雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第188話「打線を組んだ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、白球を追いかける者たちが集まっている。そして日々、熱い汗を流し、練習に明け暮れている。
 かくいう僕も、そういったマウンドに立つ系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、熱き血潮な面々の文芸部にも、冷静で低血圧な人が一人だけいます。「逆境ナイン」の不屈闘志だらけの野球部に紛れ込んだ、「動物のお医者さん」の菱沼さん。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にちょこんと座った。僕は楓先輩のあごの辺りを見る。小柄で痩せている先輩は、あごのラインがほっそりとしていている。わずかに浮いて見えるあごの骨は、その頭蓋骨の形のよさを想像させる。僕は、そんな楓先輩の、羽二重餅のようになめらかな、あごの下をなでなでしたいと思いながら、声を返す。

「どうしたのですか、先輩。ネットに、初見のフレーズがありましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。打っては、通算本塁打八百六十八本。監督になれば十九年采配を振るい、ワールド・ベースボール・クラシックでは日本を世界一に導いた王貞治のように、僕はネットで大活躍をしています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、キーボードを連打して書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、ホームラン級の文章表現にノックアウトされた。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「打線を組んだって何?」

 今回は、その話で来たか。このフレーズならば、エロくもなければ、危険でもない。様々な打線を楓先輩と組むことで、キャッキャウフフの、じゃれ合いができるはずだ。よし。今日は、言葉のキャッチボールを楽しむぞ! 僕は、そのことに期待をふくらませて、説明を開始する。

「打線を組んだとは、ネット掲示板における野球関係の板発祥の遊びです。簡単に言うと、個人的なランキングの亜種になります。たとえば『僕の好きなロボットアニメランキング』みたいな感じで、『ロボットアニメで打線を組んだ』のようにリストを作ります。
 昔風に言えば、江戸時代の見立番付に近いものになります。見立番付では、相撲の番付の形式を真似て、様々なランキングや、物事のリストを作りました。現在でも、ヒット商品番付という形で、そういった文化が残っています。その野球版と考えてもよいでしょう。

 さて、この打線を組んだが、通常のランキングと違うのは、野球の打順や守備位置とからめて、リストを作ることです。多くの場合、打線を組んだのリストでは、打順の横に守備位置を添えて、様々な事象を並べます。
 ただのランキングならば、それは上下の順位しか持ちませんが、野球の打順やポジションとからめることで、微妙な個性を演出することができるわけです。

 とはいえ、楓先輩は、野球については詳しくないと思います。そこで、打順と守備位置にどんな意味があるのかを紹介して、それから打線を組んだを、実際に作ってみましょう」

 僕は、キーボードを手元に寄せ、エディタを起動する。そして、楓先輩に分かりやすいように、打順と守備位置を紹介する表を作った。

●打順

・一番 俊足で、選球眼があり、巧みに塁に出ることができる選手。
・二番 俊足で、小技が利く選手。
・三番 打撃力があり、精神的にも強い選手。中、長距離打者。
・四番 大砲。圧倒的打撃力で、戦局を切り開く。打撃の頂点。
・五番 長打力、打率もある程度ある選手。
(六あるいは七番以下は、打撃力に劣る下位打線)
・八番 守備専任の選手で、捕手が多い。
・九番 守備専任の選手で、投手が多い。

●守備位置

・一(一塁手)内野。捕球技術がある選手。強打者が置かれることが多い。
・二(二塁手)内野。反応力、判断力に優れ、守備が上手い選手。
・三(三塁手)内野。一塁送球のために肩が強く、守備が軽快な選手。
・遊(遊撃手)内野。守備の華。二塁手と並び、内野で最も守備が上手い。
・左(左翼手)外野。打撃能力が高い選手。
・中(中堅手)外野。守備範囲が広い。足が速く、守備が上手く、強肩。
・右(右翼手)外野。プロ野球では、守備が上手く、強肩な選手。
・投(投手)ピッチャー。ボールを投げて、バッターと直接対決する。
・捕(捕手)キャッチャー。ピッチャーの女房役。守備の扇の要。

「……なかなか難しいのね」

 楓先輩は、たじろぐようにして言う。

「そうですね。楓先輩は、野球には詳しくないでしょうから、初見では覚えきれないと思います。僕は、野球経験はありませんが、野球マンガは多く読んでいるので、だいたい分かりますが」

「それで、打線を組んでみたの例を教えて」
「分かりました。楓先輩が分かりそうな内容で、打線を組んでみます」

 僕は、少し考えてから、キーボードを叩き始める。

「では、日本の文筆家で」

・一(二)芥川龍之介
・二(遊)泉鏡花
・三(中)森鴎外(※)
・四(一)夏目漱石
・五(右)三島由紀夫
・六(左)安部公房
・七(三)志賀直哉
・八(捕)谷崎潤一郎
・九(投)川端康成

※ 鴎は區鳥

三島由紀夫右翼手って、政治的思想から来ているの?」
「えー、そうですね。ここはネタですね」

 本当は、マンガ家や、アニメ作品などで打線を組む方が僕好みなのだけど、それでは楓先輩が分からないので、文豪系で攻めてみた。

「なるほど、こんな感じで打線を組むのね」
「そうです」

「でも、守備位置は私には難しすぎるわね」
「打線を組んだの中には、守備位置を省いているものもあります。野球好きの人は嫌うようですが、それでも構わないと思います」

「じゃあ、サカキくん。私がサカキくんの特徴で打線を組んでみるから、サカキくんは私の特徴で打線を組んでみて」
「分かりました。互いに、こっそりと紙に書いて、せえので、見せ合いましょう」

「うん。楽しみね!」

 僕と楓先輩は、メモを一枚ずつ取り、鉛筆で打線を組み始める。守備位置は、楓先輩には難しすぎるようなので、打順だけで書くことにした。

「それでは書きましたか?」
「うん。書いたよ」

「では、お互いに見せましょう。せえの」

 僕と楓先輩は、それぞれ、相手の特徴で組んだ打線を見せ合った。

●楓先輩の特徴

・一 整った顔
・二 白い肌
・三 三つ編み
・四 眼鏡
・五 文学少女
・六 スレンダー
・七 ちんまり
・八 貧乳
・九 幼児体型

「ほ、ほとんどが、容姿のことなんだけど。それも、ちんまり、貧乳、幼児体型という下位打線が、ショックなんだけど」

 楓先輩は、うな垂れるようにして言った。そういえば、ほとんど容姿のことばかりだ。僕は、そういった目で、楓先輩を普段から見ていたらしい。楓先輩は、そんな僕に、がっかりした様子を見せる。
 こ、これはやばい。楓先輩の書いた打線に、急いで話題を移そう。僕はそう思い、先輩の出したメモに視線を向けた。

●サカキくんの特徴

・一 オタク
・二 雑学
・三 空気を読めない
・四 ネット依存症
・五 マシンガントーク
・六 墓穴を掘る
・七 成績が悪い
・八 ネットポルノ探索者
・九 ネットポルノ中毒者

「ちょ、ちょっと待ってください。これは何ですか!」
「えっ? 素直に書いたんだけど」

 楓先輩が、きょとんとした顔をする。

「他のは、まあ、ともかくとして、八番と九番は何ですか!」

「うん。サカキくん、部室でよくそういった画像を探して、見ているでしょう?」
「うっ」

「文芸部のみんなにばれてないと、思っているのかもしれないけど、みんな知っているよ」
「ううっ」

「いつか、言おうと思っていたんだけど、ちょうどよい機会だから、打線の中に組み入れてみたの」
「おっ、おうっ……」

「でも大丈夫だよ。サカキくんを語る上で、最も大切なのは、ネット依存症だから。八番、九番は下位打線だもの。少しだけ修正すれば、どうにかなると思うよ」
「おっ、おうっ、おおおうっ……」

「少なくとも、学校でそういった画像を探すのは、よした方がよいと思うよ。これを機会に、是非やめてね」
「……」

 僕は、スライムのように溶けてしまった。立ち直れない心の傷を負ってしまった。

 それから三日ほど、僕が部室のパソコンを使う際は、楓先輩が斜めうしろに立って、監視し続けた。い、いろいろと辛い。普段見ているサイトの、九割が見ることができず、いかに僕が、普段から危険なサイトを巡回しているのかよく分かった。

「か、楓先輩。大丈夫ですから、自分の席に戻ってください」
「駄目よ。先輩として、サカキくんを指導する必要があるもの」

 う、う、うえぇ~~~~ん!!
 三日経ち、僕は、きれいなジャイアンも真っ青な、きれいなサカキくんに変貌した。

 サカキくんは、これですか?
 いえ、もっと汚いの。
 正直のご褒美に、きれいなサカキくんをあげましょう。
 どうする?

 助けてくれ~~~!!!

 僕は、耐えられなかった。僕は、きれいなサカキくんになり切ることは、できなかった。
 先輩の監視がゆるんだその日から、僕は、汚いサカキくんに戻ることにした。

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