雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第43話「火炎坊と鏡姫 その4」-『竜と、部活と、霊の騎士』第6章 教団

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◇鏡姫◇

「弥生様」

 ブルータワーの上で、私はその名前をつぶやいた。声を出すとともに、私は身のうちに火照りを感じた。私は弥生様との体験を思い出す。闇球の中に入り、私はすべての感覚を遮断した。そこで、私の自我は境界を失い、弥生様の自我と触れ合った。
 魂の接触。魂の姦淫。
 それは、肉体を越えた恍惚だった。弥生様と完全に一つになりたい。その日以降、私の望みは、そのことに収斂された。

 定期報告の電話をかけ、弥生様が出てくるのを待つ。私の出来事を伝えたあと、探索に動きがあったことを伝えられた。針丸姉妹が死んだ。偽剣を探り当てたあと、敵に葬られたそうだ。その過程で、偽剣が見つからなかった仕組みが解明された。霊術の幻で、侵入者の目を惑わしていた。だから正確な位置が特定できず、偽剣の発見に至らなかったそうだ。

 カナリアが死んだ。
 針丸姉妹の件を聞き、最初に思った感想だ。古い時代、鉱山では、致死性のガスがたまっていることを確かめるために、カナリアを連れて奥にもぐったという。体の小さい鳥類は、先に死ぬことで、人間に貴重な情報をもたらしてくれる。
 私は、針丸姉妹の行動がもたらした情報を検討する。敵は、何らかの幻を使い、私たちの目をくらましていた。敵はその幻に惑わされずに、偽剣にたどり着くことができる。

 弥生様との通話を終えたあと、私はクッションの上に座り、ノートパソコンのキーボードを叩いた。Webブラウザを開き、クラウド上に保存していた、データのリストを表示する。私はその中から、針丸姉妹が最後に弥生様にかけた通話の、音声データを再生した。

『弥生様――』

 緊張した針丸姉妹の声が、再生される。敵と遭遇して、撃退された報告をしている。まあ、彼女たちの実力から考えれば当然だろう。通話記録からは、刀を持った黒髪の女と、銃を持った金髪の女が、危険なことが分かる。
 次に、火炎坊の通話記録を呼び出す。相変わらず、竜神神社末代の龍之宮玲子に張り付いているようだ。土曜日に、御崎高校の竜神部の人間が、全員来ると報告している。この件については、もう少し詳しい情報を得た方がよいと思った。

 スマートフォンと、特殊なアプリケーションを使った通話システム。探索人が、弥生様に進捗を告げるためのシステムは、私が組んだ。当然のようにバックドアを仕込んであり、私以外の探索人の会話が、筒抜けになるようにしてある。
 探索人として、島に送り込まれたからと言って、馬鹿正直に、他の面々と同列で、仕事をする必要はない。他の探索人の、一つ上のレイヤーで仕事をすればよい。私には、そのための技術がある。
 情報とは力だ。情報を集め、それを利用する能力は、霊珠による幻術以上に、探索で威力を発揮してくれる。

 Webページの端に、アラートが表示されている。私は、その警告内容を確認する。誰かがサーバーに侵入したらしい。日時を確かめる。針丸姉妹が死んだ直後だ。タイミングが合い過ぎている。私は、薄い笑みを浮かべる。
 どうやら敵にも、情報戦に長けた者がいるようだ。しかし、地下活動に慣れた者ではない。侵入経路に、IPアドレスが残っている。踏み台は利用していない。IPアドレスの所有者を調べて、それが地域プロバイダーであることを突き止める。会社名はDネット。管理責任者の名前は、大道寺善道。八布里島に本籍を置く会社だ。
 アクセスしてきた人間の、住所までは特定できないが、おそらく御崎高校の竜神部の一員だろう。私は少し考えて、独り言をつぶやく。

「火炎坊のパソコンに音声データが保存されたら、直接クラウドに転送するようにしよう」

 これまでは、たまにパソコンに侵入して、探索の進展を確認していた。しかし、週末に敵が集結することが分かっているのならば、リアルタイムに情報を得たい。
 私は、統合開発環境を起動して、必要なプログラムを書いてコンパイルする。デバッグを終えたあと、火炎坊のパソコンに常駐させているウイルスを呼び出して、実行ファイルを転送した。そして、パソコンの挙動を監視するために、サービスとして起動する。
 これで、一定サイズ以上の、有効な音声ファイルが保存されれば、自動でアップロードがおこなわれる。その通知はメールですぐに、私のスマートフォンまで飛んでくる。

 私は、にんまりと笑顔を作る。仕込みは終わった。あとは高みの見物だ。漁夫の利を狙い、最も効果的なタイミングで、行動を起こせばよい。
 仕事を終えた私は、窓の一つに顔を向けた。そこには、八布里島の市街の明かりが、きらめいている。それはまるで、宝石箱の中を見ているようだった。

「弥生様は、この景色を飲み込もうとしている。私は、その弥生様と一つになり、結ばれる」

 窓には、私の姿も写り込んでいた。母に愛されなかった私。しかし、弥生様は違った。私のことを信頼して秘密を明かし、重要な任務を与えてくれた。
 母親とは何かと、私は考える。それは血と肉で結ばれた存在だ。かつては一つだったものが、分かれて二つになった人間だ。
 私の実の母は、くだらない最低の人間だった。私は、新たに母を作り直す必要がある。そのためには、対象と交わらなければならない。心も体も融合しなければならない。恋人のように交わり、母子のように肉を共有し、ただ一つの肉塊に回帰しなければならない。

「弥生様」

 私は、恍惚の台詞を漏らす。体が火照り、女が疼いた。愛する人の名前を、もう一度呼ぶ。私は肉の交歓を想像して歓喜に酔う。この島を守る者たちを血祭りに上げて、弥生様に捧げよう。私はすでに、残りの偽剣の場所を絞り込んでいる。あとは、手に入れる方法を知るだけだ。
 私の勝利は、間近まで迫っている。火炎坊と竜神部よ、互いに争い、偽剣への道を開け。私は快感に身を委ねながら、弥生様の姿を脳裏に浮かべた。