雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第41話「火炎坊と鏡姫 その2」-『竜と、部活と、霊の騎士』第6章 教団

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 私の本名は、坊津猛留という。年齢は、二十一歳になる。竜神教団で、探索人という仕事に就いている。
 竜神教団は、家庭環境に問題のあった人間が多い。虐待や育児放棄。そういった経験を持つ者が、一定数を占める。私は違う。少なくとも、小学六年生の頃までは、中の上というべき家で育ち、幸福な人生を歩んでいた。そのまま、何ごともなく成長していれば、私は今、ここにはいないだろう。

 しかし、事件が起きた。火事である。
 私たち家族は、郊外の一軒家に住んでいた。出火の原因は分かっていない。放火ではないかという疑いが持たれ、警察が動いていたという話を、あとから聞いた。
 その火災で、私は両親を失い、体の左側に火傷を負った。軌跡的に命を取り留めた私は、親戚に引き取られた。子供がおらず、血の繋がった子供を欲しがっていた親戚が、私の両親が死んだことで、里親に名乗りを上げたからだ。

 子供が幸福になるために、必要なものは何か。赤ん坊が、両親の特徴を強調した容姿で、生まれてくるのは、外見によって愛されるためである。未成年者は、大人の手助けによって生き長らえられる。そのためには、保護者によって愛されなければならない。愛とは感情移入であり、それは見た目によって喚起される。
 私の外見は、火災によって破壊されていた。そのために里親は、私を愛することに失敗した。そのことに気付いたのは、中学校に上がって、しばらく経った頃だった。

 身の振り方を、考えなければならない。まだ社会について知らないまま、自分がどう生きていくべきか、悩む日々が始まった。
 十六歳の時、高校の半ばで家を出た。暮らしていくには、金が必要だった。しかし、体の左半分を覆った火傷が邪魔をした。普通の仕事に就くことは難しかった。結局流れ着いたのは、ヤクザの事務所だった。そこでは、恐れられる外見が、逆に仕事の役に立った。

 組では、強面ということで重宝された。仕事は順風満帆なように思えた。しかし、不幸が起きた。上から殺しの命令が出た。組に逆らった者を殺して、その死体を処理するというものだ。ターゲットは、建築会社の社長だ。彼は、地域の住民を団結させて、暴力団を追い出そうとしていた。その社長をさらって、死の制裁を加える。そのことで、人々の反逆の意志をくじく。
 実行犯として私が選ばれた理由は、その容姿から残虐な人間だと考えられたからだ。また、未成年だったからだ。殺人を犯しても、比較的短い時間で出所できる。そう期待されたからである。

 恨みもない、無関係な人間を殺すのか。実行は一週間後。罪を犯したあとは、少年院に入るだろうからと、金を渡されて遊興を許された。その金の使い方も分からないまま、夜の街をうろうろしていた。その時に、黒い法衣に、黒い鉢巻きの男二人に出会った。
 竜神教団というらしい。心に闇を抱え、個として立っている人間を探していると言った。私は答えた。自分が今悩んでいるのは、個として立つか、集団の中で役割を果たすかを、選ぶことだと。彼らは私の話を聞き、命じられたことを実行するのが嫌ならば、暴力団を壊滅させればよいと言った。

 本気で言っているのかと疑った。だが、彼らに迷いはなかった。そして、力を求めるのならば、教団の門を叩くようにと言った。二日悩んだあと、もらった名刺の住所を訪れた。郊外に、コンクリートの墓標のようなビルがあった。私は教祖の凪野弥生に会い、闇に包まれた。
 私の身の上を聞いたあと、弥生様はビー玉ほどの大きさの、虹色の宝珠を出した。霊珠というらしい。私は、それに意識を集中して過去を見た。そして、炎の力を授かった。弥生様は、私の力を見て告げた。あなたが属している組織を壊滅させるのならば、霊珠を貸し与えると。
 対価は、と尋ねると、こう答えた。

「対価はいりません。教団への興味が失せれば、霊珠を返しにくること。数には限りがありますから」

 約束は、それだけだった。
 幻の炎で、果たして組を一掃できるのか。私は、霊珠を持ち、事務所に戻った。十階建てのビルの四階。入り口に電話番がいたので、手をかざして、炎の姿を想像した。電話番は立ち上がり、悲鳴を上げながら逃げ回った。
 どうやら、幻が見えているらしい。霊能力がない人間に幻を見せるには、強い霊力が必要だと、弥生様は言っていた。そして、固体を作り出して認識させるのは、難易度が高いと話していた。
 私が作り出すのは炎だ。それは気体であり、人が怯え、恐れるものだ。わずかに、その気配を感じるだけで、人は混乱して思考を停止させる。

 電話番が気絶した。体には、何の損害も負っていなかった。しかし顔は、恐怖で引きつっていた。奥の部屋に行き、事務所にいた者たちを、次々と炎に包んでいく。存在しない炎に苦悶して、男たちは悲鳴を上げる。私の中で、何かが育っていくのが分かった。加虐の喜び。これまで気付いていなかった、そういった嗜虐の心が鎌首をもたげて、蠢き始めるのを感じた。
 禍根を断つためには、組員たちを物理的に傷付けなければならない。私は窓辺に立ち、窓を開けた。炎に追い立てられた彼らは、熱から逃れようと、窓枠を越えて、次々と宙に躍り出た。組の構成員は、四階から飛び降りることで、すべて命を失った。

 建物を出ると、一台の車が停まっていた。中には、黒い法衣の男が乗っている。どうするかと問われて、教団のビルの中で生活したいと告げた。ほとぼりが冷めるまで、かくまってもらうつもりだった。
 教団との出会いは、そういったものだった。気付くと私は、弥生様に帰依して、敬虔な信者になっていた。そして、探索人となり、八布里島に上陸した。

 探索を始めた私は、どうすれば結果を出せるか考えた。私は、敵の要である龍之宮玲子を監視して、情報収集するという道を選んだ。そのための機材を揃えて、二十四時間の監視体制で臨んだ。食料は、時折オフロードバイクで遠出して、段ボール箱一杯に購入して戻ってくる。その間も、ワゴン車の監視装置は稼働し続け、音声を記録し続ける――。

 龍之宮玲子と、佐々波珊瑚の電話が終わった。地図を広げていた私は、鉛筆で印を付けて、週末の作戦を立てていく。ガソリンを購入しておこう。陰神社と陰蔵を取り囲む火災を起こして、偽剣を持ち出させる。その武器を奪ったのち、何人かを死に至らしめる。敵は、より強い力を求めて、他の偽剣を回収せざるを得なくなる。監視を続ける私は、その偽剣を一つずつ強奪していけばよい。
 笑いが込み上げてくるのが分かった。なぶるようにして、敵を殲滅していく。一人一人、炎の責め苦で悲鳴を上げさせる。そして、最後の偽剣を手に入れたところで、敵を全滅させる。その身を本物の火炎で焼きつくす。肉を消し炭にして、骨まで炭化させる。

 私はワゴン車を出た。傍らには、オフロードバイクが停まっている。私はそれにまたがり、ヘルメットを被った。ガソリンを買いに行こう。よく燃えるガソリンだ。週末が楽しみだ。楽しい週末になりそうだ。私は、丘に広がる火の海を想像しながら、森の中をバイクで疾走した。