雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第180話「wktk」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、期待に胸をふくらませている者たちが集まっている。そして日々、ドキドキの毎日を送り続けている。
 かくいう僕も、そういった希望に満ちた系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、期待値MAXな面々の文芸部にも、不遜な期待を抱かない人が一人だけいます。魔訶不思議なアドベンチャーに迷い込んだ、ロマンティックをあげる系のインドア少女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、笑顔でやって来て、僕の横に並んで座る。先輩は、椅子に腰かけたあと、お尻を僕に寄せて、体を密着させる。僕は、その大胆な行為に、胸をドキドキさせる。これは、恋愛フラグが立っているのだろうか? 僕は、緊張で喉を渇かしながら、先輩に声を返す。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、見たことのない言葉に遭遇しましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの冒険者よね?」
「ええ。フェルディナンド・マゼランが、世界一周に乗り出したように、僕はネットの大海原を大冒険しています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、思い立った時に書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、言葉の海に溺れた。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「wktkって何?」

 僕は楓先輩と会うと、いつでもwktkしていますよ。僕は、楓先輩の目を見つめながら、そう思う。
 この胸のときめきを、どう楓先輩に伝えればよいか。言葉を説明する際に、こっそりとメッセージを添えるのがよいだろう。そして、僕の意図に気付いた楓先輩は、僕への恋愛フラグを立てて、二人はゴールインするのだ。

 ゴ~~~~~~ル! サカキくん、強烈なシュートで、楓先輩のハートをゲットした~~~~!

 僕は心の中で、一人で盛り上がり、ぐふぐふと言った。

「ねえ、サカキくん。wktkって何? それと、よだれを拭いた方がいいよ」
「はっ!」

 僕は、現実の世界に戻り、楓先輩に向き直る。僕の横にちょこんと座り、姿勢を正している先輩の姿を見下ろしながら、僕はwktkの説明を開始する。

「wktkは、あるフレーズの略語になります」
「ちょっと待って。何の略語か、当ててみせるわ」

 楓先輩は、省略語の際に、元の言葉を当てるのが好きだ。そして、たいてい外してしまう。まあ、ネットスラングは、元の言葉が想像しにくいものが多い。今回は、どうだろうかと、僕は思う。

「そうね、wktkだから若貴?」
「第六十六代横綱若乃花勝と、第六十五代横綱貴乃花光司ですか? 兄弟の確執が有名ですが、ネットスラングとは関係ありません」

「じゃあ、wktkで脇滝?」
「えー、脇から滝のような汗を流すといった感じでしょうか? 確かに、女子アナの脇汗に興奮する人たちのスレッドは、ネットでよく見かけます。しかし、そういった略語は存在していません」

「そうなの……」

 楓先輩は、僕の隣で、残念そうな顔をする。背を丸めて、しょんぼりしている楓先輩は、思わず守ってあげたくなるような可憐さを持っている。僕は、その先輩を元気付けるために、説明をおこなう。

「wktkは、二段階に省略された言葉です。そのため、この文字を見ただけで、元のフレーズを想像するのは難しいと思います。
 wktkは、wakutekaから、母音を抜いたものです。このワクテカは、ワクワクテカテカといったフレーズを、短くしたものになります。wktkは、ワクテカとカタカナで書くこともあります」

「ワクワク、テカテカ? ワクワクは、期待や心配で、心が落ち着かず、胸が騒ぐ様子を示す擬態語よね。そしてテカテカは、つやがあって光っている様子を意味する、擬態語だよね。
 心理の状態を表現する言葉と、ものの表面を表す言葉。その二つの言葉を繋げると、いったいどういった意味になるの?」

 楓先輩は、不思議そうに尋ねてくる。確かに、この二つが繋がる理由は、分からないだろう。そこに重大な意味があるわけではない。どちらかというと、音優先の言葉だと僕は思う。そういったことを考えながら、僕は、wktkの由来を語る。

「このフレーズは、元々アスキーアートに、ワクワクという言葉が添えられたものでした。そして、意味は、ワクワクという意味のまま、何かを期待して心待ちにするというものでした」

 僕は、マウスを手に取り、ワクワクのアスキーアートを表示する。

  ∧_∧
 ( ・∀・) ワクワク
 ( ∪ ∪
 と__)__)  旦~

 楓先輩は、モニターを覗き込み、説明の続きを求めた。

「次に、このアスキーアートをアレンジした、ワクワクテカテカというアスキーアートが登場しました」

 僕は、そのアスキーアートを示す。

  1. +

  ∧_∧ +
 (0゜・∀・) ワクワク
 (0゚ つと) +テカテカ
 と__)__)  +

ワクワクテカテカとは、胸がワクワクして、その興奮で血流がよくなり、汗や皮脂が分泌されて、顔がテカテカするといった意味になります。このワクワクテカテカが短くなり、ワクテカになり、wktkになったわけです。
 ネットの掲示板などで、話の続きや画像を期待する際に、このフレーズは用いられます。

 このwktkは、期待感を表すフレーズとして、ネットでは定着しています。そのため、ネットを飛び出て、現実の世界でも使用されることがあります。その例を二つ挙げておきます。
 一つは、NHKラジオの若者向け情報番組『wktkラヂオ学園』です。もう一つは、大阪の日本橋を中心に活動する、女性アイドルグループ『ポンバシwktkメイツ』です。このように、番組の名前や、グループの名前として、wktkが用いられることもあります。

 ネガティブな由来やイメージの多いネットスラングの中で、wktkは明るく楽しいイメージを持ちます。日常会話に織り交ぜるのは痛いですが、覚えておいて損はないです。僕は、楓先輩から質問を受けることを、いつもwktkしながら待っていますよ!」

 僕はwktkの説明を終える。そして、最後にさりげなく、僕が楓先輩との会話を期待して、胸を高鳴らせていることを伝える。
 楓先輩は、なるほどといった顔をしたあと、僕に声をかけてきた。

「wktkって、そういった言葉だったのね。よく分かったわ」

 楓先輩は、ぱあっという感じで、おひさまのように、にっこりと微笑んだ。そして、僕のさりげないwktkアピールを、華麗にスルーした。
 えー、スルーなのですか? それはないですよ。もしかして、きちんと聞こえなかったのかな? 僕はそう思い、再度アピールすることに決めた。

「楓先輩。ほらっ、僕は楓先輩といることで、wktkしています。いろいろと期待に胸をふくらませているのですよ!」

 少し露骨かなと思ったけど、楓先輩は恋愛関係には、とことん鈍い。そんな楓先輩にアピールするには、これぐらい積極的でなければならないだろう。僕は、楓先輩の返事にwktkしながら、反応を待った。

「そういえば、サカキくんは、wktkしているね」
「そうです。僕のwktkが伝わりましたか?」

「うん。サカキくん、いつもテカテカしているもの」

 ……?
 僕が、テカテカしている、ですって?

「えー、比喩としてのwktkではなく、もしかして僕の顔は、汗と脂でテカテカしているのでしょうか?」
「うん。蛍光灯の光を反射しているよ!」

 ええっ? それじゃあ、僕はまるで、チャバネゴキブリではないですか。
 もしかして、楓先輩は僕のことを、テカテカさんだと思っていたのですか? せめて、テカテカさんではなく、ワクワクさんであって欲しかった。僕は、自分が黒いGと同レベルの存在であることに気付き、その場でうな垂れた。

 それから三日ほど、僕はテカテカした奴に相応しく、部室の隅に隠れて、カサコソと移動し続けた。そして、その間に、洗顔フォームで熱心に顔の脂を落とした。三日後、僕は楓先輩の前に、爽やかサカキくんとして再登場した。

「どうです、楓先輩! コレで僕も、テカテカしていないですよね!!」

 僕は、胸を張って言った。

「うーん。少し減ったかな。でもまだテカテカしているよ」
「そ、そうですか」

 ああ、青春とは、にじみ出る皮脂との戦いだ。僕はあと数年、テカテカさんなのかもしれないと思い、落ち込んだ。