしい人だ。
 その鷹子さんは、長身でスタイルがとてもよく、黙っていればモデルのような美人さんだ。でも、しゃべると怖い。手もすぐに出る。武道を身に付けていて、腕力もある。ヤクザの事務所に、よく喧嘩に行く。そして、何もしていなくても、周囲に恐るべき殺気を放っている危険な人なのだ。

「あれと言いますと?」
「あれだよ、あれ。『北島の拳 北島珍拳V.S.南島性拳 性技の大決戦』だよ!」

 鷹子さんは、僕から借りる予定だった、謎のエロゲのタイトルを、吼えるようにして言う。

「いえ、あの、鷹子さん。楓先輩がいる場所で、その話は」
「うん?」

 鷹子さんは、拳を握り締めたポーズで静止して、僕の横を見た。そこには、ちんまりと可愛らしい、楓先輩が鎮座していた。鷹子さんは、真面目な顔をしたあと、気まずそうに目を逸らす。そして、少し考えたあと、ぽんと手を叩いた。

「サカキが、ネットスラングの解説をすると聞いてな。私も聞こうと思ったのだ」
「そうなの?」

「ああ。たまには、会話に加わろうと思ってな」
「じゃあ、鷹子も、座って一緒に聞こう。それで、『北島の拳 北島珍拳V.S.南島性拳 性技の大決戦』って、何なの?」

 うっ、それは、鷹子さんが貸せと言うので、持ってきたエロゲだ。南島六聖拳の女の子たち、新子、麗子、湯田美、修子、佐宇座、優里亜の六人を、北島珍拳伝承者が攻略していくという内容だ。
 主人公の伝承者は、珍しい宝を持っており、それで責め立てていく。それは、そこはかとなく卑猥な形をしている。とてもではないが、口に出して言えない内容だが、絵は今風で可愛いのだ。そこに惚れて、鷹子さんが借りたいと言い出したのだ。
 僕は、この場をごまかすために、台詞をひねり出す。

「そうそう。『北島の拳』と言えば、大人気マンガ『北斗の拳』です。このマンガは、今回の言葉、ヒャッハーの元ネタになった作品です」
「へー、マンガが元ネタの言葉なのね。さっそく教えてちょうだい」

 事なきを得た! 僕と鷹子さんは、ほっとする。文芸部の部室で、エッチなゲームの貸し借りをしていることは、秘密にしなければならない。鷹子さんは、僕の左隣に座る。僕は胸をなで下ろして、説明を開始する。

「そうですね。ヒャッハーは、鷹子さんのような人が、口にする台詞です」
「はあっ?」

 僕の左隣で、殺気に満ちた声が聞こえた。
 あれ? 僕は気をゆるめて、危険な台詞を口にしましたか。僕は、ヒャッハーの説明を、初手から躓いたことに気付く。ああ。何で僕は、こんなにも愚かなのか。南斗愚人拳の使い手、サカキ・ユウウスケ。僕は、圧倒的な愚かさで、自らの心と体を破壊する。

 ああ、どうしよう。僕は必死に、九死に一生を得る方法を考える。そうだ! 「北斗の拳」にまつわる様々な話をして、僕を狩る気満々の鷹子さんを幻惑しよう。そうすれば、たくさんの説明で楓先輩を満足させつつ、鷹子さんからの攻撃も避けることができる。一石二鳥! 僕は、大船に乗った気持ちで、説明を開始する。

「ヒャッハーというのは、マンガ『北斗の拳』、そしてそのアニメ化作品において、雑魚の悪役たちが発する、歓喜の叫びです。

 この作品の舞台は、核戦争後の世紀末です。そこには、荒野が続いており、荒くれ者たちが、バギーやバイクで徘徊しています。そして、モヒカン頭の筋骨たくましい野盗たちが、荒野に多数生息しています。
 主人公のケンシロウは、北斗神拳という一子相伝の拳法を身に付けています。ケンシロウは、そういった野盗たちを倒しながら、最愛の恋人を求めて旅をするのです。そして、南斗聖拳伝承者たちや、兄弟弟子たちと、戦いを繰り広げるのです。

 では、ヒャッハーは、具体的にどういったシーンで用いられるのでしょうか? これは、先に述べたモヒカン頭の雑魚たちが上げる、略奪の喜びの雄たけびになります。この叫びは、主に弱者を蹂躙する際に用いられます。
 この言葉は、ネットでは、ノリがよい歓声として利用されます。使い方としては、『ヒャッハー! 何々するぜ』『ヒャッハー! 何々だ!』などがあります。

 またこの言葉は、無法者の叫びであることから、無法状態を表す言葉としても使用されます。
 ヒャッハーな時代、で政府が崩壊した無法時代、戦乱時代を指します。ヒャッハーするとなると、略奪、強奪、侵略をすることになります。さらに、ヒャッハーな人と言うと、鷹子さんのような無頼の徒を指します」

「おいっ! 誰が、無頼の徒だって!!」
「ぐげえっ!」

 僕は、鷹子さんに締め上げられて、瀕死の鶏のような声を上げる。

「鷹子さん、やめてください。僕が死ぬと、『北島の拳 北島珍拳V.S.南島性拳 性技の大決戦』が遊べなくなりますよ!!」
「ちっ、サカキが死ぬのはどうでもよいが、それは困る。だが、最後まで話して、納得がいかなかったら、どうなるか分かっているだろうな!」

 ひいぃぃぃ。僕は、恐怖でおののきながら、続きを語る。

「こういったヒャッハーな台詞の中でも、特に有名なのは、『汚物は消毒だー!』です。この台詞は、『北斗の拳』のサウザー編で出てきた、雑魚敵のものです。彼は、火炎放射器を持っており、善良な村人たちを、汚物として消毒しようとしました。そして、主人公のケンシロウ火炎放射器を奪われて、逆に消毒されてしまいました。

 この『汚物は消毒だー!』は、嫌いな人や物を一掃するような行為の時、また火炎放射器状の武器を使い、敵を無差別に倒す時などに用いられます。また、ヒャッハーと組み合わせて『ヒャッハー! 汚物は消毒だー!』というフレーズもよく見られます。覚えておくとよいでしょう。

 こういった、『北斗の拳』由来の言葉は多くあります。その中でも、ネット上で特に重要な概念がモヒカンです。モヒカンとは、元々はアメリカインディアンの一部族の名前、マヒカン族に由来したものです。
 このマヒカン族やモホーク族は、モヒカン刈りという髪型の由来になっています。彼らは、頭の左右を短く刈ったり剃ったりして、中央だけを残す髪型で知られています。

北斗の拳』では、この髪型をした雑魚敵が、多数登場します。そのため、モヒカン、イコール、ヒャッハーな雑魚敵ということで、同作の読者には、おなじみの存在です。そのためモヒカンは、無法地帯に存在する悪者の中で、下層の者を刺す言葉として用いられます。
 また、モヒる、と動詞にすることで、無法状態で暴れ回ったり、他人に迷惑をかけたりする行為になります。

 ネット上では、そういった意味から転じて、ある特定の振る舞いをする人たちを、指すことがあります。彼らは、場を荒らしたり、空気の読めない言動を繰り返したりします。たとえば、IT技術者界隈では、融通の利かない原理主義者が該当します。それ以外の分野でも、原理原則を至上として、他人に猛然と噛みつく人たちが当たります。
 彼らは確かに正しいけれど、周囲の人たちが扱いに困ったり、しらけてしまったりするような話を延々とします。また、些細な間違いに対して、過剰で容赦のない突っ込みをします。

 ネットでは、そういった人たちをモヒカン族と呼びます。またIT技術者界隈では、技術モヒカンなどと使ったりします。さらに、その手の人の行動を、手斧を投げる、マサカリを投げるとも言います。
 このモヒカン族という言葉は、二〇〇五年頃に登場したと言われており、二〇〇六年には、現代用語の基礎知識にも載りました。

 というわけで、ヒャッハー、汚物は消毒だ、モヒカン、について話しました。これらは、ネットでよく出てくる言葉なので、覚えておくとよいでしょう」

 僕は、「北斗の拳」由来の、いくつかの言葉の説明を終えた。

「なるほど、そういえば、モヒカンという言葉も見たことがあったわ」

 僕の先回りの説明に感動するようにして、楓先輩が目を輝かせる。ふっ。僕のサービス精神の旺盛さが、楓先輩に伝わったようだ。紳士たる僕は、こうやって淑女たる楓先輩の心をつかむのだ。
 僕が意気揚々としていると、左隣で殺気がした。うん? 何だろう。そこで僕は、鷹子さんが左隣にいたことを思い出した。

 し、しまった。ヒャッハーでの墓穴を埋めるために、多彩な解説をして鷹子さんを幻惑しようと思っていたのに、すべて、粗暴な雑魚敵の説明に終始してしまった。
 僕は、自分の愚かさを嘆く。そして、そっと鷹子さんの表情を窺った。

 そこには、拳を握り、天まで届きそうな巨大さになり、闘気を発している鷹子さんがいた。強敵と書いて「とも」と読む。いや、鷹子さんは、恐敵と書いて「てき」と読む。そう。ただの敵だ。それも、恐ろしい敵。僕にとっての捕食者、プレデターが、怒りの眼で僕をにらんでいた。

「サカキ! てめえ、けっきょく私のことを、雑魚敵と言っているだけじゃねえか!!」

 やばい、殺される。そこで僕は閃いた。そうだ。オーラで身を守るように、エロゲによるシールドを張ろう。僕は、カバンの中から、素早くゲームのパッケージを取り出す。そして、楓先輩に見えないようにして、鷹子さんの前に掲げた。

「これが壊れてしまいますよ。遊びたいんですよね!」

 鷹子さんの拳が止まる。そして、怒りが解けて、僕の肩を叩いてきた。

「仕方がねえな。サカキがどうしてもプレイしてくれと言うならば、プレイするしかないよな」

 鷹子さんは、僕の持ってきたエロゲをひったくり、嬉しそうに去っていった。楓先輩は、僕と鷹子さんのやり取りを、きょとんした顔で見ていた。

 翌日のことである。放課後、僕が部室に行くと、鷹子さんが鬼のような形相で待っていた。

「おい、サカキ!」
「な、何ですか? 僕は、悪いことをしていませんよ! 何かあったとしたら、あれですよ。妖怪の仕業です!」

 僕は、むんずとつかまれた。

「お前が貸してくれた『北島の拳 北島珍拳V.S.南島性拳 性技の大決戦』を遊んだんだよ! そうしたら、優里亜というキャラ以外、攻略不可能じゃねえか。攻略しようとしたら、次から次に死んでいくし、優里亜も攻略したと思ったら短命だし。どういうことだ!」

「し、知りませんよ。そういったゲームなんですから」
「許さん。あたたたたたたたたたっ!!」

 僕は、鷹子百裂拳を食らった。

ひでぶ!」

 僕は、経絡秘孔を突かれて絶命した。僕は、どうっと床に倒れる。

「大丈夫、サカキくん?」

 楓先輩が、心配そうにしゃがんで、僕に顔を寄せた。ああ。床から見上げる楓先輩の顔も素敵だ。僕は死んだふりをして、楓先輩のキスで目覚めようとする。

「げふっ!!!」

 鷹子さんが、僕の腹を踏んで部室の外に出ていった。鷹子さん。あなたは黒王号ですか! 僕は本当に絶命した。そして、楓先輩の優しい、痛いの痛いの飛んでいけで蘇生した。