雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第45話「末代訪問 その2」-『竜と、部活と、霊の騎士』第7章 訪問

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◇森木貴士◇

 土曜日の朝八時。その時刻に集合して、俺とDBとアキラは、休日の高校に向かった。今日は、竜神部のみんなで、竜神神社末代の家を訪問する予定になっている。集合場所は、校門を入ってすぐのところだ。俺たち三人はその場所に立ち、運動部の生徒たちを眺めながら、先生や先輩たちが来るのを待った。

「ねえ、シキ。ちょっと早く来過ぎたかな?」

 アキラが、足を揺らしながら尋ねる。

「そうかもなあ。でも、遅いよりはいいだろう」
「もう、十分ぐらい立ち続けているわよ。まあ、若干一名、立たずに座っている奴もいるけど」

 アキラは、足下を見る。そこには、地べたにだらしなく腰かけているDBがいる。

「何だよ、アキラ。お前も座ればいいじゃねえか」
「嫌よ。お尻が汚れるじゃない」
「そんなの、適当に払っておけばいいじゃねえか。そんな、たいそうな服でもない癖に」

 DBの軽口を受け、アキラが不快そうににらむ。DBがからかう顔をすると、アキラはDBの腹に、足刀を叩き込んだ。DBは地面を転がり、砂ぼこりにまみれる。まさに、犬猿の仲だ。この二人が一緒にいると、いつもこの調子だなと俺は思う。
 坂の下から、バイクの音が聞こえてきた。校門の向こうに視線をやると、大型バイクが坂を勢いよく上がってきた。二人乗りのバイクは校門の中に入り、俺たちの前で停まる。

「早いな」

 ライダースーツに身を包んだ朱鷺村先輩が、ヘルメットを脱ぎながら声をかけてきた。丸めていた髪がほどけて、ふわりと後ろに広がる。その髪がなびいた背中には、ジーンズにブーツに、革ジャン姿の、雪子先輩がいた。彼女もヘルメットを取り、こちらに微笑みかけてきた。二人とも、長距離の移動なので、厚手の服に身を包んできたのだろう。
 俺は、朱鷺村先輩の乗ってきたバイクに目を落とす。

「あれ、買い替えたんですか?」
「ああ。前のは、波刈神社の一件で廃車になったからな。新しいのを購入した」
「けっこう高そうですね」
「値段は知らない。排気量だけで決めたからな」

 さすが、金持ちの娘は違うなと、俺は思った。

「ところで、佐々波先生はまだなのか?」

 朱鷺村先輩は、周囲を見回しながら言う。

「まだですけど」
「事故ってなければ、いいのだが」

 朱鷺村先輩は、不安そうにつぶやく。

「佐々波先生は、運転が下手なんですか?」
「下手というよりは、ぼうっとしていて、反応が鈍いという感じだな。乗り物を運転するのには向いていない。佐々波先生は、壁や木に何度も車をぶつけている。運がよいのか、悪いのか分からないが、幸いなことに人を轢いたことはない」

 DBが、「おいおい、マジかよ」とつぶやく。俺も、嫌な予感がした。朱鷺村先輩と雪子先輩は、佐々波先生の車に乗って移動する気は、まったくなさそうだ。バイクで来たのも、そのためだろう。二人は、佐々波先生と一年間の付き合いがある。どれほど危険か知っている。だから、車に乗ることを避けているのだろう。
 校門の向こうの坂の下で、急ブレーキとタイヤがスリップする音が聞こえた。直後に、軽自動車が跳ねながら、学校の敷地に斜めに突っ込んできた。

 騒々しい登場だな。俺は、車が跳ねた場所に視線を向ける。どうやら、段になった路肩に乗り上げ、バウンドしたようだ。車は、慌ただしいブレーキ音とともに、俺たちから行き過ぎた場所で停止した。
 ドアが開き、佐々波先生が、ふらふらとした足取りで出てくる。その様子を見て、俺は、どう反応したらよいのか分からないまま、声をかける。

「あの、どうしたんですか、佐々波先生」
「おはよう森木君。ハンドルを握っていたら、勝手に蛇行運転するんだもの。酔って気持ち悪くなってしまったわ。そうそう、あれよ、あれ。ゲームで3D酔いって、あるでしょう。そんな感じ。ぐわんぐわんと、フロントガラスの向こうの景色が動くんだもの」

 佐々波先生は、近くのトイレに駆け込み、しばらくしたら、すっきりとした顔で戻ってきた。自分で運転して、自分で酔う人を初めて見たなと、俺は思った。

「それで、全員揃っているの?」

 佐々波先生は、朱鷺村先輩に顔を向けて尋ねる。

「ええ。佐々波先生が最後の一人でしたから」

 朱鷺村先輩の冷たい台詞を聞き、佐々波先生は、慌てた顔をして腕時計をにらむ。俺は、自分のスマートフォンの時計を確認する。八時半を二分ほど過ぎている。佐々波先生は、怯えたような顔をして、朱鷺村先輩に手を合わせた。

「ごめんね、朱鷺村さん。先生、遅刻しちゃった」
「知っていますよ。時間はもう、過ぎていますから」

 こ、怖い。冷然とした目付きで、佐々波先生を見下ろす朱鷺村先輩を見て、俺はそう思う。佐々波先生は、怯えるリスのように、身を震わせていた。

「まあまあ、カンナちゃん。特に急ぐわけでもないし。先生が遅刻するのは、予定の範囲内なわけだし。大丈夫よ。致命的なミスで、死人が出たわけではないんだから」

 雪子先輩が、笑顔で朱鷺村先輩の肩を叩く。この人は、しれっと怖いことを言う。致命的なミスで、死人が出るような現場に、居合わせたことがあるのだろうかと、俺は思った。

「まあ、ユキちゃんが、そう言うなら、許さないでもないが」

 朱鷺村先輩が、仕方がないといった風情で、ふてくされた顔をする。佐々波先生は、二人の顔色を窺いながら、その場で、おろおろとする。

「先生!」

 アキラが、手を挙げて声を出した。

「そろそろ出発しましょう。待ちくたびれました」

 空気を読まない女、アキラが、佐々波先生に迫る。

「そ、そうね。朱鷺村さんも、出発したがっているみたいだし。そうよね、朱鷺村さん!」
「ええ、行きましょう。末代のところは遠いですし」

 朱鷺村先輩は、髪を丸めて、再びヘルメットを被る。その横で、雪子先輩は、仕方がないなあといった様子で肩をすくめる。佐々波先生は、ようやく解放されたという表情で、胸をなで下ろした。
 その様子を見て、俺は思う。俺たち三人が、入部するまでの一年、佐々波先生と先輩たちは、ずっとこの調子だったのだろうか。
 ありえるな。佐々波先生は、俺の目から見ても、おっちょこちょいだ。そして、朱鷺村先輩は、きちんとしていないことが嫌いそうで、意外にというか、かなり短気だ。その二人を、雪子先輩が上手くコントロールして、部活を進めていたのだろう。

「一年生、車に乗って~」

 佐々波先生が、幼稚園児を引率するような口調で俺たちを呼ぶ。軽自動車に近付き、朝の日差しの中で、その車体を眺める。無数の傷が付いていることに気付いた。あまりにもよく、ぶつけたり、かすったりするから、その都度修理に出したりは、していないのだろう。日本の公道を走っているとは思えないほどに、くたびれた雰囲気になっていた。

「なあ、シキ」

 DBが、苦い顔で声をかけてくる。

「何だ、DB?」

 言いたいことは分かる。運転が下手というレベルを超えているのだろう。俺は、身の危険を感じる。俺とDBが躊躇する中、アキラはすたすたと歩き、後部座席に乗り込んだ。

「DBは前に座ってよ」

 アキラが、車内から言う。

「なんでだよ?」

 DBが、不満そうに声を出す。

「だって、あんた横に大きいでしょう。並んで座ったら、狭くなるじゃない。それとも、私の横に座りたいの? そのでかい図体で。よくもまあ、そんなこと、考え付くわね」
「くっ」

 DBは悔しそうに拳を握る。アキラとDBを隣にするのは避けたい。ずっと喧嘩をし続けるだろう。仕方がないので俺は、素直に後部座席に乗り込んだ。DBは、渋々といった様子で、助手席に座る。アキラは、よく分からないが、とても機嫌がよく、笑顔になっていた。きっと、嫌いなDBを、やり込めたからだろう。

「ねえ、シキ。楽しいね」
「そうか?」

 ハイテンションなアキラを、俺は怪訝な顔で見る。俺は、運転席に目を向け、佐々波先生が運転を始めるのを待った。