雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第42話「火炎坊と鏡姫 その3」-『竜と、部活と、霊の騎士』第6章 教団

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◇鏡姫◇

 八布里島と本土とを結ぶ定期連絡船。その港がある島の北西部は、八布里島で最も賑わう場所になっている。賑わいの中心は、商店街である。その周囲に、住宅が多く立ち並び、市街を構成している。
 そこから少し離れた海岸沿いに、背の高いマンションがいくつか建っている。海峡の景色を見渡せることを売りにした、高級住宅地だ。その多くは居住用としてではなく、別荘として購入されている。そのため、季節によっては人の気配がなく、閑散とした場所になっている。

 ブルータワーと命名されたマンションも、そういった建物の一つだ。二十階建てで、白と青を基調にした外壁である。その十九階の角部屋を、私が不動産屋から買い入れたのは一年前になる。海峡と市街を同時に見下ろせる立地を、私は気に入った。
 今の時刻は九時である。海峡の両側に広がる、本土と八布里島のまばゆい夜景が、大きな窓の外に見えている。

 私は、他の探索人たちの居住環境を考える。針丸姉妹は、山の斜面の安アパートに入居した。火炎坊は、ワゴン車での寝泊まりを選んだ。しかし私は、そういった不便な場所を選ぶ気にはなれなかった。
 金なら、自分で稼いだものを使えばよい。何よりも、安定した電源と通信環境を、私は望んだ。自家発電設備があり、高速通信網が整備されている高級マンションを、私は迷いなく選択した。

 十二畳のリビングに、デスクトップパソコン二台を設置して、ノートパソコンを持ち込んでいる。私自身は、絨毯の上に置いたクッションの上に座っている。デスクトップパソコンは、サーバー代わりに利用しているものだ。二十四時間稼働して、必要な情報を集めて、解析している。
 私自身は、二日に一度外出して、島を探索している。外出は嫌いだ。できれば一生、部屋の中で引きこもっていたい。私は、そういった人間だ。

 今日の報告の時間だ。私はスマートフォンを手に取り、腰を上げる。そして壁に据えられた、等身大の鏡の前に立ち、自分の姿を見た。
 背が低く、体は幼い。十七歳という実年齢には見られず、中学生や小学生に間違われることの方が多い。その体を、フリルの付いた、黒色の少女趣味の服装で包んでいる。
 顔は小顔で、猫を連想させる。髪は黒髪で長く、昔の少女マンガのような縦ロールを入れている。私は、そういった服装や髪型が、似合う容姿をしている。一点だけ瑕疵があるとすれば、顔に付いた深く醜い傷だ。小学三年生の時に、母に鏡に叩き付けられて、その破片で切り刻まれた。

 娼婦をしていた母は、感情の起伏が激しかった。その感情の爆発の結果、私は一生残る顔の傷を負ってしまった。
 そういった家庭の中で、私が頼りにしていたのは父だった。父は、ヤクザの下でハッカーをしていた。寡黙で職人気質の人だった。日がなモニターに向かっていた。私は、その父の膝の上で、クラッキングの技術を学んでいった。

 中学一年の時に、父が死んだ。ヤクザの抗争に巻き込まれて、流れ弾に当たった。家庭が壊れたことを、私は知った。父には、最低限の生活能力があったが、母にはそれはなかった。それから二年、中学校に通いながら、私は独立資金を集めた。
 私には、父から学んだハッカーとしての実力があった。未成年の私がお金を受け取るための口座は、生前に父が用意してくれていた。中学を卒業した私は、ネットで募集した名義貸しに金を払い、新しい住居を手に入れた。それから、ネット経由でお金を稼ぎながら、着実に資産を築いていった。

 顔に醜い傷のある私は、ほとんど外を出歩かなかった。食事は出前を使い、日用品は通信販売で入手した。どうしても外出が必要な際は、黒いベールを頭から被って顔を隠し、日傘で視線を遮った。フリルの多く着いたゴシックロリータの服装をし始めたのは、そういった姿に違和感を持たせないためだ。その服装ならば、顔の傷は、ファッションの一部として見られることが多かった。
 私は、ネットを通して多くの人間と知り合った。私自身が、犯罪すれすれのことを、おこなっていたこともあり、地下に潜む人間との繋がりもできていた。そういった知人の一人が、情報技術に強い人材を探していると、私に接触してきた。

 募集者は、竜神教団という宗教団体らしい。接触してきた知人は、かつて知能犯として捕まった過去があると、噂されている人物だった。ハッカーとしての腕は一流で、地下コミュニティでの信頼は厚かった。
 わざわざ私を雇う理由がない。自分自身でやればよい。そう考えて、裏があるのではないかと思い、尋ねた。数度のやり取りのあと、彼は答えた。実は彼は、竜神教団に所属しており、その勧誘部隊として動いている。これはと思った人材に接触して、教祖に会ってもらっている。
 やはり、そんなところかと、私は納得した。安価で能力を利用するために、信者にする。絞れるだけ絞れば、放逐する。金にも人生にも、不自由を感じていなかった私は、断りのメールを書いた。

 二週間ほど経ち、そのやり取りを完全に忘れていたところに、一通のメールが届いた。私の属する竜神教団の教祖が、姫崎有海様に興味を持ちました。つきましては、明日、弊教団の教祖とともに、あなた様に会いに行きます。
 私は、背筋に氷を入れられたような気持ちになった。ネットで本名は一切名乗っていない。住所も公開していない。いったいどうやって。そこで私は、相手も一流のハッカーであることを思い出した。私は、相手のことを侮っていたことを痛感した。

 翌日、外出で留守にしようかとも考えたが、腹をくくった。のらりくらりと躱しても、逃げきれるものではないだろう。インターホンが鳴った。扉の外の監視カメラを見ると、四十代ぐらいの、黒い法衣を着た男性と、二十代後半の同じ服装の女性がいた。
 その取り合わせに、私は戸惑った。どちらがハッカーで、どちらが教祖なのだろうと思った。教祖というからには、四十代か五十代ぐらいの人物を想像していた。しかし、人間としての重みは、若い女性の方が、遥かに上に見えたからである。

 部屋から顔を出した私は、近くの喫茶店で話をすることを提案した。他人の目のない密室で、人と会うことを避けたかったからである。すでに住居が知られているのならば、そういった対策は無意味だと分かっていたが、私は神経質になっていた。中年の男は、若い女に尋ね、若い女は了承した。そのことで、二人の関係が分かり、教祖がどちらなのか判明した。
 私たち三人は、近くの個人経営の喫茶店に入り、それぞれブレンドコーヒーを注文した。ハッカーの男は饒舌だったが、教祖の女は無口だった。時間を過ごすうちに、教祖の手の中に、真っ黒な球体があることに気付いた。

「それは?」
「見えるのね」

 そこからようやく、会話らしい会話が始まった。科学技術の信奉者である私の、常識を打ち砕く話が、次々と告げられた。絵空事ではない証拠に、そのそれぞれに対して、教祖は具体的な物や現象を示していった。
 どうやら、世の中には、自分の知らない体系があるらしい。半信半疑ながら、私は関心を持った。話を聞いているうちに、その語り手に興味が移っていった。
 美しい顔。細身だが均整の取れた肢体。その語り口は明晰で、解釈に迷うことはない。ブロックを積み上げて城を築くように、適切な言葉を順に告げることにより、聞き手の脳に新しい世界を組み立てる。

 名前を聞いた。凪野弥生だと、本名を告げてくれた。いつしか、彼女に心惹かれていた。自分の母親が、彼女のように明晰な頭脳と、強い自制心を持っていればよかったのにと思った。私にとって、凪野弥生という女性は、理想の人間だった。私は彼女に、淡い恋心を抱いた。