雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第47話「末代訪問 その4」-『竜と、部活と、霊の騎士』第7章 訪問

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◇森木貴士◇

 坂を下り、多津之浦の干拓地に着き、歩き出す。

「あそこだよな」

 俺は、前方を指して、傍らのアキラに尋ねる。

「住所からして、そうじゃない」

 アキラは、俺の手元のスマートフォンを覗き込みながら答える。俺は、横に立つアキラとともに前方を見た。草木が生い茂った、こんもりとした丘の麓に、平屋の和風建築がある。御崎町から続く道路から近い場所だ。峠からあまり歩かずに済んだのは、ありがたかった。

「DB、大丈夫か?」

 俺は振り返り、重い足取りで付いてくるDBに、声をかける。DBは、十メートルほど遅れている。その顔には、疲労の色が浮かんでいる。

「なんで、こんなに歩く羽目になるんだよ。こんなことなら、セバスチャンを呼んで、車を出してもらうんだったぜ」

 DBの声は荒い。まあ、気持ちは分からなくもない。DBの家の田中さんなら、運転は上手い。それに変なローリングもなく、車酔いになることもない。当然、事故など起こりようもない。

「あと少しだ。頑張れ」
「無理なら、そこで寝てなさいよ。誰も困らないから」

 アキラが、DBの体力のなさを、馬鹿にする口調で言う。

「くそ、あと少しだ。歩けばいいんだろ」

 DBが、今にも倒れそうな顔をしながら、再び足を動かし始めた。
 屋敷に着いた。門の周囲は、生け垣になっており、庭には家人のものらしい乗用車が停まっている。その車の横には、朱鷺村先輩の新しいバイクがある。俺は、門の横にあるインターホンのボタンを押す。

「はい。龍之宮です」

 女性の声だ。歳は経ているが、老い衰えているという様子はない。

「森木貴士です。竜神部の一年生です。今日は、佐々波先生と窺う予定だったのですが、先生が事故を起こしてしまい、新入生三人で歩いてきました」
「神流ちゃんに聞いていますよ。珊瑚ちゃんが、また車をぶつけたって。ユキコちゃんが、玄関に迎えに行ってくれるそうですから、少し待っていてくださいね」

 しばらく待つと、屋敷の玄関の戸が開き、白いブラウス姿の雪子先輩が現れた。

「みんな、けっこう時間がかかったね。シキ君とアキラちゃんは平気そうだけど、DB君は落ち武者みたいな顔になっているわね」

 雪子先輩が、楽しそうに笑顔を浮かべる。バイクに乗っている時に着ていた革のジャンパーは、脱いだのだろう。軽やかな姿になっている。バイクの上でなければ、あの服装は暑過ぎるはずだ。それに、こういった薄着の方が、雪子先輩は似合っている。

「さあ、上がって上がって」

 勝手知ったるといった様子で、雪子先輩が手招きをする。俺たちは、門から玄関へと向かう。その途中、アキラが顔を丘に向けて、首をひねった。

「どうしたんだ?」

 怪訝な顔をしているアキラに尋ねる。

「何か、動いているものが、見えた気がしたから」
「動物か?」
「ううん。光を反射したような気がしたんだけど」

 俺は、アキラが目を向けている辺りに、視線を動かす。丘の中腹辺りの、屋敷が見渡せるところだ。二、三秒眺めてみたが、何もない。その場所は、木の枝が大きく伸びて、丘の地肌を覆っている。そこには、動いているものも、光っているものも見つからなかった。

「何もないみたいだぜ」
「そう?」
「DBはどう思う?」

 俺は、背後のDBを見る。悲愴な顔をしている。答えそうな気配はない。疲労で、それどころではないのだ。

「みんな、どうかしたの?」

 雪子先輩が、声をかけてくる。

「いや、何でもないです」

 俺は、そう答える。いつまでも、突っ立っていても仕方がない。俺は、玄関に入って靴を脱ぐ。玄関から続く板張りの廊下は、屋敷の奥へと続いている。その廊下を、俺たちは歩き始める。
 雪子先輩がふすまを開け、俺たちは、畳敷きの居間に通された。十二畳ほどの広さで、壁には神棚がある。中央には木製の長机があり、その周囲に座布団が並べられている。
 上座には、六十代後半ぐらいの、和服の女性が正座していた。そこから座布団一つ挟んだ下座の席に、朱鷺村先輩が座っている。空けている席は、佐々波先生のためのものだろう。

 朱鷺村先輩は、ライダースーツを脱いで、ジーパンに白いシャツという、あっさりとした格好になっていた。初めて港で見た時と同じ服装だ。
 俺は、座布団の上で端座している女性を見る。優しげな様子で、皺だらけの顔をしている。髪は白く染まっており、その髪を首筋で結わえてある。老いてはいるが、どこか若々しさを感じさせる女性だ。よい人生を歩んできたのだろう。そう感じさせる空気を、彼女はまとっていた。

「竜神神社末代、龍之宮玲子です。あなたたちが、竜神部の新しい入部者たちなのですね」

 龍之宮玲子は、眩しいものを見るような目で、俺たちを眺めた。その顔には、瑞々しい感動が浮かんでいる。俺たちは立ったまま、一人ずつ名前を告げて、自己紹介をした。それらをすべて聞き終わったあと、龍之宮玲子は口を開いた。

「私のことは、末代と呼んでちょうだい」

 その言葉を告げた時、わずかに顔に陰りが生じた。そこには、人生の悔恨がにじんでいるように、俺は感じた。末代は姿勢を正したまま、表情を硬くして言葉を続ける。

「私は、龍之宮の家に生まれました。夫は入り婿でした。私は夫とともに、子孫を残そうとしましたが果たせませんでした。龍之宮の血は、私の代で途絶えることになりました。その自責の念を込めて、私は自分のことを、末代と名乗るようにしています」

 彼女にとって、それは重く、辛いことだったのだろう。少しの時間、末代は口を閉じて沈黙した。俺たちの表情を見たあと、末代は再び口を開く。

「実は、その呼称を使うようになったのは、もう一つ理由があります。私は自分のことを抽象化したいのです。それが、龍之宮一族としての、私の責務だと考えているからです」

 どこか覚悟を決めた口調で、末代は告げる。

「龍之宮の一族は、代々偽剣を守る封印を残して、死んでいきました。霊で作った道具は、時間をかけて固定化すれば、自身が死んだあとも、残すことができます。私は、文字縛りという能力を、霊珠で得ました。その力で施した封印は、私の死後も働き続けるようにしています。
 私個人の力ではなく、龍之宮の封印として力を行使する。私が残した文字は、龍之宮という、島を守る存在の一部として、仕事を果たしていく。私という色を消して、八布里島を守る役目として、人生をまっとうする。それが私の告げた、抽象化の意味です。
 私は竜神神社末代。龍之宮玲子ではなく、そういった責務を果たす存在。だから私のことは、末代と呼んでちょうだいね。それが、年老い、血を繋ぐという役目を果たせなかった私の、せめてもの矜持なのですから」

 末代は、俺たちに笑顔を向けた。その表情は、どこか悲しげだった。彼女の人生には、俺たちには計り知れない、苦悩と葛藤があったのだろうと感じられた。
 俺は思い出す。竜神神社は、鎌倉時代の初期に作られた。それから八百年近く続いた血統を、自分の代で終わらせてしまう重さ。末代はその重圧に耐えながら、島を守る仕事をこなしてきたのだろう。
 俺は、真剣な顔で末代を見る。おそらく、DBやアキラも、同じ顔をしているのだろうと、俺は思った。しばらくすると、末代の表情が、ふっとゆるんだ。そして、優しげな笑みを浮かべて、口を開いた。

「みんな、いい顔をしていますね。この島をよろしくお願いします」

 末代は、両手を膝の下に差し出し、深々と頭を下げた。

「はい」

 俺たちの口からは、図らずも同時に、同じ言葉が出た。末代は顔を上げ、再び姿勢を正す。

「あなた方の中で、貴子さんのお子さんがいらっしゃると聞いています。それは、森木貴士さん、あなたですか?」

 母さんの名前が、末代の口から漏れた。俺は緊張して答える。

「そうです。森木貴子は、俺の母さんです」
「あなたが、貴子さんの息子さんなのですね。そして、日和さんの弟さん」
「はい」

 末代は、目を細めて笑みを作る。

「貴子さんは若い頃、竜神神社の通い巫女をしていました。その娘さんの日和さんもです。日和さんは、竜神神社、最後の通い巫女でした。二人はとても優秀でした。私が知っている、当代の通い巫女の中では、彼女たち二人が、双璧を成していました」

 俺は背を伸ばして、身を引き締める。

「通い巫女とは、どういったものですか?」
「任期は一年。年若く、霊的能力に長けた女性が、龍之宮の屋敷に通い、島の守り人としての修業を積むのです。そして、その力が認められれば、生きている間、霊珠が貸し与えられます。有事の際に、いつでも自分の判断で、行動ができるようにです。
 龍之宮では、毎年一人の通い巫女を、迎え入れていました。しかし、霊珠を授けられる人間は、それほど多くはありません。十年に一人か、二人といったところです。しかし、霊珠を授けられなかった人は、それで終わりではありません。そういった人も、島を守るために協力します。力はなくとも、龍之宮の知識は、受け継いでいるからです。

 貴子さんのご実家の森木家は、代々優秀な通い巫女を輩出してきた家系です。通い巫女を出す家系は、大きく分けて四つあります。
 私の一族である龍之宮。本家は私の代で絶えますが、分家の人間が、この地に何人かいます。
 八布里島の古い支配者の家系である朱鷺村。神流ちゃんの家ですね。そして、あなたのお母さまのご実家である森木。最後は、蘭堂という家系です」

 俺は、末代の説明を、真剣な眼差しで聞く。

「貴子さんと日和さんは、高校を卒業したあと、一年間通い巫女をしていました。五年前の事件では、二人は役目をまっとうしました。あの日、霊珠を持っていた通い巫女は、この島から一掃されてしまいました」

 八布里島を、霊的に守護していた母さんと姉さん。そこには、俺が知らない二人の姿があった。俺は、その二人のことを思うとともに、御崎の港にいる、父さんの姿を頭に浮かべる。
 姉さんは一年間、龍之宮の屋敷に通っていた。父さんは、その理由を知っていたはずだ。父さんは、この島の霊的な闘争について把握している。

 帰ったら、母さんと姉さんのことを、もう一度尋ねてみよう。そして、もし父さんが、二人の仕事を、肯定していたならば、俺がその仕事を、受け継いだことを話そう。しかし、否定していた可能性もある。俺は、そのことを考える。
 父さんは俺に、霊的な話を一切語ってこなかった。もしかしたら、嫌っているのかもしれない。八布里島を霊的に守る仕事により、父さんは家族を二人失っている。

「さあ、いつまでも立っていないで、お座りなさい。珊瑚ちゃん――佐々波先生から、今日の予定は聞いています。今から、八布里島の霊的な歴史を話します。
 凪野弥生が、再び島への侵攻を開始したようだと、佐々波先生から聞いています。対抗するためには、正しい知識を知っておく必要があります。まずは太古の昔に時代をさかのぼり、いにしえの伝説から語り始めましょう」

 俺たちはそれぞれ座布団に座り、末代の話を聞き始めた。