雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第179話「こんな可愛い子が女の子のはずがない」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、性の境界を飛び越えた者たちが集まっている。そして日々、新しい世界に踏み込む活動をし続けている。
 かくいう僕も、そういったフロンティアを目指す系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、性別を超越した面々の文芸部にも、普通の女の子が一人だけいます。「バカとテストと召喚獣」の、木下秀吉だらけのクラスに紛れ込んだ、姫路瑞希。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。僕は、楓先輩のうなじを見る。三つ編みにしているために、その白い肌はあらわになっている。そこに、わずかに残された後れ毛と、金色に光っている産毛。その肌の触り心地を想像しながら、僕は恍惚となる。僕はその感触を脳内で堪能しながら、先輩に声を返す。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、知らないフレーズに出会いましたか?」
「そうなの。サカキくんは、有能なネット利用者よね?」
「ええ。ジョン・エドガー・フーヴァーが、アメリカ連邦捜査局の初代長官として辣腕を振るったように、僕はネットでの諜報活動に、余念がありません」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、寝る前にこっそりと書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、解読不能な無数の情報を発見した。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

こんな可愛い子が女の子のはずがない、って何?」

 ああ、確かに謎に思うフレーズだろう。文字通り読んでしまうと、混乱すること必死の言葉だ。萌えやショタ、女装子についての知識がなければ、その意味を読み解くことは、できないだろう。
 僕が、その説明のために、口を開こうとすると、部室の片隅で、「ガタン」という、誰かの立ち上がる音が響いた。

「何だ?」

 僕は、疑問に思いながら顔を向ける。そこには、僕と同じ二年生の、鈴村真くんが立っていた。鈴村くんは、もじもじとしながら、頬を赤く染めて、僕の方を見ている。

 鈴村くんは、華奢な体に、女の子のような顔立ちの男の子だ。そんな鈴村くんには、他人に隠している秘密がある。
 実は鈴村くんは、女装が大好きな、男の娘なのだ。鈴村くんは家に帰ると、女物の洋服を着て、等身大の姿見の前で、様々な可愛いポーズを練習している。そして、女の子の格好をする時には、「真琴」という女の子ネームに変わるのだ。

 僕は、その真琴の姿を、これまでに何回か見たことがある。そして、その時の姿を思い出して、はたと気が付いた。鈴村くんは、このフレーズにぴったりの人物だ。

「ねえ、サカキくん。あの、その、今日の昼休みのことは、話さないでね」
「えっ、昼休み?」

 僕は、割とあっさりと、記憶を失う系の男の子だ。そんな、ところてん方式の記憶をサルベージして、今日の昼に何があっただろうかと考える。
 ああ、そうだ。僕は、その時のことを脳内に蘇らせる。そう、それは、僕が昼食を終えたあとのことだった。

 今日の昼休みのことである。僕は、自分の席でスマートフォンを覗き込んでいた。人類について興味がある僕は、新たなる性の知識の探究のために、これまでとは違う情報を、調べていた。ありあり、ありなし、なしなし。そういったニューハーフの分類について調査し、僕は、人類の性の多様さに、恐れおののいていた。

「ねえ、サカキくん」

 僕は驚いて、スマートフォンの画面を切り替える。パソコンで言うところの、ボスが来た系のアプリを入れているので、切り替えは一瞬だ。
 僕のスマホの画面は、「スマホで学ぶ六法全書」という、とても真面目そうなものになる。

「何だい、鈴村くん。僕は今、将来の司法試験に向けて、六法全書を読み込んでいたんだ」

 僕は、自分が熱心に勉強していたことをアピールする。六法全書の内容は、一行も理解していないが、勉強家であることは伝わっただろう。

「サカキくん。相談があるんだけど、屋上に来てくれない?」
「いいよ。僕は鈴村くんの親友だからね。親友の頼みを聞くことは、やぶさかではないよ」

 僕はスマートフォンをポケットにしまい、鈴村くんとともに屋上に向かった。

 屋上に着いた。風は心地よく吹いている。僕と鈴村くんは、青春の一コマのように、屋上でポーズを取る。

「ねえ、鈴村くん。今日は、どんな相談事なの?」

 僕は、女装に関することだろうと思い、身構える。鈴村くんと言えば、女装。女装と言えば、鈴村くん。僕の中では、二つの言葉は不可分だ。まるで、量子もつれのように、密接な関係を持っている。

「実は、ネットで女装の写真をアップしたんだ」
「えっ、自分の写真をアップしたの?」

「うん。自画撮りしたものを」
「もしかして顔出しなの?」

「うん。化粧をしているから、分からないと思って」

 だ、大胆だ。確かに化粧をすれば、本人特定は難しいかもしれない。そう思うとともに、ただでさえ可愛い容姿の鈴村くんが、化粧テクまで駆使したら、世の多くの女性陣を、オワコン化してしまうのではないかと心配になる。

「それでね、画像をアップした掲示板は、女装とは関係のない、コスプレ系のサイトだったんだ」
「えっ? もしかして、鈴村くん。最近、コスプレもしているの?」

 僕は、驚いて尋ねる。

「うん。メイド服とか、ネコミミとか、ゴスロリとか、自分で作ったり、買ったりしたコスチュームを着て、写真を撮っているんだ」
「マンガやアニメのコスプレは?」

 鈴村くんは、恥ずかしそうに、親指と人差し指を、少しだけ離した輪を作る。ちょっとだけやっているという意味だろう。
 鈴村くんみたいな男の娘が、そんな姿で写真を撮ってアップしたら、すぐに拡散して、まとめサイトに載りそうだと、他人事ながら心配になる。

「そういった写真をサイトにアップしたらね、すぐに僕が男だと、指摘されてしまったんだ。絶対にばれないようにと、念入りに女装していたのに。僕はショックで、どうしたら女の子と思ってもらえるかと必死に考えたんだ」

「そ、そんな! 鈴村くんの女装を見破るなんて、その掲示板の人たちは、どれだけレベルの高い目をしているんだよ。
 それで、女の子と思ってもらうために、どういうことを、しようとしたの?」

「うん。女の子の証拠を見せないといけない、と思ったんだ」
「えっ? 鈴村くんは男の子だよね。女の子の証拠って、どういうこと?」

 僕が疑問を持って尋ねると、鈴村くんは、ふっと表情をゆるめて、妖艶な顔をした。それは、男の子の顔ではなく、男の娘の顔だった。真ではなく、真琴の表情だった。

「サカキくん。僕の、女の子の証拠を見る?」
「えっ?」

「僕が、女の子だと納得してもらった証拠に、触ってみる?」

 真琴は、僕に顔を寄せて目を潤ませる。えっ、鈴村くんは本当に女の子だったの? 僕は鈴村くんの裸を見たことがあるけど、男だったはずだ。
 いや、あれからかなりの時間が経っている。男子三日会わざれば刮目して見よと言う。鈴村くんのことだから、日数があれば、男の子から女の子になっていても、おかしくはない。僕は、喉をごくりと鳴らしたあと、顔を真っ赤に染めて、両手をぶんぶんと振った。

「駄目だよ真琴。もっと、自分を大切にしないと!」
「サカキくんだったら、僕、大丈夫だよ」

「そんなわけには、いかないよ!」
「ねえ、触って。僕が、いいと言っているんだからさ」

「うう、抗えない」
「ねえ、触れて。僕の、喉仏」
「えっ?」

 僕は、疑問の声を漏らす。

「まだ大きくなっていないんだ。ほら。なめらかでしょう。それで、みんな納得してくれたんだ」

 僕は驚いて、鈴村くんの喉を見る。そこにふくらみはなかった。まだ中学二年生だから、そんなものだろう。僕は、少し残念に思いながら、ほっとした。

「はあ、びっくりした。でも、鈴村くん。その掲示板の人たちは、どうして鈴村くんが女の子でないと思ったんだろうね?」
「うーん、僕にも分からないんだ。ネットの達人のサカキくんなら分かる?」

 鈴村くんは、自分のスマートフォンを出して、その掲示板を見せてくれた。そこには、ビキニを着て、ネコミミを頭に載せている鈴村くんの写真があった。そして、そのレスに、「こんな可愛い子が女の子のはずがない」と書いてあった。

 ああ、なるほど。あまりにも可愛すぎて、このフレーズが出たのかと、納得した。これは、最大級の賛辞だ。鈴村くんの性別が、見破られたわではない。そういったことを、鈴村くんに説明した。そんなことが、今日の昼休みにあったのである。

 僕は、今日の昼、図らずも鈴村くんの喉仏に触れて、そのなめらかさを堪能した。楓先輩のうなじと、鈴村くんの喉。どちらも魅力的で、僕を恍惚の世界に導く。僕は、ぼうっとしたあと、文芸部の部室に意識を戻した。

「ねえ、サカキくん。それで、こんな可愛い子が女の子のはずがない、というのは、どういった意味なの?」

 僕は、鈴村くんの肌の余韻から目覚めて、楓先輩に向き直る。

こんな可愛い子が女の子のはずがない、というのは、元々は、ネット掲示板の、二次元系の掲示板から発生したフレーズだと言われています。性別不明の可愛いキャラクター画像が貼られた際に、こういった定型文が用いられたそうです。

 その後、このフレーズは、少年愛の分野で、男の子の可愛さを表現したり、女装した男子を褒め称える際に、使われたりするようになりました。
 また、ボーイッシュな女の子に対して、その可愛さを称賛する表現として、用いられることもあります。
 これらの中では、女装した男子に対する賛辞といった用途が、特に重要だと、僕は思います。

 さて、では、なぜ『こんな可愛い子が女の子のはずがない』というフレーズなのでしょうか?
 このフレーズは、非常に奇妙に聞こえます。通常、可愛いという褒め言葉は、女性に対して用いられます。それなのに、とても可愛い子が、女の子ではないとは、どういったことなのでしょうか?

 可愛い子というのは、女の子の中でも、特に限られた極上の女の子です。それは、生身の女の子を超えて、真の女の子とでも言うべき存在です。
 これは、中世のキリスト教神学において、神の中に存在する諸物の原形とされた、イデアに近いものでしょう。

 そういった、理想像としての女性は、どこにいるのでしょうか? どこにもいない。では、そういった女性の理想像は、誰が持っているのでしょうか? それは女性ではなく、男性ではないかと思うのです。
 女性を客観視して、その女らしさというものを観察することができる観測者。そういった男性の意識の中から、女性の可愛さのみを抽出して表現したもの。それが、究極の理想像としての、可愛い子ということになります。

 こういった概念としての女性は、どこに例を求めればよいのでしょうか? これは、歌舞伎の女形に例を取るのがよいでしょう。
 細かい要素の積み上げにより、実在しない女性を表現する。女より女らしい女を生み出す。そういった理想の女性像は、男性によって生み出されるのではないかと、僕は思います。

 マンガでも、そういったシチュエーションが、描かれることがあります。男性の心が女性の体に入った際、男性が、自分の理想の女性を演じる。そのことで、多くの男性が心を奪われる究極の美少女が誕生する。
 このように、真に可愛い女の子は、男性の妄想から誕生するものなのです。

 そういった考え方は、可愛さというものを考える男性にとっては、少なからず共有されているものです。
 また、生身の女性には、理想とは違う、そこからかけ離れた実在性があります。現実の女性には、女性の悪しき面としての心があり、偶像ではない肉体があります。
 しかし、男性が演じる女性は、時に非現実的な可愛さだけで構成されることがあるのです。

 そういったことから、あまりにも可愛すぎる子を見た際に、それは本物の女性でないのではないかという疑念が生じるわけです。
 そういった考えが根底にあるために、『こんな可愛い子が女の子のはずがない』というフレーズは、理想的可愛さを体現した、褒め言葉として機能するのです。

 まあ、そんなことは関係なく、オタク界隈では、可愛い子が、実は男の子でしたというパターンが多いのですね。つまり、定番のキャラ設定なわけです」

 僕は、「こんな可愛い子が女の子のはずがない」について説明を終えた。僕の話を聞いた楓先輩は、納得した顔をして、鈴村くんに顔を向けた。

「確かにそうね。この部室で一番可愛いのは、鈴村くんだもの。その事実を知れば、こんな可愛い子が女の子のはずがない、というフレーズも納得できるわ。
 鈴村くんは、姿形だけでなく、仕草やしゃべり方も可愛いよね。それはやはり、鈴村くんの中に、理想の可愛さというものがあり、その姿に近付くようにしているからなのかしら?」

 僕はどきりとする。鈴村くんが、日夜姿見の前で、様々なポーズを取っていることは、秘中の秘だ。僕は、どう答えるべきか、慌てて考える。

「鈴村くんは、特別なことは何もしていません! 男子はみんな、究極の可愛さについて、日々考えているのです! 僕だってそうです。そういった仕草や話術を、研究しているのです。おそらく僕の方が、鈴村くんより、考え抜いていることでしょう!!」

 僕は、自分の言葉を証明するために、女っぽいポーズを取った。
 楓先輩と鈴村くんが、ドン引きする様子が見えた。ええっ? 楓先輩はともかく、鈴村くんもドン引きですか? 二人は、危ないものを見たような目で、視線を逸らす。僕は、そのポーズのまま涙目になった。

 それから三日ほど、楓先輩は僕のことを、かわいそうなものを見る目で見続けた。ううっ。なぜこんな目に。
 僕は、「こんな可愛い子が女の子のはずがない」と言われることもなく、ただの痛い人になってしまった。