雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第183話「中古」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、世俗にまみれた者たちが集まっている。そして、やさぐれた人生を送っている。
 かくいう僕も、そういった汚れきった系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、経験豊富な面々の文芸部にも、初心な人が一人だけいます。ジル・ド・レの群れに取り囲まれた、オルレアンの聖女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の右隣にちょこんと座った。僕は先輩の制服の胸元を見る。すとんと落ちているけど、わずかなふくらみがある。小柄で可愛い楓先輩は、制服でふんわりと包まれている感じだ。僕は、妄想的透視能力を駆使して、その体のラインを割り出す。その、ほっそりとして可愛らしい肉体に、鼻血を出しそうになりながら、僕は先輩に声を返す。

「どうしたのですか、先輩。知らない言葉の使い方を、ネットで見たのですか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。エカチェリーナ二世の政治手腕のように、僕はネット上の政治手腕を発揮します」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、大量に生み出すためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、掃き溜めのようなネットの言説を目撃した。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「中古って何?」

 ぶっ! 僕は思わず、声を出してしまった。
 そ、それは、説明が困難なネットスラングですよ! 僕が、そう思って挙動不審になっていると、楓先輩が言葉を追加してきた。

「中古が、すでに使用された品物ということは知っているよ。でも、ネットを見ていると、それとは違うニュアンスのように思えるのよね」

 そ、そうですよね~。
 ネットスラングの中古は、すでに使用された「品物」ではなく、「人間」ですからね。それも、全人類の半分ほどに適用される方々のみを、対象にした言葉ですし。
 このネット用語としての中古は、品物に使っていた言葉を、人に適用する時点で、失礼千万なものだ。それに内容も、かなり一方的でひどいものだ。僕は、この言葉をどう説明すれば、楓先輩に軽蔑されないかを必死に考える。

「ユウスケと三日前に、私が中古なのかという話をした」
「えっ?」

 僕は、その声に驚いて、部室の入り口に顔を向ける。その場所には、同学年で幼馴染みの、保科睦月がいた。睦月は、いつもの通り、水着姿で座っていた。

 睦月は、子供の頃から、野山で一緒に遊んだ友人だ。しかし、中学生になった頃を境に、僕との会話がほとんどなくなってしまった。その代わりに、部室で競泳水着やスクール水着姿で過ごし始めたのだ。睦月は、僕の真正面の席に座って、じっと僕を見ている。僕は、どうすればよいのか分からず、途方にくれている。まあ、水着姿の美少女を毎日拝めるのは、素直に嬉しいんだけどね。

 その睦月が、入り口の近くから、こちらへとやって来て、僕の左隣にそっと座った。
 僕は、楓先輩と睦月に挟まれた格好になる。僕は、どういったシチュエーションで、睦月が中古なのかと話したか考える。しかし思い出せなかった。僕は仕方がなく、睦月に尋ねる。

「ねえ、睦月。僕は、どういった感じで、中古の話をしたかな?」

 睦月は、頬を染めて答える。

「ユウスケが、初めてかどうかを気にしていたから、その話を……」

 睦月は、言いにくそうに答える。えっ、僕は本当に、そんなことを話したのだろうか? 僕は必死に、記憶を過去へとさかのぼらせる。

 それは、三日前のことである。僕は、いつものように、自分の部屋でネットゲームをしていた。その日の僕の職業は、魔法剣士である。名前だけで、イケメン補正がかかりそうなその職業のレベルを、僕は限界近くまで上げていた。そして、パーティーの仲間たちから絶大の信頼を寄せられて、有頂天になりながらゲームをおこなっていた。

 そんな僕の横には、競泳水着で、マンガを読んでいる睦月の姿があった。睦月は、僕の部屋のマンガを、ほぼ全部読んでいる。だから、どんなマンガの話題を出しても、的確に答える。そして、僕の好みを僕以上に熟知している。そんな睦月は、萌えキャラたちが麻雀をするマンガを、なめるようにして読んでいた。

 僕は、マウスとキーボードを操り、魔法で強化しまくった剣を、巨大モンスターに叩き付ける。赤竜という、そのモンスターは、口から炎のブレスを吐いたあと、爪、爪、噛むと、コンボで攻撃をしてきた。
 僕は、防御魔法を展開する。赤竜の攻撃は、僕の繰り出した魔法の盾と相殺する。僕は、華麗な剣さばきで竜の鱗をはいで、その肉に剣を突き立て、敵に致命傷を与えた。

「ふっ、僕のようなイケメン魔法剣士には、それなりの結婚相手が相応しい」

 僕は、にやりとしながら声をこぼす。そのゲームには、結婚システムがあり、コンピューターが操るNPC、ノンプレイヤーキャラクターと結婚することができる。そのNPCには、村娘からお姫様まで、多種多様な女の子がいた。

「ねえ、ユウスケは、どんなNPCと一緒になりたいの?」

 気が付くと、睦月がマンガを閉じて、僕の横顔をじっと見ていた。

「そうだね。このゲームでは、いろんな結婚相手が選べるからね」

 僕は、脳内のデータを検索して、どういった女の子と結ばれるのが適切なのか考える。エルフの美女も捨てがたいし、ハーフリングの少女といった選択肢もよいだろう。そのままストレートに、お姫様や、深窓のご令嬢というのも、一つの手だと思う。
 しかし、そういった条件の前に、これだけは押さえておかなければという条件を、僕は口にした。

「中古では、ないことかな」

 僕は、中学生だから童貞だ。中学生で、童貞でない人も一定数いるけど、健全で奥手な僕は、当然のように童貞だ。だから、相手も同じような人がよいと思う。
 人間は、その伴侶として、似たような相手を選ぶ傾向があるという。それならば、性的経験についても、同じようなレベルの相手を選ぶのは、自然と言えるだろう。

 まあ、そういったことを無視しても、自分の好きな相手が、自分以外の男性に抱かれていることを想像すると、悲しい気持ちになる。そういった素直な感情が、大きかったりするのだけど。
 そういったわけで、相手の経験人数を気にしないほど達観していない僕は、人生の伴侶を選ぶに当たり、相手の経験の有無を、どうしても気にしてしまうのだ。

「ユウスケは、中古の相手は嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど、気後れするよね」

「初めてかどうか、ユウスケにとっては大切なことなの?」
「できれば、そうであった方が嬉しいと思うよ。それは、男性のわがままだと思うけどね」

 僕がそこまで言うと、睦月は考えるような表情で、パソコンのモニターを見つめた。

 えっ、もしかして?
 僕は、そこはかとなく不安になってきた。もしかして、僕といつも一緒にいる睦月が、実は処女ではないというオチなのだろうか? 知らないのは僕だけで、すでに睦月は男性経験豊富で、僕のことを経験不足のおくれた子と思っているのだろうか。

 僕は、頭に浮かんだ疑念に、全身を硬くする。もしそうだったら、これまでと同じように睦月の顔を見られないと思う。僕は、全身を掻きむしるような苦しみを味わって、絶叫すると思う。

 本当のところは、どうなのだろうか? 僕は、そろりと睦月の表情を窺う。睦月は、僕を見ず、モニターに視線を向けている。僕は、全身に嫌な汗を滴らせる。睦月が、こんな大胆な格好をして、僕の前に現れるのは、もしかして経験者ゆえの余裕なのだろうか?
 ああ、分からない。考えれば考えるほど、僕は精神のドツボにはまる。駄目だ。睦月の顔をまともに見られない。僕は、世界がぐんにゃりと歪む様子を体験する。

「睦月は、その、あるの?」

 はっきりとは聞けず、僕は曖昧に尋ねる。

「ユウスケは、初めてが好きなの?」

 質問に、質問で返された! 僕は、心の中で涙を流しながら、いったいどっちだと苦しみ悩む。

「ねえ、ユウスケ」
「な、何でしょうか、睦月さん」

 なぜか僕は、敬語になっている。僕は、人生の経験値の違いで、立場の上下が決まるとでも、思っているのだろうか?
 そ、そうかもしれない。
 僕は、ノミのように体を小さくする。睦月が、体を寄せてきた。全身に、電流を流されたような緊張が走る。僕は、心臓を大きく鳴らせて、睦月の体温を感じる。僕は、顔を真っ赤に染める。そんな僕に、睦月が声をかけてきた。

「ユウスケとなら、中古になってもいいよ」

 僕は、全身の血が沸騰するのを感じた。睦月は男性経験がなかった。そのことに、僕は心の底から安堵する。それと同時に、僕は必死に自分の欲望を否定する。
 駄目だ、駄目だ、駄目だ! 僕には、楓先輩がいる。僕は、懸命に理性を再構築して、引きつった笑顔で睦月に答える。

「そ、そういうわけには、いかないよ。僕たちは中学生だしね!」
「ユウスケが求めてくれるなら、私は嬉しい」

 僕は、唾をごくりと飲み込む。ああ、僕の理性の堤防は、決壊寸前だ!
 その時である。部屋の扉が開いた。そして、いつものごとく、母親がそこに現れた。げえっ、母上様! 僕は今日、何をしましたか?
 母親は、瞬間移動ばりの跳躍で、僕の間近まで移動して、僕の頭に拳骨を落としてきた。

「ほげえっ!」
「ユウスケ! あんた、風呂掃除をしておきなさいと言ったでしょう。なぜサボっているの!!」

 そ、そんな理由で、僕を殴りに来たのか! 僕は、「この暴力母親め!」と思いながら、渋々と立ち上がった。

「ごめん、睦月。僕には、風呂掃除という、人類にとって崇高にして深遠な仕事があるんだ」
「そ、そうなの」

 睦月は、残念そうに、しゅんとした顔をした。そんなことが、三日前にあったのである。

 僕は意識を、文芸部の部室に戻す。そして、楓先輩と睦月に挟まれた状態であることを思い出す。

「ねえ、サカキくん。それで中古って、どういう意味なの?」

 睦月との、危ない関係を脳内から振り払うために、僕は勢い込んで、楓先輩の質問に答える。

ネットスラングの中古とは、ある特定の条件に合致する女性に対する蔑称です。その条件とは、男性経験があるというものです。
 この言葉は、マンガやアニメのヒロインで、主人公以外の男性と付き合っていた女性を指します。また、声優やアイドルなど偶像的立場の女性が、男性と交際していることが発覚した場合にも、この言葉が用いられることがあります。
 似たような言葉には、傷物、使用済み、貫通済みなどもあります。これらは、いずれも相手を貶める言葉なので、実際に使うべきではないでしょう。

 さて、ではなぜ、中古のような言葉が、ネットで出回っているのでしょうか? それは、ある一定範囲の男性の、処女信仰とでも言うべき思考が原因だと、僕は推測します。
 オタクの世界では、女性経験がない男性ほど、相手の純潔を重んじる傾向があります。それは、異性との交際経験の少なさゆえに発生する、理想の高さが原因だと思います。また、女性と付き合ったことがない、あるいは恋人がいないという劣等感の裏返しとして、相手にも自分以下のレベルでいて欲しいという、プライドの問題があると言えるでしょう。

 そういった思いが暴走したケースも、ネットでは見られます。ヒロインや声優の男性経験が発覚した際に、怒ったファンが、CDやDVDを割るといった事案です。時折ですが、その破壊行為の結果が、ネットに公開されたりします。
 こういった写真がネットにアップされるたびに、その周囲の人間以外は、どん引きするといったことが、繰り返されています。

 まあ、僕たちのような中学生で、性的な経験があるのは、少々早すぎるかもしれません。しかし、三十代、四十代で交際経験にこだわっている場合は、少し極端かもしれません。
 どちらにしろ、性的体験の有無や時期は、その人の人生次第なので、そこを問題にするのは、あまりよくないと思います。というわけで、ネットスラングとしての中古は、非処女を表す言葉になります」

 僕は、中古の説明を終えた。これで楓先輩も、この言葉の意味が分かっただろう。説明を完了したことで、僕が胸をなで下ろしていると、左隣の睦月が僕の袖を引いてきた。

「えっ、何、睦月?」
「楓先輩が、固まっているよ」

 な、何ですと?
 慌てて振り向くと、楓先輩が頭をショートさせていた。どうやら、処女や非処女にまつわる僕の説明に、純真な先輩は、脳をオーバーヒートさせてしまったようだ。
 しまった。勢いに任せて、あまりにも赤裸々に語りすぎた。僕は、自身の浅はかさを呪う。先輩は五分ほど、微動だにしなかった。

 それから三日ほど、楓先輩は僕を、性的に淫らな人として避け続けた。

「楓先輩!」
「サ、サカキくんみたいな、ふしだらな人とは話しません!!」

「僕は、そんなに乱れた人ではないですよ!」
「サカキくんと話すと、中古になると聞いたもん!!」

 えっ、いつの間に、そんな話になったのですか?
 僕が、先輩に一歩近付くと、先輩は全力で三歩遠ざかった。僕が先輩に二歩近付くと、先輩は必死に九歩遠ざかった。

 うわあん。楓先輩、僕はエッチな人間ではないですよ! 水着の睦月に迫られても、純潔を守る、修行僧のような鉄の心を持つ人ですよ!! 僕は、自分の行動と、先輩のイメージの不一致に思い悩んだ。
 けっきょく三日経つまで、楓先輩は、僕から死にもの狂いで逃走した。僕はその間、ゾンビのように先輩を追い続けた。