雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第50話「末代訪問 その7」-『竜と、部活と、霊の騎士』第7章 訪問

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◇森木貴士◇

 ベルの音が鳴った。末代の屋敷の、入り口のものだ。雪子先輩が立ち上がり、壁際のインターホンに向かう。液晶の画面に、屋外の景色が映り、そこに佐々波先生の姿が現れた。

「佐々波です。バスに拾ってもらって、ようやく着きました。入れてください」

 立ち上がろうとした俺たち一年生を、雪子先輩は手で制する。

「私が行くわ」

 笑顔で、雪子先輩は部屋を出ていった。しばらくすると、ふらふらの佐々波先生が、雪子先輩に支えられて部屋に入ってきた。その様子を見て、末代がため息を吐く。

「珊瑚ちゃん。また、車をぶつけたの?」
「だって、仕方がないですよ。ここは、御崎町から遠いんですもの」
「あなた、実家は多津之浦じゃない。里帰りのたびに、ぶつけているんじゃないの?」
「そんなことないですよ。二、三回に一度ですよ!」

 よくもまあ、死んでいないなと感心する。それに、警察沙汰になっていないなと。朱鷺村先輩は、呆れた様子で、佐々波先生を見ている。その視線に気付き、佐々波先生は、どんよりとした表情になる。

「えー、それで、話はどこまで進みました?」

 佐々波先生は、場を誤魔化すようにして、末代に尋ねる。

「歴史の話は、一通りしました。これから、新入生たちに、守り人の呪符を授けます。貴士さんは、お母さまから受け継いでいるようですので、残りの二人の呪符を作ります」
「あの、質問いいですか?」

 DBが手を挙げて尋ねる。

「何ですか?」
「偽剣にたどり着ける呪符を、各人に渡すのは、セキュリティ上、あまりよいとは思えないのですが」

 DBの言葉に、末代はきょとんとする。俺は、部屋を見渡す。この家に、パソコンなどはなさそうだ。そういった生活を送っている人間に、セキュリティの重要性を説いても、上手く伝わらないだろう。

「ねえ、珊瑚ちゃん。どういう意味?」
「合い鍵をたくさん作ると、泥棒に入られやすくなるということですよ」

 さすが、曲がりなりにも先生だけある。たとえが上手い。末代は、少し考えたあと、口を開いた。

「でも、島のいたるところに罠を仕掛けているから、朱墨の呪符は持っていないと危険ですよ。それに、黒い墨の呪符は与えないですから、簡単に入ることはできませんし」

 俺は、波刈神社の横穴を思い出す。朱色で「陰」「殺」の文字があった。偽剣の安置場所以外にも、そういった罠が仕掛けられている地点が、あるのかもしれない。それに罠は、黒と朱の文字で二種類あった。朱文字の呪符がなければ突破はできないが、それだけでは無傷でたどり着くことは難しいということだ。俺は、そういった、経験を交えた話を、DBに伝える。

「そうか。単純に、鍵となる呪符があれば、盗み出せるわけじゃないのか」

 DBの台詞のあと、佐々波先生が言葉を添える。

「それに、私の白墨の線もあるから、敵が近付けば察知できるわ」
「佐々波先生の言う通りですよ。安心してください」

 末代はそう言い、奥の棚から半紙を出して机に置いた。
 座布団に座り直した末代は、手を紙の上に掲げる。すると、霊の筆が現れて、その穂先が朱色の墨汁をたたえ始めた。筆が下がり、幻の線が引かれる。末代の手の動きに合わせて、「許」という朱文字と、複雑な紋様が描かれていく。末代は、二枚の半紙に、呪言を書き付け、それを折り畳んで、こよりで留めた。

「一つは大道寺さんに、もう一つは鏑木さんに」

 DBとアキラは、それを受け取った。儀式が終わったあと、末代は、このあとの予定について語り始めた。

「このあと、多津之浦を囲む丘の一つに行きます。お弁当を用意していますので、そこでみんなで、お食事にしましょう」
「いよっしゃ!」

 疲れ切っていたDBが、一人でガッツポーズを取る。よほど、お腹が減っていたのだろう。

「ご飯が楽しみなんですね。それはよいことです。その丘からは、岬の間にある岩礁が見えます。そのため、竜神神社を見下ろすことができます。竜神神社に収めていた偽剣は、学校に管理を任せたのち、凪野弥生によって持ち去られています。そのため、中は空になっています。
 また、丘には、陰神社と陰蔵があります。このカゲは、陰陽の陰と書きます。竜神神社と対になっている神社と蔵です。本社の竜神神社が海の上にあるため、普段のお参りは、この陰神社を使うのです。そして、陰神社の敷地には、偽剣が隠されています。また、陰蔵には、まだ貸し出していない残りの霊珠が、保管されています。
 竜神神社を遠望しながら食事を取ったあと、陰神社に行ってお参りをしましょう。そして、陰蔵にも行きましょう」
「はい、質問です! 偽剣の場所には行かないのですか?」

 DBが、手を挙げて質問する。それは、俺も気になったところだ。

「今日は、そちらには行きません。呪符を与えたとはいえ、危険な場所には違いありませんから」

 なるほど、言われてみればそうだ。それに、まだ入部間もない、初心者の俺たちを連れて行くような場所ではない。

「さあ、それでは出発しましょう」

 末代は立ち上がり、俺たちに部屋を出るように促す。廊下に出たあと、末代は俺たちに声をかけてきた。

「そうね、力持ちそうな人に、重箱を運ぶのを手伝ってもらおうかしら」

 俺とDBは、迷わずアキラを指差す。

「ちょっと待った! 二人とも、こんなか弱い乙女を捕まえて、力仕事をさせる気?」

 アキラは口を尖らせて文句を言う。

「だってなあ、アキラが一番腕力あるだろう」

 俺は、仕方がなさそうに言う。

「そうそう。アキラは、ゴリラ女だからな。筋力は俺の十倍はあるだろう。俺のように、引きこもりのオタクとは違うからな」

 DBがにやにやして言う。いつも、馬鹿にされている仕返しをしているのだろう。

「くっ」

 実際に、俺たち新入生三人の中で、最も体を鍛えているのはアキラだ。アキラは、悔しそうに末代に付いて、台所に向かった。
 屋敷の外に出た俺たちは、連れ立って丘の上へと歩き出す。

「うへえ、また歩くのかよ」

 DBが、苦しそうに声を漏らす。

「いい機会じゃない、ダイエットしなさいよ」

 アキラが、先ほどの仕返しとばかりに、DBを罵る。俺は、丘を登りながら周囲を見渡す。

「どうしたの、シキ?」

 アキラが尋ねてきた。

「いや、ここに来た時さあ、アキラが、何か動いているものを見たと言っただろう。見つからないかなと思って」

 アキラは、重箱を持ちながら、一点を見つめる。

「いなくなっているわね」
「そうなのか?」
「うん。今思うと、車みたいな感じだったのよね」

 アキラの言葉に、DBが馬鹿にしたようにして、声を返す。

「こんな森の中に、なんで車が停まっているんだよ」
「あんた、突っかかってくるわね。でも、確かに、そんな感じだったのよね。でも、いなくなっている。なんでだろう」

 アキラは首をひねる。本当に何かいたのだろうか。俺は疑問に思いながら、末代に付いて、坂を上っていった。