雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第181話「パヤオ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、とてもよく動く者たちが集まっている。そして日々、冒険活劇を繰り広げている。
 かくいう僕も、そういった天空の城を目指す系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、アニメイテッドな面々の文芸部にも、じっとして本を読んでいる人が一人だけいます。海賊ドーラ一家に拉致られた、リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、三つ編みをゆらしてやって来て、僕の横にちょこんと座る。ああ、先輩が空から落ちてきたら、僕は両手で受け止めるのに。でも、腕力がない僕だと、そのまま落としてしまうかもしれない。いや、華奢でふわふわした感じの楓先輩だから、お姫様抱っこができる体重かもしれない。僕は、そんなことを考えながら、先輩に声を返す。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、知らない言葉を見たのですか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの情報通よね?」
「ええ。政府の密命を受けて暗躍するムスカ大佐のように、いにしえのネット伝承に通じています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、夜中でも書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、古い時代のネット情報に触れた。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

パヤオって何?」

 ああ、アニメ界のレジェンドだ。日本の文化史に残るであろう偉人で、生粋の炉の人だ。しかし、その嗜好について語ることは、控えるべきだろう。僕も同類と思われかねない。よし! アニメ関係の話だけして、早々に話を終えてしまおう。
 その時である。部室の一角から声が聞こえてきた。

「サカキ先輩は、かつてこう言いました。パヤオや僕にとって、瑠璃子ちゃんはストライクゾーンだよと」

 ぶっ!!!!
 僕は、吐血しそうな勢いで吹き出して、顔を向けた。そこには僕の苦手な相手、一年生の氷室瑠璃子ちゃんが座っていた。

 瑠璃子ちゃんは、氷室という名の通り、僕に対して氷のように冷たい女の子だ。だが、瑠璃子ちゃんの特徴は、それだけではない。どう見ても、小学校低学年にしか見えない外見。そして人形のように整った顔。その姿と、目付きと、きつい性格のせいで、「幼女強い」という謎の陰口を叩かれている女の子だ。

 その瑠璃子ちゃんは、なぜか僕に厳しい。「目付きがいやらしいのは、品性が下劣だからですか」とか、「歩き方がもっさりとしているのは、人生脇道にそれてばかりのせいですか」とか、「勉学と無縁の生活を続けると退化しますよ。いや、もうしていますね」とか、世話焼き女房のように、いつも小言を言ってくる。
 僕のガラスのハートは、そのたびに粉々に砕けそうになる。瑠璃子ちゃんの言葉の暴力に、僕はいつも打ちのめされているのだ。

「えー、あの、瑠璃子ちゃん? 僕は、いつそんなことを言ったかな」
「私が二年生、サカキ先輩が三年生の時です。もう忘れたのですか?」

 うっ、記憶にない。しかし、がんばって思い出さないと、やばそうだ。このままでは、瑠璃子ちゃんは、僕がパヤオと同じ趣味を持つと、主張しそうだ。そうなると、僕は楓先輩に誤解されてしまう。僕は、一生懸命うんうんとうなって、記憶を過去へとさかのぼらせる。

 それは、小学三年生の時である。小学生となってからの二年間は、僕という人間を大きく変えた。僕はすでに新兵ではない。古参とは言わないまでも、中堅の小学生になっていた。
 人生で言えば、三十代や四十代の、脂が乗り切った頃に当たるだろう。僕は、小学生として、より大きな仕事を成し遂げるために、日々を真剣に生きていた。

「サカキ先輩。何をやっているんですか?」

 運動場で、はつらつと遊ぶ女の子たちを見ていた僕は、一学年下の瑠璃子ちゃんに、声をかけられた。僕の左手にはスケッチブックがある。右手には鉛筆がある。そんな僕の横に、瑠璃子ちゃんは立っていた。

「スケッチだね。僕は絵を描いているんだ」
「女の子が遊んでいるところを、描いているんですか?」

「うん。カメラで写真を撮るのはまずいからね。そんなことをしていると、変態だと思われてしまう。卓越した知性を持つ僕は、そういった未来を予測して、手動で少女の姿を写し取っていたんだ」

 瑠璃子ちゃんは、僕のスケッチブックを覗き込む。そして、困ったような顔をして、僕に顔を向けた。

「あまり上手くありませんね」
「うん。僕は小学生だからね。こういった活動を初めて、まだ二日しか経っていない。しかし、このまま少女たちの絵を描き続ければ、パヤオのようになれるかもしれない。彼ほど生き生きと、幼女を描ける人はいないからね」

 僕は、自分が描いた絵を見る。お世辞にも上手いものではなかった。このままでは、一流のアニメーション監督になることは、不可能なように思えた。

パヤオって何ですか?」
「暖かい眼差しで、幼い少女を見ることができる大人のことだよ」

「そうなんですか?」
「うん。そういった方面で有名な人がいるんだ」

「サカキ先輩は、その人のようになりたいんですか?」
「そうだね。なれるのなら、なりたいね。僕も自分の妄想を具現化して、生き生きとスクリーンに映し出したいものだね」

 僕は、宮﨑駿になった自分を想像する。僕の大好きな美少女たちを大活躍させるのだ。それは、美少女鑑定士の僕にとって、最高のご褒美のように思えた。

「サカキ先輩は、幼い少女が好きなのですか?」
「好きだよ。でも、パヤオの情熱には負けると思うな」

「でも、好きなんですよね」
「うん」

「そのパヤオという人は、私のことが好きでしょうか?」
「たぶん、気に入ると思うよ。だって、あの人の少女のストライクゾーンは広いから」

「サカキ先輩と、パヤオさんのストライクゾーンは、重なりますよね?」
「おそらくそうだろうね」

 どうして、そういったことを聞くのだろう? そこまで考えて、僕は気付いた。瑠璃子ちゃんは、僕に気に入られたがっている。紳士な僕は、そういった健気な少女に、温かい言葉をかけなければならない。
 僕は笑顔で、瑠璃子ちゃんに語りかける。

パヤオや僕にとって、瑠璃子ちゃんはストライクゾーンだよ」

 瑠璃子ちゃんは顔を赤く染めて、もじもじと体を動かした。瑠璃子ちゃんは、僕の服の裾を持って、じっと僕を見つめた。

 そういったことが、僕が小学三年生の時にあったのである。僕は、そのことを思い出す。瑠璃子ちゃんの台詞は、事実だった。確かに僕は、小学三年生の時に、瑠璃子ちゃんにストライクゾーンだと告げたのだ。

「ねえ、サカキくん。どうしたの固まって?」

 回想していた僕に、楓先輩が尋ねてきた。危ない、危ない、過去にトリップしていた。僕は、意識を文芸部の部室に戻す。そして、僕が炉の人と思われずに、パヤオという言葉を説明するには、どうすればよいかと考える。

 そうだ。蛇足の説明をたくさんしよう! そして、パヤオ、イコール、炉というイメージをうやむやにしてしまおう。方針は決まった。あとは、この作戦を完遂するだけだ。僕は意気込んで語りだす。

パヤオとは、日本を代表するアニメ監督である宮﨑駿を指す、ネットスラングです。この言葉は、氏の名前であるハヤオに、半濁点を付けてパヤオとしたものです。

 宮﨑駿は、日本の歴代興行収入ランキングの上位に大量に作品が入っている、超の付くヒットメーカーです。
 彼は、少女を描くのが特に上手いことで有名です。それは、オタク的な静止画としての愛らしさではなく、動画としての可愛らしさに特徴があります。宮﨑駿は、圧倒的な観察力と、絵の上手さで、脳内の幼い少女を、アニメイトすることができるのです。

 そういった彼の技巧が爆発したのが、歴代興行収入ランキングの一位に輝く『千と千尋の神隠し』です。このアニメーション映画では、平凡な女の子が主人公です。でも、その女の子が動くと、非常に可愛いのです。そういった、動画の魔法を、宮﨑駿は僕たちに見せてくれました。
 まあ、古くからのファンは、この時期の宮﨑駿ではなく、『未来少年コナン』『ルパン三世 カリオストロの城』『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』の頃の方が好きだと思います。
 僕も、それらのDVDや絵コンテを買っています。

 さて、この宮﨑駿が、ネットでパヤオと呼ばれるようになった時期は、先に挙げた『千と千尋の神隠し』のDVDが出た頃ではないかと、言われています。
 このDVDは、全体に赤みがかっていました。そして、その理由が、宮﨑駿のモニターチェックに原因があったという話が、ネットを通して広がりました。
 その頃に、宮﨑駿を叩くような流れが発生し、なかば馬鹿にするような言い方として、パヤオという呼び方が出てきたという話が残っています。ただ、当時を直接確認はできないので、それ以前にも、そういった用法があったかもしれません。

 その後、このパヤオという呼び方は、宮﨑駿を指す隠語として定着します。そして、愛称として使う人も出てきます。そして現在、パヤオという言葉は、国民的監督に対する、ネット上の呼称になっています。

 この宮﨑駿のパヤオの例は、名前に半濁音を入れることで、軽みを加え、滑稽にした用法だと言えるでしょう。
 こういった、名前の言い換えは、時代によって、様々なものがあります。

 ネット時代でよく用いられるのは、検索避けです。検索エンジンを利用した情報の検索は、文字列の一致でおこないます。そのため、名前の中の一文字を、わざと違う文字にするなどして、検索できないようにします。
 この用法は、悪口や非難を書く場合に、よく用いられます。

 また歴史の中には、違う方法で人の名前の読み方を変える例があります。これには、中世の歌人の名前を、音で読む方法が該当します。たとえば、藤原定家を、サダイエではなく、テイカと読む。藤原俊成を、トシナリではなく、シュンゼイと読む。こういった読み方は、有職読みと言います。
 この『ゆうそく』は、元々有識と書いたものが、儀式、行事、官職などに関する知識を指す意味が生じて、有職とも漢字を当てるようになったものです。

 こういった、有職読みは、近代でも真似されて用いられています。政治家、芸術家の名前、文学者などの筆名に、その例が見られます。
 横溝正史を、本名のマサシではなく、セイシと読む。松本清張を、キヨハルではなく、セイチョウと読む。安部公房を、キミフサではなく、コウボウと読む。これらは有職読みを、ペンネームとして用いているケースです。

 宮﨑駿のパヤオは、こういった例とは違います。しかし、非常に特徴的なニックネームです。ネット上では、パヤオという名前で、一意に宮﨑駿を指すので、覚えておくとよいでしょう」

 僕は、パヤオの説明を終えた。パヤオという言葉と、僕がロリコンらしいという、瑠璃子ちゃん情報を、関連付けられないように、言葉の煙幕を張り巡らせた。
 完璧だ。僕はこれで、危機を脱したと安心する。

「ねえ、サカキくん」
「何でしょうか、楓先輩」

「サカキくんが話していた『パヤオや僕にとって、瑠璃子ちゃんはストライクゾーンだよ』という言葉は、もしかしてサカキくんが、幼い少女好きということを表しているの?」

 僕は慌てて、楓先輩の言葉を否定する。

「そっ、そんなことはないですよ! 僕は、宮﨑駿の説明で、幼い少女好きとは、一言も言っていないです」

「でも、幼い少女を非常に観察している人なのよね。それって、そういう趣味ってことではないの?」
「断じて、そんなことはありません! 宮﨑駿は、普通に結婚して、子供を作っています。女の子供はいませんが、男の子供はいます。そんな彼が、幼女が大好きなはずがありません!」

 僕は、懸命に否定の言葉を述べる。そんな僕のもとに、瑠璃子ちゃんがやって来た。そしてぼそりと言った。

「サカキ先輩は、宮﨑駿を目指すために、小学校三年生の時に三日間、幼い女の子をスケッチし続けました」

 何ですと?

 楓先輩が、僕の横から離れた。その代わりに、瑠璃子ちゃんが頬を染め、僕の横に座った。
 待ってください、楓先輩! これじゃあ、僕がロリコンみたいじゃないですか!
 その日、楓先輩は、僕の横に戻って来てくれなかった。僕は、よよよと泣いて帰宅した。

 それから三日ほどかけて、僕は部室のテレビで、宮﨑アニメを楓先輩に見せた。

「宮﨑駿は、素晴らしいアニメ監督ね!」

 楓先輩は、宮﨑アニメにはまった。

「楓先輩は、どの宮﨑アニメが一番好きですか?」
「『魔女の宅急便』ね」

 なるほど、女の子らしい感想だと思った。

「二番目は?」
「『紅の豚』よ」

 何ですと? それは渋すぎる趣味です。
 僕は考える。きっと、あの主人公がよかったのだろう。渋く、大人で、太っている。豚界の王者の風格。それが本名マルコ・パゴット、通称ポルコ・ロッソだ。なるほど、僕はポルコを目指せばよいのか。僕は、楓先輩にもてるために、脂肪を付けるアップを始めた。

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